- 1 ご挨拶編
- 2 王宮編
- 3 冒険編
- 4 避暑地編
- 5 学園編
- 6 未来編
- 7 時間の狭間編
- 8 ドラヴィダ王国編
- 9 大航海編
- 10 宇宙編
- 11 演劇部編
- カーテンコール
- 12 プロセニアム・アーチ
- おまけ
- あとがき
1 ご挨拶編
大臣 | 王子ーっ! 王子はどこへ行かれましたーっ! |
王子 | なんだ騒々しい! 王子ならここにいるではないか! |
大臣 | おお、こんなところに! |
バカ王子 | そしてここにも! |
大臣 | これはこれは、バカ王子も! |
カニ | カニもいるカニーっ! |
大臣 | これはこれは……カニも……? |
バカ王子 | カニ。 |
大臣 | 解せませぬ。 |
カニ | 解せぬ? なにがカニ? |
大臣 | 王子、バカ、ここまではわかりまする。 |
バカ王子 | ちょっとまて。王子までつけてもらおうか、王子まで。 |
大臣 | バカ王子。 |
バカ王子 | ア~ハァ~ン。 |
大臣 | カニは解せませぬ。 |
王子 | 困るなぁ、大臣。そんなことではー。 |
大臣 | そう言われましても、カニなど聞いておりませぬ。 |
バカ王子 | タイトルにもあるだろう? 王子、バカ王子、カニって。 |
王子 | むしろいないのは大臣じゃないか。 |
大臣 | そ、それは! |
バカ王子 | いまの大臣は、県大会へ向けて練習を仕切っていたのに、いざ発表されたレギュラーメンバーに入ってなかったサッカー部員のようだぞ。 |
大臣 | そ、その言い方はどうでございましょう。 |
王子 | 誕生日のプレゼント三人で選びにいこうねー、とか言ってたのに誕生会に招かれなかった友だちのよう。 |
大臣 | え、えぐられる……胸のキズがえぐられる……。 |
バカ王子 | アシスタント紹介のコマにじぶんだけ載ってなかった古参のアシスタントとか。 |
大臣 | わたくし、そこまで言われるようなこと言いましたでしょうか? |
カニ | ひとごとながらびくびくするカニ。 |
王子 | だけど安心しろ! 俺たちはそういうひとのココロを踏みにじるようなことは言わない! |
大臣 | いま言ったじゃないですか。 |
バカ王子 | たまにしか言わない。 |
王子 | ああ、ぜったいなんて言葉は嘘だからな。 |
バカ王子 | そう。たまに言う。 |
大臣 | じぶんに正直な王子たちだなぁ。 |
王子 | 俺、銀河英雄伝に登場したい。 |
大臣 | なんか脈絡もなく無茶なこと言ってるしー。 |
バカ王子 | 俺は十二国記がいい。 |
大臣 | 残念ながら王子様方! 登場する小説は選べないのでございます! |
カニ | カニはべルサイユのばらに出たいカニ。 |
大臣 | カニまで。 |
王子 | ベルばらにカニは出ねぇぞ。 |
カニ | マリーアントワネットのリボン役でいいカニ。 |
大臣 | でいい? でいいとはなにごとでございますか。 |
王子 | で、だれから脱線したんだっけ? |
バカ王子 | ええっと、大臣の「解せませぬ」あたりから。 |
大臣 | わたくしのせいでございますか? |
王子 | ちなみに、王子、バカ王子、カニ、というタイトルながら、表紙にカニがいない。なぜだかわかるか? |
大臣 | えー……それは……お誕生会に呼ばれてないから! |
カニ | ドキッ! |
王子 | ひどいなぁ、よくそんなことが言えるなあ! |
大臣 | わ、わたくしとしたことが、つい! |
バカ王子 | 相手はカニとはいえ人間なんだぞ!? |
大臣 | あの、それはちょっとわかりかねます。 |
王子 | で、話を戻すとじつはこの表紙、ジュエルセイバーというフリーの素材をお借りしているんだが……残念ながら……ア~ハァ……カニがなかった。 |
大臣 | 途中の無意味な吐息はなんでございましょう。 |
バカ王子 | ちなみに、HPはこちら。 |
大臣 | たしかに! カニはおりませぬな! |
カニ | しょんぼりカニ。 |
王子 | しかし安心するがいい、カニ! |
カニ | カニ? |
王子 | 巷で有名なナカニッチ画伯に1万円でカニを描いてもらった。 |
カニ | なんと! まことカニ~! |
大臣 | ナカニッチ画伯? はて、どなたでございますかな? |
バカ王子 | 詳しいことは知らん。ツイッターでギャラ1万円、消費税込み1万1千円で早いもの勝ちで募った。 |
大臣 | 早いもの勝ち! そんなリスキーな方法で! |
王子 | バカ王子のアイデアだ! |
大臣 | さすがはバカ王子! ジジィのプリウスなみの行動力! |
バカ王子 | これを見ろ! |
カニ | すごいカニ! |
王子 | (ここにナカニッチ画伯の絵を見た王子の感想が入ります) |
バカ王子 | (同、バカ王子) |
大臣 | 王子様方! テンプレートがそのまま流されておりますぞ! |
王子 | めんどくせぇ。 |
カニ | ひどい! ひどいカニー! |
★
王子 | と、そんなわけで今回はチャットストーリーシリーズの第二弾の登場だ! |
大臣 | 拍手! 拍手ですぞ皆様! |
バカ王子 | 『すさぶる王子バカ王子カニ』と第して、俺たちとカニ、ついでに大臣が様々な世界を飛び回る! |
大臣 | この大臣の扱い! 注目でございますぞ! |
カニ | チャットストーリーってのはなにカニ? |
王子 | こうやって地の文抜きにしてセリフだけで繰り広げる物語のことさ。 |
バカ王子 | ここだけの話、アタマの良いひとに好評なスタイルだ。 |
カニ | そうなのカニ!? |
王子 | そう! アタマの良いひとは地の文なんて読まないし、書かない。 |
バカ王子 | これから小説家を目指す皆さん、覚えておいてくださいね。地の文ってのは、あなたの自信のなさの現れなんです! |
カニ | だれに話しかけてるカニ。 |
バカ王子 | 池井戸潤も東野圭吾も地の文なんか書いてませんからね。 |
王子 | あれぜんぶ、編集者が勝手に足してるんですよ。 |
大臣 | 嘘ですぞ! 信じてはなりませぬぞ! |
バカ王子 | それで、具体的には俺たち、何をするんだっけ? |
カニ | しらんのカニ? |
大臣 | 王子様方にはこれより、大冒険をしていただきます! |
王子 | 大冒険!? |
バカ王子 | 大冒険というのは? |
大臣 | ダンジョンや宇宙や全寮制学園などのっ! 煌めくワールドをっ! 行ったり来たり! |
王子 | それはすごい! |
カニ | テンション上げ上げカニ! |
バカ王子 | しかし、どうやって行くんだ!? 予算もないのに! |
大臣 | ここは文字だけの世界! 言っちゃうだけでなんでもかなうのですぞ! |
王子 | そう! 『ここは海の中!』――と言えば? |
大臣 | 海の中になってしまうのです! |
バカ王子 | ゴボボボボボ! おぼえう! おぼえう! |
カニ | わっはっはっは! カニは平気カニ! |
王子 | ここは大海原の海賊船! |
カニ | ざっぱーん! |
バカ王子 | 帆を上げろ、野郎ども! 全速力だ! |
王子 | そして昭和48年の大晦日! |
バカ王子 | 歌は世に連れ、世は歌に連れ、歌い継がれてきた数々の名曲。 |
大臣 | そして深夜番組で紹介された温泉郷の㊙ディナーショー! |
大臣 | うわーっはっは! コンパニオンを呼べーい! 今宵は無礼講じゃぁっ! |
王子 | …… |
バカ王子 | …… |
大臣 | 乗ってくだされーっ! 老人を見捨てないでくだされーっ! |
★
バカ王子 | 王子、バカ王子ときたら、あとはお姫様だ! |
王子 | というか、なんでカニなんだよ。 |
カニ | 知らんカニ。 |
大臣 | ご安心めされよ! お姫様もおられますぞ! 少々お待ちくだされ! |
王子 | おおっ! 大臣が舞台袖に!? |
??? | 王子様方~っ! |
カニ | そして舞台袖から王子を呼ぶ声がするカニ! |
王子 | 期待していいんだな! |
姫 | まさか置き去りにいたされようとは、この姫、一生の不覚にござりまする! |
王子 | 来たーっ! お姫様きたーっ! |
姫 | 姫もお仲間にお加えくだされ~っ! |
カニ | ていうか、大臣はどこに行ったカニ! |
王子 | おいカニ! ここは文字だけの世界だ。野暮ったいことを言うな。 |
バカ王子 | だ、だよな。口調が大臣っぽいお姫様だ。間違いない! |
カニ | すごい胆力だカニ…… |
王子 | 姫っ! |
バカ王子 | さあ! ふたりの間にっ! |
姫 | 王子様方ふたりに愛されるなど、このわたくしめ、至上の悦び! |
王子 | ああ……かぐわしき整髪料の香り…… |
バカ王子 | ホクロから伸びる長い白髪…… |
カニ | どう見ても大臣カニ…… |
姫 | ああ……王子様方の吐息がこんなに近くに…… |
カニ | 大丈夫カニおまえら。 |
王子 | …… |
バカ王子 | …… |
王子 | 貴様っ! 姫ではないなっ! |
バカ王子 | 正体を現せっ! |
??? | ぬはははは! バレてしまっては仕方がない! わたくしめは大臣! せっかくだから股間も生で見ろーっ! |
王子 | うわーっ! |
バカ王子 | それだけはやめてくれーっ! |
カニ | ち、ちらっと見えたカニ! わし、ちらっと見たカニ! |
大臣 | わーっはっはっは! 当国の姫君の股間は三国一の股間でござるじゃあああああっ! |
バカ王子 | あっ……でも、待てよ…… |
王子 | どうした、バカ王子? |
バカ王子 | ワンチャン股間だけお姫様って可能性がある。 |
王子 | それだ! |
カニ | いや、そうだったとして、それ、嬉しいカニ? |
王子 | じゃあ、せーので見てみよう! |
バカ王子 | よーっし、行くぞ…… |
王子 | せーのっ! |
大臣 | おだいじんタイフーン! |
王子 | わーっ! 回ってる回ってる! おだいじんが回ってる! |
バカ王子 | か、風がっ! 饐えた臭いの風がっ! |
カニ | わしも巻き込まれてるカニーっ! |
★
バカ王子 | わかった。俺わかった。このカニがお姫様。 |
王子 | それだ! |
カニ | わ、わしカニ? |
バカ王子 | このフンドシを剥がすとお姫様が出てくるんだハァハァ。 |
カニ | や、やめるカニィ……! |
王子 | ほーら、めくれてきためくれてきた。 |
バカ王子 | さっきのお姫様が入ってるぞ、ここに…… |
カニ | やめるカニ! さっきのお姫様はおまえらの妄想カニ! |
大臣 | そうですぞ! そのような行為、コンプライアンスに反しますぞ! |
王子 | なにっ! コンプライアンスだと!? |
カニ | あ、きゅ、急にどうしたカニ? |
バカ王子 | 俺は! |
王子 | 俺たちは! |
バカ王子 | いままで作品中でめいっぱい配慮してきた! コンプライアンスにも! ポリティカルなんたらも! |
王子 | だけどそんなことしたって! |
バカ王子 | ひとりとして読者は増えないないんだよぉぉぉぉぉっ! |
カニ | 著者の代弁カニ? |
王子 | どんなにフェミニズムに気を使ってもフェミニストは読んでくれねぇんだぁぁぁぁぁぁぁっ! |
大臣 | おいたわしや王子! バカ王子! |
バカ王子 | それに比すればオタクのなんと御しやすく素直で愛おしいことか。 |
大臣 | 誉め言葉でひとを蔑んではなりませぬ。 |
バカ王子 | だから俺は―― |
王子 | 俺たちは―― |
バカ王子 | いま、この時点をもってコンプライアンスを卒業する! |
カニ | 卒業ってなにカニ? |
王子 | つまりそういうことだ、カニー。 |
バカ王子 | フンドシのなか見せろよカニィ! ハァハァ…… |
カニ | や、やめるカニ! カニのフンドシをハァハァ言いながら剥がすなカニ! |
★
大臣 | というか王子様方、それではどちらがバカ王子かわかりませぬぞ! |
王子 | もはや外見が違えばそれでいい。 |
大臣 | その外見が、文字だけだと伝わらんのでございます。 |
バカ王子 | でも居酒屋に王子とバカ王子がいたら、どっちもバカにしか見えんと思うぞ。 |
カニ | 居酒屋に王子様はいないカニ! |
王子 | わからんぞ。お忍びでやってきた王子様がおぺにぺににジョッキぶらさげてぐるんぐるん回してるかもしれん。 |
カニ | ぶっちゃけそれはお忍びでやってきたバカ王子カニ。 |
大臣 | さよう! 国民からやり玉に上げられてしまいますぞ! |
バカ王子 | や、やり玉楽しそう! それってどうやるの? |
大臣 | その発言! 本日のベスト・オブ・バカでございますぞ! |
カニ | カニのフンドシをハァハァ言いながら剥がそうとする行為はバカではないカニ? |
大臣 | そ、それは……あー、えー、どっちでございましょう? |
王子 | そういうことは王子である俺の一存で決めよう! |
カニ | なんでそうなるカニ? |
王子 | バカではない! |
大臣 | さすがは王子! 判断が早い!(CV大塚芳忠) |
王子 | ちょい待て、実名出すな。 |
大臣 | これでよろしいか?(CV大塚◯忠) |
バカ王子 | 今更?(CV花江◯樹) |
王子 | おいおいおい、おまえが持っていくのかよ、そこ。 |
カニ | これ、声優興味ないやつ見たら面白くもなんともないカニ(CV早見◯織) |
王子 | 待て待て待て。おかしい。おまえのそれはおかしい。 |
早見◯織 | これでいいカニ? |
王子 | てめぇ、カニ鍋にすんぞ。 |
花江◯樹 | あ、ちょっとまって。この隙にフンドシ剥がさない? |
王子 | その声で言うな。 |
早見◯織 | えっ? |
王子 | おまえも。 |
大臣 | 王子は意外と冷静であられる! |
王子 | ああ。こう見えても、まわりがはっちゃけるとうっかり冷静になってしまうタイプだ。 |
バカ王子 | わーっはっは! バカも休み休み言えよーって、この話、だれから始まったんだっけ? |
カニ | 王子からカニ。 |
バカ王子 | まーたあいつかぁ! 王子は節操ないよなー。 |
王子 | え? 俺? |
大臣 | こりゃあ、どっちが王子でどっちがバカ王子かわかりませんなぁ! |
バカ王子 | わーっはっは! |
王子 | と、最後にはぜんぶ引っ被される。それが俺。 |
王子 | あれは俺が―― |
バカ王子 | 俺たちが―― |
王子 | まだ12歳の頃だった―― |
バカ王子 | 下の毛は生えたけど脇毛はまだ同級生でも生えてるか生えてないかという―― |
王子 | 乳首もコリコリと痛む頃―― |
大臣 | その描写、必要でございますか? |
バカ王子 | 駅前の鬼無里でしこたまホッピーを飲んで酔いつぶれたあの夜―― |
カニ | 12歳で飲んだらあかんカニ。 |
王子 | ホッピーは原液で飲めば未成年でも問題ない。 |
大臣 | 酔いつぶれていたというのは……? |
バカ王子 | 3Dゲーム酔だ。 |
大臣 | ならば念のためここは、『アルコール度数1%未満の炭酸飲料ホッピーを原液のまま飲んで3Dゲームで酔って倒れていたとき』と言ってください。 |
王子 | それは任天堂のひとがそう言っているのか? |
大臣 | 任天堂は関係ありません。余計な名前を出さないでください。 |
王子 | ジョッキのなかの焼き鳥串を落とさずにジョッキをくるくるさせまショ~ッ! |
バカ王子 | いよっ! 日本一! |
王子 | わーっはっは! 本邦の王子はとんでもないバカ王子だ! |
バカ王子 | ああ、隣国にも誇ろうぞ! |
王子 | ……と、無謬な誹りを受けて、俺は! |
バカ王子 | 俺たちは! |
王子王子 | 分裂してしまったんだぁーっ! |
大臣 | な、なんとおいたわしや! |
王子 | しかし! |
バカ王子 | じぶんでもたまに、どっちが王子でどっちがバカ王子か―― |
王子÷2 | わからなくなるんだぁーっ! |
大臣 | そこは割り算ではありませぬぞーっ! |
2 王宮編
大臣 | 王子ーっ! 王子はおられませぬか、王子ーっ! |
王子 | なんだ騒々しい! ここにおるではないかっ! |
大臣 | おお! こんなところに! |
王子 | 今日はなんだ? 剣術か? 読み書きか? それとも……あ・た・し? |
大臣 | ヴァイオリンのお稽古のお時間でございます! |
王子 | 大臣っ! |
大臣 | なんでございましょう? |
王子 | 王子がボケたらちゃんと拾え! |
大臣 | ハハッ、わたくし、とんと気が回りませんで、それでは失礼して…… |
大臣 | しょうがないなあ。王子はいつもそれだ、フフッ。ベッドは遠すぎる。ほら、ここで服をお脱ぎ。いい子だ。おやおや? 朝方鼠径部に貼っておいた理研のふえるワカメちゃんがもうこんなに……今日はいい味噌汁が飲めそうだ。赤出汁~白味噌~ホテルの~小部屋~…………って、王子! |
王子 | ごめん。ふえるワカメちゃんで引きすぎて無理だった。 |
バカ王子 | 大臣っ! 大臣はいるかーっ! 大臣ーっ! |
大臣 | こ、これはバカ王子! ここにひかえてございます! いったいなんの御用で? |
バカ王子 | なんの御用でではないっ! バカ王子が呼んだらボケろ! |
大臣 | バ、バカ王子にはボケでございますか……ええっと……今日はなんの御用でしょう? 絵本を読んで欲しい? 隣国を侵略したい? それとも…… |
バカ王子 | 飽きた! |
大臣 | ボケる前に飽きるな、このバカ王子ーっ! ええい王子などもったいないわ、このバカッ! バカァーッ! 大バカがぁーッ! |
バカ王子 | ごめん。そろそろやめて。 |
カニ | カニも来たカニーッ! |
王子 | ところで大臣、何か用があったのではないか? |
大臣 | この騒ぎで忘れてしまいましたわ。 |
カニ | カニもいるカニーっ! |
王子 | はっはっは! 自分で起こした騒ぎで用を忘れるとはそそっかしい! |
大臣 | はたして自分で起こした騒ぎでございましたでしょうか? |
バカ王子 | それはそうと、いつの間にか王宮編が始まっているが、どこが変わったんだ? |
大臣 | そう! そこでございます! |
カニ | おまえら、カニのこと忘れてるカニ! |
大臣 | 王子様方にはめくるめく恋をしていただきます! |
バカ王子 | めくるめく恋! |
大臣 | この大臣自ら周辺諸国を巡り、見目麗しく育ちもよくポリコレ的にも問題のない姫を選んでまいりました! |
カニ | いつまで無視する気カニーッ! 悔しいカニーッ! |
バカ王子 | ポリコレ的にも問題がない! |
王子 | 要は体型が過度に強調されていない、ということだな!? |
大臣 | さようでございます! |
バカ王子 | いや、それはさすがに残念と言わざるをえんだろう。 |
大臣 | いやいや、ところが! ところがなのでございます! |
王子 | ところが!? |
大臣 | 乳首が4つあり、牛乳も出るのでございます! |
王子 | 大臣! わかったぞ! |
大臣 | さすが王子! 理解が早い! |
王子 | その姫は牛だ。 |
大臣 | ご明察! |
カニ | カニも気づいてたカニ! |
王子 | ……で? どうリアクションすれば良いのだ? |
大臣 | はて。 |
バカ王子 | とりあえず、どんな姫だ? そこを聞きたい! |
大臣 | さすがはバカ王子! 姫が偶蹄目だろうがお気になさらない! |
王子 | ああ、コイツのバカには俺もたびたび助けられている! 話を進めてくれ、大臣! |
大臣 | ははっ! 王子には選りすぐりのバカ姫を、バカ王子には選りすぐりの姫を選んで参りました! |
王子 | まってまって。 |
大臣 | なんでございましょう。 |
王子 | となりのバカには姫で、俺にはバカ姫なの? |
バカ | 王子をつけてくれ、王子を。 |
カニ | カニにはどんなカニが来るカニ? ねえ、カニは? |
大臣 | カニ殿にはカニ酢を買ってまいり申した。 |
カニ | お~、カニ酢があればわしの身も更に美味くなってモテモテカニ~って、んなことあるカニ~ッ! |
王子 | で? その姫様というのはやっぱりキレイで、優しくて…… |
バカ王子 | エロくて、純真で…… |
カニ | しゃりしゃりに解凍された…… |
王子 | カニ酢がよく似合う…… |
バカ王子 | ヘイ! 姉ちゃん! 八海山おかわりーっ! |
大臣 | って、どこかからタラバガニの話に差し替わっておりますぞーっ! |
カニ | カニ酢染み込ませてちゅーちゅーしたいカニ! |
王子 | 殻の継ぎ目から脇汗のように滴るカニ酢! |
バカ王子 | お、俺もその姫ちゅーちゅーしたい! |
大臣 | 牛乳が出ることもお忘れなく! |
バカ王子 | あ、そうだ、牛だった。 |
王子 | 牛かー。 |
カニ | せっかくカニ酢用意したのにどうするカニ。 |
バカ王子 | ここにカニ酢を持ったカニがいるぞーっ! |
カニ | ま、まずい! そうだ! 飲んでしまえばいいカニ! おおお! カニ酢が体に染み渡るカニー! 我ながら食欲をそそるこの美脚! しかしこれでは自ら墓穴を掘ってしまっているカニ! |
王子 | あ、でも、乳首4つあるってことは…… |
バカ王子 | 2で割り切って2つ余る! |
カニ | おまえら何振っても拾わないカニかーっ! |
バカ王子 | ふたりで牛乳を生でちゅーちゅーと! |
大臣 | なんとハレンチな! |
王子 | いや、しかし! 王子たるものが…… |
バカ王子 | 全裸で牛の乳房に吸い付いたとあっては、ファンからどう思われるか…… |
カニ | いつの間にか全裸になってるカニ。 |
大臣 | そうですぞ若! しっかりお考えめされよ。こっそり写真を撮られてネットに出たりした日には…… |
王子 | スクープ! 夜中に全裸で乳牛の乳に吸い付く王子とバカ王子! |
バカ王子 | 実録! これがキャトルミューティレーションだっ! |
王子 | ばばーん! |
★
大臣 | そんな王子様方にお手紙が届いております。 |
カニ | さっきの話、オチてないカニーッ! |
王子 | おお! 読んでみよ! |
大臣 | 拝啓、王子様とバカ王子様。王子様方はシャンプーは何を使っていますか? わたしも王子様みたいなサラサラヘアーになりたいです。 |
カニ | ちゃんと落として先に進むカニーッ! |
大臣 | ここはわたくしからお答えいたします! |
バカ王子 | いよっ! 待ってました! |
大臣 | バカ王子はすみっコぐらしリンスインポンプシャンプー! |
バカ王子 | すみっコぐらしリンスインポンプシャンプー!? |
王子 | おまえが驚くな。 |
大臣 | 王子はフランスはアルザス地方の古式ゆかしいシャトーで年間三百本だけ作られる原産地呼称保護シャンプー『プリンス』の13年ものを使われております! |
バカ王子 | アルザス地方の古式ゆかしいなんたらかんたらの12年もの! |
カニ | 惜しいカニ! |
王子 | 我が王家が使用しているものはこのダブルカスク、すなわち二種の異なるシェリー樽で熟成させた最高級品! |
バカ王子 | す、すげぇ…… |
王子 | 黒スグリの実にも似たフルーティな香り。そのなかに、雨あがりの新緑の森を思わせるグリーンシダーのミドルノート…… |
バカ王子 | か、嗅ぎたい…… |
王子 | かまわんぞ。嗅いでみよ。 |
バカ王子 | ならば失礼して…… |
大臣 | わたくしめも…… |
王子 | まてまて。 |
カニ | カニも嗅ぐカニ。 |
王子 | カニまで。 |
大臣 | おお……たしかにフランスアルザス地方の香り…… |
王子 | わかるか? |
カニ | 雨上がりの森……枯れ葉に埋もれたナッツを思わせる香ばしさもあるカニ。 |
王子 | ほほう。そこまで嗅ぎ取るとは。 |
バカ王子 | 森を駆けるリスがところどころに施したマーキング…… |
王子 | バカ王子。おまえが嗅いでいるのは俺のおぺにぺにだ。 |
バカ王子 | おおっ! 言われてみれば! |
大臣 | わ、わたくしも王子様のフェロモン嗅ぎたいですじゃーっ! |
カニ | カニも嗅ぐカニーッ! |
王子 | や、やめろおまえらーっ! 下ネタから卒業しろーっ! |
★
王子 | 俺、わかった気がする。大臣。 |
大臣 | なにがでございましょう? |
王子 | 王宮編って、とくに王宮でもなんでもないし、きっとこの先も全部そう。 |
大臣 | いえ、あの、それは。 |
王子 | このあと、冒険編とか避暑地編とかあるけど、こうやって三人でしゃべくって終わる。 |
カニ | カニを忘れてるカニ! |
大臣 | お恐れながら、王子。異論がありまする。 |
王子 | なんだ。言うてみよ。 |
大臣 | 王子様方が姫の話にちゃんと食いついていれば、王宮のきらびやかな恋の話になっていたのですぞ! |
バカ王子 | 確かに! |
カニ | 確カニ! |
王子 | あれ? いや、でも。姫っつーか、牛じゃん? |
大臣 | いやいや、カニが喋る世界ですぞ? 牛ならば間違いなくセクシーギャル! |
カニ | いちいち引き合いに出すなカニ。 |
王子 | そうなんだよなぁ。大臣のカニの扱いが、なーんかいじめっぽいよなぁ。 |
大臣 | はあ? いやいや、何をおっしゃいますやら。 |
カニ | 王子からの扱いもひどかったカニ。 |
バカ王子 | まったくだ、王子も大臣も、カニへの扱いがひどすぎる。 |
カニ | そうだそうだカニ! |
王子 | おまえに言われても前フリにしか聞こえんわ。 |
バカ王子 | 心外な物言いだな。よく聞け、王子。俺はこのカニ、本当はワタナベではないかと疑っている。 |
カニ | それだれカニ? |
王子 | 前フリじゃねぇか。 |
バカ王子 | つまりは、こういうことだ。 |
カニ | ゴクリ……カニ。 |
バカ王子 | この物語の著者はワタナベをいじりたくてしょうがなかった。しかしこのご時世だ。ワタナベのパンツを剥がしたり使い走りさせたりすると問題がある。 |
大臣 | あるでしょうなぁ。 |
バカ王子 | そこで! 『ワタナベ』と書かずに『カニ』と書いた! |
王子 | なるほど、ブログに「男と住んでいる」と書くとファンがいきり立つ、そこでペットと言い換える。それと同じだな。 |
大臣 | はあ? |
バカ王子 | 今日はペットのヒロくんとチューしてお風呂にはいりましたぁ~。 |
王子 | と、ペットとして書いているが、実はオトコだ。 |
バカ王子 | 写真は加工して犬っぽく見せるわけだな。 |
大臣 | 凄まじいIT技術ですな。 |
バカ王子 | ぶっちゃけセーラームーンのルナも、エースをねらえ!のゴエモンも……同棲中のオトコだ。 |
大臣 | バカ王子は当たり屋かなんかですか。 |
バカ王子 | ワタナベ! よく帰ってきた! |
王子 | おかえり! ワタナベ! |
カニ | わ、わしのことカニ!? |
王子 | ああ、今日からおまえはワタナベだ! ここは文字だけの世界! ワタナベだと言ったらもうワタナベだ! |
カニ | う、うれしいカニ! 人間になれたカニ! |
バカ王子 | さっそく焼きそばパンと缶コーヒー買ってこい! |
カニ | 買ってくるカニ! |
大臣 | 騙されておりますぞ! カニ殿ーっ! |
バカ王子 | 人聞きが悪いぞ、大臣。 |
大臣 | カニに対するあの仕打ち! あんまりではございませぬか! |
王子 | いやいや、よく考えてみよ大臣。ここは宮廷、俺たちは王子だ。 |
バカ王子 | そう! 俺たちにとっては家臣に命じるのと同じ。 |
王子 | そう! もしこれと同じ行いをクラスメイトに行う不届きな中高生がいるとしたら、そいつは処刑だ。そのくらいの理性は持ち合わせている。 |
大臣 | はたしてそれは理性と呼べるものでしょうか。 |
カニ | ただいまカニ! |
王子 | 早かったな! |
カニ | メロンパンとしじみ汁買って来たカニ! |
バカ王子 | ゲロ吐くだろ、その組み合わせ。 |
カニ | ひどいカニー! |
バカ王子 | それにしてもワタナベ……懐かしいなぁ。 |
大臣 | 懐かしい……? |
バカ王子 | そう、あれは俺がワタナベに女性用のパ……エプロンを買いに行かせたときのことだった。 |
大臣 | いま、何かを思いとどまりましたな? |
バカ王子 | バカ王子にだって、コンプライアンス的に晒せない過去があるんだ。 |
王子 | それで? 女性用のパンツはなぜ必要だったんだ? |
バカ王子 | パンツではない! エプロンだ! 投稿用の漫画の資料、ヒロインとサブヒロイン用に資料が必要だったのだ! |
大臣 | そ、想像で描けばよろしかったのでは? |
バカ王子 | 想像していたら……どうしても欲しくなった。 |
大臣 | というか、普通はヒロインとサブヒロインのパンツなど描きませんぞ。 |
バカ王子 | パンツではない! |
王子 | わかったわかった、エプロンね。続けて。 |
バカ王子 | 生真面目なワタナベは忠実屋練馬店の下着売り場で、ヒロイン・サブヒロインの性格を考えて30分ほど悩んだのちに、2着のエプロンを選んでレジに並んだのだ。 |
カニ | ワタナベ、えらいカニ! |
バカ王子 | ところが! ワタナベが手にしていたのは2着480円と2着580円のグレードの違うエプロン! |
大臣 | なんということでございましょう! |
王子 | 主任ー! このパンツ、組み合わせて売れますかー!? |
大臣 | 店中に響き渡るレジのおばちゃんの声! |
バカ王子 | パンツではないと言っておろう! |
カニ | わ、ワタナベのピンチカニ! |
王子 | 主任ーっ! このひとが女児用のパンツを買おうとしてるんですけど、主任ーっ! |
バカ王子 | あ、あの、580円払いますから! |
カニ | ああああっ! 辛い! 辛すぎるカニ! |
バカ王子 | そう。ワタナベはそんな苦難を乗り越え、買ってきてくれたのだ。パン……否! エプロンをっ! |
大臣 | そのワタナベというものの忠義! 見上げたものですな! |
カニ | そ、それで漫画はどうなったカニ!? ワタナベのおかげでちゃんと描けたカニ!? |
バカ王子 | 展開が浮かばなくてそのまま放置だ。 |
大臣 | それはありがちな漫画投稿あるあるですぞっ! |
バカ王子 | そのとき、俺は悟った! エロ漫画を描くより、ワタナベを描いたほうが楽しいと! |
王子 | そういうことだ! ワタナベ! |
カニ | も、もしかしてカニが主役になるカニ? |
大臣 | へんな期待を持たせてしまってますぞ、バカ王子っ! |
バカ王子 | ああ! 次の章ではワタナベを名乗ってくれ、カニ! |
カニ | な、名乗るカニ! |
大臣 | パ、パンツを買いに行かされますぞーっ! |
バカ王子 | エプロンだと言うておろう! |
3 冒険編
王子 | ここが報告のあった洞窟か? |
大臣 | さようでございます! |
大臣 | しかし王子! わが王国には精鋭の騎士隊もあれば農民兵の肉盾もあります! なぜ王子単身で! |
王子 | 単身ではない。助っ人を頼んである。 |
大臣 | 助っ人? |
王子 | ワタナベ! 出番だ! |
渡◯謙 | お呼びでございますか。 |
王子 | 待て。 |
渡◯謙 | わたしの硬い甲殻と両手の鋏がお役に立つときが来ました。 |
王子 | カニじゃねえか。 |
渡◯謙 | 念のためカニ酢もお持ちしました。空腹になったら、この渡◯謙めをば。 |
王子 | だから待てコラ。 |
渡◯謙 | 本日は幼なじみの、栗どん、蜂どん、牛糞どん、臼どんにも声をかけてあります。 |
王子 | 猿殺しに行く気まんまんかよ。 |
渡◯謙 | 臼どんはわたくしめが転がして参りますので、牛糞どんと栗どんは王子に預かっていただけたらと。 |
王子 | どこまでもボケるな。話を聴け。 |
渡◯謙 | ハッ。 |
王子 | ワタナベを名乗って良いとは言ったが、謙を名乗って良いとは言ってない。 |
渡◯謙 | な、なぜでございましょう? |
王子 | 『謙』と言ったら、ワタナベ家の中でも最高の格式のある名前だぞ? もっと身の丈に合った名前にしとけよ! |
渡◯直美 | こう? |
王子 | ぜんっぜんわかってない。 |
★
大臣 | して、王子。この洞窟にいったい何が? |
王子 | ここに……俺の大事な姫を助けるための秘密がある…… |
渡◯直美 | えっ!? |
王子 | そろそろ冗談は終わりにしとこうか。 |
カニ | ひどいひどいカニ~! |
大臣 | 姫!? 姫とは!? |
王子 | 昨日、隣国の姫が訪ねてきたのだ。 |
大臣 | なんと! 大臣でありながら把握しておりませんでした! |
王子 | 俺は姫と一夜をともにし、愛を確かめあったが…… |
大臣 | そ、それはさすがに展開が早うございます! |
王子 | 朝起きると、何者かの呪いで姫はウンコに変えられていたのだ! |
大臣 | なんと! |
王子 | 犯人はわかっている。この物語の主要人物でありながらここにいない者…… |
大臣 | まさか……バカ王子がっ!? |
王子 | そう! あいつが姫に呪いをかけ、この洞窟へと逃げ込んだのだ! |
カニ | というか、さっきからちょっと臭うカニ…… |
大臣 | あ、もしかして王子、その呪いにかかった姫を……? |
王子 | ああ、連れてきた。 |
大臣 | なんたること…… |
王子 | 見ろ! これがその、ウンコ姫だ! |
カニ | 正真証明のウンコカニ! |
大臣 | というか王子、本当にそのウンコ、姫でありましたか? |
王子 | もちろんだ! |
大臣 | 最初からウンコだったのではなく? |
王子 | 見損なったぞ大臣! 隣国の姫に対して最初からウンコだったとは何事だ! |
大臣 | い、いや、しかし…… |
王子 | 王子と馬が旅していて、「その馬は?」「実は呪いで馬に変えられた姫なのです」と話しているところに―― |
カニ | そいつぁー最初から馬だったんじゃねぇカニ~? |
王子 | ――なんて言うのは酒場のモブのセリフだぞ!? |
大臣 | は、ははぁっ! 申し訳ありません! わたくしめ、あまりの状況の突飛さにリアクションが酒場のモブと化しておりましたぁっ! |
王子 | 謝るのは俺にではない。姫にだ! |
大臣 | あの、ええっと、このたびは失礼な物言いしてしまったこと、ひらにご容赦いただきたい。 |
王子 | カニ。おまえにも姫と語らうチャンスをやろう。 |
カニ | えー……姫、ご出身はどちらカニ? ……王子のどんなところに惹かれて……? あー……ウンコになるまえは、どんなご趣味をカニ? |
大臣 | ……。 |
カニ | もう無理カニ! 許して欲しいカニ! |
王子 | こうしている間にも姫の体はどんどん乾燥していく。さっさとバカ王子をみつけて呪いを解かねば! |
大臣 | さようでございます! 先を急ぎましょう! |
★
姫 | た、助けてください! |
王子 | 姫っ! いったいこれはどういうことですか!? |
大臣 | ひ、姫がおられるということは、さきほど王子が懐に入れられたのは…… |
姫 | いいえ、わたしは姫ではありません。 |
大臣 | 姫ではないっ!? |
姫 | バカ王子の呪いで姫に変えられたウンコでございます。 |
大臣 | バカ王子の呪いで姫に変えられたウンコ!? |
王子 | すると本当の姫は……? |
姫 | 王子が懐に入れられたウンコこそが、本当の姫なのです。 |
大臣 | な、なんと…… |
姫 | そんなことよりバカ王子に追われています、かくまってください! |
大臣 | なんと、バカ王子にっ! |
王子 | いや、しかし、ウンコをかくまったとあっては王子の威厳が…… |
大臣 | 王子! ウンコを懐に入れた時点で威厳など微塵も残っていませんぞ! |
王子 | 何を言うか! 懐にあるのはわが姫! 愚弄するなどもってのほか! |
姫 | ああっ! バカ王子がすぐそこに! 王子! |
王子 | ええい、気軽にさわるなウンコ! |
姫 | あああっ! |
カニ | わけがわからんカニ。 |
バカ王子 | みーつーけーたーぞ、ウンコ姫! |
姫 | はっ! |
王子 | それはこっちのセリフだ、バカ王子! |
バカ王子 | 俺を追って来たようだな、王子…… |
大臣 | バ、バカ王子殿! 王子とのお話のまえに確認させていただきたいことがございます! |
バカ王子 | なんだ? 申せ。 |
大臣 | バカ王子が呪いをかけ、姫をウンコに変えたというのは、まことでございますか? |
バカ王子 | ああ、真実だ! |
王子 | クッ……改めて耳にしたくはなかった。 |
バカ王子 | しかし、その言い方は正確性に欠ける。 |
大臣 | なんですと!? |
バカ王子 | ウンコはウンコでもただのウンコではない! 俺のウンコに変えたのだ! |
王子 | た、ただのウンコではなく……バカ王子のウンコ…… |
大臣 | じゃあ王子の懐に入っているのは、バカ王子のウンコ!? |
王子 | くそう、何を食ったらこんな凶悪な臭いになるんだっ! |
大臣 | じゃあ、こちらの姫も、元は……? |
バカ王子 | 俺のウンコを呪いで姫に変えたのだ! |
カニ | た、たしかに髪の毛に未消化のニラがくっついてるカニ! |
バカ王子 | 俺は、王子にだけ姫が訪ねてきたことが許せなかった。だから呪いで姫をウンコに変えた。 |
王子 | そこまではわかる。 |
カニ | いや、わかったらおかしいカニ。 |
バカ王子 | 俺はその罪の重さに耐えきれず城を逃げ出し、この洞窟にこもっていたが、姫のことを思い出すとムラムラが止まらず…… |
王子 | それで自分のウンコに呪いをかけて姫にしてしまったというのか!? |
バカ王子 | そうだ! そのウンコ姫は元の姫と寸分たがわぬ! 記憶までも再現した姫そのものだ! |
大臣 | おお? もとの姫と寸分たがわぬ……ということは王子! 事態は解決しておりますぞ! ウンコをこちらへ、姫をこちらへ、ささっと入れ替えれば良いのでございます! |
王子 | 姫とウンコをすぐにもとに戻せっ! |
大臣 | 戻す必要などありませぬぞ、王子ーっ! |
バカ王子 | 俺も後悔しているが、戻す手段がわからないんだーっ! |
大臣 | だから、戻す必要などないと言っておるのです! |
姫 | わたしはどうすればいいのーっ! |
大臣 | わたくしめには問題の本質がわかりませぬぞーっ! |
★
王子 | 出かけるぞ! 大臣! |
大臣 | はて、どちらへ行かれるので? |
王子 | 止めても無駄だ、大臣。出かけたウンコを引っ込めることが出来ないように、出かけるというのは不退転の決意を表す言葉だ。 |
大臣 | しかし王子、出かけたウンコは尻の穴に挟まった状態、出かける王子というのは何に挟まった状態を指すものでありましょう。 |
王子 | 問答は後だ! 姫にかけられた呪いを解ける者を探しに行く! |
大臣 | なるほど、そうでございましたか! |
カニ | 呪いが解けたら、王子の懐で眠っているウンコは姫に戻れるカニ? |
王子 | ああ、そうだ。 |
姫 | わたしも元のウンコに戻れるのですね? |
王子 | ああ、ウンコに戻ったら、水洗便所に流されるなり花壇の肥やしになるなり、好きにすればいい。 |
姫 | わ……わたし……このまま姫でいたい……しくしく。 |
王子 | どうして泣いている? |
バカ王子 | わかれよ。 |
王子 | わがままは言わないで、姫。 |
姫 | 王子…… |
王子 | 姫がウンコに戻っても、俺たちの思い出は永遠だ。 |
姫 | それ、わたしに何かメリットありますでしょうか? |
王子 | ところで、このへんでセーブしておきたいのだが、セーブクリスタルはどこだ! |
大臣 | それが王子! セーブクリスタルは峠の山賊どもに盗まれたそうでございます! |
バカ王子 | 盗まれた!? |
大臣 | ええ、宿屋の主人の話では、毎日ちょっとずつずらされてるなぁと思って、警戒していた矢先だったとのことでございます。 |
カニ | っつーか、セーブクリスタルって移動できるカニ? |
王子 | くそう、これだからオープンワールドって奴は! |
大臣 | 果たしてオープンワールドのせいでありましょうか? |
★
大臣 | 王子ーっ! セーブクリスタルの行方がわかりましたぞ! |
王子 | なに? 本当か? |
大臣 | 繁華街裏路地の民芸品ショップで売られているのを見かけたとの情報が入りました! |
王子 | セーブクリスタルが売られている!? |
大臣 | ええ、吉祥寺丸井横から入った通りをまっすぐ行って、焼き鳥屋の手前…… |
王子 | 大丈夫かそれ。仲屋むげん堂かチチカカに絞られるぞ。 |
バカ王子 | チチカカは閉店したので、実質名指しだ。 |
王子 | まあいい、細かいところは聞かなかったことにしよう。 |
バカ王子 | で? いくらで売られていたんだ? |
大臣 | たしか、6万5千円…… |
王子 | セーブクリスタルがたった6万5千円!? |
バカ王子 | 俺がメルカリに売ったときは5千円だったのに…… |
カニ | カニ? |
大臣 | しかも、冒険者たちのセーブデータも込みで! |
王子 | うわ、やっべ! それ、ほかの人の人生の続きをプレイできちゃうわけじゃん! |
大臣 | どういたしましょう? 買い戻すのでありましたら、国庫から予算を出すことになりまする。 |
王子 | ぬるいぞ、大臣! セーブクリスタルは国有財産だ! 軍を出して取り戻せ! |
大臣 | ハッ! しかし軍を出すと一人頭日当10万でうち派遣会社が7割を中抜き、一小隊30人、弾薬等消耗品と装備品の減価償却、管理費消費税込みで一日あたり約千5百万の支出となります! |
王子 | せ、千5百万も……負けてもらうことはできんのか……? |
バカ王子 | 俺、割引クーポン持ってる。 |
王子 | おお! さすがはバカ王子! |
バカ王子 | これを使ってくれ! |
大臣 | どれどれ……ジュネーブ条約ガン無視セット、3千万円を2千8百万…… |
王子 | どういうことだ? |
大臣 | 毒ガス兵器を使用できる恐ろしいクーポンでございます。 |
王子 | それだ! それを使おう! 毒ガスならば建物を破壊せずに平和裏にセーブクリスタルを取り戻せる! |
大臣 | なりませぬぞ王子! 建物は破壊されませぬが、国民が犠牲になります! |
カニ | というか、最初より高くついてるカニ。 |
王子 | 国民というとあれか? SNSで俺の政治にケチを付けている連中だな? |
大臣 | あ、いや、その言い方はどうかと思いますが、はい。 |
王子 | そんな連中、生かしておいてなんになると言うのだ! 国民の財産を守れというのが父の遺言だ。 |
カニ | 立派な父君だカニ…… |
王子 | 財産は守る! 俺自身のために! しかし国民を守ってなんの意味があると言うのだ! |
カニ | 息子はどうしてこうなったカニ。 |
大臣 | い、生かしておけば、の、納税をいたしまする! |
王子 | ほう! そうだったか! |
大臣 | ホッ……わかってくださいましたか…… |
王子 | して、いくらほど納税をするのだ? |
大臣 | えー、大卒サラリーマンで、所得税住民税消費税コミコミで年間百万そこそこかと…… |
王子 | 毒ガスを使う! |
大臣 | 判断が早いっ! |
★
王子 | と、そんなわけで…… |
バカ王子 | いやあ、毒ガスってすごいなぁ! |
王子 | 数千人の市民と無関係な観光客が死体の山! |
バカ王子 | あーっはっはっは! |
大臣 | なんてことをしてくれたのですか…… |
王子 | 見ての通りだ。盗品を売り捌く不逞の輩を懲らしめたのよ! |
大臣 | 懲らしめるったって、街ごと……観光客まで巻き込んで…… |
バカ王子 | 堕落した街だ。こいつらの最後には似つかわしい。 |
大臣 | こんなことが国民に知れたら、王家の信頼は失墜いたしまする! |
王子 | それを隠すのが大臣、おまえの仕事ではないか! |
バカ王子 | 腕の見せどころだな! |
大臣 | クッ……致し方ありませぬ……仰せの通りに…… |
カニ | お、王子とバカ王子! たいへんカニ! |
王子 | どうした、カニ! |
バカ王子 | 井の頭池が干上がっているとでも言いたいのか? だったらそれは武蔵野の奇習、かいぼりだ。気にすることはない。 |
カニ | セーブクリスタルが売ってないカニ! |
バカ王子 | なんだって!? |
カニ | 念のためレジの記録を見てみたカニ! |
王子 | レジの記録を!? |
バカ王子 | 案外有能なカニだ。 |
カニ | その売上記録によると、セーブクリスタルは昨日売れてしまってたカニ! |
王子 | なんだってぇ!? |
カニ | セーブクリスタルも無いのに、毒ガスで市民を虐殺してしまったカニ! |
王子 | ま、待って。毒ガス使ったの軍の判断だし、スイッチ押したのも俺じゃないから。 |
カニ | しかし! 指揮官は王子カニ! |
王子 | んなこと言ったって、毒ガス開発したのも俺じゃねえし、備えてあるのに使わなかったらただの税金の無駄じゃねえかよ! |
カニ | 逆ギレカニ…… |
大臣 | お、おしまいじゃ……こんなことが知れたら国民は蜂起……王子もバカ王子も断頭台へ…… |
バカ王子 | 王子とバカ王子が揃って断頭台か! こりゃあいい! |
カニ | こっちは本気でバカだったカニ…… |
バカ王子 | と、笑って見せたのは余裕の証! |
カニ | カニ? |
バカ王子 | 大臣、すぐに会見を開くぞ! |
大臣 | 会見を……? 国民に開示するおつもりですか? |
バカ王子 | ああ、だが真実は語らん! 予備のセーブクリスタルがあるはずだ、それを用意しろ! |
大臣 | まさか、国民に虚偽の情報を流す、と? |
王子 | さすがはバカ王子! 頼れる男だ! |
カニ | 頼っていいのカニ? |
バカ王子 | そうと決まれば大臣! 会見の準備だ! |
大臣 | ハハッ! まことに不本意ながらこの大臣、王家の威信を守るためプリウスに乗った死神となり申す! |
バカ王子 | プリウスに乗った死神! |
王子 | わっはっは! プラダを着た悪魔みたいだな! |
大臣 | 笑えませぬ……せっかく今作はこの作者には珍しくギャグで力押ししていたのに、ここに来てこの展開……わたくしには少しも笑えませぬ…… |
王子 | そんなことはない。姫がウンコになって笑った連中だ。毒ガスで数千人の市民が死んだんだ。数千倍笑うさ! |
大臣 | そ、そういうものでしょうか。 |
王子 | そうだ! 笑え国民! この惨劇を! いままでそうしてきたように笑うがいい! |
大臣 | まだこの物語、折り返し地点にも来てないのでございますぞ? |
王子 | それがどうした? |
大臣 | このさきどんなギャグが来ても、読者はもう素直には笑えぬのですぞ? |
王子 | 笑いというのはそういうものだ! |
バカ王子 | いざとなったら俺たちがおぺにぺにを出してポルカを踊ろう! |
王子 | それで万事解決だ! |
大臣 | そ、そういうものでしょうか…… |
バカ王子 | 俺にまかせてついてくるが良い! |
王子 | 会見を開けーい! |
★
王子 | 王子とー! |
バカ王子 | バカ王子のー! |
王子✕2 | 政治チャンネルー! |
王子 | いやあ、今回は大変でしたね。 |
バカ王子 | そうそう、セーブクリスタル盗まれちゃって。 |
王子 | 国民、みんな困ってたからねー。 |
バカ王子 | こりゃあ、なんとかするしかないって思ったよねー。 |
王子 | ちょっと軍が暴走して毒ガス使っちゃったけど…… |
バカ王子 | でもあれ、税金で買ったものだからね。みんな知ってました? あの毒ガス、ひと死んじゃうんですよ。 |
王子 | もう、びっくり! まさかそこまでのものとは思わないじゃない? |
バカ王子 | でも国民が納めた税金で買ったものでしょ? だから、これがみんなの意志! 僕が手を汚せばみんなが救われる! ――と思って。 |
王子 | そうだね。国民がこの国の主役だもんね。 |
バカ王子 | うん。僕たちは裏方だ。批判されることもあるけど、しっかりとこの国を支えていこう! |
王子 | と、そんなわけでバカ王子、週末の予定は? |
バカ王子 | 週末は海へでも出てみようかなぁ、と。 |
王子 | おおっ! いいねえ、海! |
バカ王子 | 王子はどちらへ? |
王子 | それじゃあ僕は、山へでも。森に囲まれた湖を見ながら、フレンチに舌鼓を…… |
バカ王子 | ほう! そいつぁバカ王子もご相伴に上がりたいもんですな! |
王子 | 湖をながめながらの酒、骨身に沁み入りますぞ! |
バカ王子 | くーっ! たまりませんなぁ! |
カニ | おまえら、何歳だカニ。 |
★
※毒ガスで死んだ市民は通りすがりのアルデバラン人に救命措置され全員生き返りました。 |
4 避暑地編
王子 | 来たぜ避暑地! |
カニ | め、眼鏡でスーツの秘書はどこにいるカニ? |
王子 | おいおい甲殻類、避暑地の『ひしょ』はそっちの『ひしょ』じゃあないぜ。 |
カニ | 違うカニかっ!? 女性秘書は肉体でご奉仕、男性秘書は犯罪もみ消し……の秘書とは違うカニ!? |
大臣 | いきなり毒を混ぜぬよう願いますぞ。 |
王子 | 男性秘書も肉体でご奉仕! |
大臣 | 王子まで…… |
王子 | 見ろ! 湖だ! |
カニ | 本当カニ! 行ってみるカニ! |
★
王子 | やーっ ほーっ! ほーう ほーぅ ーっ |
カニ | こだまが聞こえるカニ。 |
大臣 | 聞こえますなあ。 |
王子 | ところで、『やっほう』ってどんな意味なんだろうな。 |
カニ | 考えたことなかったカニ。 |
王子 | やっほうの代わりに、たとえば『ハラショー!』でもいいよね? |
大臣 | お恐れながら王子、時節柄ロシア語は避けるべきかと。 |
王子 | じゃあ何語がいいんだよ。 |
大臣 | 日本語でも英語でも古代ドラヴィダ語でも。 |
カニ | ギリシャ語がいいカニ。 |
王子 | ユリイカッ! イカッ! カッ! ッ! |
大臣 | おおー、素晴らしい。わたくし、アルキメデスが風呂に入って純金の王冠の体積をはかる方法でも思い付いたのかと思いましたぞ! |
カニ | 思わんカニ。 |
王子 | 尼寺へ行けっ! 行けっ! けっ! っ! |
大臣 | これまた素晴らしきシャウト。わたくし、先程まで生きるべきか死ぬべきか迷っていたハムレットがいきなりブチ切れてオフィーリアを罵倒したのかと思いましたぞ! |
カニ | 思わんカニ。 |
王子 | バカヤローッ! ヤローッ! ローッ! ッ! |
大臣 | これは、結婚30周年に招いた友人の野坂昭如が酔ってぐでんぐでんになって祝辞も読まずに殴りかかってきたときの大島渚ですな! |
カニ | わけわからんカニ。 |
★
王子 | 湖に斧を落として、女神が出てくる話あるじゃない? |
大臣 | ええ、存じております。樵が斧を落とすと湖から女神が出てきて―― |
カニ | そなたが落としたのはこの金の斧カニ? それともこっちの銀の斧カニ? と聞く奴カニ。 |
王子 | そう。それなんだけど、あの女神って沖からじゃぶじゃぶ歩いてくるの? |
カニ | 両手に輝く斧を持って、湖底を歩いてくるカニ? |
大臣 | いやいや、わたくしのイメージでは、縦にすーっと浮き上がってくる感じかと。 |
王子 | それって、それなりの水深がないと無理だよね? |
カニ | たしカニ、言えてるカニ。 |
王子 | 狭山湖想像してみ? |
大臣 | 狭山湖でございますか…… |
王子 | 手前のコンクリートの護岸のあたりから出てくるかなあ。 |
大臣 | 果たして狭山湖に女神はおるでしょうか。 |
王子 | ざばぁっ! ……と、髪も服も濡れた女のひとが斧持って出てくるわけよ。 |
カニ | 濡れた髪をカニあげて…… |
王子 | 顔の雫を手で拭いて、スンと鼻を啜り…… |
カニ | これ、落としたでしょ。 |
王子 | うわー、目が真っ赤だこのひと……。 |
カニ | やばかったー、もうちょっとで当たるとこだったんだよ? わかってんの? |
王子 | ……って普通に、なんの事件!? って思うよね。 |
大臣 | 所沢のアパートに住んでいそうな女神ですな。 |
カニ | それじゃあやはり、沖の方に上がってくるのカニ? |
王子 | そこの岸にいるひとーっ! ひとーっ ひとー とー…… |
大臣 | 周囲の山々にこだましてますなあ。 |
王子 | あなたが落としたのはーっ! たのはーっ のはー はー…… |
大臣 | もしかして、わたくしめに言っておるのでありますか? |
王子 | そうだおまえだーっ! だーっ ーっ ちゃんと聞けこらーっ らーっ ーっ |
王子 | おまえが落としたのはこの、金の斧かーっ かーっ ーっ…… |
王子 | それとも銀の斧かーっ かーっ ーっ…… |
大臣 | ま、まわりの観光客の目がっ! |
王子 | シカトしてんじゃねーっ ねーっ ーつ こっち見ろこらーっ らーっ ーっ 立ち泳ぎ疲れるんだからなーっ なーっ ーっ |
大臣 | 目ぇ合わさんどこ…… |
王子 | となってしまうよねー。 |
王子 | 海産物の意見はどうだ? |
カニ | 海産物呼ばわりしたから答えないカニ。 |
王子 | なんだその物言い! それが王子に対する態度か! |
大臣 | 反逆罪である! |
カニ | 待つカニ! おかしいカニ! |
王子 | そーら、湖に放り込めーっ! |
大臣 | お、王子っ! さすがにそこまでは! |
カニ | やめて~っ! 溺れるカニ~っ! |
王子 | 大丈夫、相手はカニだ! |
カニ | ごぼごぼごぼ…… |
大臣 | …… |
王子 | ぎゃはは! 受けるーっ! カニ、沈んだーっ! |
大臣 | 受けてる場合ではありませんぞっ! |
?? | ざっぱーん! |
大臣 | ハッ! |
王子 | あなたはっ! |
バカ女神 | この湖のバカ女神。 |
大臣 | 湖の女神ではなく? |
王子 | このあたりって水深50センチくらいだけど、どうやって隠れてたの? |
バカ女神 | しらん。 |
大臣 | 湖のバカ女神は、普段はどんな生活をしておられるので? |
バカ女神 | しらん。 |
王子 | いちばん好きなモビルスーツ教えて。 |
バカ女神 | ジム・クゥエル。 |
王子 | あ、答えた。 |
バカ女神 | そんなことより! |
王子 | おっ! |
大臣 | 例のやつ、来ますぞ! |
バカ女神 | そなたらが落としたのはこの、人気はあるけどインモラルなユーチューバーですか…… |
王子 | はい? |
バカ女神 | それとも、さっき死んだばかりの真面目で不人気なユーチューバーですか。 |
王子 | あ、いや、俺が落としたのはユーチューバーとかじゃなくて…… |
バカ女神 | おだまりなさい! |
王子 | あ、はい。 |
バカ女神 | ふたりもひとが死んでいるのですよ? なのにあなたはユーチューバーなどどうでも良いと! |
王子 | いや、言ってないでしょう、どうでも良いとは。 |
バカ女神 | 言ったも同然! まっとうなココロがあれば、そのユーチューバーは生前はどんな活躍を? とか、いったいこんな湖でどんな非業の死を? とか、気になるはずです! |
王子 | ええっと、インモラルなユーチューバーは、どんな最後を迎えたのでしょう? |
バカ女神 | 鮭の卵に放精するというネタを撮っているうちに、逝ってしまわれました。 |
王子 | さいですか。 |
バカ女神 | オスの鮭をかきわけ、メス鮭が産卵したところに割り込んで生存の享楽に酔っているうちに水を飲んでしまい…… |
王子 | さすがはインモラルなユーチューバー。 |
バカ女神 | 見殺しにするには惜しい男でした。 |
大臣 | 見殺しにした、と。 |
王子 | で? 死にたての真面目で不人気なユーチューバーは? |
バカ女神 | 彼は、人気ユーチューバーの遺体探しに来ていたのですが…… |
大臣 | 遺体探し…… |
バカ女神 | 頭上からカニが降ってきて、その鋏が頭に刺さって死にました。 |
王子 | あー……そのカニってのは…… |
カニ | わしだカニ。 |
王子 | ええっと。 |
バカ女神 | で? あなたが落としたのは、人気でインモラルなユーチューバーでも、不人気で真面目なユーチューバーでもなく……? |
王子 | いえ、勘違いでした! ボクが落としたのは不人気で真面目なユーチューバーでした! |
バカ女神 | おお! 正直者のあなたには、インモラルなユーチューバーの腐乱死体をあげましょう! |
王子 | わーい! 八つ墓村ごっこができるぞーっ! |
バカ女神 | 不人気で真面目なユーチューバーも持って帰ってください。 |
王子 | ありがとうバカ女神! もらっとくからもう帰って! |
大臣 | ありがとうございまする、バカ女神殿! |
バカ女神 | しゅぼーん! |
王子 | 去っていった。 |
大臣 | しゅぼーんとかいって。 |
★
姫 | 王子様! |
王子 | 姫!? どうしてこんなところへ? |
大臣 | えー、こちらは姫でしたっけ? ウンコでしたっけ? |
姫 | ウンコでございます。バカ王子に洞窟奥で垂れられ、呪いで姫の姿に変えられた…… |
王子 | そう、遺伝子構造も記憶も姫そのものだが、その正体はウンコだ。 |
姫 | 運転免許証もありますし、住民票も取れます。 |
大臣 | それは姫とはどこが違うのでありましょう? |
王子 | 大臣! おまえは姫がウンコに変わってゆく姿を見ていないからそう言えるのだ! ウンコになった姫は……俺の子を宿しているのかもしれないのだぞ! |
大臣 | なんと! |
カニ | や、やっちまってたカニか……? |
姫 | ええ、あの日は生理予定日の17日前、ちょうど排卵日でした。 |
大臣 | そこまで言わんでくだされ。レイティングが上がりまする。 |
カニ | 毒ガスで市民虐殺しておいてレイティングもクソもないカニ。 |
大臣 | いや、しかし、その夜の記憶もあるのでしたら、もはや同一人物では? |
王子 | それは、同じように組み立てられ、同じように塗られたプラモデルは同じものだと言っているに等しいぞ? |
大臣 | ち、ちがうので? |
王子 | 俺が作ったジム・クゥエル量産試作機とバカ王子が作ったジム・クゥエル量産試作機が同じだって言うようなものだぞ!? |
王子 | ホビーショーに出してたら、バイトの男が「どっちがどっちかわからなくなっちゃいましたー」とか言ってバカ王子が作ったジム・クゥエルを返してきたようなもんだぞ? それがどんなことか、わかってるのかっ!? |
大臣 | ハハァッ! わたくしめガンダムは聞きかじった程度で、ジム・クウェルのこととなると、とんと…… |
王子 | ジム・クウェルではない! ジム・クゥエル! ちっちゃい文字は『ゥ』だ! |
大臣 | ハハァッ! |
王子 | 見ての通り、姫は元の姫と寸分違いはしないが、それは三次元世界での話だ。 |
大臣 | 三次元? |
王子 | 縦横高さに、斜めまで加えた四次元で見てみると…… |
大臣 | 斜め? |
王子 | その斜め軸に分断された大きな傷があるのだ! |
大臣 | 斜め軸に分断された大きな傷! |
王子 | 初代神武天皇から続く血脈を分断する天武天皇の謀略のように、姫の中にはバカ王子のウンコの血が流れている! |
大臣 | バカ王子のウンコの血! |
王子 | どうだ。歴史を持ち出すと説得力が上がるだろう? |
大臣 | 確かに! 天皇の名など出されるとわたくし、恐れ多くて思考すらまとまらぬ始末! |
王子 | これが王家の力だ! |
大臣 | 飛躍しましたなぁ! 天皇家の話から王家の話へ! 歴史とは凄いものですなぁ! |
王子 | ちなみに天皇制をまともに機能させたのは天武天皇だ。兄と言われている天智天皇はヤンキー紛いの乱暴者。天武は天智の尻拭いに追われ、その後称徳天皇で天武系の血筋は途絶え、天智系へと戻っていくが、本来の天皇制をもたらしたのは天武天皇だ。 |
大臣 | 軽々しく言ってよいのですか、そのようなこと。 |
王子 | 我が王家はその、皇位を奪われた天武天皇系から派生したのだ! |
大臣 | なんと! わたくしてっきり、ヨーロッパかどこかかの王室だとばかり思っておりました! |
王子 | これがどういうことかわかるか? |
大臣 | ど、どういうことでございましょう? |
王子 | 日本中にこの真実が広まったたとき! 全国七十八億六千万人のネトウヨが俺の配下となるのだ! |
大臣 | サブ垢までカウントしておりますぞ、王子~っ! |
バカ王子 | フッフッフ……そううまくいくかな、無印の王子よ。 |
王子 | おまえはバカ王子! いったいいままでどこに!? |
バカ王子 | 全国七十八億六千万人のネトウヨが無印を選ぶと思ったら大間違い! 無印が良い品だったためしがない! |
大臣 | 無印という言葉の使い方、気を配ってくだされー! |
バカ王子 | ネトウヨが無印とバカ印、どっちを選ぶか、よく考えてみるんだな! |
カニ | 無印とバカ印から選ばされるネトウヨも不憫カニ。 |
姫 | バカ王子さま……。ポッ……。 |
王子 | 姫!? その甘い瞳! まさかバカ王子に恋を!? |
姫 | だってわたくし、あのひとの尻の穴から生まれたのですもの! |
王子 | 確かにそうだが、だからってあの男は…… |
姫 | 女は皆、じぶんをひり出した尻の穴に帰りたいと思っているものでございます。 |
王子 | その主語、ウンコだろ。『女は』じゃないだろ。 |
カニ | いいのカニ、こんな話で…… |
★
大臣 | ところで王子、ウンコのほうはどうなさいました? |
王子 | ウンコではない! 姫と言わんか! |
大臣 | ハハッ! その姫をこのところ目にしておらぬのですが、はたしていずこに? |
王子 | 姫は俺の部屋で、人間になったときに備えて準備をしている! |
大臣 | 準備を? |
王子 | 我が跡取りの母となるのだ。無知では困る。メイドに日々のニュースを読み聞かせさせている。 |
大臣 | 我が城では、メイドがウンコにニュースを読み聞かせておる、と。 |
王子 | ウンコではない! 何度言ったらわかるのだっ! |
大臣 | 済まぬ、メイド……わたくしがふがいないばかりに……。 |
王子 | 最近では東海オンエアの動画を見せると嬉しそうな香りを放つと報告が上がっている。 |
大臣 | メイドォォォォッ! |
5 学園編
王子 | ここがバカ王子が生徒会長をやっているという聖帝学園か! こんなに気高くも美しい高校を選ぶとは、バカ王子も隅にはおけぬ。 |
王子 | フッ……だが俺様が来たからにはもう安泰はない。 |
王子 | 聖帝学園生徒会長の座、この俺が奪ってみせよう! |
バカ忍者 | ようやく来たか、王子…… |
王子 | 貴様…… |
バカ忍者 | ここに辿り着くまでに幾人もの刺客を放ったが、さすがは王子、造作もなかったようだな。 |
王子 | やはり貴様の差し金だったか……わざわざこんなところへ呼び出して、なんのつもりだ? |
バカ忍者 | 問答無用! 斬る! |
王子 | ちょっと待てーい! |
バカ忍者 | どうした!? 怖気づいたか? |
王子 | この章は学園編と聞いている! なぜ忍者が出てくる!? |
バカ忍者 | 学園モノに忍者と日本兵は付きものだ! お命、頂戴! |
王子 | うわぁぁぁぁっ! ……って、どっちも付きものじゃないわーっ! |
バカ忍者 | な、なんだとう? |
王子 | 忍者が出てくる学園モノなんか限られてるだろう? しかも日本兵って! どこの学園モノに出たんだよ。 |
バカ忍者 | い、伊賀野カバ丸とか……さすがの猿飛とか…… |
王子 | よく聞け、バカ。 |
バカ忍者 | 忍者をつけろ、デコ助野郎! |
王子 | 学園モノだろうがファミリーモノだろうが、忍者が出た時点で忍者モノなんだよ! |
バカ忍者 | そ、そうなのか……? |
王子 | 忍者ってのはそのくらい強いんだよ! 学園モノより上に来ちゃうんだよ! |
バカ忍者 | じゃ、じゃあらき☆すたに忍者出たら忍者モノになるんか? |
王子 | なるよ、忍者モノに! |
バカ忍者 | とっとこハム太郎に忍者出たら忍者モノになっちゃうんか? |
王子 | なっちゃうんだよ! |
バカ忍者 | こうしくんがマキビシを食べてしまったのだ! |
王子 | ちゃんと片しとけよ! 危ないだろ! |
王子 | やりなおしだ、やりなおし! ちゃんと学園モノで行くぞ! |
バカ忍者 | あいわかった。 |
★
王子 | ここがバカ王子が生徒会長をやっているという聖帝学園か! こんなに気高くも美しい高校を選ぶとは、バカ王子も隅にはおけぬ。 |
王子 | ……しかし……きらびやかな学園に嗅ぎ慣れぬ異臭が…… |
バカゾンビ | ぐぎ……ぐぎぎぎぎぎ…… |
王子 | これはっ!? |
バカゾンビ | ぐぼあぁぁぁぁぁぁぁっ! |
王子 | うわぁっ! 襲ってきたぁっ! |
バカゾンビ | がが…あがががが…… |
王子 | 背後からも! まずい! 囲まれた! |
バカゾンビ | ぷしゃあああああああっ! |
王子 | 待てこらぁっ! |
バカゾンビ | ぷけ? |
王子 | ぷけ? じゃねえよ。ゾンビ出しちゃしょうがねぇだろうがよ。 |
バカゾンビ | 学園にゾンビとマツケンサンバは付きものだ! ぷしゃああああっ! |
王子 | うわぁぁぁぁっ! ……って、どっちも付きものじゃないわーっ! |
バカゾンビ | ぷけ? |
王子 | ぷけじゃねぇっ! 学園モノだろうが釣りバカものだろうが、ゾンビが出た時点でゾンビものなのっ! |
バカゾンビ | じゃあ忍者ハットリくんにゾンビ出たらなにになるんだ? |
王子 | 忍者とゾンビ両方出たら、そういう新ジャンルなんだよ! 忍者とかゾンビってのはそのくらい強いのっ! |
バカゾンビ | すげーっ…… |
王子 | もっかいやるぞ。ボケんなよ? 学園モノだかんな。 |
バカゾンビ | ぐげ…… |
★
王子 | ここがバカ王子が生徒会長をやっているという聖帝学園か! ……しかし……なんか磯の匂いが……なんだこれ…… |
バカ鮫 | ぎょえええええええっ! |
王子 | うわぁぁぁぁぁっ! 鮫が出たぁぁぁぁっ! っておまえ、わかってやってんだろ! |
バカ鮫 | ぎょぎょぎょ? |
王子 | 学園モノに鮫は出ないの! |
バカ鮫 | いや、学園に鮫と江頭2:50はつきものかと…… |
王子 | おまえの頭のなかの学園ものには、忍者と日本兵とゾンビとマツケンサンバと鮫と江頭2:50が出てくんのか! 学園要素どこだよ! |
バカ鮫 | あと、カンタのばあちゃん。 |
王子 | カンタのばあちゃん出てる学園モノ、見たことねえ! |
バカ鮫 | マジかー。ぜってぇ面白いのに出ねぇのかー。 |
王子 | 面白ぇけど違うの! 何度も言うけど鮫とか忍者とか、それだけでジャンルなの! |
バカ鮫 | すげぇ…… |
王子 | たとえばスラムダンクに鮫出てきたらそれはもう鮫モノなの! 映画だったらもう「鮫好き以外は見ないでください」って書いてあるようなもんなの! |
バカ鮫 | マジかーっ…… |
王子 | 山王戦の後ろで、鮫が堀田くんに噛みついてたらどうする? バスケ続けられるか? |
バカ鮫 | あきらめたらそこで試合終了ですよ? |
王子 | 指導者失格だろ、安西先生。 |
バカ鮫 | ひとという字はー ひととひととが支え合ってる姿を表していると言います。 |
王子 | 金八じゃねぇか。 |
バカ鮫 | せちがらい世の中だなあ。 |
王子 | もっかいやるぞ、もっかい。 |
★
王子 | ここがバカ王子が生徒会長をやっているという…… |
カニ | キミが転校生の王子様カニ? |
王子 | …… |
カニ | わしはこの学園の理事長カニ。さっそく教室に案内するカニ。 |
王子 | …… |
カニ | キミが言いたいことはわかるぞ。忍者もゾンビも鮫も駆逐したのにカニがいるじゃねぇか。最初から成立してねぇわこの話。何やってんだ俺。 |
カニ | と、そんなところカニ? |
王子 | 残念ながら大正解だ! |
カニ | 勝った! ついに王子に勝ったカニ! |
王子 | 勝ち負けはともかく! 前々から気になってんだけど…… |
カニ | 何カニ? |
王子 | なんでカニが喋れるんだ? |
カニ | 人間界での暮らしも長いカニ。 |
王子 | で? |
カニ | いぜんは哺乳類など、ふにゃふにゃして気持ち悪いと思っていたカニが、いまでは我が校の生徒が脱皮したてのソフトシェル・クラブのように思えてハァハァするようになったカニ。 |
王子 | …… |
カニ | いやいや、カニでいうと17歳はまだまだメガロパ幼生、そんな妄想をするようでは教育者失格……そうだ、キミ、知っとるかね?―― |
バカ探偵 | 遅くなってすまない! 道中トラブルがあって足止めされていたのだ! |
王子 | お待ちしておりました! バカ探偵どの! |
カニ | カニのメスは一度交尾したらそのときの精子を交尾嚢に貯めておいて、数年間その精子を使って卵を受精するカニ。 |
バカ探偵 | それでだな、王子……学園モノに探偵は…… |
王子 | ぜんぜんあり! |
バカ探偵 | 即答か! いったい何があったんだ! |
カニ | はじめての体験! それは永遠のメモリーカニ! |
王子 | いままでは済まなかった! 一刻もはやくここを離れたい! |
バカ探偵 | ちょうど事件が発生したところだ。さっそく謎に挑もうではないか。 |
王子 | ええ! 学園を覆う暗雲! 晴らしてみせましょう! |
カニ | わしが何を言いたいかわかるカニ? ……と、ニヤけた顔で振り向くと……転校生は…… |
カニ | いないカニっ! 転校生はどこに行ったカニ! |
★
王子 | ところでバカ探偵、事件とはいったい? |
バカ探偵 | 予告状が届いたのです。 |
王子 | 予告状? |
バカ探偵 | この学園を消滅させる、と! |
王子 | 消滅!? それは、爆破予告か何かのようなものですか? |
大臣教頭 | 待っておりましたぞ、バカ探偵殿! |
王子 | だ、大臣? この世界では教頭をやっているのか? |
大臣教頭 | だいじんではありませぬ! 大きい臣と書いて、『おおおみ』、 |
王子 | おおおみ教頭!? |
大臣教頭 | この名前のせいで、給食当番の日には『給食大臣だ!』と囃され、宿題を忘れたら『忘れんぼ大臣』、ウンコを漏らしたら『ウンコ大臣』とバカにされてきました。いたいけな子ども同士、名前のことで傷つけあって良いものか、良いわけがない、そんな争いと無縁な学園を築きたいと教育者になり、長い月日の果に流れ着いたのがこの学園! |
王子 | なんと意識の高い…… |
大臣教頭 | よって、この学園でわたくしめを『だいじん』と呼んだものは即刻退学! |
王子 | いやいや。 |
バカ探偵 | 待ってください! このものは先程転校してきたばかり、この学園の規律には明るくないのです! |
大臣教頭 | ならばいたしかたない。 |
バカ探偵 | して教頭、予告犯の意図はわかりましたか!? |
大臣教頭 | ああ、わかりました。犯人はおそらくこの世界の偽りを暴き、真実を明かしたいのでありましょう。 |
王子 | この世界は偽り? いったいどういうことですか? |
大臣教頭 | それはすなわち―― |
カニ | 大臣教頭! 犯人から二通目の予告状が届いたカニ! |
大臣教頭 | なんと! |
カニ | これがその予告状カニ! |
大臣教頭 | どれどれ。 |
バカ探偵 | みふぁみふぁ。 |
大臣教頭 | …… |
バカ探偵 | …… |
王子 | そ、そらそら? |
カニ | しーどー! |
大臣教頭 | 早速指導に行きましょう! |
王子 | なるほど! 『どれどれ』からの『みふぁみふぁ』、『そらそら』、『しーどー』と来ての『指導』ですか! |
大臣教頭 | そうやってギャグの解説をするのは説ハラですぞっ! |
カニ | ところで犯人からの要求はなんと書いてあるカニ? |
バカ探偵 | 『わたしをお花畑に埋めて肥料にして欲しい……』 |
大臣教頭 | なんですかそれは? それではまるで犯人はウンコのようではありませんか? |
カニ | ああ! 桜の樹の下にはウンコが埋まっているカニ! |
王子 | それって、言われたとおりにしてやることはできないのか? |
バカ探偵 | 王子、冷静に考えてください。 |
王子 | 冷静に…… |
バカ探偵 | 『ウンコに頼まれてウンコをお花畑に埋めました』などと会見したとしたら…… |
大臣教頭 | ただのバカだと思われてしまいますぞーっ! |
王子 | じゃあどうするんだ? |
バカ探偵 | 証拠とともに、警察に引き渡し、裁判を受けてもらう。 |
王子 | 『脅迫状を送りつけたウンコを警察に引き渡し、現在訴訟の準備中です』と会見するのか? |
大臣教頭 | 会見はやめておきましょう。 |
カニ | それがいいカニ。 |
バカ探偵 | たったいま犯人から三通目の手紙が! |
大臣教頭 | なんと書いてある? |
バカ探偵 | 「旧校舎三階の、女子トイレの三番目の個室で待っています」 |
王子 | なんと。 |
バカ探偵 | 「三回ノックして、『花子さんですか?』と声をかけてくれたら、わたしは現れます」 |
王子 | トイレの花子さんパターン!? |
バカ探偵 | 待てよ…… |
王子 | どうした? |
バカ探偵 | あれはレバニラ炒めを大量に食った翌日のことだった……トイレでにんにく臭いウンコを垂れたあと、ふと呼ばれた気がして振り返り、トイレのドアを……こんこんこん…… |
王子 | ノックしたのか!? |
バカ探偵 | そうだ! 三回ノックしたんだ! |
カニ | そ、そしてどうしたカニ? |
バカ探偵 | 俺は不安に駆られ、「もしかしてさっき垂れた……レバニラ……? ですか……?」 |
王子 | 聞いたのかっ! |
バカ探偵 | ああ! するとトイレの中から、ほんのりとウンコの匂いの漂う姫が現れた! |
大臣教頭 | きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! |
カニ | そうやって姫が生まれたのカニ…… |
王子 | ということは! |
カニ | トイレの花子さんも、元はだれかのウンコだったカニ! |
大臣教頭 | それが三回ノックの秘術により、人間の肉体を得たのですな! |
バカ探偵 | そういえば、トイレの花子さんの目撃談に、未消化のニラが髪に絡まっていたという複数の証言があった! |
王子 | するとこの脅迫状も罠か!? |
カニ | どういうことカニ? |
バカ探偵 | ウンコが人間になるために俺たちを利用しようとしているんだ! |
カニ | う、ウンコはどうやって脅迫状を書いたカニ? |
王子 | そう、問題はそこだ。 |
バカ探偵 | 俺たちはウンコの生態を知らない。何が起きても不思議じゃない。 |
王子 | 問題解決! |
カニ | してないカニ。 |
大臣教頭 | どういたしましょう? 無視しておきますか? |
バカ探偵 | いや、三階の女子トイレってことは、学園のアイドル竹下さんのウンコの可能性がある。 |
大臣教頭 | 探偵殿! 変態の発想になっておりますぞ! |
バカ探偵 | ウンコの大半は体内フローラの残骸と腸管内の老廃物、遺伝子的にはほぼ竹下さんだと言える! だとしたらトイレの花子さんは竹下さんのウンコから変化した竹下さん本人だとは言えないだろうか! |
大臣教頭 | 探偵殿~~~~~~~っ! |
★
王子 | こちらの銅像は、学園の創始者ですか? |
バカ探偵 | ああ、森幸一郎、この物語の著者の高校時代の友人だ。 |
王子 | この物語の著者の友人! |
バカ探偵 | フェイスブックで新刊の告知をするときに、『希望者がいたら登場させます』と書いたら、森くんが挙手してきたのだ。 |
王子 | 森くんと言われても、どんなひとかさっぱり。 |
バカ探偵 | ときどきウイルスに感染して謎のDMを送ってくるネットにうとい50代後半のおっさんだ。 |
王子 | あちゃあ。 |
バカ探偵 | 本人からのDMも内容が不審で、ウイルスなのか本人なのかわからず返信し難く、たいがい放置している。 |
王子 | きっついなぁ、それ。 |
バカ探偵 | 高校時代、毛の生えてない脇を見せて「ボクはまだ子どもでーす!」と言っていた森くんがネットに疎いおっさんになるのだからな……時の流れというのは恐ろしいものだ…… |
王子 | 個人情報だぞ。コンプライアンス大丈夫か? |
バカ探偵 | 脇毛生えたか! 森くん! |
王子 | おいおい。 |
バカ探偵 | 年賀状がとってあるはずだから、巻末に晒そう。 |
王子 | やめてあげろ。 |
バカ探偵 | いや……しかし…… |
王子 | 急にどうした? |
バカ探偵 | 著者の代弁をして申し訳ないが、おっさんを面白く描ける自信がない! 竹下さんや秋山さんを登場させたときのテンションとは大違い! 女子からの『イイね!』もついていたはずなのにどうして! ……どうしてよりにもよって森くんなんだ……! |
王子 | 今更? |
バカ探偵 | 伊藤さんっ……。 |
王子 | 実名出すな。普通に引くから。 |
バカ端点 | 仮名。 |
王子 | ほんとに仮名なんだろうな。 |
バカ探偵 | 書き始める前は行けると思ったんだ……森くんでも……。 |
王子 | 読みが甘いんだよ、バカ王子は。 |
バカ探偵 | こっちは実名。 |
王子 | はいはい。 |
王子 | それにしても、イラストはツイッターで募集、登場人物はフェイスブックで募集……この話を書いている著者はアタマがおかしいのか? |
バカ探偵 | ああ。物語は素晴らしいだけに、もったいない。 |
王子 | めちゃくちゃ著者の代弁してんなぁ。 |
バカ探偵 | 森くん! すまん! これで許してくれ! |
王子 | あっ! 逃げた! |
★
王子 | ところで、さきほど聞いた、この世界が偽りだというのは……? |
大臣教頭 | なあに、つまらん噂話ですよ。 |
王子 | 聞かせてもらえないか? |
大臣教頭 | 王子も物好きなお方だ。なんでもこの学園は、みんなの思い出の中だけにある虚構だと、そういう話のようです。 |
王子 | この学園が虚構!? |
大臣教頭 | 高校を出たあとはろくに社会に馴染めずに、いつまでも高校生気分で女子高生の絵をながめてハァハァしている者たちの想念によって生まれた世界! |
王子 | そ、そんなまさか…… |
バカ探偵 | そう。ここはおとなになりきれないオタクたちの妄想で生まれた学園。 |
大臣教頭 | その学園を築いたのが初代理事長、森幸一郎! |
王子 | あ、引っ張った。 |
大臣教頭 | オタクの妄想世界……すなわち! |
王子 | すなわち……? |
大臣教頭 | この学園に通う女子生徒は全員がたわわ! |
バカ探偵 | 見るが良い、王子! 見渡す限りのたわわの豊作! |
大臣教頭 | 月曜日の満員電車で男たちの憂鬱を晴らすたわわ! |
王子 | しかも、勝手に押し当ててくるから痴漢じゃない! |
カニ | それ、言語化するとどっち陣営からも責められるだけカニ。 |
大臣教頭 | その妄想が具現化した世界……それは…… |
バカ探偵 | それは! |
大臣教頭 | 実社会そのもの! |
王子 | 一周回ってるなあ! |
カニ | そういうのはここで言わないで、ツイッターで吐き出してくるカニ。 |
大臣教頭 | 大丈夫! こんな本、フェミニストは見向きもしませぬゆえ! |
バカ探偵 | ここでなら何を言っても平気! |
王子 | 長かった……ポリコレに縛られ続けた作者も、これで自由になれるんだな…… |
バカ探偵 | 巨乳、巨乳、そのなかに紛れる貧乳! このバランス感覚! |
王子 | まったくオタクってヤツは心得たもんだな! |
大臣教頭 | しかも乳首が4つずつあります! |
王子 | ふたつでもうれしいのに4つも! |
大臣教頭 | 牛乳も出ますぞ! |
王子 | そのままでも最高なのに牛乳まで! |
大臣教頭 | しかも、モーモー鳴きます。 |
王子 | た、たまらん! はやく会わせてくれ! |
大臣教頭 | そろそろおかしいと気づいてくれませんか? やりにくいです。 |
王子 | おかしい? |
大臣教頭 | 胃が4つあって一日中飼い葉を反芻してゲップには多量のメタンガスが含まれ地球温暖化の一因とも言われておるのですぞーっ!? |
王子 | あああっ! 聞くだけでおぺにぺにがっ! おぺにぺにがっ! |
★
王子 | 新しい情報が入った! |
大臣教頭 | 新しい情報だと!? |
王子 | 俺たちがたわわの話をしてる間に、通りすがりの生徒がトイレのドアを三回叩いて…… |
カニ | い、言ってしまったのカニ!? 禁断のあの言葉をカニ!? |
王子 | ああ、俺の聞いた話によると―― |
バカ生徒 | |
ウンコ | ……違います |
バカ生徒 | |
ウンコ | ……違います |
バカ生徒 | |
ウンコ | ……違います |
カニ | なぜ魁!!男塾のキャラにこだわるカニ!? |
バカ生徒 | ということは、は、は、はな……はな…… |
大臣教頭 | おっ! ついに来ましたぞ! |
カニ | 期待してもいいカニ? |
バカ生徒 | 花の慶次くん? |
カニ | 少年漫画から離れるカニーッ! |
ウンコ | もうそれでいいです。 |
大臣教頭 | 諦めるなーっ! |
カニ | それでどうなったカニ? |
王子 | トイレからトイレの花子さんならぬ、トイレの花の慶次くんが現れて、呼び出した女生徒を馬に乗せて茶屋へと旅立ったそうだ。 |
大臣教頭 | な、なんと羨ましい。 |
王子 | ひたすら好きなキャラの名を呼び続けた女生徒の粘りがちだな。 |
カニ | にしても趣味が偏りすぎてないカニ? |
大臣教頭 | 事件は解決した! さあ! 学園祭だ! |
王子 | やったぁ! 脈絡ないけど楽しそう! |
バカ秀才 | おまえたち! いったいなんてことをしてくれたんだ! |
大臣教頭 | お、おまえは我が学園一の秀才! |
バカ秀才 | おまえたちがトイレの慶次くんを呼び出したせいで、宇宙の法則が乱れた! |
王子 | 宇宙の法則が! |
大臣教頭 | 乱れた! |
バカ秀才 | いますぐ開かれたトイレのドアを閉めなければ、この宇宙は崩壊してしまう! |
王子 | しかし、そんなこと言ったって、女子トイレだぞ!? 俺たちじゃ入れない! |
バカ秀才 | そいういうときは小学生のときにやったように、おぺにぺにを股に挟んでこうやって…… |
王子 | おかあさん、おかあさんみてぇ! おんなのこーっ! |
大臣教授 | それで女子トイレに侵入したら変態確定ですぞ! |
カニ | 宇宙の崩壊がかかっているときに、気にしている場合じゃないカニ! |
バカ秀才 | そうだ! おぺにぺにを挟むのだ! |
大臣教頭 | いいや! 規律違反は許しませぬ! 男子が女子トイレに入るのを許したとあっては、仮に宇宙が助かっても学園の評判が地に落ちまする! |
王子 | じゃあどうすればいいんだ! |
大臣教頭 | く、空間を歪めればいい! そうすれば女子トイレの外から個室のドアを閉めることができる! |
バカ秀才 | それはすでに我が科学部で試してみた! |
王子 | 早っ! |
カニ | して、結果はどうなったカニ!? |
バカ秀才 | 空間の制御が難しく、科学部室の掃除用具入れが大臣教頭の愛人宅とつながってしまった! |
王子 | なんてこった…… |
大臣教頭 | え? なに? どこにつながったって? |
バカ秀才 | まだバレてないが、バレたら何が起きるか…… |
カニ | たいへんなことになったカニ…… |
大臣教頭 | そうだ! 思い出しました! |
王子 | むっ? いったい何を? |
大臣教頭 | 職員室のトイレから各女子トイレまで、先代教頭が作った抜け穴がございます! |
王子 | まてまてまて、なんのための抜け穴だ。 |
大臣教頭 | 生活指導と生徒の安全確保のため……ほとんどの私立高校にはあるとのことで稟議を通したそうです。 |
王子 | たしかに「他校にもある」と言われては断りにくい。その先代教頭、ずいぶん抜け目のない男のようだな。 |
大臣教頭 | わたくしめの父でございます。 |
王子 | ちなみに、褒めたわけじゃないからな。 |
カニ | 話し込んでいる場合ではないカニ! |
王子 | ああ! 出かけよう! |
バカ忍者 | ぬわーっはっは! そううまく行くと思ったら大間違いだニンニン! |
王子 | バカ忍者!? |
カニ | 宇宙の法則が乱れてるカニ! |
大臣教頭 | 立ちはだかる敵は倒すのみ! |
王子 | 行け! カニ! ハサミミサイルだっ! |
カニ | は、ハサミミサイル? や、やってみるカニ! |
カニ | しゅぼーん! |
バカ忍者 | ぐわぁぁぁぁっ! |
カニ | 出た! ハサミからミサイル出たカニ! |
大臣教頭 | 宇宙の法則が…… |
王子 | 乱れている…… |
バカ | ぎ……ぐぎぎぎぎ…… |
王子 | 行けっ! カニッ! 10万ボルトだ!(CV松◯梨香) |
カニ | カニカニィッ!(CV大◯育江) |
大臣教頭 | い、いったい何が起きているのですかーっ! |
バカ | カンタぁぁぁぁぁっ!(CV北◯谷栄) |
カニ | アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリデヴェールチ!(CV中◯悠一) |
大臣教頭 | 置いて行かないでくだされーっ! |
バカ王子 | ついにたどり着いたようだな、王子…… |
大臣教頭 | 展開が早うございますーっ! |
王子 | おまえは、バカ王子……? |
バカ王子 | まんまとなんたらかんたら。 |
王子 | セリフちゃんと言えよ。 |
バカ王子 | わーっはっはっは! |
王子 | 笑ってごまかすな。 |
バカ王子 | だいたいドラマでもねぇし、そんなにスルスルとセリフが出るかよ! |
王子 | 少しは努力しろよ。 |
バカ王子 | 40メートルの高さから飛び降りると水はコンクリートの硬さなんだぞ! |
王子 | 知らねえよ。 |
バカ王子 | うるせぇボケェ! 王座渡せうりゃあっ! |
カニ | お、おまえら、トイレの扉を見るカニ! |
王子 | トイレの? |
バカ王子 | 扉? |
カニ | 光ってるカニ! 中に何かいるカニ! |
大臣教頭 | も、もしかして向こうにいるのは……? |
王子 | 白石麻衣さんですかっ! |
??? | 違います…… |
バカ王子 | 橋本環奈さんですかっ! |
??? | 違います…… |
大臣教頭 | おふたりとも己の願望を実体化させようとしておりますな? |
カニ | A5ランクの和牛カニ? |
王子 | 食う気まんまんかよ。 |
??? | ………… |
バカ王子 | いやでもここは食い気より色気! |
王子 | た、たのむっ! 違うと言ってくれ! |
??? | ……違います |
王子 | ホッ…… |
バカ王子 | それじゃあええっと―― |
大臣教頭 | 初代理事長、森幸一郎!? |
王子 | あーっ! |
バカ王子 | なんで割り込んだぁーっ! |
??? | ………… |
王子 | いやだぁーっ! こんな場面で名もなき一般人が出るのはいやだぁーっ! |
??? | 森幸一郎…… |
バカ王子 | た、たのむ! もうワンチャン…… |
??? | ……じゃあ、それでいいです。 |
王子✕2 | ああああああああああああああっ! |
6 未来編
王子 | クッ……ここはいったい…… |
バカ王子 | 気がついたか王子。 |
王子 | バカ王子? 俺は……気を失っていたのか? |
バカ王子 | ああ、聖帝学園での事故がきっかけで、どうやら俺たち、未来の世界に来てしまったらしい。 |
王子 | 事故というのは、女子トイレの個室の中から森幸一郎が出てきた件か? |
バカ王子 | どこに行ったんだ、森幸一郎。 |
王子 | そんなことより…… |
バカ王子 | ああ、そうだ。これを見ろ。おまえが気を失っている間に買ってきたんだ。 |
王子 | ファイナル……ファンタジー……18……? |
バカ王子 | ああ、俺たちが知っているのは15まで……。来てしまったんだな。未来へ。 |
王子 | 未来か……。だけど15から18だと、そんなに日は経ってない気がする。 |
バカ王子 | 甘いな、王子は。パッケージを良く見てみろ。 |
王子 | 2052年発売……って、ファイナルファンタジー、発売ペース遅っ! |
バカ王子 | ナンバリングのペースは遅いが、シリーズはそうでもないぞ。去年だけでディシディア・ファイナルファンタジー |
王子 | ファイナルファンタジー・レヴァナント・ときめきハイスクールで遊んでみたい。 |
バカ王子 | そう。俺もそのタイトルには惹かれた。だけどこの世界はもう俺たちが知っている世界とは違う。 |
王子 | 違う? |
バカ王子 | 野村哲也も坂口博信も植松伸夫も死んだ世界だ。 |
王子 | そうか……30年後の未来だもんな…… |
バカ王子 | 北瀬佳範は不思議と生きてる。 |
王子 | あいつは生きていそうだ。 |
バカ王子 | いまも森高千里のファンだそうだ。 |
通行人 | ハッ! |
王子 | む? そこの通行人! なぜ俺たちを見て息を飲んだ? |
通行人 | い、いいえ……なんでもありません。 |
バカ王子 | ここで何をしている? |
通行人 | 孫を保育園に送り届け、これから買い物をして帰るところでございます。 |
王子 | 待てよ…… |
通行人 | …… |
バカ王子 | 年は食っているが……どこかで見た記憶が…… |
王子 | もしや、姫! |
通行人 | どきっ……! |
バカ王子 | 姫だと!? |
通行人 | や、やっぱりあなたがたは……? |
バカ王子 | やはりそうか! 王子とバカ王子だ! 時間の狭間におちて未来へ来てしまった。 |
王子 | してそなたは、ウンコから戻った姫か、ウンコから変化してそのままになった姫か、どちらだ? |
通行人 | ウンコ呼ばわりされていた過去など、思い出したくありません……。 |
バカ王子 | わーっはっは! この女、王族に反抗して処刑になりたいと見える! |
王子 | そう言うなバカ王子、元は一国の姫だ。妾の不始末とは違う。 |
王子 | 孫がいると言ったな? すると、その子は俺の孫、王族ではないのか? なぜ市井の保育園になど通わせる? |
通行人 | なにもご存知ないのですね……? |
王子 | ご存知ない? |
通行人 | 革命がおきたのでございます…… |
バカ王子 | 革命? |
通行人 | 我が国は……王族が倒れ、民主主義国となったのでございます! |
王子 | ば、バカな……民主主義だと……!? |
バカ王子 | 民主主義というのは、愚かな民衆が投票で国を動かすというあれか? |
王子 | 重要な政策はどのようにして決まるのだ!? |
通行人 | 民衆が選んだ政治家が、多数決で決めます。 |
バカ王子 | 愚かな……そんな政治がうまく行くはずが無いではないか! |
通行人 | まあ、実際にうまく行ってはいないんですが……。 |
王子 | 諸外国はどうなった!? 韓国は経済破綻し、中国は人権問題で糾弾され国家解体の憂き目にあったのであろう? |
通行人 | いいえ、王子様方が消えた頃よりバイオテクノロジーが隆盛し、韓国、中国はそのブームに乗り経済的にも不動の地位を築きました。 |
王子 | バカなっ! バイオテクノロジーなど、俺がいた時代でも旧世代の技術だ! |
通行人 | いまでは遺伝子テクノロジーを基本とした農業生産、それに付随する化学技術、機械工学、ソフトウェア、センサー技術、医療、気象予報、そしてそのコントロールと、すべてが結びついた一大産業です。王子の知るバイオテクノロジーとは規模が違います。 |
王子 | そんなもの、我が国にも基礎はあったはずだ! |
通行人 | イノベーションのきっかけは、生体認証技術を更に進めた遺伝子認証でした。 |
バカ王子 | バ、バカにもわかるように言ってくれ! |
通行人 | お豆がたくさんありました。おいしいお豆はどれかな~? 食べずにわかるにはどうしたらいいのかな~? |
王子 | 律儀な通行人だなぁ。 |
バカ王子 | なるほど、すべてわかったぞ! |
王子 | バカの理解は早いなぁ。 |
通行人 | 反政府ゲリラの追跡目的での遺伝子捜査が、スマホとIoT技術が普及した中国で一般化、それは中国産のインフラを導入したヨーロッパにも瞬く間に普及しました。いまでは世界規模での遺伝子情報データベースが存在します。 |
王子 | わ、我が国はどうなった? ソニーやトヨタは手をこまねいていただけか? |
バカ王子 | そう焦るな、お豆の話の続きを聞こうではないか。 |
通行人 | お豆の情報は上海の商人が独占し、みんなで利用できるようになりました。 |
バカ王子 | わかりやすいっ! |
王子 | 余計混乱したわ! |
通行人 | その遺伝子情報でさまざまなことがわかりました。ヨーロッパのいくつかの王家はその血統に偽りがあることが暴かれ、革命の果に消滅した国もございます。 |
王子 | なんと! |
バカ王子 | ええっと…… |
通行人 | 国産大豆使用! と謳われた豆腐に外国産遺伝子組み換え大豆が紛れ込んでいることがわかって、お豆腐屋さんが何件か潰れました。 |
バカ王子 | 大豆の産地を偽るとは、とんでもない豆腐屋だ! |
王子 | おまえ、その理解でいいのか? |
通行人 | そして日本では……天皇家の血統の調査がタブー視され、すぐにこの世界的ネットワークから切り離されました。 |
王子 | なんと! それで日本は遺伝子ブームの波に乗れなかったのだな!? |
通行人 | そう……それでも個人による遺伝子調査から、少しずつ天皇の遺伝子も明らかになって行ったのです。 |
王子 | 個人から……天皇へ……? |
通行人 | そうです。天皇本人の遺伝子を調べなくとも、それに近しいものの遺伝子を調べれば天皇のルーツは探れるのです。 |
王子 | 本人の遺伝子を調べなくても……? 恐ろしい世界だな……。 |
バカ王子 | して、どうだったのだ? 天皇のルーツ! |
通行人 | 大室天皇説をご存知ですか? |
王子 | 知らぬ。教えてくれ。 |
通行人 | 明治天皇がじつは替え玉だという話。先代孝明天皇の子ではなく、長州藩出身の力士、大室寅之祐であると言う説がまことしやかに流れているのです。 |
王子 | さっきから黙って聞いていればなんだ、その話は! バカも休み休みに言え! |
通行人 | ふぅ……では、お言葉に甘えて…… |
バカ王子 | お茶でももらおうか。 |
王子 | コーヒーをくれ。グアテマラ、エル・インヘルト農園のウォッシュドをシティ・ローストで頼む。 |
通行人 | ちょっとトイレ。 |
バカ王子 | てら~。 |
王子 | AFK |
通行人 | もどりました~ |
バカ王子 | おか~ |
王子 | で? どうだったのだ? |
通行人 | 明治天皇が孝明天皇の血を引いている可能性……それは五分五分。 |
バカ王子 | 五分などということがあるか! そんなのは中国の陰謀だ! 中国が日本の天皇を貶めるために偽の遺伝子情報を流しているのだ! |
通行人 | と、このように日本国内の右翼は盛り上がり、中国との開戦の機運が高まっております。 |
王子 | 中国と開戦……? もちろん、勝てるんだろう? |
通行人 | 日本には外国の軍事施設にピンポイントで爆撃を加える技術はありません。制空権を奪えないまま地上部隊を入れても、人口比、戦力比、国際世論等すべてにおいて不利。 |
バカ王子 | 話の腰を折るようで悪いが、気になっていることがある。 |
王子 | なんだ? |
バカ王子 | そろそろ読者が困ってる。 |
王子 | ここまで来たんだ、聞くしかないだろ。 |
通行人 | そんななか、この戦争の鍵をにぎる人物がひとり! |
王子 | おお! そんな奴がいるのか! |
通行人 | その者の遺伝子を調べれば、明治天皇、ひいては現在の天皇が正統な血を引いているか否かがはっきりする、広大なパズルの最後のピース。 |
バカ王子 | そういう展開を先に言えよ。 |
通行人 | 現在反政府軍に保護され、勤王派の手から匿われております。 |
王子 | なんと! |
通行人 | すでに天皇の血統が数か所で途切れていることがはっきりしています。そのキーパーソンによって最後の砦、明治天皇の正当性が崩れ去れば守旧派は一気に崩れ去ることでしょう! |
通行人 | 他方! この鑑定に提供されているデータが中国の捏造である可能性も指摘されております! それが事実なら世界中の遺伝子認証システムが停止する! これは! 日本! 対! 世界! の戦いでもあるのです! |
バカ王子 | すげぇ! SFっぽい! |
王子 | それ、ここで書かずにちゃんと書いてハヤカワにでも出せばいいのに! |
通行人 | それが、作者が「日の目を浴びるかどうかわからんとこに出したくない」と。 |
バカ王子 | こんなとこに書いたら、読者7~8人だぞ? |
王子 | ああ、それよりも賞に出せば、少なくとも審査員は読んでくれる! |
通行人 | 審査員が読むならまだ救われましょう。実際には新人賞を受賞して新作のネタが沸かないと悶々としているセミプロと新人編集者が下読みで落とすのでございます。 |
王子 | ずいぶんと拗らせたもんだなぁ。 |
バカ王子 | 作者じゃないのか? こいつ。 |
通行人 | 書くとしたってどーせ、謎の少女と出会って保護したら組織に追われてカーチェイスってパターンだろう? だれが書きたいんだよ、そんな話。 |
王子 | あーあ、言っちゃった。 |
★
王子 | どうする、バカ王子? |
バカ王子 | どうするって……民主主義の世界なんかまっぴらだ。もとの時代に帰りたいよ。 |
王子 | 待てよ? いまなんて言った? |
バカ王子 | えっ? 「もとの時代に帰りたいよ」? |
王子 | いや、その前! |
バカ王子 | その前となると、「民主主義の世界なんかまっぴらだ」? |
王子 | あーもうバカ! もっと前だよ! |
バカ王子 | ええっと、「すげぇ! SFっぽい!」 |
王子 | もっと前だよ! 俺がエル・インヘルト農園のコーヒー飲んでたとき! |
バカ王子 | それ、めちゃくちゃ前だぞ? 「てら~」かな? |
王子 | その前! |
通行人 | ちょっとトイレ。 |
王子 | それだ! |
バカ王子 | 俺のセリフじゃないし。っつーか、通行人まだいたの? |
王子 | 気にするな、別の通行人だ。 |
バカ王子 | 別の通行人? |
王子 | 「ちょっとトイレ」……それだ。すっかり忘れていたが、聖帝学園のトイレから、ワンチャンもとの時代に戻れるかもしれない。 |
バカ王子 | ああ、はい。 |
王子 | いま調べたが、聖帝学園への路線は赤字のため廃止されたらしい! 早速レンタカーを手配だ! ぶーん! 来た! さすが未来! 乗るぞ! |
バカ王子 | おう! |
王子 | 出発だ! ぶおーん、危ない! キキーッ! |
バカ王子 | どうした、王子!? 何があった!? |
王子 | ひとが飛び出してきた! |
謎の少女 | 追われています! 助けてください! |
王子 | 追われてると言われても、こっちも急いでいるんだ! だだだだだだだ! うわっ! 謎の黒い車がすれ違いざまに銃撃してきた! |
バカ王子 | なにかとんでもない事件が起きているようだ! 王子! 少女を助けるぞ! |
王子 | わかった! ガチャッ! ドアを開けた! 乗って! |
謎の少女 | ありがとう! よいしょ、っと。ばたん! |
王子 | タイヤをきゅるきゅる空回しして急発進っ! ぶおーん! |
バカ王子 | まずいぞ王子! さっきの車がうしろに貼り付いてる! だだだだだだだ! 撃ってきやがった! |
王子 | 急ハンドルだっ! 後輪をドリフトさせてそのまま方向転換! 路地へつっこんでスピード上げて野良猫がにゃーって飛び上がってブリキのバケツの蓋がかんからかんかーん! |
謎の少女 | は、ハンドルを切るたびに体が左右に振られて、ききーっ! 必死でシートベルトにつかまる! |
王子 | 背後を気にしていたら路地の前方、大通りに戦車が! 砲塔を回しこっちを狙ってくる! |
バカ王子 | 避けろ! 王子ーっ! 窓から顔を出してたら洗濯物がばさーっ! なぜかニワトリがこけーっ! |
王子 | 急ハンドル! 右前輪をゴミに乗り上げてそのまま車体を傾けて右のビルの壁面を走るっ! |
謎の少女 | 重力でドアに押し付けられてうわぁぁぁぁぁぁっ! |
バカ王子 | 砲塔がこっちを向いた! どーん! 主砲発射! 避けろーっ! |
王子 | クラッチ! ギヤをオーバートップへ! アクセル踏み込んで加速! |
バカ王子 | 顔にかかった洗濯物をどかすと顔の横を砲弾がかすめていくーっ! |
謎の少女 | スローモーション! 少しずつ壁面から浮き上がる車体! |
王子 | 路地から大通りへ! 壁面は途切れ車体は空中に放り出され眼下に戦車の姿が見える! ゆっくりと回転する車体! |
バカ王子 | 機関銃をかまえてやがる! 何者だあいつら! |
王子 | 大きくバウンドして着地! |
謎の少女 | ぎゃふんっ! |
王子 | アクセル踏み込んで加速! 逃げ切るぞーっ! |
バカ王子 | うおおおおおおおおっ! |
★
謎の少女 | やつらは勤王派です。わたしの遺伝子が調べられると国家解体の危機が訪れると、わたしの命を狙っているのです。 |
王子 | そうでしたか。 |
バカ王子 | 面倒だからこの話やめない? |
謎の少女 | おい。 |
王子 | やめとくかー。 |
謎の少女 | おまえら飽きるの早すぎるわ。 |
★
王子 | ここがかつて聖帝学園だったところか…… |
バカ王子 | すっかり廃れてしまったなあ。 |
謎の少女 | この学園が……おまえたちが探していた…… |
王子 | おいおい、王子に向かってその口の聞き方はないだろう? |
謎の少女 | 王子? |
バカ王子 | ああ、そうだ。この時代ではもう革命が起きて王制はなくなってるというが、俺たちは王制の時代の人間。どの時代に飛ぼうが王子は王子だ。 |
謎の少女 | はあ、そうですか。 |
王子 | なんだその口の聞き方は。まさか話すだけ無駄だと思っているのではないだろうな? |
バカ王子 | 性根の悪い女だ! どーせ顔とスタイルは良いが中身が無いとでも思っているんだろう? |
王子 | 残念だが、顔とスタイルだけではない。金も持っている! これを見ろ! 上限なしのプラチナカードで財布がぱんぱんだ! ぱんぱん! |
謎の少女 | ああ…… |
王子 | なんだその気のない返事は! コジマやヨドバシの提携じゃない正真正銘のアメックスやダイナースだぞ! まさか有効期限がすべて20年以上前に切れてるとかそういうことを気にしてるんじゃないだろうな? どうせ更新手続きも大臣がやってて、本人は何もできねぇんだろうって? ハッ! そういうのは本人が一番気にしてるんだから指摘しちゃいけないんだぞ!? それとなく遠回しに言って本人に気付かせてあげないと、傷つくんだぞ!? |
謎の少女 | わたしの、ぜんぶスマホに入ってる。物理的なカードは始めて見た。それ、使えるの? |
王子 | ……。 |
バカ王子 | いーけないんだいけないんだ! 王子泣かせたらいけないんだ! |
??? | ぎぎぎぎぎぎ…… |
王子 | な、なんか現れた! |
??? | オマチシテ オリマシタカニ…… |
王子 | 手がハサミの美少女メカがっ! |
??? | ワタシハ…… |
バカ王子 | しゃべった!? |
王子 | 驚くのが遅い! |
??? | 『メカニ』デスカニ…… |
王子✕2 | メカニ!? |
バカ王子 | それで、あなたはいったい? |
メカニ | リジチョウト セイトトノ アイダニ ウマレタ カニト ニンゲンノ ハーフカニ…… |
王子 | なんと! |
バカ王子 | 3つくらい地雷踏んでる! |
メカニ | ソノママデハ ハイハッセイ デキナカッタタメ カガクブノ ブチョウカラ メカニニ カイゾウサレタカニ。 |
バカ王子 | 狂ってる……理事長も生徒たちもすべて……! |
メカニ | チナミニ……Gカップ デスカニ。 |
バカ王子 | ひゃっほう! |
謎の少女 | おまえもじゅうぶん狂ってるだろ。 |
メカニ | イツカ コノガクエンノ セイトニ ナルノガ ユメデシタ。 |
バカ王子 | ど直球の鉄板で攻めるなぁ。 |
王子 | しかし、大丈夫か? 理事長と学園生徒のその関係、任天堂だったら確実にNGになるエピソードじゃないか? |
メカニ | ダイジョウブカニ。カニガ ヤッタコトハ ツミニハトエナイカニ。 |
王子 | あー、そうか。いや、でも、一方は未成年なわけだし……任天堂が……。 |
謎の少女 | どうして無関係な任天堂を恐れる…… |
メカニ | ソレモダイジョウブカニ。コノガクエンハ キョコウ。ジツザイシナイカニ。 |
王子 | いや、確かにそうは聞いたけどー。 |
バカ王子 | ああ、それを言うなら俺たちだって同じだしなあ。 |
王子 | だよなあ。虚構の俺たちには、しっかりと虚構のビキニアーマーが見えているわけで。 |
バカ王子 | そう! そしてそのアーマーの下にはたわわな柔肌があるわけでー。 |
王子 | そしてその柔肌には! |
メカニ | チクビガ 4ツ! |
王子 | …… |
バカ王子 | …… |
王子 | そういえば、牛だった。 |
バカ王子 | で、でもぶっちゃけフォルムはほとんど人間だし…… |
メカニ | くっちゃくっちゃくっちゃ…… |
王子 | 反芻してる。 |
メカニ | げぷぅ。 |
王子 | ゲップだ。 |
バカ王子 | くっせぇ。 |
メカニ | ……コチラデス。ヨコアルキデ ツイテクルカニ。 |
王子 | 横歩きじゃなきゃダメですか? |
メカニ | ダメカニ。 |
王子 | なんでだよ。 |
メカニ | ソレジャア サンハイッ! |
メカニ | アオーゲバー トオートシー ワガー シノー オンー♪ オシーエノー ニワーニモー ハヤー ツキー トセー♪ |
王子 バカ王子 謎の少女 | ……。 |
メカニ | ミンナモ ウタウカニ! |
王子 | なんでだよ。 |
★
メカニ | コチラへ ドウゾカニ。 |
謎の少女 | ここは……? |
メカニ | キュウコウシャ サンカイ ジョシトイレ…… |
バカ王子 | 旧校舎三階、女子トイレ! |
王子 | こ、この巨大なカニの像はいったい!? |
カニの像 | よく来たカニ。王子、バカ王子。 |
バカ王子 | しゃべった! |
王子 | この声は理事長!? どこかにいるのか!? |
メカニ | ジンコウチノウ デス。リジチョウハ シンデ コノマシーント イッタイトナッタカニ。 |
バカ王子 | マシーン? |
カニの像 | おまえたちがここへ来ることは、賭博部の予想でわかっていたカニ。 |
バカ王子 | 賭博部の…… |
王子 | せめて科学部に予想してほしかった。 |
カニの像 | ふたりが未来へ消えて、この世界から王制が失われ、民主主義がはびこったカニ。 |
王子 | そんな…… |
カニの像 | わしは、そなたらを元の時代に戻すため、科学部と協力してこのタイムマシーンを作ったカニ。 |
バカ王子 | この巨大なカニの像がタイムマシーン! |
カニの像 | さあ! このマシーンに乗って、過去へ戻り、歴史を修復するカニ! ゴゴゴゴゴゴゴ! |
王子 | タイムマシーンが起動した!? |
謎の少女 | いや、この振動! 爆撃だ! 勤王派が嗅ぎつけた! |
王子 | なにぃっ!? それじゃあ急がないと! |
謎の少女 | わたしは…… |
バカ王子 | 置いては行けない! 一緒に行こう! |
メカニ | キンノウハ キドウブタイ ニシカイダンヨリ セッキンチュウ! |
バカ王子 | くっ! 早くしないと! |
王子 | しかし、30年前の世界だぞ!? 俺たちの感覚で言うと1992年、スーパーファミコン初期の時代に戻るってことだぞ!? 彼女の意志は!? |
謎の少女 | かまわない! どうせこの時代にいても逃げ回るだけ! |
バカ王子 | 話は決まりだ! |
王子 | 連れていくわけにはいかない! |
バカ王子 | なぜ!? |
王子 | こ、この物語は5人のキャストで演じられるように書かれている。謎の少女と姫は同時には存在できないんだ! |
謎の少女 | そんな理由!? |
王子 | わかってくれよ! 登場人物は5人! 俺たちの物語が作者の死後も高校演劇で語り継がれていくためには、その少女を置いていくことが必須なんだ! |
バカ王子 | いや、高校演劇っておまえ……そんな健全な内容じゃなかったぞ!? |
王子 | たわわ、おぺにぺに、いくつか危ないセリフは吐いたが、それでも内容的にはぎりぎり踏みとどまってきた! ポリコレ的にもまだなんとかなる! |
謎の少女 | ひゃっほーう! バカ王子と合体なうだよーっ! 女子中学生がオトナとばっこんばっこんだよ! |
バカ王子 | ええかーっ! ええのんかーっ! もっと喘げーっ! もっとだぁーっ! |
王子 | なんてことしてくれるんだーっ! |
バカ王子 | もう連れて行くしかないぞ! |
王子 | 連れていく理由もないわーっ! |
カニの像 | 勤王派はすぐそこまで迫ってきたカニ! 急ぐカニ! |
王子 | バカ王子と謎の少女は肌色の全身タイツを着用しています。舞台の上手と下手に立ち演出的に性交が表現されておりますが、身体的接触はありませんっ! |
バカ王子 | この銃声が聞こえないのかっ! だだだだだだだっ! 腹を決めろ、王子! |
カニの像 | 早くするカニ! |
メカニ | ココハ ワタシガ オサエルカニ! |
アナウンス | 遠隔送電システム開放……遠隔送電システム開放…… |
王子 | 何が始まった!? |
メカニ | ラグナロク マニューバァァァッ! |
バカ王子 | メカニのアーマーが変形して攻撃モードにっ! |
メカニ | ミンナニアエテ ウレシカッタカニ…… |
謎の少女 | そう告げると勤王派の待ち受ける渡り廊下へと飛び出すメカニ! |
バカ王子 | メカニっ! |
アナウンス | オーバーテイクシステム作動……リミッター……開放…… |
メカニ | どごおおおおおおおおおん! |
カニの像 | BGMスタート! ぽちっとな! |
あおーげばー とおーとしー わがー しのー おんー♪ | |
王子 | なぜBGMを流す! |
バカ王子 | いまのうちだ王子! |
おしーえのー にわーにもー はやー つきー とせー♪ | |
謎の少女 | 革命派から連絡が入った! 学園の防空網が破られ、勤王派主力母艦がこちらに向かってる! |
バカ王子 | この音……凄まじい爆撃だ! この校舎はもうもたんぞ! |
王子 | メカニを置いては行けない! |
おもーえばー いとーとしー このー としー つきー♪ | |
カニの像 | 冷静になるカニ! あいつはメカだカニ! |
アナウンス | ミサイル第一波。3千2百発を確認。 |
カニの像 | すごいカニ……メカニ、防いでいるカニ…… |
アナウンス | メカニの被弾を確認、アーマー強度30%に低下。 |
王子 | メカニっ! 敵は放っておいて、乗るんだっ! |
いまーこそー わかーれめー いざー さらー ばー♪ | |
カニの像 | メカニはいい! 急いでマシーンを起動するカニ! |
バカ王子 | ディメンション・ツイスター起動! |
謎の少女 | 王子! 早くっ! |
アナウンス | メカニ、アーマー強度5%。 |
王子 | メカニも連れて行くっ! |
たがーいにー むつーみしー ひごー ろのー おんー♪ | |
バカ王子 | そんな悠長な……ぐゎっ! 被弾したっ! |
謎の少女 | リアクターに異常発生! 出力低下っ! |
カニの像 | いたしかたないカニ! 遠隔送電をこっちに回すカニィッ! |
王子 | なんだってぇっ!? |
カニの像 | メカニ電源遮断! |
わかーるるー あとーにもー やよー わすー るなー♪ | |
アナウンス | メカニ、エネルギーゲイン低下 |
王子 | あ、あいつはまだ敵の真っ只中なんだぞっ! |
カニの像 | ぎゅおおおおおおおおおおおんっ! |
みをーたてー なをーあげー やよー はげー めよー♪ | |
王子 | メカニがっ! |
カニの像 | 膝をついたか……。 |
王子 | メカニっ! |
カニの像 | 王子……これが、メカニの最後カニ。 |
謎の少女 | リアクター、再アクティベート確認! |
いまーこそー わかーれめー いざー さらー ばー♪ | |
王子 | そんなあっ! |
カニの像 | 最後にあいつに、全裸ポルカを見せてやってくれカニ。 |
王子 | この場面で……? 全裸ポルカ……? |
カニの像 | ギャグをやるものの務めカニ。メカニを笑わせてくれカニ。 |
バカ王子 | リアクター出力最大! 行けるぞっ! |
あさーゆうー なれーにしー まなー びのー まどー♪ | |
謎の少女 | ミサイル第二波接近中! 急いで! |
王子 | ばさぁっ! |
謎の少女 | はあっ? 王子なにやってんの!? |
ほたーるのー ともーしびー つむー しらー ゆきー♪ | |
王子 | 見てくれメカニィィィィッ! |
バカ王子 | うおっしゃあ! いくぜえ! タイムワァァァァァァプ! |
王子 | これが俺の、全裸ポルカだぁぁぁぁぁっ! |
わすーるるー まぞーなきー ゆくー としー つきー♪ | |
王子 | 笑えぇぇぇぇっ! メカニぃぃぃぃぃぃぃっ! |
バカ王子 | ひゃーっはっはっはっはっはーっ! |
カニの像 | ぎゅわわわわーーーーーーんっ! |
メカニ | サヨナラ……オウジサマ…… |
いまーこそー わかーれめー いざー さらー ばー♪ |
7 時間の狭間編
王子 | うわぁぁぁぁぁぁっ! |
バカ王子 | カニの形の乗り物が闇の中の光のトンネルをぐんぐんと進んでいくーっ! |
謎の少女 | それいっそト書きにしちゃダメなの? |
??? | たらりらりら~ん♪ |
王子 | なに? |
??? | タイムマシーン・ |
バカ王子 | これは? |
??? | これからはじまる30年の時間の旅の案内役、人工知能チョキちゃんカニ~。 |
王子 | チョキちゃん……このモニターが喋ってるのか! |
バカ王子 | というか、30年? |
チョキ | そうカニ。30年の時間を遡るには30年の時間がかかるカニ。 |
バカ王子 | マジかっ! |
王子 | 30年後に元の世界に戻ったら、俺たちアラフィフってこと? |
謎の少女 | わたしはアラフォー!? |
チョキ | なにか困ることでもあるカニ~? |
王子 | 困るも何も、王子の仕事でいちばん重要なことって、タネを残すことだぞ? |
チョキ | タネを残す! すなわち子孫を残すことカニ? |
バカ王子 | そう! 家柄の良い姫と出会ってラブラブチュッチュして、おなかばーんの、あかんぼぽーん! おめでとー! って。 |
王子 | 王子なんか、それ以外の存在価値無いんだぞ? |
謎の少女 | じぶんで言う? |
バカ王子 | 天皇の存在価値だって、みんなでうんうん考えて出てきた答えが『Y遺伝子』だぞ? あのおっちゃん、Y遺伝子のため存在してるって右翼が言ってんだぞ? |
謎の少女 | 天皇巻き込む? |
バカ王子 | おしまいだ……。 |
王子 | 元の世界に戻れたって、アラフィフじゃあ恋愛って無理じゃん? |
バカ王子 | 見合いとかしてもなぁ―― |
王子 | 50歳近くまで、どこで何をしておられたのですか? |
バカ王子 | マブダチとタイムマシーンの中でずっとテレビゲームやってました。 |
王子 | ――って、きしょいオッサンじゃん。 |
チョキ | たしカニ。だけどここには、テレビゲームはないカニ。 |
王子 | えっ!? |
バカ王子 | ファイナルファンタジー・レヴァナント・ときめきハイスクール買ってきたのに! |
チョキ | 残念ながら、エポック社の野球盤しかないカニ。 |
王子 | それでいい! やるやる! 出して! |
バカ王子 | ああ。野球盤やって子孫のことは忘れよう! |
謎の少女 | あ、それでいいんだ。 |
チョキ | 出してやるけど……子孫を残す方法、なくはないカニ。 |
謎の少女 | ドキッ! |
バカ王子 | マジで!? |
王子 | それ、早く言ってよ! |
チョキ | カンの良い皆様はもうお気づきカニしれませんが…… |
謎の少女 | やめてぇぇぇぇぇぇっ! |
チョキ | タイムマシーンの中では男も妊娠できるカニ! |
謎の少女 | やめないでぇぇぇぇぇぇっ! |
王子 | おおっ!? |
バカ王子 | じゃあ、あとで3人でじゃんけんな! |
謎の少女 | わ、わたしは関係ないでしょ! ふたりでしなさいよ! |
王子 | じゃあふたりで! |
バカ王子 | おう! ちなみに負けたほうが産むの? 勝ったほうが産むの? |
謎の少女 | っつーか、ふたりとも妊娠して子ども産めばいいんじゃないの!? 王子様ふたりで王子様大繁殖させましたなんてニュースになったら国民大喜びでしょ。 |
王子 | その手があったか! |
バカ王子 | でも男ふたりでどうやって育てるんだ? あかんぼと言えば、ほら…… |
謎の少女 | ドキッ! |
王子 | そうだ! あかんぼには母乳が必要だ! |
謎の少女 | やめてぇぇぇぇぇぇっ! |
チョキ | 父乳も出るようにしといたカニ。 |
謎の少女 | やめないでぇぇぇぇぇぇっ! |
王子 | おおっ!? マジかっ! |
バカ王子 | 出る出る! すげぇ! |
王子 | うひょ! ちょっと舐めさせて! |
謎の少女 | や、やっぱり、わたしも…… |
王子 | なに? |
謎の少女 | じゃんけんだけは参加してみようかなぁ……って。 |
王子 | いやいやいや、これは王家のお話ですから。 |
謎の少女 | お、お受けの……お話? |
バカ王子 | 庶民はこの、エポック社の野球盤でお遊び。 |
謎の少女 | ひどい……。 |
王子 | あ、ちょっとまって。タイムマシーン止めて! おしっこ! |
チョキ | まだ1時間しか時間を遡ってないカニ! ここで降りたらじぶんと鉢合わせになるカニ! |
王子 | じゃあここで! |
バカ王子 | 少年のようにズボンをフルオープン! 輝くプリケツ! |
王子 | キラーン! |
チョキ | ここでするなカニーッ! |
謎の少女 | 野球盤飽きた! |
チョキ | 謎の少女もかまってあげるカニーッ! |
王子 | じょんじょろじょ~ |
チョキ | ああああ…… |
謎の少女 | わたし、帰る! |
チョキ | 帰るったって、動作中のタイムマシーンからは降りれないカニ。 |
王子 | ドア開けたらどうなるの? |
謎の少女 | がちゃっ! |
チョキ | 開けるなカニー! |
??? | いーのうーえくーん! |
王子 | いまのは? |
バカ王子 | 著者の高校の同級生、森幸一郎くん! |
謎の少女 | それがなぜ時間の狭間を飛んで行ったぁっ! |
バカ王子 | 脇毛生えたかーっ! |
謎の少女 | 聞いてどうするーっ! |
チョキ | ぐっ! ぐあああああああっ! |
王子 | どうした!? 何が起きた!? |
チョキ | じ、時間嵐カニ! |
バカ王子 | 時間嵐!? |
チョキ | ま、巻き込まれるカニーッ! |
8 ドラヴィダ王国編
王子 | うーわぁーーーーーーっ! |
バカ王子 | どっしーーーーーーーん! |
王子 | こ、ここはどこだ!? |
謎の少女 | この街並みは……もしかして過去世界……? |
王子 | ああ、車も電柱もない、とんでもない過去に来てしまったようだ。 |
バカ王子 | ひとがいる! 話を聞いてみよう、おーい! |
王子 | そこの若者! いったいここはどこだ! 答えよ! |
古代人 | ふへ? |
王子 | ふへ? それはどういう意味だ? ふへ? |
古代人 | ぱんちぇった! じろーらも! |
謎の少女 | この言葉……古代ドラヴィダ語みたい。 |
バカ王子 | 古代ドラヴィダ語? |
王子 | わかるのか? |
謎の少女 | スマホのリアルタイム翻訳で。 |
バカ王子 | すげぇな! 未来のスマホ! |
王子 | この者はなんと言っている? |
古代人 | じろーらも! |
謎の少女 | 不審者! ……って。 |
王子 | なんだとう! |
バカ王子 | 不審者とは何事だ! 手討ちにいたすぞ! |
謎の少女 | ……ごにょごにょごにょ。 |
古代人 | ひっ! |
王子 | そこは訳さなくていい! |
バカ王子 | そ、そうだな、ここはまず、友好を結ぼう。 |
謎の少女 | えーっと、じゃあなにかドラヴィダギャグを。 |
王子 | ドラヴィダギャグ!? |
バカ王子 | ふっふっふ、ドラヴィダギャグならまかせろ! |
王子 | まかせていいのか? |
バカ王子 | ごーん。ごーん。 |
バカ王子 | おお、どこからもなく銅鑼の音が響いてくる! 祭りでもなんでもないのに、今日はいったい何の日だ? |
古代人 | …………。 |
バカ王子 | ……銅鑼日だ。 |
謎の少女 | …………。 |
王子 | ちょっときっついわ、これ。 |
謎の少女 | 翻訳して聞かせてみる。 |
王子 | 翻訳って。 |
謎の少女 | ごにょごにょごにょ。 |
古代人 | ぎゃーっはっはっは! |
王子 | な、なんで受けた? |
バカ王子 | 俺のギャグだぞ? 当然だろ! |
古代人 | でりかっと! けんとでりかっと! |
謎の少女 | もうひとつ聞かせろって。 |
バカ王子 | も、もうひとつ!? |
王子 | 次は俺が行こう! |
謎の少女 | ドキドキ…… |
王子 | かーごーめかーごーめ♪ かーごのなーかのとーりーは♪ いーつーいーつーでーやーるー♪ |
王子 | よーあーけーのーばーんーにー♪ つーると かーめが すーべったー♪ うしろの正面…… |
王子 | ドラヴィダ~? |
古代人 | ぎゃーっはっはっは! |
王子 | 受けた! |
バカ王子 | 翻訳なしだったぞ! |
謎の少女 | なんで通じたんだ!? |
王子 | ドラヴィダ~? |
古代人 | ぎゃーっはっはっは! |
謎の少女 | ……。 |
バカ王子 | ドラヴィダ~? |
古代人 | ぎゃーっはっはっは! |
★
王子 | 古代ドラヴィダ王国か……聞いたことないな。 |
謎の少女 | 30年前の教科書にはのってなかったんだ…… |
王子 | あっ! なんかいま王子を昔の人扱いしたな! |
謎の少女 | べつに。 |
バカ王子 | いけないんだぞ! 平成生まれをバカにしちゃ! |
謎の少女 | 令和の次の元号、知ってる? |
王子 | じゃ、じゃあおまえは仮面ライダーフォーゼの予告編観たことあんのかよ! |
バカ王子 | ネクターピーチ味のキャラメルコーン食ったことあるのかよ! |
謎の少女 | ないけど、それが? |
古代人 | だにえるかーる? |
王子 | グレるまえの手越祐也見たことあんのかよ! |
バカ王子 | 改札で切符ぱっちんしてもらったことだってないだろ!? |
古代人 | だ、だにえる……かーる? |
謎の少女 | 古代人、なにか言ってるよ。 |
バカ王子 | ん? 古代人はなんと? |
謎の少女 | お茶をごちそうするので、ついて来い、と。 |
王子 | すごいな! スマホの翻訳機能! |
謎の少女 | 王子たちのスマホもバージョンアップすればいいのに。 |
バカ王子 | そうか! バージョンアップすればいいのか! |
王子 | いや、バージョンアップたって、ここじゃ電波が…… |
謎の少女 | 電波? |
王子 | あ、もしかして30年後のスマホは電波も使わないのか!? |
バカ王子 | 俺はバージョンアップするぜ! ポチっと…… |
王子 | いや、俺らのスマホは…… |
バカ王子 | できた。 |
王子 | すげー。バカすげー。 |
★
バカ王子 | ところでそのほう、名をなんという? |
古代人 | わたしですか? わたしの名はワタナベ・カニですカニ。 |
王子 | ワタナベ・カニ! |
バカ王子 | しかも、語尾がカニ! |
王子 | するとこの者がワタナベとカニの始祖!? |
謎の少女 | ここって、どの時代なんだろう…… |
王子 | ところで……カニよ。 |
カニ | カニ? |
王位 | キリストという預言者を知っているか? そのひとが死んで、何年くらいになる? |
カニ | キリスト……カニ? |
バカ王子 | むぅ、キリストを知らないとみえる。 |
王子 | ブッダはどうだ!? ブッダが死んで何年になる? |
カニ | ブッダ……カニ? |
バカ王子 | なんでもいい、世界的に有名なやつの死から何年後の世界だ!? |
カニ | トリヴィカニマセーナ王が…… |
王子 | ごめん、そのひと知らない。もっと世界的に有名なひとで……。 |
カニ | ああ! |
バカ王子 | だれか思いついたか!? |
カニ | パトリック・ハーランが死んで、50年経ったカニ。 |
王子 | パックンマックンの! |
バカ王子 | あいつ、存命じゃないのか!? |
謎の少女 | いや、2048年に心不全で…… |
バカ王子 | おいっ! |
王子 | まてまて、ここは過去だぞ? それは同姓同名の別人だ! 他には? |
カニ | デーブ・スペクターが15年前に死んだカニ…… |
バカ王子 | デーブ・スペクターも死んだのか!? |
王子 | いやいや、同姓同名の別人だ。他には。 |
カニ | ジャパネットたかたの高田社長…… |
王子 | 偶然かぶる名前じゃねえぞ!? |
バカ王子 | どこまでが名字だ。 |
カニ | ここがわたしの家カニ。 |
謎の少女 | 歩いてるうちに目的地についた。 |
王子 | ほう! 現代では見ない建築様式! たしかに古代王国だ! |
カニ | ただいまカニ。 |
バカ博士 | 戻ったか、カニ! |
王子 | おまえは? |
バカ博士 | カニの客か? しかし、いきなり『おまえは?』ってのはなんだ。失礼な! |
王子 | あ、いや、ちょっと混乱しただけだ。 |
謎の少女 | ていうか、バカ王子は? |
王子 | ぷるるるる ぷるるる 電話だ。がちゃ。はい、もしもし。 |
バカ王子 | ごめん! ちょっとはぐれた! すぐに合流する! がちゃん。つーつーつー。 |
謎の少女 | いつの時代の電話だ。 |
バカ博士 | カニ、おまえの知り合いか? |
カニ | うん。さっき知り合ったカニ。 |
バカ博士 | そうか。ふつつかものだが、娘をよろしく頼む。 |
謎の少女 | いきなり嫁に出すな。 |
王子 | 親子なのか? |
バカ博士 | ああ、そうだ。ところで、そなたらは? ずいぶん奇妙な身なりをしているが。 |
王子 | 俺たちは未来の世界から来た王子だ。 |
バカ博士 | 未来? そうか。未来の世界にはタイムマシーンがあるのだな。なるほど。 |
王子 | もっと驚け。 |
バカ博士 | わーびっくり。 |
王子 | テンション上げて。 |
バカ博士 | びっくりまん! |
王子 | 商標出すな。 |
バカ博士 | はじめて訪ねてきた娘の客人だ、ココロよりもてなそう。ぶぶ漬けでも食っていくがいい。 |
王子 | 追い返す気まんまんかよ。 |
バカ博士 | ぶぶ漬けー♪ ぶぶ漬けー♪ |
王子 | 歌うな。だいたい、何を訳したらぶぶ漬けになるんだ。 |
謎の少女 | イヤホン外して聞いてみるとわかるよー。 |
バカ博士 | どくいりー♪ どくいりー♪ |
王子 | 毒入りって。 |
謎の少女 | たまたま音が同じなだけでしょ。 |
王子 | バカ王子にもラインで送っといた。 |
謎の少女 | 人生で3番めくらいに不要な情報だと思う。 |
バカ博士 | ちなみにイタリア語でイカは『カラマリィ』で、イカフライは『カラマリマクリィ』と言うんだ。 |
王子 | なんでそれをおまえから聞かねばならんのだ。 |
バカ博士 | ところで、未来から来たものたちよ。 |
王子 | どうした、改まって。 |
バカ博士 | 娘の! 友だちになってやってほしい! うっうっうっ……。 |
王子 | なんで急に泣くんだよ。 |
バカ博士 | 娘は脇汗を気にして、うちに閉じこもってばかりなのだ! うっうっうっ……。 |
王子 | うっとおしいなぁ。まあ、身分は違うが、これもなにかの縁だ。友だちになってやろう。 |
バカ博士 | ありがとう! 娘にとって初めての友人だ! 感謝する! |
カニ | カニカニ。 |
バカ博士 | それと……厚かましいと思われるかもしれんが…… |
王子 | なんだ、いちいち。一気に言え、一気に。 |
バカ博士 | それじゃあ一気に言うが、どうか娘を、未来の世界に連れて行ってほしい! あと、貴族に取り立ててやってほしい! 実家には毎月1億円を仕送りして欲しい! カラーテレビ買って欲しい! 繁華街に実物大アッガイ建てて橋本環奈とデートしたい! |
王子 | ほぼ却下! |
バカ博士 | 娘を未来世界に連れて行ってくれ! それだけでも! |
謎の少女 | 未来へ? でもどうして? |
バカ博士 | 言った通り、娘は脇汗に悩んでいる。クラスメイトからもやれカニ酢だ、変態王子にちゅーちゅーされろだのと冷やかされ…… |
王子 | 聞き捨てならん冷やかされようだな。 |
バカ博士 | わたしは娘の脇汗を治すため、仕事も辞めて、全財産を研究に費やした。だが駄目だった。しかし遠い未来では、脇汗を治す技術もネクターピーチ味のキャラメルコーンもあるに違いない! |
王子 | ええっと……。 |
バカ博士 | あるのだろう!? ネクターピーチ味のキャラメルコーン! |
謎の少女 | そっち? |
王子 | いや、というか、娘さんの脇汗というのは、具体的にはどのくらい? |
カニ | わたしの脇汗のことなんか気にしないでほしいカニ! 未来になんか行かないカニ! わたしはこのままでいいカニ! |
バカ博士 | しかし、おまえはその脇汗を気にして友だちを作ろうとしないじゃないか…… |
カニ | 友だちなんか要らないカニ! ひとりが好きカニ! |
バカ博士 | と、性格まで歪んでしまって。 |
カニ | 歪んでないカニーーーーッ! |
謎の少女 | そりゃお父さんが悪いでしょ。 |
バカ博士 | ……どう思う、未来から来た若人よ。 |
王子 | 脇汗をネタにするのはよくないよ。気にしてるひといるんだから。 |
カニ | 学校ではずっと周りの目が気になって、男子の笑い声を聞くと、自分が笑われてるような気がするカニ。汗って聞いただけでダメカニ。制汗剤のCMが流れるだけで呼吸が止まりそうになるカニ。 |
王子 | ……って娘さんも言ってるし、ネタにしちゃダメだよ。 |
バカ博士 | それを! 笑いで乗り越えたい! |
王子 | いや、無理でしょ。 |
バカ博士 | ハゲがハゲで、デブがデブで笑いを取る世界だ。脇汗だけ笑いにできないというのですか!? |
王子 | 本当は駄目なんだって、ハゲもデブも。 |
バカ博士 | じゃあ、ちょっとイイ話にするのはどうです? |
王子 | ちょっとイイ話? というと? |
バカ博士 | 最初は娘の脇汗をバカにしていた王子が、娘の脇汗に助けられて。 |
王子 | バカにしてごめん、カニ。脇汗も役に立つことがあるんだね――って、嫌だよ、そんな話。 |
バカ博士 | 『肯定的に描くならOK』と任天堂も言っているのではないのですか? |
王子 | 言ってねぇよ。この物語における任天堂のポジションってなんなんだ。 |
バカ博士 | よく考えてください、王子。面白ければ正義なのです。たいがいどの作家さんも、編集さんも、評論家も言っておりますよ。 |
王子 | 笑えねえんだよ、脇汗で。 |
バカ博士 | わかりました! では、脇汗で民衆を殺しましょう! 毒ガスで数千人が死んで笑った連中だ。数万人殺したら10倍笑いますよ。 |
王子 | どこで見てたんだよ。時代違うだろう。 |
バカ博士 | 我が国でもそんな話があったんです。 |
王子 | そうなの? |
バカ博士 | セーブクリスタルが盗まれたこともありました。 |
王子 | それもあったんだ。 |
バカ博士 | 「あれって動かせるの?」「オープンワールドってのはこれだから」――どっかんどっかんとは行かないまでも、会場には鉄拳やパペットマペット級の半笑いが起きていました。 |
王子 | おまえさぁ、実名出しちゃいけないんだよ? |
バカ博士 | そのセーブクリスタルはメルカリ経由で仲屋むげん堂に流れ―― |
王子 | 実名~。 |
バカ博士 | バカな為政者の手による大量殺戮を生み出したのです! |
王子 | 知ってるよ。当事者だから。 |
バカ博士 | そのセーブクリスタルを盗んだ若者は苦悩の果に自ら命を断ちました。 |
王子 | そうだったの? |
バカ博士 | 生活苦の果に犯した過ちでした。病の母の薬代を稼ぐために仕方なく。 |
王子 | べったべただなあ。 |
バカ博士 | 王子とバカ王子の会見を耳にして、病の母はうすうす感づきました。息子がその犯人であることに。世間の風当たりが強くなるころ、薬代のことを訊ねると、『バイトを始めたんだ』『懸賞で当たったよ』――青年はそう嘘をついて凌いできましたが、やがて良心の呵責に耐えきれず…… |
王子 | おまえねぇ、そういうのはいけないんだよ? ギャグで笑わせておいて、あとでネタばらしして感情揺さぶるのって、洗脳の手段なんだから。 |
バカ博士 | だったら笑いこそ、最大の洗脳の手段ではありませんか? |
王子 | でも、笑いは必要なんだよ。 |
バカ博士 | だれかを犠牲にして。 |
王子 | 犠牲にはしないよ。 |
バカ博士 | 障子一枚の向こうに、だれが泣いているかも知らず。 |
王子 | そりゃそうだよ。知らねぇよ。 |
バカ博士 | だったら笑えばいい! ハゲを、デブを笑ってきたように、娘の脇汗も笑えばいい! |
王子 | だから無理だって! |
バカ博士 | なぜでございますか!? |
王子 | なぜもクソもないの! あーあもう! もう笑えねえ! おまえのせいで、この先の章、1ミリも笑えねえ! |
バカ博士 | 王子、ならばせめてカニを笑わせてやってください! どうか、どうかお願いです。娘を――カニを――未来に連れて行ってやってください! |
★
王子 | 未来へ帰りたいのはやまやまだが、俺たちはタイムマシーンから振り落とされたんだ。 |
謎の少女 | そうなんだよね…… |
バカ王子 | 悩んでもしょうがない! いっそこの時代で俺たちの国を作るのはどうだ? |
王子 | 俺たちの国? |
バカ王子 | そうだ。プリンス王国だ! |
王子 | 根っからのバカだな、おまえは。 |
バカ王子 | うるさい、俺の計画を聞け。ネットで調べればガソリンエンジンの作り方もわかるし、なんなら核爆弾も作れる! この世界を制するなど、容易いぞ、王子! |
王子 | ところが残念! 俺のスマホはバッテリー切れだ。 |
バカ王子 | なんてこった! いやまだ、俺のスマホがある! ぽちっ! おお! こんなにエロい配信が! うっひょーモザイク無しで丸見えじゃねえか! うっひょー! あっ! |
謎の少女 | …… |
バカ王子 | 俺のスマホもバッテリー切れだ! |
王子 | …… |
バカ王子 | まだまだ謎の少女のスマホがある! 貸せ! ぽちっ! おお! こんなにエロい配信が! うっひょーさっきの続き! 山場じゃねえか! うっひょー! あっ! |
謎の少女 | …… |
バカ王子 | くそう! またか! 次から次にバッテリーが切れやがる! どうなっているんだこの世界は。チッ、宇宙はどうしても俺たちに苦難を味あわせてぇみたいだな! だいたいなんで時空を超えて配信なんか見れちゃうんだよ! |
謎の少女 | …… |
カニ | …… |
王子 | どうした? 脇汗のことなら気にすることはない。 |
カニ | バカ王子の一人芸にあっけに取られてただけカニ。 |
バカ王子 | 俺のことは気にするな、いつかおまえの脇汗が世界を救う日が来る。 |
カニ | 来なくていいカニ! 話題にしてほしくないカニ! |
バカ王子 | はあ? ここで話題にしておかないと、世の中には脇汗で悩んでいる少年少女はいないことにされてしまうぞ!? |
カニ | しらんカニ! |
バカ王子 | マーベルのヒーローにならなくていいのか? |
王子 | 脇汗でいじめられていた少女が放射能を浴びて、才能を開花させて敵を倒す系のやつ。 |
バカ王子 | 脇汗で! 敵を倒す! |
カニ | いらないカニ! |
バカ王子 | そうやって脇汗の仕事を奪ってもいいのか!? おまえが道を切り拓くんだ! |
王子 | まあ、そうだよな。後ろ向きになってもしょうがないもんな。 |
バカ王子 | そうだ。脇汗はおまえの才能だ! それを活かすことが、おまえの使命だ! |
カニ | 違うカニ! トムホやトムハやトムヒが普通に脇汗ダラダラ流してシャツの脇が黄ばんでて何も気にしてない映画があればそれでいいカニ! なーんだ、みんな脇汗ダラダラでだれも気にしてないカニ! ……って、それだけでいいカニ! ヒーローになりたくないカニ! 取り上げられたくないカニ! |
バカ王子 | しかし、映画はそれで表現できようが、小説はどうだ!? |
王子 | 『トムハは脇汗だ』と書かなければ、脇汗は存在しないことになってしまう! 書いたらもう『ちょっと良い話』にしなければだれも納得しない。編集さんだって―― |
バカ編集 | 脇汗を乗り越えて、バカにした連中を見返す話じゃないと通らないっすね。 |
王子 | としか言わないんだぞ!? 近代演劇の完成者チェーホフだって―― |
バカホフ | 舞台に余計なもん出すな。出したらちゃんと始末つけろ。 |
王子 | と言ってるんだ! |
カニ | そっとしておいてほしいカニ! ネタにされたくないカニ! 憐れまれたくもないカニ! |
王子 | 仕方がないな、カニ! だったら俺たちと未来へ行こう! |
謎の少女 | 飛躍したなぁ。 |
カニ | 未来へカニ……? |
王子 | そうだ! 俺は王子だ! だれに超えることもできない矛盾でも、俺なら突破できる! 未来へ行こう! |
カニ | 突破できるって……どうやってカニ? |
王子 | どうやって? そんなことを考えるからできないんだ! |
カニ | はあカニ。 |
王子 | これを見ろ! ばさぁっ! |
カニ | 王子が上着を脱ぎ捨てると、シャツの脇の下はびっしょりカニ! |
王子 | 俺もバカ王子も、脇汗はすごい。 |
バカ王子 | 1日に30リットル! これで金魚を育てようとしたこともあったが、5分で全滅した! |
カニ | そ、それは動物虐待カニ…… |
王子 | 俺はパスタを茹でたことがある! |
カニ | く、食ったカニか……? |
王子 | 大臣に食わせた! |
カニ | は、反応はカニ? |
バカ王子 | まことにおいしゅうございますぞ、王子! しかし、なんというかこの、もったいなさ過ぎて二度と口にしとうありませぬ! |
王子 | と、泣きながら喜ばれた。 |
カニ | よ、喜んだカニか……。 |
バカ博士 | なんだ、まだいたのか君たち。 |
王子 | バカ博士! あれ? バカ王子は? |
バカ博士 | わたしと同時に存在できない理由でもあるのだろう。それよりも、未来へ帰る準備は進んでいるか? |
王子 | それがまだ、何も。 |
謎の少女 | ていうか、博士ってなんの博士なの? |
バカ博士 | は? |
謎の少女 | いや、あなた、博士でしょう? なんの博士なの? |
バカ博士 | わたしは博士ではない! ヒロシだ! |
王子 | はあ? |
バカ博士 | バカが名字で、ヒロシが名前だ。 |
王子 | バカヒロシ! |
謎の少女 | バカヒロシ! |
バカ博士 | ええっと。 |
王子 | 未来へ帰る準備はまだできてない、って話。 |
バカ博士 | そう! その話! 未来へは帰れない。タイムマシーンとはぐれた、おそらくそんな事情があるのだろう。しかし困った。それではカニを未来に連れて行けぬではないか。むっ! 名案が浮かんだ! この国の姫に会うがいい! |
王子 | そこまで強引に話を運ばれると、ひとりで喋ってろって感じだなあ。 |
バカ博士 | そうか! それは助かる! 実はこの国に伝わる話では、姫の脇汗はどんな呪いにも効く薬となるという! タイムスリップも呪いのようなもの、おそらくはそれで解決できよう! いや、まてよ。しかし姫が脇汗などかくはずがない。いったいどうすればいいのだ。しかし、そなたならなんとかできるだろう! 行って参れ! |
王子 | めんどくさいのですべてわかった! じゃっ! |
バカ博士 | 行ったか…… |
バカ博士 | 普通ならこの説明に数ページ、複雑な設定と伏線、それをシンプルに表現する技工が必要になるのだが、あの若者、2セリフで理解しおった。やつなら、やりとげるかもしれん。 |
★
大臣 | 姫ーっ! 姫様ーっ! どちらに行かれたのですかーっ! |
大臣 | 剣のお稽古も読み書きの練習も終わっておりませぬぞーっ! |
王子 | おまえは、大臣! |
大臣 | ハッ! わたくしめ、たしかにドラヴィダ王国の大臣でございますが、そなたはっ!? |
王子 | そうか。大臣ってのはどの世界でも同じ姿をしているものなんだな。 |
カニ | そ、そうなのカニ!? |
大臣 | ややや! よく見ればそなたのそのいでたち! いずこかの国の王子であるな? 話を聞こうではないか! |
王子 | そうだ。俺は未来から来た王子! 未来へ帰るために姫の協力が必要だ! |
大臣 | ははーん、わかりましたぞ。ドラヴィダ密教に伝わる禁断の淫技を行うために、姫の体液を求めている、と。 |
王子 | なにそれ。 |
大臣 | 夜な夜な快楽に身を任せ溢れ出す姫の雫を煮詰めて、即身仏の頭蓋に呪符とともに塗り込めた…… |
カニ | や、やばい世界カニ…… |
王子 | ちっげーよ! 俺が求めているのは脇汗だ! 余計な想像力を駆り立てるな! |
大臣 | しかし残念ながら! 我が姫は脇汗などかきませぬ! |
王子 | かくんだよ! 脇汗くらい! だれだって! |
大臣 | いやいやそなたは姫を薬漬けにして荒縄で縛りあげたいに違いない! くそう、山田風太郎があんな小説を書いてしまったがために、こんな愚かな若者が生まれてしまったのだ! |
王子 | 山田風太郎のせい? |
バカ魔王 | はーっはっはっは! |
大臣 | お、おのれは、バカ魔王! |
謎の少女 | バカ魔王? |
バカ魔王 | 姫は俺様が連れ去った! |
大臣 | なんですと!? |
バカ魔王 | 姫を生贄に捧げて、バカ魔竜を復活させる! |
大臣 | そ、そんなことをされたらバカブレスによってすべての国民がバカになってしまう! |
王子 | バカに……? 具体的にはどういうことだ? |
バカ魔王 | わーっはっは! それがおまえ、あれだ! わーっはっは! |
王子 | こうなってしまうのか! |
カニ | 恐ろしいカニ…… |
バカ魔王 | さらばだ! さらだば! さらだばー! サラダくいほうだいだー! ひゃっほう! |
王子 | 滑りながら帰ってった。 |
大臣 | 大事故をものともせんタイプ……強敵ですぞ。 |
謎の少女 | どうする王子!? |
王子 | どうするって、取り戻すしかないだろ? |
大臣 | おお! 我が姫を取り戻していただけるのですか! |
王子 | ああ、成り行きだ。その代わり、姫を助けたら脇汗をもらうぞ! |
大臣 | し、しかし姫が脇汗など…… |
謎の少女 | この大臣、嘘はついていない…… |
王子 | なぜわかる! |
謎の少女 | だ、だって、目が…… |
王子 | 目でわかるな! そういうクソ安い物語じゃねぇんだよ! |
カニ | 言える立場カニ? |
王子 | 俺はカニを助けるために未来へ帰らねばならんのだ! |
カニ | 王子…… |
謎の少女 | 未来に帰ったらカニが助かるってロジックがわかんない。 |
王子 | 万が一おまえたちの姫が脇汗をかかないのが真実だったら! 俺はこの国を滅ぼし王位につき、カニを后に迎える! |
カニ | きゅん! |
王子 | そうすればカニがこの国の姫だ。こいつの脇汗で奇跡を起こせる! |
大臣 | そんなことが許されるとお思いかっ! |
バカ魔王 | わーっはっはっは! |
王子 | なんで戻ってきた!? |
バカ魔王 | バカ魔竜は復活したぁっ! |
大臣 | そ、そんな……嘘だ……嘘に決まっております! |
王子 | このバカ、嘘はついていない…… |
大臣 | なぜおわかりに? |
王子 | この目は嘘をついている目じゃない! |
謎の少女 | おいおい。 |
バカ魔王 | もう何をしても手遅れだぁっ! |
カニ | ひ、姫はどうなったカニ!? |
バカ魔王 | 姫はバカ魔竜に食われたぁっ! |
大臣 | オー・マイ・ガンジー! |
バカ魔王 | せめてもの情けだ! バカ魔竜が姫を食って垂れたウンコを持ってきてやったぁっ! ほれっ! |
王子 | つ、つまりは変わり果てた姫の姿かっ! |
大臣 | おいたわしや姫様っ! |
バカ魔王 | なんていうかーっ! いろいろすまんっていうかーっ! |
王子 | はあ? 今更なにそれ? |
バカ魔王 | あー、こうなるのかー。だからみんな止めたのかー。あーあー。でも手遅れだわー。みたいなー。 |
大臣 | ものどもっ! そこのバカをひっ捕らえろーっ! |
バカ魔王 | 捕らえられてたまるかーっ! |
カニ | あ、逃げたカニ。 |
バカ王子 | 話は聞かせてもらった、王子! |
王子 | バカ王子! いままでどこ行ってたんだ! |
バカ王子 | そんな話はあとだ。それよりも俺に秘策がある。 |
謎の少女 | 秘策? |
バカ王子 | 姫がバカ魔竜のウンコになってしまったと言うことは、バカ魔竜のウンコは姫になるってことだ。 |
謎の少女 | あんた、バカなの? |
王子 | いや! こいつが言ってることは真実! この乳首は嘘をついている乳首ではないっ! |
バカ王子 | 見ろ! |
謎の少女 | 乳首見せられてもわからん。 |
大臣 | しかし、その話が事実であったとしても、バカ魔竜のウンコを手に入れるためには、バカ魔竜の巣へ行かねばならぬのですぞ! |
王子 | 俺が行こう…… |
カニ | 王子が行くならカニも行くカニ! |
王子 | バカ王子もいっしょに! |
バカ王子 | 俺は行けない…… |
王子 | なぜだ! |
バカ王子 | もう、この手でウンコを姫に変えたくないんだ…… |
王子 | えっ? なにそれ? シリアスな展開期待してんの? |
カニ | バカ王子はたぶんバカ魔竜役で登場するカニ。 |
王子 | そういう事情かー。 |
謎の少女 | わ、わたしも行けない…… |
カニ | 姫と二役なので、謎の少女も残るカニ。 |
大臣 | 積極的に裏事情をばらしていくスタイルですな! |
王子 | わかった! バカ魔竜のもとへは俺とカニが向かおう! |
★
王子 | ここがバカ魔竜が棲んでいるバカ廃墟! |
カニ | どっちを見てもバカっぽい建物が…… |
王子 | 見渡す限りの安藤忠雄! |
カニ | それ、言っていいのカニ? |
王子 | こっちの木造建築群は隈研吾! |
カニ | 大臣がいないのでツッコミはなしカニ。自分で落とすカニ。 |
王子 | ええっと……コンクリート打ちっぱなしは都会的だけど、ひとが少ないと廃墟っぽいなぁ! |
バカ魔竜 | ぶるるもわああああああああっ! |
カニ | あの声は!? |
王子 | バカ魔竜の声だ! |
バカ魔竜 | だろだっでーだーだらだーのほんげれぷー! |
カニ | すごくバカっぽいカニ…… |
王子 | いやいや、カニだって出会った頃のセリフはひどかったぞ。 |
バカ魔竜 | 俺様がバカ魔竜だぁーーーーーっ! |
カニ | 古代ドラヴィダ語をバカにするカニかっ! |
王子 | あ…… |
バカ魔竜 | せっかく出てきてやったのになぜこっちを見ないーっ! |
カニ | どうしたカニ? |
王子 | 俺、スマホのバッテリー切れてるんだけど、どうやって翻訳してるんだっけ? |
バカ魔竜 | 無視してないでこっち見ろーっ! |
カニ | あ。そう言えばそうカニ。 |
王子 | まあいいか! 通じてるんだし! |
バカ魔竜 | おくちパカァァァァァァッ! |
カニ | バ、バカ魔竜がっ! |
王子 | こ、これはっ! 離れろカニッ! どんっ! |
バカ魔竜 | パクっ! |
王子 | ぎゃあああああああああっ! |
カニ | 王子っ! お、王子が食われるカニ! |
バカ魔竜 | はむはむ…… |
カニ | 王子ーっ! |
王子 | 泣くな、カニ……数千人の命を毒ガスで奪った王子の最後だ! 笑え! |
カニ | 王子ー…… |
王子 | 批判にも悲しみにも耳を貸さず……笑いだけを求めてきた……そんな俺の死こそ! 最高のエンターテインメント! |
バカ魔竜 | がむっ! もごもご。 |
王子 | ぐわぁぁぁぁぁぁっ! |
カニ | 笑えないカニ……カニには笑えないカニッ! |
王子 | カニは俺の姫だ…… |
カニ | 姫……わたしがカニ? |
バカ魔竜 | ばりっ…… |
王子 | うぐああぁっ! |
カニ | 王子っ! |
王子 | いつかその脇汗が、奇跡を…… |
バカ魔竜 | ガリッ……ゴリッ…… |
カニ | 無理カニ! カニはお姫様じゃないカニーッ! |
王子 | 笑えっ! カニっ! 泣くなぁぁぁぁっ! |
バカ魔竜 | ごっくん! |
カニ | うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! |
9 大航海編
姫騎士 | 航海に出てもう一ヶ月、世界の果てはまだまだ遠いようだな。 |
カニ | 姫騎士! 釣りをしていたらとんでもないものが連れたカニ! |
姫騎士 | とんでもないもの? カニはいつも大げさだからなあ。 |
カニ | 今回のはお宝中のお宝! ドラゴンの糞石カニ! |
姫騎士 | 糞石っていうと、ウンコの化石ってことか? |
カニ | そうカニ! カニの里には呪われた王子の言い伝えが残ってるカニ。 |
姫騎士 | ほう、どんな話だ? |
カニ | カニの先祖、カニ始祖様を助けてくれた王子様が、ドラゴンのウンコになる話カニ。 |
姫騎士 | ははあ、わかったぞ。カニはこの糞石がその王子様だって言いたいんだな? |
カニ | そうだけど……でも期待はしてないカニ。 |
姫騎士 | なんだそれは。浮かれたり沈んだり、パワフル滝洗いの洗濯機に揉まれるカニみたいだな。 |
カニ | それ、いつの時代の洗濯機カニ…… |
姫騎士 | 「パワフル滝洗い」「フレグランス」「わたし流」などの洗濯コースが選べるパナソニックの洗濯機だ。 |
カニ | その話、どうでもよくないカニ? |
姫騎士 | それもそうだな! |
カニ | カニ始祖様は、自分が姫になれば脇汗で王子様を助けられると信じて、脇汗を流してツボに貯め続けたカニ。 |
姫騎士 | 脇汗を……? |
カニ | 姫の脇汗は魔法の秘薬……だけどカニ始祖様が姫になることは…… |
姫騎士 | それは悲惨だなあ。さぞ悲しみに暮れながら死んでいったのだろうな。 |
カニ | 違うカニ。カニのココロには笑い嚢があるカニ。そこに貯めた笑いで……いつかきっと王子様をたすけられると……ずっと信じて……脇汗を貯め続けたカニ…… |
姫騎士 | そうか。それもひとつの呪いだったのかもしれないな。 |
カニ | ほら、この小瓶カニ……これがその脇汗の最後のひとしずくカニ。 |
姫騎士 | なんだ、持っていたのか? |
カニ | カニ始祖様が亡くなってから4千年……王子様を探し出して呪いを解くのがカニの使命カニ……でも、いままで無数の糞石にふりかけて来たけど、王子には出会えなかったカニ…… |
姫騎士 | おいおい、どうしたんだよ、いつもの元気はどこにいったんだ? |
カニ | 姫の脇汗なんておとぎ話カニ……この小瓶の中身だってただのカニ酢に決まってるカニ! |
姫騎士 | 気を落とすなよ! 目の前に糞石があるんだ! やってみよう! |
カニ | 姫騎士は、こんなバカな話、信じるカニ? |
姫騎士 | ああ、信じるよ! |
カニ | わかった! やってみる! ぽんっ! もわっ…… |
姫騎士 | …… |
カニ | ……くっさ。 |
姫騎士 | ……ハナまがりそう。 |
王子 | どっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! |
姫騎士 | な、なんだ!? 何が起きた!? |
王子 | どっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! |
姫騎士 | 二回言うな。 |
王子 | 王子様ふっかーつ! |
カニ | 王子様カニ!? |
姫騎士 | なんてことだ! |
王子 | こ、ここは? 船の上か? いったい何が起きたんだ!? |
カニ | 王子様! 復活を心待ちにしていたカニ! |
姫騎士 | ウンコより蘇りし王子よ。わたしはトアル国の姫にして騎士、みなからは姫騎士と呼ばれている。して、貴公は? |
王子 | 俺はオレノ国の王子だ。済まない……まだ混乱していて……ここはジャパネットたかたの高田社長が死んでから何年後の世界だ? |
姫騎士 | わからん。もっと有名な名を挙げてくれ。 |
カニ | カニ始祖様の国が滅びて4千年後の世界カニ。 |
王子 | カニ始祖様……? そうか、カニはドラヴィダ国の姫になれたんだな。 |
姫騎士 | ドラヴィダ国? |
王子 | 違うのか? |
カニ | カニ始祖様はプリンス王国のアイドルだったカニ。でも、姫じゃなかったカニ。 |
王子 | プリンス王国だと!? |
姫騎士 | 未来から来たというバカ王子と謎の少女が築き上げ、一代にして滅んだ謎の国だ。 |
王子 | おお!? ではあのふたりは結ばれたのか!? |
姫騎士 | あのふたり? |
王子 | 俺の知り合いだ。 |
姫騎士 | 本当か!? ふたりは息の合ったボケツッコミで夫婦漫才をやっていたと聞く。 |
王子 | ははは! あいつららしいな! |
姫騎士 | わたしにもふたりの血が流れているらしいのだが、長い間記憶を失っていて……自分がどこから来たかすらも覚えていない。 |
王子 | そうか。事情は複雑なようだな。 |
姫騎士 | ああ。だがわたしは、いまを生きると決めた。 |
カニ | 王子はプリンス国のことを知っているカニ!? |
王子 | いや、俺が知っているのはドラヴィダ国に降り立ったころの話だけだ。 |
姫騎士 | そうか……プリンス王国は凄まじい科学力を武器にドラヴィダ王国から覇権を奪ったが、その栄華は長くは続かなかったと聞く。その理由は謎……いっさいわかっていない。 |
王子 | ……心当たりがありすぎる。 |
★
王子 | そうか、ここはキリストが死んで千2百年後の世界か…… |
姫騎士 | それで、時を旅しているという王子、そなたはいつの時代の生まれなのだ? |
王子 | 西暦2〇〇2年……いまからおよそ8百年後に生まれることになる。 |
カニ | み、未来人……はじめて見るカニ…… |
王子 | ところで、この船はどこに向かっているんだ? |
姫騎士 | この船は、世界の果てを目指している。 |
王子 | 世界の果てだって? そうか、この時代の人間は地球が丸いってことを知らないんだな。 |
カニ | 地球が丸いカニ? |
王子 | ああ、そうだ。俺たちが住んでいるのは丸い地球の表面で、一周するともとのところに戻ってくるんだ。 |
姫騎士 | いや、それはおかしいぞ、未来の王子よ。 |
王子 | いやいや、おかしくないんだって! |
姫騎士 | 一周してもとのところに戻るということは、二周したらどこに行くのだ? |
王子 | 二周? 二周したら……? |
カニ | わからないカニか? 未来人にもわからないことがあるカニか? |
王子 | 二周したら……世界の果てかな? |
カニ | 世界の果てって、世界を二周しないと行けないカニ!? |
王子 | ああ、なんかごめん。たぶんそう。 |
姫騎士 | そうだったか! だが仕方がない! |
王子 | ところで、なんで世界の果てを目指しているんだ? |
姫騎士 | そうだな……王子には話しておこう。この船には、この世界にあってはならないものが積んであるんだ。それを捨てに行く。 |
王子 | あってはならないもの? |
姫騎士 | 実際に見てもらったほうが早い。あとで案内しよう。 |
王子 | それを世界の果ての滝になってるところから捨てるんだな? |
カニ | 滝カニ? |
王子 | 世界の果ては滝になって流れ落ちているのだろう? 違うのか? |
姫騎士 | わたしたちの伝承では、世界の果てにはプロセニアム・アーチという門があって、その先は異世界につながっているという。 |
王子 | プロ……ントのコーヒーはなんとなくドミニカの味がした? |
カニ | プロしかあってないカニ。 |
姫騎士 | コーヒー通を気取りたいだけの発言に聞こえたぞ、王子。 |
王子 | そ、そうか! しかし地球を二周するわけだろう? 十二世紀の船で大丈夫なのか? |
姫騎士 | それなら大丈夫だ。この船はプリンス王国の科学により作られた船だ。この航海のためにわざわざ古文書を紐解いて復旧させたのだ。 |
王子 | ほう! |
姫騎士 | 内燃機関というものを知っているか? |
王子 | 知っているとも! 21世紀の世界ではありふれた機構だ。 |
姫騎士 | この船にも巨大な蒸気機関が搭載されている。 |
王子 | そうか、その船で世界の果てを目指すのか。頼もしい。 |
姫騎士 | その蒸気機関を、昔は魔法の水のようなもので動かしていたらしいが…… |
王子 | ガソリンのことだな? |
姫騎士 | その製法が伝わっていないので、奴隷にシリンダー内のピストンを動かさせている! |
王子 | 逆にすげえな! |
姫騎士 | 十字軍が連れ帰った異教徒がいくらでもいるからな。労働力には事欠かない。 |
王子 | あ、ところで、ちょっとトイレに行きたくなってきた。 |
姫騎士 | トイレか! この船には水洗便所というものがあるんだ。知っているか? |
王子 | おお! さすがはバカ王子! 水洗便所も用意してくれたか! |
姫騎士 | ただこれも、水が流れる仕組みがよくわかっていないのだ。ウンコを垂れたあとは奴隷に言いつけてくれ。 |
王子 | 奴隷が流してくれるのか! |
姫騎士 | あと、ウォシュレットというものを知っているか? |
王子 | ウォシュレットもあるのか! |
姫騎士 | ああ。ウンコを垂れたあとは奴隷に頼むといい! |
王子 | それも奴隷がやるのか! いったいどうやっているのか気になるが―― |
姫騎士 | ウォシュレットのあとは温風乾燥機だ。 |
王子 | まてまてまて。奴隷がどうやって温風を出すんだ。 |
姫騎士 | 便座もちゃんと温めてある。 |
王子 | まてまてまて。 |
姫騎士 | 奴隷の身を気遣っているのか? だったら案ずることはない。キリストの教えも理解できぬ未開人だ。相応の罰を与えてやっているのだ。 |
王子 | それ、キリスト関係ないから。君らが勝手に解釈して、勝手に―― |
姫騎士 | ズッガァァァァァァン! ザバァァァァァァっ! なんだこの揺れは! |
カニ | 海賊船カニ! |
姫騎士 | クッ……王子と話し込んでいたら、海賊船が目の前にっ! |
王子 | なんかその、俺に責任あるような言い方、やめない? |
バカ海賊 | ぐわーっはっは! ついに捉えたぞ、古代プリンス王国の船を! |
カニ | バカ海賊カニ! 手下が次々に乗り込んでくるカニ! |
姫騎士 | 奴隷を戦わせろ! |
カニ | 奴隷は反乱を起こしてるカニ! |
姫騎士 | なぜだっ! |
王子 | こうなることはわかってた気がするなぁ。 |
姫騎士 | さすがは未来人……これから起きることはすべて知っているということか…… |
王子 | そういう話でもないよなぁ。 |
バカ海賊 | 積荷を渡してもらおうか! 素直に渡せば命までは取らん! |
カニ | わ、渡すカニ! 荷物より命が大事カニ! |
姫騎士 | 渡したところでエロいことはされるに決まってる! この勝負! 勝つしかない! |
バカ海賊 | ぬわーっはっは! 多勢に無勢! もはや抵抗する力なぞ残っていないではないか! |
姫騎士 | くそう……見透かされてる! |
バカ海賊 | さあ! お楽しみの時間だ! |
姫騎士 | やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ! |
バカ海賊 | そーら、フンドシがめくれてきたぁっ……へっへっへ…… |
姫騎士 | そっちか! |
カニ | やめるカニ! フンドシ剥がしたらいけないカニ! |
王子 | やめるんだ、バカ海賊! |
バカ海賊 | 貴様はっ!? |
王子 | 遠い未来からやってきた王子様! そんなにエロいことが好きなら、俺とするがいい! ばさぁっ! |
バカ海賊 | 望むところだ! ばさぁっ! |
カニ | な、なにが始まるカニ!? |
王子 | ほあたたたたたたたたたたたたたた! |
バカ海賊 | ぬわはははは! そんな攻撃あん。俺様にあ、あん、効きはあん。あっ。だめ。そこは……あん。 |
姫騎士 | こ、これが男同士の戦い!? |
バカ海賊 | 今度はこっちからだ! |
カニ | ゴクリ…… |
バカ海賊 | うりりりりりりりりりりりりりりり! |
王子 | 無駄無駄あん、ああっ、無あ、あん、あっ、無駄あっ、あふっ……ああん、あっ、あっ、あぅっ! |
姫騎士 | 互角の展開……! |
カニ | わかるカニか!? |
バカ海賊 | くそう、こうなったら最後の手段…… |
王子 | ふっ、俺も本気を出すしかないようだな。 |
バカ海賊 | イクときは言ってね。 |
王子 | ああ、いっしょにイキましょう。 |
バカ海賊 | ほああああああっ! |
王子 | はあああああああっ! |
王子&賊 | ああああっうりゃあっあんあっうりゃうりゃあっあんああんあっあんああっああんあっあっきてっきてっああっああああああああんっあいしてる! わたしも! ああっ! もっと! やめないでっ! ああっ、ほあたぁっ! ああっ! い、いく、きて! あああああーーーんっ! |
王子 | バタリ…… |
バカ海賊 | バタリ…… |
カニ | 王子が先に倒れたカニッ! |
バカ海賊 | むくり…… |
姫騎士 | 立てるのか!? |
バカ海賊 | 約束通り……積荷はもらっていくぞ…… |
王子 | ま、待ってくれ……せめて俺にも……積荷を見せてくれ…… |
バカ海賊 | フッ……。俺と互角に戦った男の願い……叶えよう。 |
★
姫騎士 | ガチャッ。こっちだ。荷物は船倉にある。 |
バカ海賊 | ようやく拝めるのか…… |
王子 | ところで、この世界にあってはならない積荷とは? |
バカ海賊 | 世界を滅ぼすほどの何かだと聞いている。 |
王子 | まさか……核? バカ王子は核を作り上げたのか? |
姫騎士 | 核? なんのことだ? |
バカ海賊 | これは檻か……? この奥にあるということだろうが、暗くてよくわからないな。 |
姫騎士 | 火打ち石カチカチ。ぴかぁ。 |
王子 | これはっ!? |
??? | ああ、やっと出番が来た。何を話せばいいの? |
姫騎士 | この物語の著者の高校時代の友人、森幸一郎。 |
バカ海賊 | この物語の著者? 高校? なんだそれは? |
姫騎士 | わたしにもわからない。 |
森幸一郎 | はじめまして、森です。王子とバカ王子と……こちらはカニかな? |
王子 | 王子とバカ海賊だ。カニもいるが、ここにいるのは姫騎士だ。 |
森幸一郎 | なるほどね! |
バカ海賊 | こいつはいったい……? |
姫騎士 | わからん。 |
王子 | おまえは、本当にこの世界の外側から来たのか? |
森幸一郎 | そうそう、きみたちの感覚でいうと、そういうことになるね。 |
バカ海賊 | なんていうか……ありきたりのこと言って悪いけど、普通は外の世界からの来訪者って言ったら、クトゥルフ的なものを考えるよな。 |
王子 | 十二世紀のおまえがなんでクトゥルフを知ってる? |
森幸一郎 | いや、知ってるでしょう。あれは人類が発生するずっとまえからいるんだから。 |
姫騎士 | おまえは黙ってろ。 |
森幸一郎 | ああ、ごめんごめん。しばらく黙ってる。 |
バカ海賊 | あるいはウルトラマンみたいな? |
王子 | だからなんでおまえがウルトラマンを知ってるんだよ。ウルトラマンは昭和41年に始まるんだぞ。 |
森幸一郎 | 円谷が撮る前にも地球に来てたんじゃない? だったら知ってて当然でしょ。 |
姫騎士 | うるさい。森。 |
森幸一郎 | はーい。黙ってまーす。 |
バカ海賊 | 少々うざいだけに見えるが……なぜこれが存在してはいけないんだ? |
姫騎士 | この者は、わたしたちが知りえぬことを知っている。やもすれば、超えてはならぬお方を超えるかもしれん。 |
王子 | 超えてはならぬお方……すなわち……神!? |
バカ海賊 | つまり、こいつが異教徒の手に渡れば、おまえたちに先んじて異教徒が宇宙の真理を知るかもしれぬわけだな。 |
姫騎士 | ……可能性でしかないが、そうだ。 |
王子 | いままで何度も笑えなくなる谷間を超えてきたけど、今回はきっついなぁ。 |
森幸一郎 | 笑いは、君たちが作ればいいんじゃないかな。 |
バカ海賊 | なに言ってんだ、コイツ? 水浴び直後の文鳥嗅がすぞ。 |
王子 | 文鳥を拷問に使うな。 |
森幸一郎 | 世の中の笑えるモノ、笑えないモノを決めるのは、力ある強い者だ。君ら王子と……海賊? 姫騎士? 君らが決めればいい。弱者は何を笑っていいかも知らない。従うだけだよ。 |
姫騎士 | どういうことだ? |
森幸一郎 | たとえば? 僕の脇毛で笑えるのは、君たちに権力があるからだ。弱いものは、君たちに従って笑う。 |
バカ海賊 | そんなこと、今更言われなくとも! |
王子 | 俺が―― |
バカ海賊 | 俺たちが目指すのは―― |
王子&賊 | だれもたまにしか傷つけない笑い! |
姫騎士 | たまにしか。 |
森幸一郎 | 笑いというのは、緊張の緩和から生まれてくるんだよ。 |
バカ海賊 | ハッ! 通りすがりのお説教おじさんですか! そういうことはツイッターでやってこい! |
王子 | ツイッターないだろ、この世界には。 |
森幸一郎 | ウルトラマンがある世界にはツイッターもあるんじゃないかな? |
王子 | あ、そうか。 |
姫騎士 | いや、ないでしょ。 |
森幸一郎 | 笑いを与え続けるというのは、緊張を与え続けること。それはある種の拷問だよ。 |
バカ海賊 | ハッ! バカバカしい! |
森幸一郎 | 笑わせてもらったよ。君たちのギャグには。否応なく己の感情を奪われ、君たちが与えた緊張からの開放に笑い、喜び、そして求めるようになったよ。 |
バカ海賊 | なに言ってんだおまえ? 藁巣のなかの雛文鳥嗅がすぞ。 |
王子 | たまに癖になるやつがいるからやめろ。 |
森幸一郎 | そしていまですら、笑いたいと思っている。世界の果てに連れて行かれる恐怖、この緊張から逃れるために。わたしのこの苦笑いを察して、君たちがおぺにぺにをぶるんぶるん回して笑わせてくれるのではないかと、ココロの底では渇望している。 |
バカ海賊 | ハッ! 挑発か! 恐れ入ったぜ! |
王子 | よーっし! それならば見るがいい! ばさぁっ! |
バカ海賊 | ダブルでイクぞっ! ばあさぁっ! |
王子 | マツケンサンバに乗せてぇっ! |
バカ海賊 | 踊れ! 腰元ダンサーズ! |
王子&賊 | おぺにぺにダブルタイフーン! |
森幸一郎 | フッ、フッフッフ……ハハハ、あーっはっは! あーっはっはっはっは! |
★
王子 | 作戦会議しよう、作戦会議。 |
バカ海賊 | ああ、あいつはヤバい。 |
姫騎士 | 最後のおぺにぺにダブルタイフーンとか、あれ、笑えた? |
王子 | いや、自分でも手応えさっぱり。 |
バカ海賊 | それを笑ってたんだぞ、あの謎生物。 |
姫騎士 | ていうか、バカ海賊が連れて行きなさいよ、森幸一郎。そのつもりで襲って来たんでしょう? |
バカ海賊 | いや、あんなのだとは思わなかったから。 |
王子 | 俺もてっきり核兵器かなんかだと思ってた。 |
バカ海賊 | 俺、ニャルラトテップとか、円盤生物ノーバとか、そういうものだとばかり。 |
姫騎士 | そういえば、カニの姿を見ないな。 |
王子 | たしか、甲板の後ろのほうにいたような。 |
バカ海賊 | 甲板ではやることがなくなった俺の部下と奴隷たちがものまねバトルをやっていたようだが…… |
姫騎士 | クソッ! 呑気なものだ! |
王子 | 十二世紀のものまねって、だれのものまねをするんだ。 |
バカ海賊 | いまのところローマ教皇アレクサンデル3世のものまねが優勝候補だ。 |
姫騎士 | ローマ教皇のものまねなど! 不届きな! |
★
カニ | はーやく芽を出せ柿の種ー♪ 出さなきゃハサミでちょん切るぞー♪ |
姫騎士 | カニ! こんな甲板の隅で何をしている? |
カニ | 柿の種を育てているカニ。 |
姫騎士 | 柿の種? そんなものをどこで? |
カニ | 船倉の森さんに、おにぎりと交換でもらったカニ! |
王子 | それはっ……! |
姫騎士 | あのおっさん、どこにそんなものを隠し持っていたんだ…… |
王子 | まずいぞ……ふたりとも…… |
バカ海賊 | どうした王子。顔色が悪いぞ。 |
王子 | その柿の木が成長すると、森が『柿の実を取ってやる』と言って近寄ってきて……最後にカニは青い柿の実をぶつけられて死んでしまうんだ! |
姫騎士 | 未来がわかるのか!? |
王子 | あ、ああ、そういうことにしておこう! |
カニ | 芽が出たカニ! |
王子 | カニ! すぐにその芽を摘むんだ! |
カニ | イヤカニ! カニが育てたんだカニ! |
バカ海賊 | 王子、おまえが言ったことは事実なのか? |
王子 | ああ、カニは森幸一郎に殺され、その子らが牛糞どん、臼どん、蜂どん、栗どんと協力して復讐することになる! |
バカ海賊 | おまえ、アタマ大丈夫か? |
王子 | くっそう、だれがこんなクレイジーな童話を考えたかしらんが、そうなんだ! |
カニ | はーやくならぬか柿の実よー♪ ならぬとハサミでちょん切るぞーっ♪ |
王子 | やめるんだ、カニーッ! |
姫騎士 | カニ! おまえが待ちわびた王子が、こう言っているのだぞ! |
カニ | そうだけど……カニはおにぎりと交換したカニ! カニの全財産カニ! |
バカ海賊 | くそっ! 猿野郎と話をつけるしかない! |
王子 | 一瞬で場所移動っ! |
姫騎士 | 森! |
森幸一郎 | なんですか、騒々しい。 |
姫騎士 | カニから騙し盗ったおにぎりを返せ! |
森幸一郎 | 騙し盗った? 人聞きの悪い! おにぎりは食べたら終わり、柿は育てれば毎年実をつけるのですよ? |
バカ海賊 | どどどど! たいへんだ! 奴隷と俺の部下が戦争をはじめた! |
姫騎士 | なぜっ!? |
カニ | 柿の木が実をつけて、その実を争って戦争が起きたカニ! |
王子 | 展開早っ! |
森幸一郎 | フッフッフッフ…… |
姫騎士 | おまえの仕業か! |
バカ海賊 | ふと振り返ると、奴隷とバカ海賊がバタバタと倒れだしている! |
姫騎士 | いったいどういうことだ!? |
王子 | どうやら水洗便所を流す奴隷が仕事を放棄、伝染病が蔓延しているらしい! |
姫騎士 | 展開早っ! |
森幸一郎 | フッフッフッフ…… |
姫騎士 | これもおまえの仕業か! |
バカ海賊 | ずががががっ! こんどはなんだ! 幽霊船と遭遇ーっ!? |
森幸一郎 | フッフッフッフ…… |
姫騎士 | これも!? |
バカ海賊 | びょわぁぁぁぁぁぁぁっ! 嵐だーっ! 帆をたためーっ! |
森幸一郎 | フッフッフッフ…… |
姫騎士 | これも!? |
バカ海賊 | 金のエンジェル出ねぇーーーっ! |
森幸一郎 | フッフッフッフ…… |
姫騎士 | これもなのかーっ! |
バカ海賊 | しかし! この力を利用できれば……俺たちは世界を手にすることができる! |
王子 | 切り替え早っ! |
森幸一郎 | わたしの力、おわかりになりましたか? |
王子 | わかったけど、冷静に考えるとさっぱり。 |
カニ | 柿の実が実ったカニ! |
姫騎士 | いまそんな場合か!? |
バカ海賊 | まずいぞ! 松平健&腰元ダンサーズが乗り込んできた! |
王子 | 甲板では何が起きているんだ。 |
カニ | カニはみんなを笑わせたいカニィィィ! なんで見てくれないカニィ! |
姫騎士 | な、泣くことはないだろう!? |
バカ海賊 | こんなときにカニを泣かせるな! |
姫騎士 | わたしが泣かせたんじゃない! |
バカ海賊 | 甲板ではいま嵐の中で海賊と奴隷と幽霊がマツケンサンバを踊りながらチョコボールを開け続けているんだぞ! 起きていることを整理して伝えるほどに混沌が増していく! |
姫騎士 | まるで崩壊寸前のゲームの開発現場! |
王子 | いや、こっちのほうがいくぶんマシだ。 |
カニ | カニが育てたのに……カニが……! |
バカ海賊 | いかん、状況がひどすぎて柿の実のことを忘れそうになる。 |
森幸一郎 | わたしにその柿の実をひとついただけませんか? |
カニ | 受け取ってくれるカニ!? |
森幸一郎 | ああ。もちろんです。 |
バカ海賊 | うわぁっ! ふと甲板に目をやるとこんどはピンクのカバだ! 巨大なピンクのカバが飛び回っている! |
王子 | おまえ、ちょっとうるさい。 |
バカ海賊 | マツケンが立ち向かってる! |
王子 | あ、それは見たい。 |
森幸一郎 | これがカニが育ててくれた柿の実ですか。 |
カニ | そうカニ! |
王子 | なあ、カニ。その柿の実、俺にもひとつもらえるか? |
バカ海賊 | ヒカキンー来たーっ! ヒカキンーッ! |
王子 | 何が起きているんだ、何が。 |
カニ | 王子様! |
森幸一郎 | さあ、みなさんも。 |
姫騎士 | もらおう! |
カニ | あのね。カニはみんなを笑わせたいカニ。 |
王子 | そうだな、俺たちを笑わせてくれ。 |
バカ海賊 | よし、じゃあ俺の尻にも聞かせてやってくれ。 |
王子 | 尻出すなよ、もう。 |
姫騎士 | カニ、笑わせてくれ、わたしたちを! |
カニ | でも、ギャグが浮かばないカニ。 |
王子 | かまわんぞ。焦らず、じっくりと考えるんだ。 |
カニ | あっ! |
王子 | 何か浮かんだか? |
カニ | …… |
カニ | ドラヴィダ~。 |
王子 | …… |
バカ海賊 | …… |
姫騎士 | …… |
カニ | ド、ドラヴィダ~……? |
姫騎士 | あ、お、面白い! 言い方がキュートっていうか…… |
王子 | だ、だよな! ドラヴィダ~か! 流行りそうだな! |
カニ | カ、カニね、姫騎士の秘密を知ってるカニ! |
バカ海賊 | あ、ああ、聞いてやる! |
姫騎士 | わたしの秘密? うわーどんな秘密かなぁ。 |
カニ | 姫騎士はバカ海賊のウンコだったカニ! |
王子 | こらこら~言うに事欠いて、コイツ~。 |
カニ | 本当カニ。プリンス国を復興させるために、第236代カニ聖様が、バカ海賊のウンコに呪いをかけて姫騎士に変えたカニ。 |
姫騎士 | …… |
バカ海賊 | フッ……そんなバカな話……はっ! |
王子 | どうした、バカ海賊? |
バカ海賊 | 姫騎士の髪に……未消化のニラが…… |
姫騎士 | えっ……? |
王子 | あ、あは! あはは! 気にするな気にするな! 俺だって恐竜のウンコだったんだ! |
バカ海賊 | ああそうだ! もとは俺のウンコだったとはいえ、いまはこんなに立派な人間じゃないか! |
姫騎士 | …… |
バカ海賊 | そんなことより! 甲板の上にはオキノテズルモズルやスカシカシパンが現れて戦闘中だ! ほらほら! 戦いの準備をー! みたいな…… |
王子 | たったいま見てきたが、クラーケンとリヴァイアサンと地球深部探査船ちきゅうも現れて大海戦中だ! |
カニ | それちょっと見たいカニ! |
バカ海賊 | うわー! 世界の滅亡だぁ! 助けてくれぇっ! って。 |
姫騎士 | …… |
王子 | ずがあああああああんっ! ががががががーーーーんっ! なんだ!? どうしたんだ!? |
森幸一郎 | 着いたようですね、世界の果て。 |
王子 | いきなり? |
カニ | 甲板に出てみるカニ! |
バカ海賊 | ここが……? 世界の果て……? |
王子 | プロセニアム・アーチは? |
森幸一郎 | この最果の海の向こうにあります。ここから先へはわたしひとりで行きます。 |
バカ海賊 | 勝手に話を進めるひとだなぁ。 |
王子 | 俺たちはどうすればいい? |
森幸一郎 | さあ。わたしには小舟を用意してください。あとは漕いで行きます。 |
姫騎士 | わたしも行きます…… |
バカ海賊 | はあ!? |
王子 | なに考えてんだ、姫騎士! |
姫騎士 | わたし……こんな世界にいたくない…… |
カニ | 急にどうしたカニ? |
姫騎士 | カニなんか嫌いだ。 |
バカ海賊 | どうした!? |
王子 | ウンコだったことをバラされたからか? |
姫騎士 | うるさい! 黙れ! |
カニ | 姫騎士…… |
森幸一郎 | では、参りますよ。 |
姫騎士 | ああ。 |
王子 | 待って姫騎士! |
バカ海賊 | 行くんじゃない! |
カニ | カニは……カニはみんなに笑ってほしかっただけカニ…… |
姫騎士 | 笑えばいいだろう! みんな! わたしのいないとこで! |
王子 | 笑えるわけないだろう! |
姫騎士 | 姫騎士はウンコだった、記憶も姿も姫騎士だけどウンコなんだって、笑えばいいっ! |
バカ海賊 | いまさら何を言い出すんだよ…… |
姫騎士 | ずっと! ずっとだよ! ずっと笑われてきたんだよ! 時代をまたいで、姫から謎の少女になって、姫騎士になって、やっと忘れてたのに! |
森幸一郎 | ここはもう世界の果て……さまざまな記憶が入り混じっているようですね。 |
王子 | 姫騎士…… |
カニ | 姫騎士を止めてカニ! |
バカ海賊 | この高まった緊張と不安を…… |
王子 | おぺにぺにタイフーンスペシャルだ! |
バカ海賊 | おぺにぺにを固定して体を回転させる! |
王子 | わかった! だけど渾身のギャグを放たねばならないというこの瞬間に、どうして僕の目から涙が止まらないのだろう! |
バカ海賊 | 泣くな! 王子! 姫騎士を思いとどまらせるには……涙など……涙など……見せてはならぬと思いながらも、なぜにこの頬を涙が伝うのだろう! |
王子 | 松平健&腰元ダンサーズの皆さん! |
バカ海賊 | 鮫の軍団に乗った百万人の城みちる! |
王子 | 力を貸してくれっ! |
バカ海賊 | 行くぞ! おぺにぺにセットアップ! |
王子 | バカ海賊のおぺにペにを手のひらに受けて! |
バカ×2 | 人間皿回しでござーーーーーーーーいっ! |
姫騎士 | さよなら。みんな! |
バカ×2 | いつもより余計に回しておりまーーーーーーーーっす! |
カニ | 行かないでカニーッ! |
王子 | ぐ、ぐわああああああああああっ! ま、回せば回すほどっ! |
バカ海賊 | 世界が壊れていくーっ! うおおおおおおおおおおおっ! |
10 宇宙編
王子 | ここは……? |
姫 | おはよう。ようやく目を醒ましたのね。 |
王子 | ああ、そうか。僕たちは宇宙に出たんだ。 |
姫 | そう。滅びゆく地球から運良くわたしたちだけ逃れられたの。たったいまコールドスリープから抜けたところ。 |
王子 | ということは、移民先の星が見つかったの? |
姫 | んーん。他の船から通信が入って、それで起こされたみたい。 |
王子 | 他の船? |
姫 | わたしたちみたいに地球を抜け出せた船だと思う。 |
王子 | そうか……ほかにもいたんだ。 |
姫 | でも、ここからはかなり遠いとこ。電波も弱くて、通信は途切れちゃった。 |
王子 | ここは地球からどのくらいの距離なんだろう…… |
姫 | およそ4光年。地球を出てもう2〇〇年経つんだって。 |
王子 | そんなに……新しい故郷は見つかるんだろうか。 |
姫 | 待って! 通信が入った! 他の宇宙船! この近くみたい! |
王子 | 近く? |
姫 | ドッキングを希望してる! ステルス解除、出現する! ずががががががががっ! |
王子 | うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! |
バカ?? | がしゃこーん! ういーーーーん! |
姫 | ハッチから人影がっ!? |
バカ?? | ずさっ! |
王子 | バカだけは確定してるんだ。 |
バカ星人 | 俺はアルデバラン星系バカ星から来たバカ星人だ! |
王子 | そのバカ星人がなんの用だ!? |
バカ星人 | ト、トイレを貸してほしい! |
姫 | トイレ!? |
バカ星人 | 俺の宇宙船のトイレが壊れてしまって……は、早くっ! |
王子 | 残念ながら、この宇宙船にトイレはない。 |
バカ星人 | ないっ!? トイレがない!? 見ると地球人のようだが、地球には宇宙船にトイレをつくる技術がない!? それじゃあ、あれか? 乗組員がトイレに行きたくなってもドライブインまで我慢させんのか? あるいはそのへんに停めて野グソ垂れさせんのか? 提携してないドライブインに停めたらバス会社に苦情来るんすよーっつって客に野グソ強要すんのか? |
王子 | なんの話だよ。 |
姫 | わたしたちには、ウンコ完全分解酵素が備わってるの。長い旅の途中でトイレのことを気にしなくて済むように、遺伝子操作で…… |
バカ星人 | う、ウンコしない!? |
王子 | ああ。地球人はもうウンコから開放されたんだ。 |
姫 | わたしたちにはもう尻の穴もないの。 |
バカ星人 | マジかっ! |
王子 | あ、それは姫の勘違い。ちゃんとあった。 |
姫 | あるの!? |
王子 | あるよ。姫にもあったよ。 |
姫 | あったって! いつ見たの!? |
王子 | ベッドでいろいろやってるとき…… |
バカ星人 | あ、ごめん、その話あとでやってくれるか? |
姫 | あ、ああ……あのとき……指入れてたの、どっち? |
王子 | 両方両方。 |
バカ星人 | ウンコ漏らすぞ。 |
王子 | 漏らして済むんだったらじぶんの船に戻れよ。 |
バカ星人 | じぶんの船汚したくない。 |
姫 | あ、そうだ。王子がバカ星人の尻の穴に蓋をしてあげれば? |
王子 | おまえねぇ…… |
バカ星人 | ナイスアイデア! |
王子 | おまえもー。 |
姫 | ちぇっ。 |
王子 | とりあえず、ウンコ完全分解酵素注入しておいた。 |
姫 | 早っ。 |
バカ星人 | ああ! ありがとう! すっきりしたよ! |
姫 | あ、肝心なところ見てなかったけど、どうやって注入したの? |
バカ星人 | そ、それはおまえ…… |
王子 | 言えるわけないじゃないか…… |
★
バカ星人 | ああ、それで星間をずっと彷徨ってるわけだ。 |
王子 | まあ、地球滅びちゃったからねぇ。しょうがないよ。 |
姫 | ふたりでバカ星人の星でやっかいになるのはどう? |
バカ星人 | あー、でも、うち部屋散らかってるし、ちっちゃい子がいるから。 |
姫 | いいよ、気にしないから。 |
バカ星人 | いやいや、アパートの大家もうるさいしさ。 |
王子 | じゃ、駅前のホテルに泊まるから。 |
バカ星人 | あ、それならぜひ。放射能あるけど、大丈夫? |
姫 | 放射能あるの? |
バカ星人 | もしかして地球人、放射能無理? |
王子 | 無理だよー、先に言ってよー。 |
バカ星人 | ああ、ごめんごめん、つい普段の調子でー。 |
姫 | 遺伝子構造ほとんど同じだし、言語もいっしょだけど、異星人なんだからね。そこんとこ忘れないでね。 |
バカ星人 | 思わせぶりだねぇー。 |
姫 | 思わせぶり? |
バカ星人 | そういうとこー。新歓とかでもひとりはいるタイプじゃーん。 |
王子 | やめとこっか、そういう話。ぴきぃっ! ってなるから、ぴきぃっ! って。 |
姫 | なにそれ、気持ち悪い。 |
バカ星人 | で? これからどうするの? |
王子 | 地球の別の船からの連絡待ち。 |
姫 | でも、誤検出だったかもしれない。またコールドスリープに入っちゃったほうがいいかもね。 |
王子 | そっちの船でちゃちゃっと見に行ったりできないの? |
バカ星人 | あー、電波来た方向がわかれば。 |
姫 | ああ、わかんない。そっちの通信設備では受信してないの? |
バカ星人 | 無理無理、通信機壊れてるもん。 |
王子 | オンボロだなぁ、そっちの船は。 |
バカ星人 | ガリバーで一番安いの買っちまったからなー。 |
王子 | 中古かー。それじゃあしょうがないかー。 |
バカ星人 | 保険も入ってない。 |
王子 | おいおいおいおい。 |
姫 | 悩んでてもしょうがない! コールドスリープに入らないと歳とっちゃう! |
王子 | ああ、そうだね。姫はそうしたほうがいい。 |
姫 | 王子は? |
王子 | もう少し起きて、電波監視してみるよ。 |
姫 | そうだ! 三人交代で起きてるってのはどう? |
バカ星人 | まてまて、なんで俺も入ってんだ。 |
王子 | ここまで話聞いて、それじゃあ! とか言って帰れる? |
バカ星人 | 帰るよ、俺は。アニメーターやってたときだって定時でそれじゃあって帰ってたんだから。 |
姫 | アニメーターやってたの? |
バカ星人 | そうだよ、ドテラマンとか赤い光弾ジリオンとか。 |
王子 | 知らない知らない、それバカ星のアニメ? |
バカ星人 | あっれー? 地球でも放送されるって聞いてたんだけどなぁ。ドリモグとか。 |
姫 | ドリモグ知ってる! |
バカ星人 | 最近どんなアニメ見てる? |
姫 | それ、あとにしない? |
王子 | じゃあ俺ら、先に寝かせてもらうわ。 |
バカ星人 | えっ? ああっ? マジで? |
姫 | レーダー係よろしくね! |
王子 | 起きたらアニメの話しよう。たぶん同年代だから、同じの見てるよ。 |
バカ星人 | しょうがねぇなあ。 |
姫 | なんかあったら遠慮なく起こして。 |
バカ星人 | なんかテレビゲームとかないの? |
王子 | ごめん、エポック社の野球盤しかない。 |
バカ星人 | あれ、ひとりで遊ぶゲームじゃないだろう? |
★
姫 | おはよう、王子。 |
王子 | ああ、おはよう。もしかして、俺が起きる番? |
姫 | 違うの。状況が変わった。バカ星人もいない。 |
王子 | いない? どうして? |
姫 | なんか、バカ星の家族が恋しいとか言って帰ってった。 |
王子 | そうか……。じゃあどうする? ふたりで交代で起きてる? |
姫 | あのね…… |
王子 | どうしたの? |
姫 | わたし、お腹に赤ちゃんがいるの。 |
王子 | えっ? |
姫 | …… |
王子 | 俺が寝ている間、バカ星人となにかあったの? |
姫 | ……なにかって? |
王子 | 不順異星交友的な。 |
姫 | あなたに言わなきゃいけないことじゃない。 |
王子 | 言ってよ。実質的に夫婦なんだよ。俺たち。 |
姫 | 夫婦にだってプライバシーはあるよ。 |
王子 | じゃああれだ。姫の子はバカ息子やバカ娘かもしれないんだ。 |
姫 | なんでそんなこと言うの。 |
王子 | そういうことだろう? 違うの? |
姫 | バカ星人と出会うまえといまとで、わたし、どこか変わった? |
王子 | 変わってないよ。 |
姫 | だったら、王子との関係も今までとおりだよ。 |
王子 | はあ? そんなわけ……おまっ……はあ? |
姫 | なんで泣くの? いまいちばん泣きたいの、あなたじゃないでしょう? |
★
姫 | 6年後。 |
カニ | ママー。 |
姫 | どうしたの? おなかすいたの? |
カニ | んーん、ちきゅうのはなししてー。 |
姫 | カニは地球の話大好きだね。 |
カニ | うん! カニ、ちきゅうだいすき! |
姫 | それじゃあ今日は…… |
カニ | どらゔぃだおうこくのはなししてー! |
姫 | うふっ。わかった。 |
★
姫 | ……すると、ドラヴィダ国の少女は言ったの。 |
カニ | 「でりかっと! けんとでりかっと!」 |
姫 | そう! 上手になったね、カニ! |
カニ | えへへへ。 |
姫 | 「王子! ドラヴィダの少女はもうひとつ聞かせろと言ってます!」謎の少女がそう言うと、 |
姫 | 「なんと、もうひとつだと!?」バカ王子はうろたえました。 |
姫 | だけど王子は、胸を張って言ったのです。 |
姫 | 「よし! ここは俺が行こう!」 |
カニ | ドキドキ…… |
姫 | そうしてみんなが見守るなか、王子はうたいはじめました。 |
姫 | 「かーごーめかーごーめ♪ かーごのなーかのとーりーは♪ いーつーいーつーでーやーるー♪」 |
姫 | 「よーあーけーのーばーんーにー♪ つーると かーめが すーべったー♪ うしろの正面……」 |
姫+カニ | ドラヴィダ~? |
カニ | キャッキャッ! |
姫 | はい。今日はここまで。カニはもうおねんねの時間。 |
カニ | カニ、パパにもきかせてあげたいな~。 |
姫 | でもパパは…… |
カニ | パパもおっきして、ママのおはなしききたいとおもう! |
姫 | うん、それだけど、カニ……。この船にはもう食べ物がないの。みんなで起きると、食べ物がどんどんなくなっちゃうでしょう? |
カニ | じゃあ、カニがねてるあいだ、パパをおこして、おはなしをきかせてあげて! |
姫 | しょうがないなあ、カニは。 |
カニ | やくそくだよ! |
★
姫 | 地球時間、西暦2243年11月20日。 |
姫 | カニは順調に成長し、6歳になった。いまではコールドスリープ装置にふたりで入ることもない。食料は残り30日を切った。 |
姫 | 倉庫には野菜の種子が積み込まれているが、この船には肥料がない。全自動プランテーションもあるのに、わたしたちはもうウンコと決別してしまった。 |
姫 | コールドスリープ中も胎児の成長が止まらないことは想定外だった。改めてマニュアルを読み返すと、成長期にある者はコールドスリープにおいてもその新陳代謝を止められないとある。あの子の成長を、だれも止めることができない。 |
姫 | 何もかも想定外。いや、想定外というならば、あの子の存在が想定外なのだ。だけど、そんな風に考えてしまうじぶんが恨めしい。宇宙の意志があの子を導いたのだ。わたしは、なんとしてもあの子を……はっ! |
姫 | ……あれは!? 王子を起こさなきゃ! |
姫 | 王子! 起きて! レーダーに反応がある! |
王子 | レーダーに……地球の船か……? |
姫 | わからない! もうすぐ接触する! |
王子 | そうか。また異星人かもしれない。通信は? |
姫 | 反応なし! |
王子 | モニター起動! これか……しかし宇宙船にしては小さいようだが……隕石じゃないのか? |
姫 | 違うと思う。デジタル信号反応がある。 |
王子 | たしかに! いや……これは…… |
姫 | こ、これはっ……! |
王子 | セーブクリスタルだ! すぐに回収する! ロボットアームでキャッチだ! ういーん! |
姫 | 少年合唱団…… |
王子 | なに? |
姫 | わたし、ういーんって聞くと、少年合唱団って言っちゃうの! こどものころから! |
王子 | そういうのはココロのなかだけにしておこう! |
姫 | そのつもりだったんだけど、最近口に出ちゃうようになって…… |
王子 | うい、ういーん。 |
姫 | 少、少ねーん |
王子 | …… |
姫 | …… |
王子 | ういーーーーーーーーーーーーーーっ! |
姫 | 少ねーーーーーーーーーーーーーんっ! |
王子 | ちょっとうるさい。 |
姫 | ごめんなさい。 |
王子 | 回収完了! エアロックぷしゅー、ハッチ開放! |
姫 | これがセーブクリスタル…… |
王子 | データも生きているぞ! 地球のものだ! |
姫 | どうしてこんなところに……? |
王子 | 聴診器接続! |
姫 | 耳で聞くんだ。 |
王子 | 懐かしい……まだ地球にいた頃のデータ…… |
姫 | わたしにも聞かせて! |
王子 | 俺のデータもある! オートセーブされたものだな。これなら……どんなに宇宙を彷徨っても、セーブから人生を再開できる! |
姫 | それってつまり…… |
王子 | ああ、これがあれば新天地へとたどり着ける! |
姫 | よかった…… |
王子 | 姫のデータも、ほら! ここに……あ…… |
姫 | あ…… |
王子 | これは…… |
姫 | わたしがウンコだったときのだ…… |
王子 | ……き、気にするな姫、昔のデータだ。いまはカニも生まれた。充実した人生を送っているじゃないか。 |
姫 | そ、そうだね……でも…… |
王子 | 捨てようか! こんなセーブクリスタルなんて! |
姫 | 捨てちゃダメ! |
王子 | どうして!? |
姫 | わたし……ウンコに戻る! |
王子 | なんだってぇ!? |
姫 | この船にはもう食料がないの。わたしたちはコールドスリープすればいいけど、成長期のカニは食料が必要になる。わたしが……わたしがウンコに戻れば、野菜を育てることができる! |
王子 | ま、待って、そんなことしたって、永遠に食料を供給できるわけじゃない。 |
姫 | ごめんなさい、王子。もう決めたの。 |
王子 | 決断早すぎるよ! |
姫 | あの子は……カニは……地球の話が大好きなの。これからはわたしに変わって、王子が……ピカァァァァァァァァァッ! |
王子 | ひ、姫がっ! 姫がウンコになっていくーーーーーっ! |
ウンコ | わたし、あなたを……信頼して…… |
王子 | 姫…… |
ウンコ | ……るわけじゃない……けど…… |
王子 | あ、はい…… |
ウンコ | これしか……方法がないの…… |
王子 | 姫っ! |
ウンコ | カニを……お願い…… |
王子 | 姫ーーーーーーーーーーっ! |
カニ | むにゃむにゃ。 |
王子 | あ…… |
カニ | ママ……? |
王子 | カニ!? 起きたのか? |
カニ | パパ? どうしてきょうはパパがおきてるの? |
王子 | あ、あのね、カニ。ママはね……ウンコになったんだ…… |
カニ | ママが……ウンコに……? |
王子 | そのウンコで野菜を育ててほしいって…… |
カニ | ママが……ウンコに……うっうっ…… |
王子 | 大丈夫だよ、カニ! ママは必ず戻ってくる! |
カニ | そうなの? |
王子 | 海賊船でこの世界の果てまで行った話を聞いたことがあるだろう? |
カニ | うん……もりさんがでてくる…… |
王子 | そう! 森さんが助けてくれるんだ! |
カニ | そうなの……? |
王子 | バカ海賊の話、好きだろう? |
カニ | うん…… |
王子 | あの話……うっく……してあげるから……ぐすっ…… |
カニ | 泣いてるの? パパ? |
王子 | 泣いてるもんか! |
カニ | そうかなぁ…… |
王子 | 聞きたいか! カニ! 森さんの話を! |
カニ | うん! |
★
王子 | ハッピバースデーツーユー♪ ハッピバースデーツーユー♪ ハッピバースデー ディア カーニー♪ ハッピバースデーツーユー♪ |
カニ | ふーーーーーーーっ! |
王子 | 7歳のお誕生日おめでとう! |
カニ | じゃがいものケーキ! こんなに食べていいの? |
王子 | ああ……ママが残してくれたウンコも尽きた……これが最後の食事…… |
カニ | えっ? なに? |
王子 | いや! なんでもない! 今日はなんの話を聞きたい? |
カニ | うーん……せいていがくえんっ! |
王子 | ああ、学園編の――ぴーっ ぴーっ ぴーっ ぴーっ! おや? |
カニ | なに? どうしたの? |
王子 | 信号だ! ちょっと待ってて。モニターピッ。むむっ! 地球の船からだ! 近くにいるのか!? |
バカ?? | こちら……だ……応答…… |
カニ | なぁに? |
王子 | まって。――こちら、オレノ国の王子だ! そちらは地球の船か!? |
バカ?? | ぴーがーっ……こちらは……バカ王子……宙域を……航行中…… |
王子 | バ、バカ王子の船だ! |
バカ王子 | その声は! 王子か! |
カニ | バカおうじのふね!? |
王子 | ああ! おまえも地球を脱出していたのか! |
バカ王子 | びびっびぃーっ……ああ! しかも喜べ! 植民できそうな星を見つけた! |
王子 | なんと……これでやっと……タネを残すことができる……! |
バカ王子 | こちらには避難民が3千人、全員コールドスリープ中だ。そっちは? |
王子 | こっちは王子と姫のふたりだったが……いまは俺と、姫が産み落とした娘、カニのふたり…… |
バカ王子 | そうか……あとで詳しい話を聞かせてくれ。そっちの宇宙船はちょうど移民星との間にある。ピックアップする。 |
王子 | 助かった! こちらはもう食料がない。俺はいいが娘は成長期、食料が必要だ。 |
バカ王子 | まかせろ、食料は腐るほどある、およそ1年後に接触できる。 |
王子 | 1年!? |
バカ王子 | ああ、そんなもの……ぴーがーっ……バカ話でも……あっという…… |
王子 | いや、だけどこっちにはもう食料が……! |
バカ王子 | 電力が落ち……びびびびび……続きは……びびび……また明日……プツン。 |
王子 | 待ってくれっ……! |
カニ | バカおうじにあえるの!? |
王子 | あ、ああ……1年後に…… |
カニ | わーい! カニ、バカおうじにあいたかったの! |
王子 | …… |
★
王子 | おやすみ、カニ。今日はなんの話が聞きたい? |
カニ | かいぞくせん! |
王子 | そうか。バカ海賊の話か。 |
カニ | あのね、パパ。わたし、わからないことがあるの。 |
王子 | なんだい、聞かせて。 |
カニ | カニはおひめさまになれなかったのに、どうしておうじはウンコからもとにもどったの? |
王子 | なんだ。そんなことか。簡単だよ。 |
カニ | そうなの? |
王子 | 王子にとってカニはお姫様だったんだ。だから、カニの脇汗は王子にしか効果がなかったんだよ…… |
カニ | そうか! カニはおひめさまになってたんだ! |
王子 | そう…… |
王子 | ……王子様にとって……カニは姫なんだ…… |
★
王子 | バカ王子、頼みがある。 |
バカ王子 | どうした。おまえから頼み事など、珍しいな。 |
王子 | 俺がいなくなったあと、カニに話を聞かせてやってほしい。 |
バカ王子 | いなくなる? どうして? |
王子 | 俺もウンコになる方法を思いついた。 |
バカ王子 | バッカおまえ、ウンコで笑いが取れるのは小学生までだぞ! |
王子 | それが……笑えるんだよ。 |
バカ王子 | じゃあ聞かせてくれ。どんなギャグだ? |
王子 | ギャグじゃなくて……カニの笑顔を絶やさないための方法なんだ。 |
バカ王子 | ちょ、ちょっとまて、なにするつもりだ? |
王子 | カニは俺の姫だ。あの子の脇汗で、俺はウンコに戻れる。 |
バカ王子 | わけわかんねぇ。ちゃんと説明しろ! |
王子 | そっちの船と合流できるまで1年、食料を確保しないといけない。全自動プランテーションがあるが、肥料がない。だから俺が……わかるだろう? |
バカ王子 | なに言ってんだ! そんなことしたら、カニは1年間ひとりぼっちだぞ!? |
王子 | だから頼んでるんだ。この船にはエポック社の野球盤しかない。 |
バカ王子 | その言い方はディスってるからやめろ。 |
王子 | ふたりで遊んだらめちゃくちゃおもしろいけど、ひとりじゃ遊べないんだよ! |
バカ王子 | ああそうだ! 俺の世代のガキはみんな一度は挑戦したよ! |
王子 | 頼むよ……カニを助けたいんだ…… |
バカ王子 | 1年は長いぞ……それに通信できるのは1日にせいぜい3時間だ。 |
王子 | 決めたんだ。この脇汗の染みたシャツを嗅いで……俺は…… |
バカ王子 | おまえ、言っとくけどおまえがやろうとしてることはベッタベタだぞ? お涙頂戴のクソ安いメロドラマだぞ? |
王子 | かまわない…… |
バカ王子 | ボケろよぉ! かまわない……って! なんだよそれ! |
王子 | もうすぐ、カニは目を覚ます。 |
バカ王子 | 目を覚ますのはおまえだよ、王子ーっ! |
王子 | カニを頼む! ぴかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! |
バカ王子 | お、王子がウンコになったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! |
カニ | むにゃむにゃ……どうしたの、大きい声を出して…… |
バカ王子 | ハッ! カニ! な、なんでもない! |
カニ | あれ? パパは? |
バカ王子 | パ、パパは……そ、そうだ! 森さんが連れて行った! |
カニ | もりさんが……それじゃあわたし……ぐすっ…… |
バカ王子 | なっ、泣くなよ! おっかしいなぁ、泣くなんておっかしいなぁ! |
カニ | えっ? |
バカ王子 | パパは森さんのつまんない話を聞きに行ったんだよ。それよりも、俺たちはここで楽しい話をしよう! 楽しい話を! |
カニ | バカおうじと!? |
バカ王子 | そう! これから1年…… |
カニ | いちねん!? |
バカ王子 | そ、そうなんだよ! 1年しかない! 面白い話がやまほどあるのに! |
カニ | えっえっえっ? じゃあメカニのはなしがききたい! |
バカ王子 | おっ! メカニはカッコ良かったぞ! 次々とミサイルを撃ち落として! ミサイルってわかるか!? |
カニ | わかんない! |
バカ王子 | ちょっと絵を描いてやるから待ってろ! |
カニ | わたしもかいてみる! パパとママにみせるの! |
バカ王子 | うん……えらいぞ! カニ! |
カニ | えへへ、カニ、えらい! |
バカ王子 | カニ……よく聞いてくれ。1年なんて、あっと言う間だ。 |
カニ | うん! カニ、おえかきがんばる! |
バカ王子 | それから、俺と話せるのは1日に3時間。 |
カニ | どうして? |
バカ王子 | バ、バカ忍者やバカゾンビと戦わなきゃいけないからな! |
カニ | そっか! |
バカ王子 | だからカニ、カニは俺を勇気づけてくれ。 |
カニ | えっえっ? どうすればいいの? |
バカ王子 | 笑わせてくれ……ぐずっ……笑えば元気が出る。 |
カニ | わかった! |
バカ王子 | 俺が……うっ……いない……ときは……うっ……ギャグを考えろ! |
カニ | なんで泣いてるの? |
バカ王子 | 俺は……嬉しいときには……泣くんだよ! |
カニ | すごいすごい! |
バカ王子 | わかったら……カニ! 俺をいっぱい泣かせろ! そうしてパパとママに自慢するんだ! |
カニ | うん! |
バカ王子 | うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! |
カニ | うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! |
11 演劇部編
学生A | やった! やっと書き上げた! |
学生B | おお! なんとか演劇大会に間に合いそうだな! どんな話だ? |
学生A | 王子とバカ王子の話だ。ふたりは仲の良い双子の王子……宮廷で姫と出会い、めくるめく恋をして、避暑地でその恋を温め合うんだ。 |
学生B | おおっ! いいねぇ! |
学生A | 途中、姫は呪いでワンコに変えられてしまうけど、実はそのワンコが湖でたいへんなものを見つけてしまう! |
学生B | たいへんなものって? |
学生A | 王家の秘密を握る腐乱死体だ! |
学生B | うおーっ! それ、めちゃくちゃ深い話になるんじゃないの!? |
学生A | ああ! それまでじぶんの地位になんの疑問もなかった王子に、不都合な真実がつきつけられる! |
学生B | それを知った姫はどうするんだ? |
学生A | 姫はもともとは政略結婚だった。最初は嫌々ながら王子の側にいたが、ことが明らかになる頃には…… |
学生B | フォーリンラヴ! |
学生A | そう! 父親の反対も聞かずに駆け落ちして……最後は湖に身を投げるんだ! |
学生B | うっわ! それ、ぎゃん泣きするやつじゃん! |
学生A | よし! 役作りのため今日から、王子、バカ王子と呼び合わないか? |
学生B | いいねえそれ! |
学生A | 僕が王子でいい? |
学生B | …… |
学生A | あの…… |
学生B | ああ……ワンコじゃ弱いかな……うーん…… |
学生A | それ読むのあとにして……あのう…… |
学生B | ラストもなーんか見た気がするんだよなぁ…… |
学生A | 僕、バカ王子やりたいんだけど、君、王子やってくれるかなぁ。 |
学生B | 本当!? 喜んで! |
★
王子 | まずいことになった、バカ王子。 |
バカ王子 | どうした? |
王子 | 学生Cが華道部に引き抜かれた。 |
バカ王子 | また!? |
王子 | ああ、これでもう4人目だ。 |
バカ王子 | なぜ華道部がそんなにひとを! ジャングル風呂でも作る気か! |
王子 | こんな人数じゃ……もう無理だ…… |
バカ王子 | 諦めるなよ! なんとかなるよ! |
王子 | バカ忍者、バカ海賊、バカ女神、バカ探偵、みんな引き抜かれた! |
バカ王子 | 部員は募集すればいい! いまならまだフリーの1年生がいるはずだ! |
王子 | 無理だよ! だれもバカ役なんかやりたくないんだよ! |
バカ王子 | 2組の転校生に声をかけよう…… |
王子 | 2組の転校生って! 演劇強豪校から転校してきた、あいつか!? |
バカ王子 | ああ、高校演劇などどこに行ってもたかが知れてる、だったら己の内面を磨きたいとあえて演劇底辺校のうちに転校してきた…… |
王子 | ありがちな設定だけど、いないよね、そういう奴。 |
学生D | 面白そうだね。 |
王子 | うわぁっ! 噂したら来た! |
バカ王子 | 入部してください! |
王子 | 前置きなし勧誘! |
学生D | わかった。だけど条件がある。 |
王子 | トントン拍子! |
バカ王子 | わかりました! 王子役をお譲りします! |
王子 | 言われる前に譲る! しかも俺の役! |
学生D | 学生Bくんと言ったね。君にはカニ役でもやってもらおう。 |
王子 | カニ? カニとは? |
学生D | 出ないのか? バカ王子。 |
バカ王子 | 出ます! カニ出ます! 書き忘れてました! |
王子 | アドリブで足したー! |
バカ王子 | 部員の流出が止まらないんだ! ヒロイン役もいなくなった! だけどDくんが来てくれたら、つられて入部する一年生がいるかもしれない! |
王子 | じゃ、じゃあやるよ。カニ役。やるよ。 |
学生D | 語尾は『カニ』だな。そうだろう? 原作者くん。 |
バカ王子 | はいっ! そのとおりです! |
カニ | これでいいカニ? |
王子 | 上等だ! あとは俺に見合うヒロインを探してきてもらおう! |
★
バカ王子 | 困ったことになった。 |
カニ | ヒロイン役が見つからないカニか? |
バカ王子 | それもなんだけど、顧問が知り合いのおじさんを登場させてくれと言っている…… |
カニ | 高校演劇に顧問の知り合いのおじさん!? |
バカ王子 | 理事長と結託して生徒として入学させる手続きは済ませてある。 |
王子 | ならば大臣役でいいじゃないか。 |
バカ王子 | しかしそのおっさん……本名で出せとうるさいんだ…… |
王子 | ははは! おもしろい! ぜんぜんありだな! |
カニ | と、笑いながら王子は去っていったカニ。 |
バカ王子 | あいつは僕の舞台を潰そうとしているんだ…… |
カニ | そうなのカニ!? |
バカ王子 | こんな弱小演劇部……あいつにとってはなんかそういう…… |
カニ | なんかそういう? |
バカ王子 | なんかこう、ちゅわーみたいな、そんな存在なんだ! |
カニ | おまえ、文才ないと思うカニ。 |
★
カニ | ヒロインが決まったってのは本当カニ!? |
姫 | よろしくお願いします! |
カニ | おお! この方カニ! |
バカ王子 | こちらこそよろしく! |
王子 | ガラガラッ! |
バカ王子 | あっ、ちょうど良かった…… |
王子 | あーもう、ぜんぜんダメ! |
バカ王子 | って、急になに? |
王子 | 本を読ませてもらったが、あれじゃあダメだ! |
バカ王子 | たったいま姫役が決まったってのに、なんてことを…… |
王子 | そう! 姫がワンコになる展開がダメだ! 観客に媚びすぎている! |
バカ王子 | 別に媚びてるわけじゃ…… |
王子 | そうだ! ワンコではなく、ウンコになるのはどうだ? |
バカ王子 | ウンコ? |
王子 | 王子がワンコを抱えて出てきたってほのぼのするだけだろう? それよりも威風堂々たる王子が懐からウンコを出して見せたほうが、王子のこう、なんていうか、あれ。あれっぷりがわかる! |
カニ | おまえも文才ない系カニ。 |
王子 | こうやって掲げると、もわ~んと香るわけだよ! にんにく臭いウンコの香りが! |
バカ王子 | いやでも、姫の意見も聞いてみないと…… |
姫 | ウンコ役はかまわないけど……もしかして舞台で本物のウンコを使うつもりじゃ…… |
王子 | はっはっは! 演技は素人か? |
姫 | いえ……ちっちゃいころから児童劇団に所属して、子役でなんどか映画に…… |
王子 | ぐはっ! |
カニ | 怯んだカニ! いま王子怯んだカニ! |
王子 | ひ、怯んでなぞおらぬ! 目に見えぬ禍々しいものが過ぎっていっただけのこと! |
バカ王子 | バカ王子役、変わってやろうか? |
王子 | 映画にも出たならばわかるだろう? 本物のウンコなんか使わなくとも、俺がこうやって懐からハリボテを取り出し、掲げて見せたら! 俺の演技力でそれはもうウンコなのだ! |
姫 | お、おおおっ!? こ、これは!? 臭いまで感じるこの演技! |
バカ王子 | くっさ! |
カニ | すごいカニ! マジ本当に臭いカニ! |
王子 | まあ、これは本物のウンコだがな。本番ではハリボテを使う。 |
姫 | わたし、ゲロ吐きそう。 |
★
王子 | こうやって屋上から眺める夕日って、なんでココロに染みるんだろうな。 |
バカ王子 | ああ……。 |
王子 | こんなとこに呼び出すなんて、何があったんだ? |
バカ王子 | うん……俺、弱音、吐いてもいいかな。 |
王子 | なんだよ。わざわざ断るなよ。 |
バカ王子 | もうダメかもしれない。部員はもう4人しか残ってない。 |
王子 | 森さんもいるだろう? 5人いれば十分だ。 |
バカ王子 | 森さんは素人だよ。演技できるわけがない。 |
王子 | 演技? する必要ないよ。 |
バカ王子 | あ、やっぱしてなかったんだ。 |
王子 | 俺はスペシャルだからな。 |
バカ王子 | いや、知らんけどさ。演技ってリアクションだと思うんだよ。流れのなかで演技と演技がつながっていくっていうか。 |
王子 | 演技と演技がつながる? まだそんなレベルに留まっていたのか。 |
バカ王子 | はあ? まだそのレベルって、セオリーだろ。 |
王子 | 俺にとって舞台はもうひとつの現実だ。演技なんかしないし、目の前にいるだれかが演技しているとも思わない。 |
バカ王子 | そうは言っても、森さん、棒読みだぜ? |
王子 | それが? |
バカ王子 | それじゃ舞台にならないよ。 |
王子 | そうかな。ワタナベっているだろ? いつもキョドってる。 |
バカ王子 | ああ、俺の後ろの席。 |
王子 | 彼が舞台に立っていたら、話ができないと思うか? |
バカ王子 | ああ、うん、話はともかく演技は無理でしょ。 |
王子 | 俺はワタナベが現実にいても、舞台にいても、そういう奴だとしか思わない。舞台に立ったら目の前にいるのは役者じゃない。 |
バカ王子 | 言いたいことはわかるけど、俺には理想論のように聞こえる。 |
王子 | バカ王子さあ、おまえにとって、演劇って何? |
バカ王子 | 演劇? そうだなぁ。演劇を通して何かを伝えたい――その手段かな。 |
王子 | 借り物の言葉だよ、そういうのは。 |
バカ王子 | おまえはどうなんだよ。 |
王子 | 発火。 |
バカ王子 | 発火。さっぱりわかんない。 |
王子 | 人間にはひとを真似るという機能が備わっていて、子煩悩な両親を見て育てば子育てしたくなるし、だれかが恋してるの見たら恋をしたくなる。それを現実に向けるか、舞台に向けるかの違いだよ。人生と舞台は同じ。だったらそこは、何かを伝える場じゃない。 |
バカ王子 | それが発火? |
王子 | そう。たとえば、だれかが歌を歌っていて、つられてだれかが歌うとするだろう? それは歌が伝播したんじゃないんだよ。『歌える』ってこと、『歌いたい』って気持ちが発火したんだ。 |
バカ王子 | うーん。よくわからんなぁ。 |
王子 | だから俺が立つ舞台はデタラメでいい。台本なんか無くてもいい。そこにいるのはプロでも素人でもどうでもいい。俺はただ発火して、ほかのだれか――それは同じ舞台に立つ役者であり、観客であり、照明であり、裏方かもしれない。あるいはセット、無機物もすべて――そのすべての発火を見守りたい。 |
バカ王子 | すごいね。さすが王子だ。 |
王子 | 俺がバカ王子をやるよ。 |
バカ王子 | はあ? 急になに? |
バカ王子 | だから俺がやるって、バカ王子。 |
バカ王子 | いやいや、俺がやるって。 |
バカ王子 | おまえには無理だって言ってんの。わかんないかなあ。 |
★
王子 | また顧問にアカ入れられた! |
カニ | 今度はどこカニ? |
王子 | フンドシ剥がすとこ。 |
姫 | たわわ、おぺにぺにに続いてフンドシまで? それは横暴だと思う! |
バカ王子 | 顧問に言ってやったか? てめえは剥がさずにカニ喰うのかよって! |
カニ | フンドシ剥がさないでほしいカニ~! |
姫 | すっかりカニと同化してる子がここに…… |
バカ王子 | おまえが脚本なんか見せるから。 |
王子 | 来年は脚本なんか書かずにぜんぶボディランゲージで表現してやる。 |
バカ王子 | わかった。バカ王子わかった。 |
姫 | わかったって何が? |
バカ王子 | アカ入れられたところに来たら、一枚ずつ服を脱ぐ。 |
王子 | はあ? |
バカ王子 | 後ろにプロジェクターで台本を写して、アカ入ってるとこが来たら、そのセリフの役者が脱ぐ! |
王子 | そうやって観客と審査員に投げかけるわけだ。高校演劇とは何か! って。 |
姫 | それ、わたしも? |
王子 | 姫にはついたてを用意すればいい。 |
姫 | い、いや、でも、本当に脱ぐの? |
王子 | 覚悟次第。 |
バカ王子 | やってみよう! |
姫 | わかった、やってみる! |
★
姫 | 高校生活も今日で終わりかぁ。 |
バカ王子 | ああ、いろんなことあったな。 |
カニ | わし、すっかりカニが定着したカニ。 |
王子 | カニって女の子のつもりで書いてたんだけど。 |
カニ | 知ってるカニ。 |
王子 | じゃあいいか。 |
姫 | みんな、大学入っても演劇続ける? |
王子 | もちろん! もう演劇部のことちゃんと調べてるんだ。 |
姫 | おお~、さすがは王子。前のめりだね~。 |
カニ | バカ王子はどうするカニ? |
バカ王子 | どうしよっかな、俺は。 |
王子 | バカ王子は続けるよ。なんだかんだ言っても。 |
姫 | うん。バカ王子が言ってた『発火』ってことば、わたしもわかった気がする。 |
カニ | カニもわかった気がするカニ。 |
姫 | でも、その気になれば、どこででも発火できるんだよね。舞台の外でも。 |
王子 | あのさあ、大学出たらみんなで劇団作らない? |
姫 | 4年後かぁ。いまは考えらんないなぁ。 |
王子 | そうかー。残念。 |
姫 | 胸のなかには4年分の夢が詰まってるんだよ? これ以上は無理だよ。 |
★
王子 | 桜が咲き、桜が散り、4年の月日はあっという間に流れた。 |
王子 | その間、森さんと会うことはなかったけど、僕たち4人はラインで連絡を取り合った。 |
王子 | 大学を出るころにはみんな、それぞれの劇団に片足を突っ込んでいて、僕たちの劇団を作ろうなんて話はそっちのけで、憧れの舞台、憧れの演出家のことを話した。 |
王子 | なんとかみんなで集まって、舞台を企画したのはそれから3年後。久しぶりに森さんに電話をかけて、お金を工面してもらって、バイトの時間を割いて、稽古に明け暮れた。 |
バカ大臣 | 姫ーっ! 姫様ーっ! どちらに行かれたのですかーっ! |
バカ大臣 | 剣のお稽古も読み書きの練習も終わっておりませぬぞーっ! |
王子 | おまえは、バカ大臣! |
バカ大臣 | ハッ! わたくしめ、たしかにドラヴィダ王国の大臣でございますが、そなたはっ!? |
王子 | そうか。大臣ってのはどの世界でも同じ姿をしているものなんだな。 |
カニ | そ、そうなのカニ!? |
バカ大臣 | ややや! よく見ればそなたのそのいでたち! いずこかの国の王子であるな? 話を聞こうではないか! |
王子 | そうだ。俺は未来から来た王子! 未来へ帰るために姫の協力が必要だ! |
バカ大臣 | ははーん、わかりましたぞ。ドラヴィダ密教に伝わる禁断の淫技を行うために、姫の体液を求めている、と。 |
★
王子 | ぴんぽーん! 王子だけどー。もう稽古やってんだけど、今日も休みなのー? みんな困ってんだけどー! |
バカ彼氏 | ガチャッ。なんだおまえは。 |
王子 | あ、ええっと、ここ姫の部屋ですよね。あなた関係ないです。 |
バカ彼氏 | じゃあ、俺はだれだ? |
王子 | はあ? |
バカ彼氏 | 姫と関係がない俺はいったいだれだ? |
王子 | 普通、おまえはだれだって聞かない? |
バカ彼氏 | 答えろ。俺はだれだ。 |
王子 | 知らないよ、はじめて会うんだし。 |
バカ彼氏 | 知らないのになぜ関係ないと言い切れる? |
王子 | だって、劇団員と劇団員の間の話でしょう? たとえ親兄弟だろうが関係ないの。 |
バカ彼氏 | 今にも死にそうな要介護のおじいちゃんだったら? |
王子 | それは介護せざるを得ないけど、あなたそうじゃないでしょ? |
バカ彼氏 | 生まれ落ちてすぐの赤ん坊かもしれないし―― |
王子 | 赤ん坊がそんなにでけぇわけねぇだろ。 |
バカ彼氏 | 生き別れのおまえの兄かもしれないし―― |
王子 | 積もる話なんかねえよ。 |
バカ彼氏 | 昨日カタツムリから進化したばっかりで、目ぇ離すと何をしでかすかわからないミュータントかもしれない。 |
王子 | うるせぇ、もう黙れ。塩かけるぞ。 |
バカ彼氏 | わかってんだぞ。あんたが姫を騙して舞台に立たせてんの。 |
王子 | はあ? |
バカ彼氏 | 姫、嫌がってんだよ。そっとしておいてくれよ。 |
王子 | 待って、直接話がしたい。 |
バカ彼氏 | おまえねぇ、それ以上しつこいと警察呼ぶぞ。 |
姫 | あ、あのさあ! |
王子 | 姫! |
姫 | もう、来ないでくれるかな。 |
王子 | えっ? でも、ほら…… |
姫 | なあに? |
王子 | 焼肉、奢ったよね? |
バカ彼氏 | 焼肉って! おまえの劇団は焼肉がギャラなのかよ! |
姫 | あなたは黙ってて。 |
バカ彼氏 | チッ。 |
王子 | 焼肉で恩を売るわけじゃないけどさあ! |
姫 | 大声出さないでくれる? |
王子 | ああ、はい。 |
姫 | あなたたちとやってると、人生ダメになる気がして…… |
王子 | だったら稽古始まる前に言ってくれたらいいじゃん! 今週末初日だよ? 俳優になるんでしょ? |
姫 | ハッ。 |
王子 | 笑った? |
姫 | 本気で俳優になるつもりだったら、あんな劇団でやってないよ。 |
★
王子 | ある意味それは、『発火』だった。僕は姫の発火を見守って、胸の中に小さな火を発火させた。 |
王子 | 姫が去ったあとも僕たちは演劇を続けた。 |
王子 | 姫の代役はカニの後輩が務めた。たぶん彼女なのだと思う。カニはこの舞台を最後に就職すると打ち明けてくれた。おそらく、彼女のために。 |
王子 | その後すぐにカニは就職、福岡支社への転勤。その直後、カニはバイクの事故でこの世を去った。残された彼女は「わたしが就職しろとせがんだから」と悔やんだけど、そんな話じゃない。でもそれをどう伝えればいいのか。僕たちはただ、泣くしかなかった。 |
王子 | 高校演劇1年目にして天才少年と呼ばれたバカ王子は、結局は何者にもなれなかった。何者になる必要もない。そう口にしながらも、大学同期の躍進を見る目は寂しそうだった。 |
王子 | もちろん僕も。高校演劇界でも、大学でも、社会に出てからも旋風を巻き起こすことはなかったし、ハヤカワで賞を取ることもなかった。バイトは辛い。叶わなかった夢がまぶたに貼り付いた闇の中。アンケート用紙の感想と、SNSだけが生き甲斐になった。 |
王子 | そんなとある日の公演。久しぶりに姫に会った。下北沢シアター711の小さな階段の下、高校生になった娘とふたり。 |
王子 | 娘さん? そっくりだね。 |
王子 | 会釈した制服の脇は汗に濡れて、その目は僕を避けた。そう。ひさしぶり。うん、どうしてた。どうしてたって、ふつう。ふつうがいちばんわからない。ふつうじまんか、まいったな。いいでしょ、ふつう。彼女は白い指で、王子、バカ王子、と、僕たちを指さした。 |
姫 | 千穐楽おめでと~! |
王子 | 昨日初日、今日千穐楽! |
バカ王子 | 駆け足で生きてるよなぁ、俺たち。 |
姫 | カニ、隠れてないで、お花渡して。 |
カニ | あ、はい。これ。 |
バカ王子 | おっ! これはどうも! |
王子 | 名前、カニってつけたんだ。 |
姫 | うん。これしかない気がして。 |
バカ王子 | どうだった? 俺たちの舞台。 |
カニ | うん…… |
姫 | 「どうだった?」ってのは、お世辞のセンスを試されてるんだよ。 |
カニ | あ、ええっと、あの、面白かったです。 |
バカ王子 | シンプルでいいセンスしてんなぁ! |
王子 | そういう感想大好き! |
姫 | この子も演劇部なの。 |
王子 | ほう! |
姫 | 王子とバカ王子の舞台も観たいって、前から言ってて。 |
バカ王子 | どうだった? 俺たちの舞台。 |
カニ | あ、ええっと…… |
姫 | 「どうだった?」ってのは、お世辞のセンスを試されてるんだよ。 |
王子 | ループさせんな。 |
カニ | あ、ええっと、あの、面白かったです。 |
王子 | カニさんも役者を目指してるの? |
カニ | あ…… |
姫 | はっきり教えてくれないの。演劇部では照明をやってる。 |
バカ王子 | そうか! ならばカニには舞台を駆け回る『光』って役者が見えているんだな! |
カニ | ……! |
姫 | なにそれ。おっかしい。 |
バカ王子 | いいぞ。照明は。人間が光になれるんだからな。俺にそれが見えたのは30代だ。そこからだよ。人生のあらゆる瞬間の光の気持ちがわかるようになったのは。 |
王子 | 定番だよな。その話。 |
バカ王子 | 照明だけじゃない。舞台の上では、風も建物も季節も、すべてのものに命がある。 |
姫 | 相変わらずね、バカ王子は。 |
カニ | あの……わたし、演出家になりたいんです。 |
姫 | えっ? そうだったの!? |
バカ王子 | ほう! それはいい! |
姫 | ちょっと、乗せないで! 役者ならともかく、演出家のポストなんてほんのちょっとしかないんだから。 |
バカ王子 | なに言ってんだ、演出家のポストってのは人間の数だけあるんだぞ? |
姫 | またわけのわかんないことを。 |
王子 | カニはどう思う? |
カニ | あ、あの、わたし……トイレ! |
王子 | トイレは3階のを使って。2階の壊れてるから。 |
カニ | は、はい! |
王子 | 緊張してるのかな。 |
姫 | あれ? |
バカ王子 | どうした? |
姫 | シアター711に3階ってあった? |
王子 | あれ? |
カニ | キャァァァァァァァァァァァッ! |
姫 | カニ! |
バカ王子 | いったい何があった!? |
★
カニ | こ、これ! |
王子 | 3階の女子トイレの3番めの個室から! |
バカ王子 | 光が漏れている! |
姫 | これって、あのときの! |
カニ | な、なにか出てくるの!? |
王子 | 違う! 光っているのはトイレ全体だ! |
バカ王子 | もしかして! |
姫 | 蟹光船!? |
王子 | 宇宙の法則が! |
バカ王子 | 乱れた! |
カニ | わたし……行ってくる! |
王子 | 行ってくる!? |
バカ王子 | 行ってくるってどこへ!? |
カニ | 古代ドラヴィダ王国! |
姫 | ああ、いってらっしゃい! |
王子 | 止めないの!? |
カニ | それじゃあ! ぴかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! |
バカ王子 | 娘さん、行っちゃったんですけど!? |
姫 | そういう年頃なのよ。 |
王子 | 年頃って! 学校は!? お金は!? |
バカ王子 | 生活用品もなんもなしだぞ!? |
姫 | ま、それはそうだけど、お金も生活用品もないのは、あなたたちもいっしょでしょ? |
バカ王子 | そうか! ならばしかたない、俺も行くぜ! |
姫 | そうこなくっちゃ! |
王子 | カニを放ってはおけない! 俺も行く! |
姫 | うん! 娘をよろしくね! |
バカ王子 | ああ! まかせておけ! ぴかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! |
王子 | それじゃあ! またいつか! ぴかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! |
姫 | ふぅ。 |
姫 | 下北も久しぶりだし……駅前でも見て帰ろうかな…… |
姫 | …… |
姫 | やっぱりわたしも! ぴかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! |
カーテンコール
王子 | このたびは《すさぶる王子バカ王子カニ》、ご来場いただきまことにありがとうございました! さよならおやすみノベルズもこれが第8弾ということで、おなじみの顔もぽつぽつと見えますが、皆様方の応援あってこその今回の公演、演者一同ココロより感謝しております。 |
王子 | それでは、今回のキャストを紹介させていただきたいと思います。 |
王子 | まずはタイトルの二番手、バカ忍者、バカ探偵、バカ博士などなど、ありとあらゆるバカ役をこなしたバカ王子~! |
バカ王子 | ありとあらゆるバカ役のバカ王子です。自分でもときどき何を演じているか混乱しましたが、なんとかバカを貫きました。 |
王子 | ちょっと質問なんだけど、いちばん楽しかったバカ役と、いちばんたいへんだったバカ役ってなんですか? |
バカ王子 | えー、楽しかったのはバカ海賊かなぁ。たいへんだったのはオリジナルのバカ王子ですね。王子がバカに寄せてくるせいで、キャラが出せませんでした。 |
王子 | これは失礼しました! でも、いい味出てたと思います! |
王子 | お次はタイトルの三番手、カニ、メカニ、チョキちゃん、あーんどワタナベ役のカニ~! |
カニ | カニですカニ! 今回は本当に楽しい舞台にお招きいただいて感謝してますカニ! ホールのほうでは物販もやってるカニ。パンフレットやTシャツ、ハンカチなどありますので、ぜひ見ていってほしいカニ。 |
王子 | じゃあ、カニにもいちばん楽しかった役とたいへんだった役を聞いちゃいますが、いかがでしょう。 |
カニ | ええっと、楽しかったのはメカニカニ? |
王子 | 最後は悲惨な終わり方しますけど。 |
カニ | でも、ボディが変形して武装が飛び出して敵と戦うの楽しかったカニ。 |
王子 | 大変だったのは? |
カニ | ドラヴィダ王国のワタナベカニ? |
王子 | ほう。それはどうして? |
カニ | あそこだけ人間の姿してるカニ。 |
王子 | ああ、そうか。人間ってたいへんなんだ。 |
カニ | カニカニ。 |
王子 | そしてお次は姫騎士、謎の少女、姫役の、お姫様~! |
姫 | はーい、よろずヒロイン担当の姫でーす。本日はご覧いただきありがとうございましたー。 |
王子 | では、同じ質問を。いちばん楽しかった役と、たいへんだった役は? |
姫 | 初登場のときのウンコ姫が楽しかったと言えば楽しかったんですけど、まあ、どれも楽しめました。 |
王子 | ふむふむ。たいへんだったのは? |
姫 | 姫騎士かな? じぶんから主体的に動いて流れを作っていかないといけないので、緊張しました。 |
王子 | 姫騎士は、ずいぶんと落差の激しい役でしたね。 |
姫 | 落差に関しては、この作品そのものがそうですよね。 |
王子 | ですね。だいたいは持ち上げて突き落とす。著者は楽しそうでした。 |
王子 | そして大臣、大臣教頭、森幸一郎役の森幸一郎~! |
森幸一郎 | 森でーす。今回本当に登場することになってびっくりしてまーす! 皆様との出会いに感謝してまーす! |
王子 | バカ王子、カニ、姫、とだれも名前がついていないなかで、ひとりだけ名前つきで登場! しかも本名! |
森幸一郎 | まさかそんなことになるとは思ってもみなかったです! |
王子 | 本編内でも触れた通り、著者がフェイスブックで登場人物を募集したときに、森さんが手をあげてくれたんですよね。 |
森幸一郎 | ええ、あげてしまいました! あれが間違いだったんですかね。 |
王子 | 間違いだなんて言わないでください。じゃあ、みんなと同じ質問を。楽しかった役、たいへんだった役、あります? |
森幸一郎 | やっぱり自分役が楽しかったかな。自分でいいんだし。たいへんだったのは教頭先生かな? 大臣は受ける側だけど、攻める側でしょう? カンがつかみにくかったです。 |
王子 | 森さんはふだん、絵を描いて個展を開いたりしてるんですよね? |
森幸一郎 | そうでーす。九州で久留米を中心に個展をひらいてますので、気が向いたら森幸一郎で検索してみてくださーい。 |
王子 | そして最後になりましたが、主人公にしてオレノ国の王子役のわたし、王子です。 |
王子 | てことで、だれか振ってください。 |
バカ王子 | それじゃあ俺から。王子に質問でーす。今回の役で楽しかったところと、たいへんだったところは? |
王子 | えー、楽しかったのは避暑地編あたり。狭山湖の女神うんぬんとか言ってた頃。 |
バカ王子 | ほう。それはどうして? |
王子 | 物語に縛られずにテキトウ喋ってればよかった。 |
バカ王子 | ああーあるある。前半適当で良かった。逆にたいへんだったのは? |
王子 | 最後の宇宙編、演劇部編、どんなふうに持っていけばよいのかすごく迷った。というか、いまも迷ってる。 |
カニ | みんなそうカニ。 |
姫 | そうそう。わたしも姫役のはずなのに、おかしなことになってた。 |
バカ王子 | おかしさで言えばウンコ姫のほうがおかしいのでは? |
姫 | それはそうなんだけど。やっぱり、落差激しいなぁって。 |
王子 | もう懲り懲りですか? |
姫 | そんなことないです! 次回作も是非呼んでください! |
王子 | と、そんなわけで、公演は始まったばかりで、まだ見ていないお友だちにもご推薦いただけたら幸いです。みなさまの口コミだけが頼りですので、ぜひぜひよろしくお願いします。 |
王子 | ではでは! 短いエピローグのあと、最後に高校時代に森くんから送られてきた年賀状をごらんくださーい! |
森幸一郎 | ごらんくださーい! |
12 プロセニアム・アーチ
王子 | ここは……? |
バカ王子 | 見渡す限りなにもない…… |
王子 | いったいどこなんだ。 |
バカ王子 | 蟹光船じゃないな…… |
王子 | 時空の間に飛び込んだのか? |
バカ王子 | おい、あっち! ひとがいるぞ! |
王子 | ほんとだ! おーい! |
バカ王子 | あれ? |
王子 | あれって…… |
森幸一郎 | やあ、ひさしぶり。君たちも来たんだ。 |
王子 | 著者の高校時代の友人の森幸一郎! |
バカ王子 | おまえ、じぶんの言ってることの意味わかってる? |
王子 | さっぱり。というか、森さん! |
バカ王子 | ああ、そうだそうだ。こんなところで何を? |
森幸一郎 | 次の舞台のために、オーディションをやっているんだ。 |
王子 | オーディション!? |
森幸一郎 | そう! このプロセニアム・アーチの向こうは舞台だ。 |
バカ王子 | なんと! |
森幸一郎 | タイトルは『すさぶる姫、カニ、バカガニ』 |
バカ王子 | 聞き覚えがあるタイトルだなあ! |
王子 | 姫とバカ姫じゃなく、カニがダブルなんだ。 |
森幸一郎 | 姫役はさっき決まった。残りのポストはカニとバカガニだが…… |
王子 | カニと…… |
バカ王子 | バカガニ…… |
森幸一郎 | どうだい? 舞台に上がってみるかい? |
おまけ
あとがき
このたびは《すさぶる王子バカ王子カニ》、お手にとっていただきありがとうございました! チャットストーリーシリーズということで、ト書きも情景描写もなし、心理描写もなし、擬音も口で言う、と、不慣れなひとにはずいぶんと読みにくいスタイルだったかったかと思います。……というか、慣れてるひとがいるのか、って話ですけどね。 ゲームのシナリオなどを書いてると、最初はこれに近い感じでト書きもなしにセリフだけつらつら書いていたりします。そこから肉付けで演技をつけてスクリプターさん、キャラクターに演技を付けてくれるひとに回すんですが、ツーカーになってくるとほんとにこんな感じでセリフだけで回しちゃったりすることもままあります。ゲーム、とくに昔のゲームはセリフが主体でキャラ劇はオマケでしたので、それでもなんとかなっていました。むしろ『ワイングラスを掲げる』なんて書いてしまうと「そんなアニメーションは用意していません」と却下されたものです。 キャラに擬音まで言わせるのは、もともとはだれの芸風なんでしょうね? 僕はスクウェアにいた頃に時田貴司師匠が半熟英雄でやってるのを見て、こんな書き方もあるのかと感心したことを覚えています。春が来て兵士たちがソワソワしだす、というシチュエーションで兵士たちが「ソワソワ…ソワソワ…」と喋っていました。 今回この《すさぶる王子バカ王子カニ》は、直前の《憧れの秋山さんに捧げる冒険》が辛すぎたので、ちょっと息抜きにと思って書きはじめました。《秋山さん》の次に予定していたのは更に暗くてしんみりどんよりしたものなので、連続してはいかんと思って、能天気でバカなものをと企画したのですが、いかがでしたでしょうか。登場人物はタイトルの通り、王子とバカ王子とカニ、あとはせいぜい大臣くらいを想定していましたが、書いているうちにだいぶ広がりました。ストーリーも各地で場所ボケ的なものをやるだけのつもりが、出来上がったものを見ると、それなりに筋が通りましたね。それなりにと言っても、僕の書く物語はだいたい意味がわからないので、これはかなりしっかりした物語の部類に入ります。登場人物は5人で、たぶん役者5人でできますので、ぜひ舞台でも演じていただけたらと思います。切り取り、改変、オールOK、高校演劇界に新風を吹かせてみませんか? 内容はちょっと危うい線を突いていて、一部だけ切り取られて晒されたりしたら誤読されてしまうかも? という可能性はありますが、切り取りぜんぜんOKです。文脈の破壊がこの作品のテーマでもあるのです。切り取られた一文が別の意味を持つのなら、それは別のオブジェクトとして考証する。それで良いと思っています。あるいは真の文脈、著者の意図などが紐解けましたら、じぶんでも読んでみたいです。教えていただけると嬉しく思います。 作中で触れた言葉に『ポリティカル・コレクトネス』、俗に言うポリコレとコンプライアンスがあります。これらに関しては、「ギャグだからいいじゃん」という気持ちに流されそうになることが多々あります。今回もそうでした。 たとえば王子たちと謎の少女がタイムマシーンに30年間閉じ込められるエピソードも、最初に浮かんだネタは少女を巡って王子たちが争うようなものでした。ここまでの王子の描き方がそういうキャラなので、必然そうなってしまうんですが、もちろん、ことに及ぶようなことは書きませんし、実際に試し書きした時点ではそこそこ面白く書けてました。推敲しつつ、王子たちが少女を『獲物』として見てもギャグだから許されるのではないかとも思いました。でも思いとどまりました。なぜか。コンプライアンスに反するから? もちろんそうなのですが、でも、それが第一の理由でもないのです。王子たちが少女を『獲物』として見る展開だと、あとの展開へとつながらないのです。そのあとの展開は、ギャグのためにキャラクター性を消すか、あるいは怒りを解消するためのちょっと良い話に帰着するしかありません。この『ちょっと良い話』ってのは、いっけん良い話なんですが、なにも掘り下げてない表面だけの解決になってしまいがちで、それは避けたいと思いました。じっさいに序盤でウンコ呼ばわりしてしまった姫のことを、最後まで引きずってしまいましたが、どこかで『良い話』にすることはできたと思うんです。 ギャグがメインだとは言いながら、じつは笑いは重要なものではないように思います。じつのところ、笑いはオマケのようなものです。キャラクターを笑わせてあげて、読者はそれにつられて笑えば良いのです。作家の使命は、物語の世界を完成させることです。言ってみれば読者なんてその外側のひと、王子たちは読者を笑わせているのでなく、ただ互いに笑いあっているだけなのです。 こう書いてみて本作を思い返すと、決してそのポリシーを貫いているとは言い切れない場面が多々浮かんでしまいますけどね。 では、最後はまた自分語りになってしまいましたが、本編に引き続きあとがきまでしっかりと読んで頂き、ありがとうございました。あとがきが妙に長いのは、作品に不安があるからかもしれません。これにめげずに、これからも多くを学び、表現していきたいと思いますので、皆様からの変わらぬご支援と一層のご批判とを承りたくお願い申し上げます。⚪
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