- 序
- 酒場談義
- 炭焼のセガレ
- ラッコ剣士
- 無限の教会
- 極秘任務
- 蛸引
- 架け橋
- 英雄の帰還
- 神様のもとへ
- あとがき
序
僕が交通事故にあって『そこ』にたどり着いたとき、神様は言った。あなたはこれより、ラッコに転生します。
そこは、剣と魔法とが支配する世界。
あなたはそこで、私がついたひとつのウソを探し当てなければいけません。
「ウソを?」
そこは、剣と魔法とが支配する世界。
あなたはそこで、私がついたひとつのウソを探し当てなければいけません。
そう。それを見つけたら、人間として再び生を授けましょう。
「もし、探し当てられなかったら?」
ラッコとしての、辛く苦しい人生が続くことでしょう。
「そんなぁ……」
心配いりません。私はあなたに、能力を授けます。
「能力?」
未来を見通す能力です。
あなたはそれに沿って決断し、行動してください。
あなたはそれに沿って決断し、行動してください。
酒場談義
気がつくと、馬車に揺られていた。 僕が持ってるのは、剣と、盾と、ボロい袋だけ。 中世ヨーロッパ風の田舎の景色のなか、糸杉の街道を駆けて、しばらくすると、むかしゲームで見たような、賑やかな町についた。 馬車代をと思って、肩からかけた袋のなかを漁ったが、金はない。 「金はまた今度でいいよ。どうせ新入りだろう?」 馬車の手綱を握っていたのは、気さくで爽やかな青年。 「酒場に行くと、仕事にもありつける。まずは、そこからだな」 「ありがとうございます」 礼を言って、袋の中をあさってた手を引き抜くと、ラッコの手だった…… 本当に僕は、ラッコとして転生したんだ。 酒場には、入りにくい雰囲気があった。 知らない町へ行っても、当地のメシ屋には入らずマクドナルドを探してしまう僕には、敷居が高い。店のなかをのぞいてもラッコの姿はないし、それに、享年17歳だ。17歳が酒場に入ってよいのだろうか。 だけど、ゲームでは躊躇なく入っていたはずだ。 だったら、だいじょうぶだ。これはゲームなんだ。 そう言い聞かせて、店のなかに入った。 「このへんじゃ見ない顔だね」 すぐにむさ苦しい無精髭の男が話しかけてきた。 見ない顔も何も、ラッコだぞ? とは思ったが、相手はNPCみたいなもんだ。問い返すだけ無駄だろう。 「仕事を探しているんだろう?」 「図星です」 男は、ショウマと名乗った。 そして僕は―― 「くろまめです」 ふだんゲームで使う名を名乗った。 「くろまめ? ずいぶんふざけた名前だなあ」 まあ、自分でもそう思う。恐縮していると、男はかまわずに話を進める。 「すぐに仕事を紹介してやってもいいが、まず、この世界のルールを教えてやろう」 まんまNPCだ。 「怪我をしたら、宿に泊まるといい。一晩で回復する」 ゲームだ……。 「死んだら、教会で復活する。新しい町に行ったら、教会でお祈りしておくといい」 そのルールも、聞いたことある。 「なんどでも復活できるんですか?」 「ああ、そうだ。ただ――」 「ただ?」 「ラッコに殺されると、二度と生き返れねぇ。ラッコには気をつけるんだな」 「ラッコって……?」 思わず僕は、自分を指さした。 「そう。おまえに殺されたものは、二度と生き返らない。ラッコに来る仕事ってのは、それが目当てだ」 「いろんな仕事があるぜ」 ショウマは記憶をたどりながら話した。 「そういうの、紙に書いて貼ってあるかと思った」 「フッフッフ……オレを誰だと思ってんだ?」 「え? なに?」 「この世界に転生するまえは、アニメの制作進行だった。過労で死んだんだがな。まあ、このくらいは、アタマに叩き込んでおいたさ」 めんどくさ。 紹介された話はどれもぶっそうだった。 「剣士なんだからしょうがねえだろ。しかも、ラッコだ。名を上げれば、金貨何万枚って仕事だって入ってくる」 「要は、『殺し』の依頼ですよね?」 「そうだな、殺しがいやなら、ああ、そうだ……老人の話し相手ってのがあるぞ?」 「あ、いいですね。それやります」 老人とは、酒場で待ち合わせた。 名前はクラウド。どこかのゲームで聞いたような名前だ。 簡単な自己紹介のあと、さすがは老人と言うか、ひたすら自慢話が続いた。 何人の女を抱いただの、何人孕ませただの、空気も読まずに話す話す。 「昔は、ワープポイントってのをみんな使っててな」 「今は使ってないんですか?」 「ああ、危ないので使わなくなった」 「危ない?」 「ワープアウトする場所に、金属の板を置いておくのよ。そうするとワープアウトした人間がその場で真っぷたつになって、そのまま教会送りになる」 「ひどいことをするなぁ」 「だよなぁ。オレが始めたんだけどな」 「なんでそんなことを……」 「悪党をワナにはめるためさ。それで、テストにと思って、第二夫人をワープアウトさせたら、これがもう、キレイに真っぷたつ」 なんでそれを生き生きと語れんのかなぁ。 「悪党を放置すれば犠牲が出るだろう? そうするしかなかったのよ」 「でも、悪党も教会で生き返るんですよね?」 「悪党がやってたのは、ワープを利用した密輸だ。ワープにトラップが仕掛けられたら、続けらんねぇよ」 そのあと、魔王を倒すために息子を改造した話も聞いた。 巨人の遺伝子を組み込むために母体に対して魔法的な処置を施すのだそうだ。 「これも、ワープを利用して、母体がワープアウトするタイミングで、胎内に巨人の組織の一部が取り込まれるようにしてやるんだ」 最悪じゃないか。 そのために、女は何人いても困らなかったし、そうやってでも魔王を倒すのが勇者としての役割だと、男は語った。 まわりはその話を聞いて苛立っているのがわかった。僕だって聞きたくないよ、こんな話。だけど、これを聞くのが僕の仕事だ。ギャラをもらわないと、馬車代が払えないんだよ。 黙って耳を傾けていると、 「勇者クラウドさんですね?」 若い男が声をかけてきた。 「オレの名はストーム」 またそれ系の名前か。 「あなたに憧れてました。オレも魔王を倒すためにいろいろ試しているんです」 ストームがどうか教えを、と懇願すると、 「そうか。それじゃあ、まずは女だ。従順でなんにでも協力してくれる女を探すんだ」 と、クラウドはふんぞり返った。 「それだったらもう、何人か当てはあります」 なーんか、やな会話。 そのとき、僕の脳裏に浮かぶ景色があった。 このストームという男が、女に魔法的な処置を施して、巨人の遺伝子を組み込まれた子を懐妊させる場面だ。女は子を産むと同時に、命を落とし、その子もまた異形なる肉体に、死の苦しみを味わいながら成長する……。 これは……? もしかしてこれが、神様が言っていた「未来を見通す能力」……? ストームと名乗った男は、明日もまた会いに来ると約束して先に帰った。 「どうだい、ラッコの旦那。オレは女にモテるばかりじゃなく、多くの後輩に支持されている。こうやってみんなが手本にする、この国きっての勇者が、このオレ様だ」 ふたりで店を出ると、老勇者は厭らしい笑みを浮かべて言った。 「このあと、予定はあんのかい?」 「今日はゆっくり休もうかな、と。クラウドさんは?」 老勇者は、両手で女の腰を抱えるような手付きで、腰を前後に振って見せる。 「昔は勇者っていうだけで、女が寄ってきたもんだ。今は、若さはないが、金がある。手段が変わっただけで、やるこたぁ、変わらんよ」 僕の目の前にいるのは勇者でもなんでもない。ただのクズだった。 「ギャラはショウマから受け取ってくれ」 そう言って、老勇者は黙って僕の前を歩き始める。 ――ラッコに殺されたものは、二度と復活できない ショウマに聞いた言葉が思い返された。 そして、そのときにはすでに、僕は剣を抜いていた。 後先など考えなかった。 どうせ死んだ身だ。どうせラッコだ。こんな世界、許されてたまるもんか。みんなクソじゃないか。 次の刹那、油断しきった老勇者の背中は、僕の一撃で両断された。 ラッコになった僕は、自分で思っていた以上のパワーを持っていたようだ。 老勇者の体は斜めに真っぷたつに割れ、地面に倒れ伏した。 その日は野宿して、翌日、ショウマに会った。 ギャラはともかく、こうなってしまったことを謝りたかった。 酒場に入り、その姿を見つけて隣に座ると、ショウマは、ギャラとともに、老勇者から預かっていた手紙を、僕に渡してくれた。 「これは?」 「こうなったときに渡せって言われてる」 「こうなったとき?」 封書には一枚の便箋が入っていた。 ――見ず知らずのラッコよ。 この手紙が渡っているということは、オレはもうこの世界にはいないのだろう。 だがこれこそがオレが望んだ結末だ。あんたは気に病む必要はない。 オレは一刻も早くこの世界からおさらばしたかった。 それがいつの間にか、こんな歳だ。 ありがとう。 人生の最後に、魂のあるヤツに会えて良かった。勇者・クラウドこと、田中洋
炭焼のセガレ
その村へ着いたのは、日暮れも近い時間だった。 森の濡れた梢に、野焼きの煙がたなびき、鳥の声は低く羽ばたいていた。 「ラッコの裁判官殿がいらしたぞ!」 村の外れで馬車を降りると、すぐに村のものが僕に駆け寄ってきた。 裁判官――。それが今回、僕が受けた仕事だった。 「さあ、こちらへどうぞ!」 そう言って案内してくれたのは依頼主――この村の村長。 「今日は離れに寝所を用意しております。食事のあとはそちらで体を休めてもらって、裁判は明日からでも! ささ! どうぞどうぞ!」 僕は促されるまま、草を分けた小径を村長の家まで歩いた。 村長の家にはすでに宴の準備がされており、村の有力者数人が僕を出迎えた。 「これはこれはラッコの裁判官様!」と、村人A。 「そして被告には刑の執行をしてくださる、死刑執行官!」同、B。 「いえ、死刑の方は……」と、僕。 「そう固いことは言わず、その剣でぽーんと首を跳ねていただければ」 気楽に言うなぁ。 「ご心配なさらず! こんな世の中ですから、わたしたち何度も死は経験しております」 「ええ、死なんて普通! 迷わずやっちゃってください!」 この世界での『死』ってなんなの。 「生き返るにせよ、生き返らぬにせよ、死ぬことに変わりませんからなぁ! 気にしない、気にしない!」 いや、するだろうよ。 話では、どうやら村の至聖所の御神体――カッパの像が何者かに壊されて、その犯人を見つけてほしいとのことだった。 「僕、裁判官って聞いたんですけど、もしかして捜査も含みます?」 「捜査なんてそんな大げさな!」 「犯人はもう、炭焼のセガレってわかってんですよ」 炭焼のセガレというものだから、炭焼になったセガレを想像してしまったが、どうやら炭焼小屋で炭を作っている男のセガレのことのようだ。 「ああ。あいつの親父は、領主の馬を盗んだ罪人で、死刑囚でさあ。その血を受け継いでんだ。あいつがやったのは間違いない」 「ちょ、ちょいまって」 「なにか?」 「証拠はあるの?」 「証拠なんぞなくったって!」 無茶言うなよ。 「ラッコ様の目は、なんでも見通す魔法の目だと聞いている。その目でちらっと見ていただけりゃあ、わかるんでしょう? 未来のことが」 「まあ、わかりますが……」 わかるのは未来であって、過去に何があったかはわかんないよ。 村長には、大学生くらいになる息子と、高校生くらいの娘がいた。 息子は宴会にも出て、赤ら顔で僕に酒と料理を薦めてきたが、娘は母の料理の手伝いをするばかりで、言葉を交わすことはなかった。 夜、用意された寝所に入り、ベッドで横になっていると、村長の娘が訪ねてきた。 「ラッコ様。父より、今宵のラッコ剣士
峠を二つ超えた先の、古い山小屋に、その男は住んでいた。 僕と同じラッコ剣士。 今回は彼から、彼自身の首を刎ねて欲しいとの依頼だった。 「くろまめです。ご依頼の件でおうかがいしました」 「やあ、くろまめ。オレはギルデンスターン。おまえと同じラッコ剣士だ」 「なんか、大層な名前ですね」 「好きなゲームから取ったんだ。この世界の住人はたいがいそうだ。さっそくだが、くろまめ。頼むよ」 ギルデンスターンはそう言うと、床に座って背中を向けた。 「待ってください。ひとつ、聞きたいことがあります」 「なんだ?」 「ギルデンスターンさんも、神様のついたウソを探せって言われてたんですか?」 「ああ。そうだよ。ラッコに転生するものはみんなそうだ」 「見つけたんですか? 神様がついたウソ」 「見つけたよ……」 「じゃあ、人間に転生できるんですね」 「……」 「嬉しくないんですか?」 「その口ぶりじゃ、おまえはまだ見つけていないみたいだな」 「ええ。恥ずかしながら……」 ギルデンスターンは黙り込んだ。 僕は同じラッコに出会えたのがうれしくて、すこしでも話がしたかった。 「享年17歳。高校生でした。通学の途中、交通事故で死んだんです。好きな子はいたけど、告白もできないまま……。だから、もし叶うことなら、神様のウソをみつけて、あのとき、あの瞬間に戻りたいと思っています」 ギルデンスターンはなにも言わない。 「ギルデンスターンさんは、どうですか?」 「もううんざりだ。これ以上生きる気はない。ごちゃごちゃ言ってねえで、やってくれ」 僕には、彼の未来が見えた。 死後、神様に会って、『神様がついたウソ』の答えを告げて、新しい世界に生まれ変わる未来だ。 僕が彼にもたらすものは死ではない。その門出を寿ぐ祝福。だがそれでも、剣を振り上げると、心のなかは寂しさで満たされた。 神様からの問の答えも見つけながら、どうして彼は絶望しているのだろう。 あるいはほかに、彼を救う手があるというのか。 僕には、彼の過去も、死以外の未来も見えなかった。 見えたのはただ、彼が神様に会う場面だけ。 転生のあとははもう、彼の人生ではないのだろう。その先にはただ、光が広がっている。 剣を振り下ろすと、ゴリッという嫌な感触が腕を伝い、彼の首は胴を離れた。 あらためて部屋を見ると、机の上に並べられた木彫りの人形があった。 ナイフと削り屑。加工途中の木材。描きかけの絵。壁に掛けた額。暖炉には火が燃えている。 それは彼が、ラッコとして生きた人生の欠片だった。 はたしてその人形、あるいは絵がなにを示しているのか…… 彼がいなくなったいま、僕にはもう、それを知る術はなかった。無限の教会
目的の村も近くなるころには、夕焼けのほのかなオレンジも消えて、月の光が森を照らし始めていた。 新しい村に来たら、教会でお祈りをしておけば、死んでもそこで復活できる。 ちょうど目の前に教会があったので、僕はフラフラと吸い寄せられるように、そこを目指した。 ぼんやりと青い魔法の光が見えた。 ひと気のない、半壊した教会だったが、復活場所としては機能しているようだ。 祭壇の前には瓦礫があり、すこし離れて祈りを捧げようとしていると、地元の若者に止められた。 「ラッコの兄ちゃん! そこで祈ったらダメだよ!」 がらんどうのホールに声が木霊する。 そこ? というのは、祭壇から離れてるという意味だろうか? それとも―― 「この教会は使えないという意味ですか?」 「使えなくはないけど、ちょうど復帰点に穴が掘ってあるんだわ」 「穴……?」 男はランタンで床を照らし、瓦礫を迂回して、祭壇前、ちょうど復帰点に掘られた穴に案内してくれた。 「床が抜けてるだろう? 元は地下室があったんだ。ここで復帰してもそのまま地下に落ちて、下にあるトゲで串刺しになる。復活して、落ちて、死ぬ、の永久ループよ」 「なんでそんなことに……?」 「となりの村と抗争していてね。そこの連中が利用しないようにやったんだよ」 僕はしばし、言葉を失った。 「人間ってひどいことをしますね……」 「ま、ラッコに言われたくもねえけどよ」 そうだ。忘れてた。僕はラッコだった。 「まあ、祈らなきゃ問題ないんで」 たしかに。これを知って祈るひとはいない。 教会の復帰点に穴が掘られたのはもう二十年も前のことだそうだ。 となり村との抗争は、漁場を巡ってのものだったが、最近では王国が介入し、御前試合によって漁獲量の割当をするようになった。要はあまり魚を獲りすぎると資源がなくなるので、その枠を剣の試合で決める――これがこの村と隣の村との取り決めなのだと、男は語った。 僕がこの村に呼ばれたのも、それにかかわることだ。 それ、つまり、その重要な御前試合で、不正が行われたらしく、その実行犯を斬り捨てるのが僕の役割だった。 ハァ。ため息が出る。 なんかこのところ、そんな仕事ばっかり。 でもまあ、悪党を裁くわけだから、僕の正当性は担保されているわけだ。 「ショウマ殿から話は聞かれていると思いますが、その御前試合において、となり村の連中は代表の戦士を、客席からこっそりと回復したのです」 「そんなことができるんだ……」 「回復魔法は、魔法の光が出るんですが、最近の戦闘は剣と剣のぶつかり合いですら派手な光を発します――」 ……って、まるでゲームの話だな。 「――そこに紛れて回復魔法を使われても、容易には判別できんのですが、観戦したものの多くが、回復魔法の光が見えたと証言しておるのです」 なるほど。 こういうことは正攻法で攻めても埒が明かない。 村の若い衆で乗り込んで、力ずくで真実を吐かせるのだ、と依頼主である村長は拳を握った。 「なあに、よくあることです、カチコミには慣れております。抗争のたびに、両軍から死者が出て、それもみな教会で生き返るんですが、ラッコ殿が加われば、向こうも気後れする。いったいだれがやったか、すぐに口を割りますよ」 ラッコに転生するときに、こんな役回りになるなんて、思ってもみなかった。 もしかして、これが神様がついたウソなのか? とも思ったけど、これはウソではなく、言ってないだけだ。 僕を含めて8人の『カチコミ隊』が編成された。 村長から激が飛ぶ。 「殺してもどうせ相手は生き返る! 村の破壊を優先するんだ!」 おいおい。 「家畜を殺し、畦を破壊し、井戸に糞尿を入れ、家に火を放つんだ!」 「おーっ!」 死なない世界の戦いって、こうなるんだ……。 となりの村に入ると、最初は応戦する気まんまんだった村人が、僕の姿を見た途端に怖気づいた。村長の狙い通り。その扱いはラッコではなく、死神のようだった。 カチコミ隊は四方に別れ、それぞれ、田んぼの畦を破壊し、家々を叩き壊し、家畜を殺して回った。僕はひとり、背後に控える。それだけでもう相手は反撃もせず、逃げ回るだけ。 破壊されていく村を眺めるのは忍びなかったが、今回は死者も出ないし、まあいいか。 ――と、思っていたら。 「ラッコ様」 と、足元に駆け込んで、頭を下げる姿が見えた。 「御前試合の不正は私がやりました。どうか私を罰してください」 僧侶風の娘だ。まだ幼い。僕よりも若いくらいだ。 「ちょ、ちょっと待って……」 これ、他のひとたちに聞かれたら、この子を斬れって話にもなりかねない。 「みんな気が済んだら、帰ると思うから、キミは隠れてて」 「でも、村が破壊されたら、私たちは生きていけません。私たちは斬られても、教会で復活できます。だけど、破壊と飢えからは逃れられないのです。どうか私を罰し、破壊をやめてください!」 それを遠くから眺めていたカチコミ隊のひとりが、声をかけてきた。 「ラッコどの!」 肥溜めから掬った糞尿を、井戸に運ぶ途中のようだ。 「その娘はどうなされた!?」 「あ、あの……ええっと……これは……」 「野暮なことを聞くな!」 別のひとりが言葉を挟む。こっちはせっせと畦を破壊している。 「ラッコ殿も一匹のオス。戦利品として、娘をお持ち帰りしたいのであろう」 はあ? 「なるほど! そういうことか!」 そういうことじゃねえよ。 「ラッコは発情期になると、メスの鼻に噛み付いて引きずり回したりするらしいですからな!」 しねえよ。 しかし、いいことを聞いた。 「ちょっとごめん!」 僕は娘の耳元で小声で囁いて、娘の鼻に噛みつくふりをして、そのまま娘を連れてその場を離れた。 「おおっ! ラッコ殿が動かれたぞ!」 「いやあ、ラッコ殿もオスですなぁ!」 ってまったく、クソ野郎どもが。 村の境、峠道のはずれに、小さな小屋があった。 僕は村の娘とともに、その小屋に駆けこんだ。 娘は怯えているが―― 「大丈夫。なにもしないから。僕の話を聞いて」 韓流アイドルのような最大限の優しい顔をキメて、彼女をなだめた。 「僕はくろまめ。キミは?」 「コトリ……」 そうか。コトリって言うんだ。 「ねえ、コトリ。キミはまだ子どもだ。この件には巻き込まれただけ。キミにはまだ更生のチャンスがある」 「だけど、村に戻ったら、来年も同じことをやらされます。拒否したらシャチ神様の生贄にされてしまうのです」 いったいなんて村なんだ……。 「じゃあ、僕が世話になっている村のほうに来ればいい。僕から彼らに頼むよ」 「そんなことできるんですか?」 「ああ……きっと……」 僕は未来をのぞいた。 すると、コトリは村に受け入れられ、二の腕をぷにぷにされながらも、村の一員として幸せに暮らす未来が見えた。 「大丈夫だ。僕には未来が見える。キミは僕が世話になった村で受け入れられ……たまに男たちが部屋に侵入してくることはあるけど、死ぬことはなく暮らせるよ」 「男たちが侵入……?」 「……男たちが……寄ってたかって、キミの二の腕をぷにぷにする……的な……?」 「そ、そんな……」 二の腕をぷにぷにするってことは、赤ん坊ができるってことだ。保健体育の授業で習った。教科書には、精子と卵子が結合するとだけ書いてあったが、きっと二の腕をぷにぷにしたらそうなるのだと思う。幼いコトリにもそれはわかっているようだった。 「わかりました。それでも、生きていたほうが……死んでしまうより、ずっといいです」 コトリは震えながら、恐怖を誤魔化して、笑顔を繕った。 「生きていれば、いつかお父さんに会える。だから私、どんな目にあっても、生きる」 「お父さん?」 詳しく聞くと、コトリのお父さんは、船で遠くに行ったまま帰ってこないということだった。まだ生きているの? と聞きそうになったけど、まさかこの中世風の世界で、のんびりと海外旅行しているわけでもない。きっと海の事故にあって死んだのだろう。コトリが父と再会する未来は見えなかった。 「うん。生きていれば、きっと会えるよ」 本当のことなど言えるはずもないまま、僕とコトリは、小さな小屋で一晩を明かした。 翌朝、僕はコトリを連れて村に戻った。 村長の家に行って、事情を話し、コトリを村の一員として迎えてくれるよう頼んだ。 僕が見た未来予想では、それでうまくいくはずだった。 しかし―― 「ラッコの旦那。ラッコと一夜を過ごした娘を受け入れるなんざ、さすがに旦那の頼みとあっても、首を縦には振れねぇなぁ」 「ちょっと待って。なにそのラッコの扱い」 「昨日のうちなら、まだ考えることができたものを……よりにもよって、ラッコと一晩……」 いや、待ってよそれ。 っていうか、まさか……僕がコトリと一晩過ごしたことで未来が変わったの? 「ラッコの旦那。そいつらの不正で、この村がどれほどの損害を被ったかご存知か?」 「いえ……かなりの額だろうなぁ、くらいにしか……」 「ハッ。だからそうやって、軽はずみなことが言えるんだ」 百人程度の集落だ。その百人が飢えるか否かという瀬戸際だとすれば、たしかに軽はずみに言えることじゃない。 僕が言葉を失っていると、村長は続けた。 「オレたちは、ラッコの威を借りてカチコミまでやったんだ。なんの罰もなしに終わったのでは、向こうを思い上がらせる。しょせんあいつらはポーズだけ、ってね」 「ど、どうしましょう……」 って、なんで僕が困んなきゃいけないんだ。 「どうもこうもねぇ。その娘を斬ってくだせぇ」 「いや、そればかりは……」 「ラッコの旦那ともあろうお方が。娘の二の腕をぷにぷにして、情が移ってしまわれましたか」 いや、してないけど。 僕がどうしても斬れないと断ると、ならば次善の策があると、村長と、側近のもの数名、それに僕とコトリとで、村外れの教会に向かうことになった。 例の復活点の直下に落とし穴のワナがある、生き返っても直後に死ぬ教会だ。 ――どうするつもりだろう。 朽ちかけた扉を開けて、なかに入ると、村長はコトリに言った。 「ここで祈りなさい」 僕は思わず村長とコトリの間に割って入った。 「ダメだ! ここで祈ったら、復活しては死ぬの繰り返しになる!」 「ラッコ殿は静かにして頂きたい!」 側近が制する。 「御前試合で不正を行えばどうなるか、奴らに示さねばならぬのだ」 「情けは無用ですぞ!」 だから、なんでそんな考え方になるんだよ! どいつもこいつも、クソばっかりだ! だけどいったい、どうすればいいんだ!? この場で村長も側近も切り捨てて、コトリを連れて逃げ出せばいいのか? いや、だけど、冷静になるんだ。コトリが祈らなければそれで済む話だ。 「どうした女。祈りを捧げよ。さもなくば、ラッコ殿に背中からばっさり斬られることになるぞ?」 「僕は斬ったりしない! 祈ってはダメだ!」 村長は僕を睨みつけるが、剣での勝負なら僕は負けない。村長には悪いが、もう限界だ。これ以上あんたらに付き合う気はない。僕が剣に手を掛けると、 「ありがとう」 コトリの口が動いた。 「え? ちょっとまって」 「私、お父さんに会いたいの。いつか。だから、死ぬわけにはいかない」 そう言ってコトリは祈りはじめた。 「ちょっとまってよ!」 コトリの肩に手をかけるけど、祈りは止まらない。 そして短い祈りが終わると、村長はほくそえんで、コトリの背中を蹴り、コトリは穴へ落ちた。 急いで手を伸ばすけど間に合わない。長い悲鳴のあと、コトリの体を貫く鉄槍の鈍い音が聞こええた。直後、空中の復帰点にコトリの体が出現し、また落下。そしてまた穴底の槍に貫かれ、また……、そしてまた……、そのたびに半壊の教会にコトリの悲鳴が響き渡った。 「なんてことをしてくれたんだ!」 僕はこらえきれず、その場で村長の背中を斬った。 残る側近は逃げ出したが、それどころじゃない。 コトリを救わなきゃ! だけど、落ちていくコトリに手を伸ばしても届かない。 悲鳴、また悲鳴、また悲鳴。教会の石の壁に反響する声が治まる前に、また。 頭がおかしくなりそうだ。 もう、この悲鳴を聞き続けたくない。 僕は剣を構えた。 「ねえコトリ! キミのお父さんはもう、帰ってこないんだ!」 その声がコトリに届いたかどうかはわからない。 「だからそんな死に続けるだけの人生、無駄なんだよ!」 悲鳴にまた悲鳴が重なる、その残響に満たされた空間で、コトリが空中の復活ポイントに現れるのに合わせて、剣をフルスイング。極秘任務
「王国からの依頼だ。詳しくは騎士団長から直接説明がある」 情報屋ショウマの言うことだ、怪しい話ではないだろうけど、王国からの依頼って。 「それ、僕でも務まるんですかね?」 「務まるもなにも、ラッコにしかできないことをやるんだよ」 「また誰かの息の根を止めるってことですか」 「ラッコを雇うのはそれが目的だ。ほかに稼げる仕事なんかねえだろう?」 まあ、そうなんすけど。 「ギャラは?」 そう聞くとショウマは、指を広げて示してくれた。 ざっと相場の10倍。悪い仕事じゃない。 早速騎士団の寄宿舎に行くと、とんとん拍子でことは進んで、そのまま魔王が潜む魔の山へ行くことになった。 任務は魔王征伐。 征伐隊には国内の選りすぐりの騎士や、諸国を漫遊する勇者の数々、流浪の魔法使い、それに司祭級の聖職者たちと、錚々たる顔が並んだ。 隊が出立する直前、騎士団長から直接、司令室に呼ばれた。 「ラッコ殿には、われわれの真の目的を話しておきたいと思います」 「真の目的? 魔王の討伐ではなく?」 「魔王の討伐には違いないのだが、その更に先にある目的……それは、魔王が連れ去った姫の奪還」 「えっ?」 「この事実を知るのは、国王直属の親衛隊の8名、及び、私とラッコ殿のみだ」 「なんで?」 「姫が魔王にさらわれていたとあっては、嫁ぎ先がなくなる」 「なんだ、そんなことか」 「そんなことかではございませんぞ。国にとって姫というのは、他国との和平を結ぶための要。これに傷が付いたと知れては、国の先行きに関わる」 「要するに、政略結婚のために、清廉なイメージを壊したくない、と?」 「端的に言えば、その通り」 「この世界には人権って言葉、ないの……?」 「よってラッコ殿、このことはくれぐれもご内密にお願いしたい」 「それはまあ、業務上知り得た機密ですので、もちろん」 ていうか、雑談でひとに喋れる内容じゃねえよ。 魔王城の至近にあるマフモト村の人々を、首都まで避難させ、そこが前線基地となった。 全員が教会で祈り、復活ポイントを設定、これで魔王城で死者が出ても、ここからやり直せる。 魔王城へは徒歩5分。 なんてユーザーフレンドリーな世界なんだろう。 黒曜石の塔が妖艶に雷雲を映す城には、魔王の手下がわんさか待ち構えていたが、騎士&勇者たちのパワーは凄まじかった。 これは魔王もあっけなくやられるだろうと思ったら、 「魔王の手下どもは、死んでもその場でリスポーン――つまり蘇生します。先を急ぎましょう」 リスポーンって。 そしていよいよ、魔王の部屋。 まわりの出入り口はエリートの剣士たちが固め、親衛隊の8人が突入する。 「ラッコ殿。我々は前線基地のマフモト村で控えます」 「えっ? どうして? 僕、魔王にトドメ刺す役かと思ってた」 「残念ながら、魔王はラッコ殿にやられても、時間経過でその場にリスポーンするのです」 「めんどくさ」 とりあえず、筆頭魔法使いのなんたらというひとが開いてくれたワープゲートで村へと戻り、教会に入ると、人払いがされた。 教会の中には僕と騎士団長しかいない。 「作戦の詳細をお伝えします」 「えっ? まだなんかあるの?」 「まず姫は、姿が見えた瞬間、親衛隊の手で殺害されます」 「なんと!」 「それによって姫は、王国の教会で復活するはずです」 「あ、なるほど。そういうことか」 いちいち戸惑うなぁ、この世界のシステムは……。 「次に、親衛隊が魔王を倒す……あるいは倒されるのですが……いずれにしても親衛隊は魔王の部屋で死ぬことになります」 「あ? なんで? こんどこそわかんない」 「親衛隊は全員、魔王の部屋に毒ガスを充満させ、殺害されます」 「だから、なんで?」 「姫がさらわれたことを知るものを、最小限に留めるため……」 「うわー」 「彼らとて、王国の繁栄に命をかけると誓った者たち。わかってくれるはずです」 「すごいなぁ、親衛隊……」 「そして、魔王城で死んだ彼らは、この教会で復活します」 「そうですね。みんな祈ってましたもんね」 「復活したところを、私が斬りつけ、動きを制しますので、ラッコ殿はトドメを……」 うわー。そーゆー役かー。 しばらくすると、騎士団長が言った通り、親衛隊の8名が次々と復活して戻ってきた。 「いやあ、魔王の部屋、あれ、なに? 魔王軍のワナ?」 などと戸惑っているところを、騎士団長が斬りつけ、 「うぎゃあっ!」 僕がトドメを刺す。 「ぐふっ!」 これを8名ぶん…… 「聞いてないよ、あれ、なに? 毒ガス? いきなりぷしゃーだもんなぁ! なんなんだよ……ぐわぁぁぁぁっ! ぐぼっ……」 繰り返した。 ギャラはいいけど、しんどいなぁ、これ。 「片付きましたな」 「ええ。あんまり気分はスッキリしませんけど」 「本来なら、ラッコ殿にも死んでいただかねばならぬのですが……」 「僕もよっぽどそうしたいです」 以前会ったラッコ剣士が、僕に介錯を求めたくらいだから、きっと自殺では死ねないのだろう。 それから半年ほど経ったある日。 騎士団長から呼び出され、王宮へと出向いた。 謁見の間を抜けて、更に奥、王族のプライベートエリアを通り、姫の個室へと招き入れられた。 そこには姫の姿はなく、小さな赤ん坊を抱いたメイドがひとり立っているだけだった。 「ラッコ殿。その赤子を斬っていただきたい。メイドとともに」 「待って……」 「姫と魔王の間に生まれた子だ。やがて魔王としての才覚を現す。そうなる前に」 「いや、だって、赤ん坊……それに、メイドは悪くないでしょう?」 「メイドは承知の上だ。両親に金貨千枚の報奨が出る。それで飲んでくれた」 「そんなぁ……」 静かに目を閉じると、彼女の両親が王国の使者から金貨を受け取る景色が見えた。彼女の兄弟姉妹はそれによって飢えから救われ、売り払っていた田畑も買い戻すことができるのだ。 悔しくて涙が出てきた。 彼女を斬らないという選択はあるだろうが、僕には彼女の家族の現実を変えることが出来ない。 彼女も納得の上なら、何を戸惑うことがあろうか。 「ほんっと、ごめん! 仕事なんで、斬ります!」 まずは赤子から。 次にメイド。 僕は――その感触、そのときの感情を、この先どんなに時が流れても、言葉で言い表すことはできないだろう。 僕はただ、ガチガチと震える手を押さえ、うずくまるだけ。 ――神様がついたウソを見つけなければいけない。 いったいいつまで続くんだ。この人生は。蛸引
「ねえ、ショウマ」 「どうした、くろまめ」 「神様のついたウソってなんだろうね」 「なんだろうなぁ。神様はオレたちを約束の地へ導く……とは言われてるが、まだだれも行き着いてねえ。だけどこれも、まだ実現してないだけで、ウソだって確定したわけじゃないしなあ」 「ですよねー」 そもそも神様ってのは、ああしなさい、こうしなさい、こうやって生きて、これはしたらいけません、って言うばかりで、競馬でこの馬が勝ちます、みたいなことは教えてくれない。命令することはあっても、ウソはつかないのが神様だ。 なんてことを考えていたんだけども、ショウマは興味なさげだった。 「そんなことより、仕事の話がある。そろそろ金も必要だろう?」 「図星です」 「豪遊しているそうだな。聞いてるぜ」 豪遊している気はないんだけど、金を持っていると面倒くさいひとたちが、いろんなものを売りつけに来る。結果、欲しくもなかったキレイなガラクタで部屋は埋まっているが、これを豪遊と言うのだろうか。 「今回の仕事は、カジノだ」 「カジノ?」 「その景品に、最強の武器、架け橋
ゲームのことをあれこれ思い出していた。 たしかに酒場でクエストを請け負いはしたが、こんなに殺しばっかりだっただろうか。 そりゃあたしかに、クエスト毎にボス戦はあったけど、相手はモンスターだ。 なんでよりにもよって人間。しかも、ほとんどのケースで無抵抗。 僕はいったい、なにをしているのだろう。 「どうした、くろまめ。元気がねえな」 いつもの情報屋のショウマ。 「もう、うんざりだよ」 と、僕は顔を伏せたまま答える。 「だったら、早いところ神様のついたウソを見つけ出すことだな。そうしたらオレから別のラッコに、おまえを送り出すよう頼んでやるよ」 「それなんだよねー」 神様のウソをちゃんと見つけてないと、死んだってまたラッコの人生が始まるだけ。それはただ痛い目に遭うだけだし、やっぱり先に答えは見つけておきたかった。 「次の仕事、どうする? 死刑囚の刑の執行の話が来てるぜ」 「またですか……」 「そう嫌な顔するなよ。ドワーフに極秘情報を売り渡した女スパイだって話だ。生かしておく価値はないと思うがねえ」 「ハァ……」 「そうだ。未来をのぞいてみたらどうだ? 案外悪い結末じゃないかもしれないぞ?」 未来…… 「そうっすね。とりあえず、見てみますか」 僕は深呼吸して、目を閉じた。 あまりはっきりとは分からなかったけど、人間とドワーフの架け橋的なものが見えた。 つまり、この仕事を請け負えば、新しいなにかが見えてくるかもしれない。 依頼者はまた、とある村の村長だった。 村長ってのは、汚い仕事をラッコに押し付けるのが職務なのか。 「それで、死刑囚はどんなスパイ行為を働いたんですか?」 「ええ。それが……ドワーフの男に引っかかって、村の防衛体制から財政、年貢の割り振りまで、すべて漏らしたらしい」 「らしい?」 「そう言われている」 またそーゆー話かー。 「なんてゆーか、納得ずくで仕事したいんで、受けるかどうかは、その女の話を聞いてからでも構いませんか?」 「ああ。ほかに頼る当てもない。それで頼むよ」 村長の家の離れに、その女は幽閉されていた。 入り口は守衛に守られていたが、牢屋と言うほどのものでもない。 座敷牢とでも言うのだろうか。なかをのぞくと、それなりの調度品もあり、花も飾られていた。 女の名はデイジー。 村長の、実の娘だった。 「こんにちは。ラッコのくろまめです」 「ラッコのくろまめ?」 アイテムかなんかだと思われてる。 「ええっと、ラッコは種族名で、くろまめが名前、ラッコの、くろまめ、です」 もっと普通の名前にしておけば良かった。 「ついに死刑執行の日が来たのですね?」 「いえ、まだ正式には請負っていません。あなたの言い分を聞いて、それから決めようと思います」 「そうですか……でも……」 「大丈夫です。僕は見ての通り、ラッコです。ペットに話しかけるような気持ちで、気さくに相談してください」 なんか、自分でもだいぶラッコを受け入れるようになった。 デイジーは語った。 村の境でドワーフのヨモギと出会い、恋に落ちた日のことを。 それから、たびたびヨモギと逢瀬を重ね、彼女は子をもうけた。 ドワーフの集落のはずれで、ドワーフと人間のハーフの子を産み落としたが、そこにデイジーの両親が乗り込んできて、彼女は生まれたばかりの子と引き離されて、村に戻された。 ドワーフの国とはずっと国境線で小競り合いがあり、敵対していた。 敵と寝たデイジーは、村に戻るとすぐにスパイの容疑がかけられ、二の腕もあらわにして村中を引き回され、村の男たちに寄ってたかって二の腕をぷにぷにされた。 そのときぷにぷにされたところには、いまも深い爪痕が残っているという。 「では、あなたがスパイだというのは?」 「なんのことかさっぱりよ……」 「わかりました。僕にはあなたを処刑することはできません」 「ありがとう。ちゃんと話を聞いてもらえただけでもうれしいわ」 彼女の部屋をあとにするとき、 「ひとつだけ頼みを聞いてもらえるかしら」 僕の背中に向かって、彼女は言った。 「息子……菊千代がどうしているかを知りたいの。それからヨモギも。私と同じ境遇で暮らしていないか、それだけが心配……」 「わかりました。調べてみます」 そう言うと彼女は、ありがとう、と涙をこぼし、そして小さな声で、こう言うのが聞こえた。 「ドワーフと人間の、平和の架け橋になりたかった」 僕は国境を超えて、ドワーフの村に入った。 無精髭のドワーフ……ドワーフはみなヒゲが生えているのだが、伸ばしっぱなしで編み込みもないボサボサの、要は無精な髭のドワーフが、「仕事を探しているのかい?」と声をかけてきた。 「オレの名はカンバ。よろしく頼む」 おそらく、前世ではアニメの制作進行をしていたのだろう。 「僕はくろまめ。この村の顔役につないでもらいたい。尋ねたいことがある」 そう伝えると彼は僕を、ドワーフの村長の家まで案内してくれた。 ドワーフの村長に、人間と恋仲になったドワーフがいないか尋ねると、すぐにヨモギの名が返ってきた。 「ヨモギをどうなされるおつもりで?」 「いえ、別に命を奪おうというわけではありません。話が聞きたいのです」 ラッコの役割はこの村も同じだった。 だれかの依頼で、命を狩りに行く。ここでもラッコは死神なのだ。 「ヨモギなら、市場の方で店を出しております。息子は寺院のほうに引き取られているが、会いたいなら、アズキ山のチモタボ寺院に行くと良いだろう」 ひとりでは育てられず、寺に預けたってことか……。なるほど。 それにしても、人間のデイジーの依頼で、ドワーフの夫と子を訪ね歩くなんて。人間とドワーフの架け橋的な存在、それは僕自身なのかもしれない。 馬子に場所を聞いて、まずは市場を目指した。 ヨモギはそこで武器と防具の店を営んでいるという。 ラッコの僕が市場通りを歩くと、みんな僕をチラ見して、口をつぐんだ。 武器と防具の店に着くと、客と店主とが話す声が聞こえた。 「さすがは英雄の店だ。良い品をそろえている」 「英雄だなんて、とんでもない」 「いやいや、謙遜するでない。敵を孕ませて、足蹴にして捨てたそうではないか。おぬしの話、なんど聞いても胸がすく思いだ」 敵を孕ませて……デイジーのことか? 「そう持ち上げんでください。ドワーフの男として、当然のことをしたまでだ」 この持ち上げられていい気になっているのがヨモギに違いない。 「そんな女、見せしめに殺しておけば、更に名が上がったことでしょう!」 「いやいや、殺しましたとも、毎晩毎晩、いろんな手を使って。そして、殺されても殺されても息を吹き返しては、わしに縋ってくる。まったく愚かな女でした。はっはっは」 こォんの、クソドワーフがっ! 僕は剣を抜いて店に入った。何があっても知るもんか。止めたければ僕を殺せばいい。 「ヨモギさんですね?」 そう尋ねると、客の男は買った商品を放り出して店を飛び出した。 「い、いかにも私がヨモギだが……ラ、ラッコがいったい、何の用で……?」 「デイジーという娘との関係をお聞きしたい」 「ま、待ってくれ! オレはあの女に惚れてなどいない! 敵である人間になど惚れるものか! オレはあの女を孕ませて捨ててやったんだ! だれの差し金か知らんが、見ただろう? オレが英雄と呼ばれているのを!」 「そのデイジーから、様子を見てきてほしいと頼まれてここに来た」 「デイジーに……?」 男は放心し、その場に膝をついた。 「なにか申し開くことは?」 「デイジーには……このことは……」 「デイジーには言うなって? それはあまりにも身勝手じゃないか?」 「しかたがなかったんだ。こうでも言わないと、オレはこの村で生きていけない……」 「だったら死ねよっ!」 白刃一閃。 僕は、ヨモギの身体から切り離された毛むくじゃらの塊の、三つ編みにされた長いヒゲを掴んで、赤黒い痕を引きずって店を出た。 その様子は多くのものに目撃されたが、知ったこっちゃねえ。 その足でチモタボ寺院へ向かった。 「神聖なるわが寺院に、ラッコが何の用か?」 僧兵が僕の行く手を阻んだ。 「ヨモギの息子、菊千代のことを知りたい」 「そうか。貴様がヨモギを始末したというラッコか」 「聞いているのなら、話が早い。そこをあけろ」 「稚児様の命を狙いに来たのか?」 「稚児様?」 「菊千代殿のことだ」 「命は狙わない。いまどうしている。それだけ知りたい」 「聞かぬほうが良い」 「どうして?」 「そなた、人間から依頼を受けているのであろう?」 「ああ、そうだ」 「人間とドワーフのハーフが、どのような目に合うか、よく考えるがいい」 「どういう意味だ?」 「仮に稚児様が、人間の村で引き取られていても同じだ」 「だからどういう意味だって聞いてるんだ!」 「チモタボ寺院の本尊、英雄の帰還
かつて僕が斬り捨てたラッコ剣士の小屋を訪れた。 暖炉の火は消えていたが、ほかはあのときのまま。 作りかけの彫刻と、机の上に並んだ木彫りの像。 見つけたんだろうか、彼は。 神様がついた、たったひとつのウソ…… このデタラメな世界で。 逆に聞きたいよ。いったいどこに真実があるというのか。 もう、仕事は辞めようと思った。 どうせ飢えて死んでも、教会で息を吹き返す。飢えたままだけど。 でもそれすら耐えれば、あくせく金を稼ぐ必要なんかない。 最後にショウマに引退の意志を伝えるべく、酒場に向かった。 「よう! くろまめ! どこに行ってたんだよ! 探したぞ?」 「ああ、ちょっとね……」 「ドワーフの仕事が神様のもとへ
ショウマから紹介されたラッコに袈裟斬りにしてもらい、しばらくして目を覚ますと、僕は『そこ』にいた。戻ってきましたね。
「ええ。なんとか」
わたしがついたウソに気が付きましたか?
「あなたは僕に、未来を見る力なんか与えなかった。
僕は、自分で勝手に未来を思い描いて、未来はもう決まっていると信じて、自分の行動を正当化してきました」
そう語りながら、涙がこぼれてきた。
僕の身勝手な選択で、多くの人たちが命を落としていった……。
正解です。よく気が付きました。
「だけどわからないことがあります」
なんですか?
「僕は、間違った選択ばかりしました。
その正解も知らないまま、人間に転生するのは、心苦しいです」
その心配はいりません。
あなたの選択はすべて正解です。
なぜならば、あなたが自分で考えた答えだからです。
そしてあなたは、それが自分の判断であることにも気づきました。
私は、あなたの選択を支持します。
「彼らを救うには、どうすれば良かったんでしょう……」
あなたの選択はすべて正解です。
なぜならば、あなたが自分で考えた答えだからです。
そしてあなたは、それが自分の判断であることにも気づきました。
私は、あなたの選択を支持します。
彼らを救うには、社会のすべてを変えるしかありません。
それはあなたひとりでできることではないのです。
だけど、あなたと同じ体験をしたものが増えれば、やがて社会を変える事ができます。
それは人類の成長次第。百年後かもしれないし、二百年後かもしれない。
あなたは人間に生まれ変わっても、ラッコであった今までと同じように苦しみ、判断に悩み、自分を責めることがあると思います。
そしてこの先、幾度となく無念の死を遂げるでしょう。
それはあなたひとりでできることではないのです。
だけど、あなたと同じ体験をしたものが増えれば、やがて社会を変える事ができます。
それは人類の成長次第。百年後かもしれないし、二百年後かもしれない。
あなたは人間に生まれ変わっても、ラッコであった今までと同じように苦しみ、判断に悩み、自分を責めることがあると思います。
そしてこの先、幾度となく無念の死を遂げるでしょう。
だけど約束します。
私はあなたに、必ずその次の人生を与えます。
それは、あなたの手でよりよくなる人生です。
私はあなたに、必ずその次の人生を与えます。
それは、あなたの手でよりよくなる人生です。
さあ、もういちど、人間として生まれましょう。
その神様の言葉は、ウソかもしれない。
人生にはもう二度目、三度目はない。
次の生が、最後の生かもしれない。
だけどそんなことはもう、どうだってかまわない。
僕の選択でだれかが幸せになるのなら、僕がどんな目に逢おうとも、それが僕の唯一無二の選択だ。
未来などもういらない。
僕はただ、いまを選びたい。
あとがき
ラッコ剣士、ご清覧いただきありがとうございました。 ライトな表紙、ライトなタイトルでこの内容というのは、ひとによっては裏切りだと捉えられたかもしれません。 正直なところ、僕にも迷いはありました。 この話で描きたかったのは、正しいことが正しい結果を生むわけではない、そんな世界に僕らは住んでいる、ということです。 物語は常に、正しく振る舞えば良い結果が導かれる、だから正しく生きましょう、あなたの選択は間違っていません、とひとに伝えます。それは癒やしにもなるし、励みにもなるでしょう。だけど、物語でそうやって育ってしまうと、裏切るのは現実なのです。 僕らは、正しい判断で立ち向かっても、良い結果を返すことのない現実と常に対峙しているのです。そのなかでなにを考えて、なにを諦めて、なにをなしたか、というのをラッコの視点で書きました。僕たちの人生のなかでは、さすがにこのラッコほどの極端なことは起きませんが、似たような境遇にはいくらでも遭うと思うんです。 物語はいつも複雑です。たとえば、両親への金貨千枚と引き換えにラッコに斬られることを選んだメイド。この背景にどんな事情があるのか、書こうと思えばいくらでも広げられるんですが、そういう部分はほぼ書いていません。カチコミ隊のひとそれぞれにも人生があるでしょうし、父の帰りを待っていた娘にもしかり。そんな、さまざまな事情が絡み合ったなかで、いちばん嫌な選択を押し付けられたのが、主人公のラッコです。読者各位もそこそこ辛かったのではないかと思います。むしろ辛さもなく平然と読まれると、作者としてはそっちのほうが悲しくなります。 ラッコが取った行動に反発もあるでしょう。 自分ならこうした、ここが間違っている、まずはこれを確認すべきだった、と。 物語のなかでのラッコの選択は、彼の選択でしかありませんから、そう指摘されるのは無理からぬことです。だけど、僕たちも同様に現実の世界で、このラッコと同じくらい理不尽な選択を迫られ、それを為し、そしてラッコのように「自分は未来を見通しているのだ」「正しいことをしているのだ」と自己弁護しているのだと思います。 仮に物語のなかで、「ラッコの選択により、正しい未来が導かれました」と書けば、読者のなかには胸をなでおろすひともいたかもしれませんが、僕はそうあってほしいと思いませんでした。モヤモヤしたまま、理不尽さを抱えたまま、悩んでほしいのです。己の正しさを疑ったまま、答えを出さないという選択をし続けてほしいのです。 おそらくこの作品は、エンターテインメントではないのです。 「物語なんて面白ければいい」と言うひともいますが、「面白い」という帰着点すら持っていませんし、むしろこれを「面白い作品」として捉えられたくもないというのが、素直な気持ちです。 よくそんなモン書いたなと言われるかもしれませんが、それが非商業分野の良いところだと思っています。それに、このご時世ですし、気持ち的にスカッと楽しいものが書けませんでした。 他方、これだけの酷い話でも、ラッコに共感してカッコいいと感じ、純粋にエンターテインメントとして、あるいはブラックジョークのようなものとして楽しんだ読者もいるかもしれません。だけどそこまで行けば、そのひとは紛れもなく幸せなひとなのだから、今回は考慮する対象としては外しました。 とにもかくにも、このたびは最後までお付き合いいただきありがとうございました。 これからも僕は、ラッコのように悩み、ラッコのように決断し、そして糾弾されて生きていきたいと思います。
©sayonaraoyasumi novels
この作品の著作権は井上信行が有しています。著作権者の許可なく複製、配布、改変することを禁じます。
This work is copyright 2023 Nobuyuki Inoue. It may not be reproduced, distributed, or modified without permission of the copyright holder.
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著者 | 井上信行 |
出版 | さよならおやすみかぶしきがいしゃ |
出版日 | 2023年 7月 1日 |
使用ツール | でんでんコンバーター, VSCode, PowerPoint, PhotoShop |
HOME PAGE | https://sonovels.com/ |
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