ためしよみ:ラッコ剣士

  • 酒場談義
  • 炭焼のセガレ

 僕が交通事故にあって『そこ』にたどり着いたとき、神様は言った。
あなたはこれより、ラッコに転生します。
そこは、剣と魔法とが支配する世界。
あなたはそこで、私がついたひとつのウソを探し当てなければいけません。
「ウソを?」
そう。それを見つけたら、人間として再び生を授けましょう。
「もし、探し当てられなかったら?」
ラッコとしての、辛く苦しい人生が続くことでしょう。
「そんなぁ……」
心配いりません。私はあなたに、能力を授けます。
「能力?」
未来を見通す能力です。
あなたはそれに沿って決断し、行動してください。

酒場談義

 気がつくと、馬車に揺られていた。  僕が持ってるのは、剣と、盾と、ボロい袋だけ。  中世ヨーロッパ風の田舎の景色のなか、糸杉の街道を駆けて、しばらくすると、むかしゲームで見たような、賑やかな町についた。  馬車代をと思って、肩からかけた袋のなかを漁ったが、金はない。 「金はまた今度でいいよ。どうせ新入りだろう?」  馬車の手綱を握っていたのは、気さくで爽やかな青年。 「酒場に行くと、仕事にもありつける。まずは、そこからだな」 「ありがとうございます」  礼を言って、袋の中をあさってた手を引き抜くと、ラッコの手だった……  本当に僕は、ラッコとして転生したんだ。  酒場には、入りにくい雰囲気があった。  知らない町へ行っても、当地のメシ屋には入らずマクドナルドを探してしまう僕には、敷居が高い。店のなかをのぞいてもラッコの姿はないし、それに、享年17歳だ。17歳が酒場に入ってよいのだろうか。  だけど、ゲームでは躊躇なく入っていたはずだ。  だったら、だいじょうぶだ。これはゲームなんだ。  そう言い聞かせて、店のなかに入った。 「このへんじゃ見ない顔だね」  すぐにむさ苦しい無精髭の男が話しかけてきた。  見ない顔も何も、ラッコだぞ?  とは思ったが、相手はNPCみたいなもんだ。問い返すだけ無駄だろう。 「仕事を探しているんだろう?」 「図星です」  男は、ショウマと名乗った。  そして僕は―― 「くろまめです」  ふだんゲームで使う名を名乗った。 「くろまめ? ずいぶんふざけた名前だなあ」  まあ、自分でもそう思う。恐縮していると、男はかまわずに話を進めた。 「すぐに仕事を紹介してやってもいいが、まず、この世界のルールを教えてやろう」  まんまNPCだ。 「怪我をしたら、宿に泊まるといい。一晩で回復する」  ゲームだ……。 「死んだら、教会で復活する。新しい町に行ったら、教会でお祈りしておくといい」  そのルール、知ってる。 「なんどでも復活できるんですか?」 「ああ、そうだ。ただ――」 「ただ?」 「ラッコに殺されると、二度と生き返れねぇ。ラッコには気をつけるんだな」 「ラッコって……?」  思わず僕は、自分を指さした。 「そう。お前に殺されたものは、二度と生き返らない。逆にいうと、それ目当てで仕事が来ることもある」 「いろんな仕事がある」  ショウマは記憶をたどりながら話した。 「そういうの、紙に書いて貼ってあるかと思った」 「フッフッフ……オレを誰だと思ってんだ?」 「え? なに?」 「この世界に転生するまえは、アニメの制作進行だった。過労で死んだんだがな。まあ、このくらいは、アタマに叩き込んでおいたさ」  めんどくさ。  紹介された話はどれもぶっそうだった。 「剣士なんだからしょうがねえだろ。しかも、ラッコだ。名を上げれば、金貨何万枚って仕事だって入ってくる」 「要は、『殺し』の依頼ですよね?」 「そうだな、殺しがいやなら、ああ、そうだ……老人の話し相手ってのがあるぞ?」 「あ、いいですね。それやります」  老人とは、酒場で待ち合わせた。  名前はクラウド。どこかのゲームで聞いたような名前だ。  簡単な自己紹介のあと、さすがは老人と言うか、ひたすら自慢話が続いた。  何人の女を抱いただの、何人孕ませただの、空気も読まずに話す話す。 「昔は、ワープポイントってのをみんな使っててな」 「今は使ってないんですか?」 「ああ、危ないので使わなくなった」 「危ない?」 「ワープアウトする場所に、金属の板を置いておくのよ。そうするとワープアウトした人間がその場で真っぷたつになって、そのまま教会送りになる」 「ひどいことをするなぁ」 「だよなぁ。オレが始めたんだけどな」 「なんでそんなことを……」 「悪党をワナにはめるためさ。それで、テストにと思って、第二夫人をワープアウトさせたら、これがもう、キレイに真っぷたつ」  なんでそれを生き生きと語れんのかなぁ。 「悪党を放置すれば犠牲が出るだろう? そうするしかなかったのよ」 「でも、悪党も教会で生き返るんですよね?」 「悪党がやってたのは、ワープを利用した密輸だ。ワープにトラップが仕掛けられたら、続けらんねぇよ」  そのあと、魔王を倒すために息子を改造した話も聞いた。  巨人の遺伝子を組み込むために母体に対して魔法的な処置を施すのだそうだ。 「これも、ワープを利用して、母体がワープアウトするタイミングで、胎内に巨人の組織の一部が取り込まれるようにしてやるんだ」  最悪じゃないか。  そのために、女は何人いても困らなかったし、そうやってでも魔王を倒すのが勇者としての役割だと、男は語った。  まわりはその話を聞いて苛立っているのがわかった。僕だって聞きたくないよ、こんな話。だけど、これを聞くのが僕の仕事だ。ギャラをもらわないと、馬車代が払えないんだよ。  黙って耳を傾けていると、 「勇者クラウドさんですね?」  若い男が声をかけてきた。 「オレの名はストーム」  またそれ系の名前か。 「あなたに憧れてました。オレも勇者を倒すためにいろいろ試しているんです」  ストームがどうか教えを、と懇願すると、 「そうか。それじゃあ、まずは女だ。従順でなんにでも協力してくれる女を探すんだ」  と、クラウドはふんぞり返って答えた。 「それだったらもう、何人か当てはあります」  なーんか、やな会話。  そのとき、僕の脳裏に浮かぶ景色があった。  このストームという男が、女に魔法的な処置を施して、巨人の遺伝子を組み込まれた子を懐妊させる場面だ。女は子を産み落とすと同時に、命を落とし、その子もまた異形なる肉体に、死の苦しみを味わいながら成長する……。  これは……?  もしかしてこれが、神様が言っていた「未来を見通す能力」……?  ストームと名乗った男は、明日もまた会いに来ると約束して先に帰った。 「どうだい、ラッコの旦那。オレは女にモテるばかりじゃなく、多くの後進に支持されている。こうやって、みんながオレのようになりたがる。この国きっての勇者様が、このオレ様だ」  ふたりで店を出ると、老勇者は厭らしい笑みを浮かべて言った。 「このあとの予定は?」 「まだ決めてませんが、クラウドさんは?」  老勇者は、両手で女の腰を抱えるような手付きで、腰を前後に振って見せる。 「昔は勇者っていうだけで、女が寄ってきたもんだ。今は、若さはないが、金がある。手段が変わっただけで、やるこたぁ、変わらんよ」  僕の目の前にいるのは勇者でもなんでもない。ただのクズだった。 「ギャラはショウマから受け取ってくれ」  そう言って、老勇者は黙って僕の前を歩き始める。  ――ラッコに殺されたものは、二度と復活できない  ショウマに聞いた言葉が思い返された。  そして、そのときにはすでに、僕は剣を抜いていた。  後先など考えなかった。  どうせ死んだ身だ。どうせラッコだ。こんな世界、許されてたまるもんか。みんなクソじゃないか。  次の刹那、油断しきった老勇者の背中は、僕の一撃で両断された。  ラッコになった僕は、自分で思っていた以上のパワーを持っていたようだ。  老勇者の体は斜めに真っぷたつに割れ、地面に倒れ伏した。  その日は野宿して、翌日、ショウマに会った。  ギャラはともかく、こうなってしまったことを謝りたかった。  酒場に入り、その姿を見つけて隣に座ると、ショウマは、ギャラとともに、老勇者から預かっていた手紙を、僕に渡してくれた。 「これは?」 「こうなったときに渡せって言われてる」 「こうなったとき?」  封書には一枚の便箋が入っていた。  ――見ず知らずのラッコよ。  この手紙が渡っているということは、オレはもうこの世界にはいないのだろう。  だがこれこそがオレが望んだ結末だ。あんたは気に病む必要はない。  オレは一刻も早くこの世界からおさらばしたかった。  それがいつの間にか、こんな歳だ。  ありがとう。  人生の最後に、魂のあるヤツに会えて良かった。
勇者・クラウドこと、田中洋

炭焼のセガレ

 その村へ着いたのは、日暮れも近い時間だった。  森の濡れた梢に、野焼きの煙がたなびき、鳥の声は低く羽ばたいていた。 「ラッコの裁判官殿がいらしたぞ!」  村の外れで馬車を降りると、すぐに村のものが僕に駆け寄ってきた。  今回僕が受けた仕事は、『裁判官』だった。 「さあ、こちらへどうぞ!」  そう言って案内してくれたのは依頼主――この村の村長。 「今日は離れに寝所を用意しております。食事のあとはそちらで体を休めてもらって、裁判は明日からでも! ささ! どうぞどうぞ!」  僕は促されるまま、草を分けた小径を村長の家まで歩いた。  村長の家にはすでに宴の準備がされており、村の有力者数人が僕を出迎えた。 「これはこれはラッコの裁判官様!」と、村人A。 「そして被告には刑の執行をしてくださる、死刑執行官!」同、B。 「いえ、死刑の方は……」と、僕。 「そう固いことは言わず、その剣でぽーんと首を跳ねていただければ」  気楽に言うなぁ。 「ご心配なさらず! こんな世の中ですから、わたしたち何度も死は経験しております」 「ええ、死なんて普通! 迷わずやっちゃってください!」  この世界での『死』ってなんなの。 「生き返るにせよ、生き返らぬにせよ、死ぬことに変わりませんからなぁ! 気にしない、気にしない!」  いや、するだろうよ。  話では、どうやら村の至聖所の御神体――カッパの像が何者かに壊されて、その犯人を見つけてほしいとのことだった。 「僕、裁判官って聞いたんですけど、もしかして捜査も含みます?」 「捜査なんてそんな大げさな!」 「犯人はもう、炭焼のセガレってわかってんですよ」  炭焼のセガレというものだから、炭焼になったセガレを想像してしまったが、どうやら炭焼小屋で炭を作っている男のセガレのことのようだ。 「ああ。あいつの親父は、領主の馬を盗んだ罪人で、死刑囚でさあ。その血を受け継いでんだ。あいつがやったのは間違いない」 「ちょ、ちょいまって」 「なにか?」 「証拠はあるの?」 「証拠なんぞなくったって!」  無茶言うなよ。 「ラッコ様の目は、なんでも見通す魔法の目だと聞いている。その目でちらっと見ていただけりゃあ、わかるんでしょう? 未来のことが」 「まあ、わかりますが……」  わかるのは未来であって、過去に何があったかはわかんないよ。  村長には、大学生くらいになる息子と、高校生くらいの娘がいた。  息子は宴会にも出て、積極的に発言していたが、娘は母の料理の手伝いをするばかりで、言葉を交わすことはなかった。  夜、用意された寝所に入り、ベッドで横になっていると、村長の娘が訪ねてきた。 「ラッコ様。父より、今宵のとぎを言い付かり、お邪魔いたしました」  伽? なにそれ? 「いや、ちょっと待って」  それって、どういうこと?  なんか、エロいことする系? 「どうか、なんでもお申し付けくださいませ」  享年17歳。高校生なんか性欲の真っ盛りだが、人生に悩み、その過大な性欲を抑え込んでるものだって少なくない。いや、そっちのほうが過半だ。アニメやドラマで高校生がバカだからって、現実までそうだと思ったら、大きな大間違いだ。 「じゃあ、帰って」  そう言うと、娘は泣き出した。 「そんなことになれば、私は村を追い出されます」  うわー。なんかやだー。  とりあえず、娘をベッドに寝かせて、二の腕のあたりをつついてみた。  ラッコのように毛皮があるわけではなく、皮膚がツルツルで、ぷにぷにしていた。  人間……。いいなあ、人間。僕も人間に戻りたいよ……。  ぷにぷに。ぷにぷに。 「ラッコ様。お聞きしたいことがございます」 「あ。なんですか?」 「ラッコ様は、真実を見通されるというのは、本当ですか?」 「いや、真実と言うか、未来を見る力があるっぽいです」 「そうですか。ならばすぐに真犯人にも目星がつくのですね……」 「真犯人!?」 「ええ。至聖所のカッパの像を壊したのは……私の兄なんです」 「待って。それって、みんな知ってるの?」 「いいえ。知っているのは、私と兄だけ」 「じゃあ、お兄さんは、自分の罪を炭焼のセガレになすりつけようと?」 「ええ……」  そうか。だからこの娘は、炭焼のセガレを救け、兄の罪にも酌量をもらおうと……。 「でも、兄はこの村に必要なひとです。どうしても、炭焼のセガレを亡き者にしたいのです! この機会に!」  なんでそうなるの! 「もうすぐ戦争が始まります。私たちの村からも兵を出すように、国王から言われています。それを指揮できるのは兄しかいません。ここで兄が死刑になれば、二十から三十の村人が戦場で命を落とすことになります!」 「だからって、無実の人間を殺すのは……」 「ラッコ様は、私の二の腕をぷにぷにしたではありませんか!」 「したけど! したけどなんなの!?」 「私の願いが聞けぬというなら、ぷにぷにを返してください!」 「返しようがねーよ! どうやって返すんだよ!」 「私は……これから死ぬまで、ラッコにぷにぷにされた娘として生きねばならないのですよ?」 「生きろよ! なんの問題もねえよ!」  聞けば、ラッコとの関係がバレた娘は、一生を水牢で暮らし、娘に手を出したラッコはラッコ鍋にされるのだという。はたして、鍋にされても教会で生き返れるものだろうか? というか、ラッコの扱いが酷すぎやしないだろうか?  しかし、後悔してももう遅い。  柔らかい二の腕を目の前に出されたら、どんなラッコだってぷにぷにしたくなる。そのラッコの性を利用されたのだ。  翌朝。 「とりあえず、炭焼のセガレからも、話を聞かせてください」  町長に申し出ると、村の男何人かを引き連れて、炭焼小屋まで送ってくれた。 「あんにゃろう、いままで何度も盗みをはたらきやがってんでさぁ」  と、引き連れの村人は、世間話のように言う。 「それ、ちゃんと証拠あるんですか?」 「証拠もなにも! 目を見りゃわかりますよ!」 「卑屈な目をして、びくびくびくびく。親父と同じ、犯罪者の目だ」  うわーって感じ。モロ冤罪パターン。 「何度か死刑にしたんすけどね」  したんだ。 「そうそう、われわれがいくら殺しても、すぐに教会で息を吹き返すんでさあ」  そうか……。  そうやって炭焼のセガレは、罪もないのに、何度も殺されて、何度も息を吹き返してきたのか……。  炭焼小屋につくと、ノックもなく村の男が扉を開け放った。 「セガレはおるかぁっ!」  セガレって呼び方はどうなの。 「ハッ! 一人前にメシなんか食ってたのか! なんだその目はぁ!」  炭焼のセガレは怯えきっている。  そりゃあそうだ。  急な侵入者に怒鳴り返せもせず、食べていた食事の碗を落として、その場にひれ伏し、申し訳ありません、申し訳ありません、と小さく口にしながら後ずさった。申し訳ないことなどなにもしていないのに、その仕草がもう体に染み付いているのだろう。 「至聖所のカッパ像の件だ。今日はラッコ様が公正に裁いてくださる!」 「村の広場まで一緒に来てもらおうか」  炭焼のセガレに縄を打って、広場へと歩く途中、ぼんやりと未来が見えた。  僕が死刑を執行しなかったら、この男はこれからも無実の罪で何度も処刑され、教会で生き返る。生き返るとはいえ、死ぬときの痛みや恐怖は同じ。何度も何度も死を繰り返しながら生きていくのだ。  ならば、村長の息子を断罪し、処刑したらどうなるだろう。  そうしたら僕は昨晩の出来事……娘の二の腕をぷにぷにしたことを責められ、ラッコ鍋にされてしまう。娘は一生を水牢で暮らし、村人たちは戦争に駆り出され、戦場で死ぬのだ。  広場につくと、すぐに裁判が始まった。  村の重鎮が、炭焼のセガレの罪状を読み上げる。  セガレは戸惑っている。  自分がするわけがない。何かの間違いだ。そう訴えて、僕の顔を見る。  ――だけどセガレ!  僕は彼のそばまで歩み寄り、その肩に手を置いた。  ――このまま生き続けるより、死んだほうがキミは幸せになる!  ――この世界でこうやって迫害され、非業の死を繰り返すより、ずっといい!  ――たった一度の死をこらえるだけだ!  その気持が炭焼のセガレに伝わったかどうかは、わからない。  だけど……僕は意を決して、判決を言い渡した。 「至聖所のカッパ像を破壊した罪で、炭焼のセガレを死刑に処す!」  セガレの目から大粒の涙がこぼれ、困惑の笑みが浮かぶ。 「親父はどうなるんですか? 僕の死の理由……親父には……どう伝えられるんですか?」  狼狽し、頭を下げてうずくまる彼の前で、僕は高く、剣を振り上げた。  ――いろいろあるだろうけど、ごめん!  ――なんかここ、そういう世界なんだよ!  剣を振り下ろすと、セガレの首は胴を離れ、どよめきが上がる。 「さすがはラッコ様だ!」 「まさに勇者!」 「救い主様!」  村長の息子は、僕を一瞥して部屋に戻り、娘は軽く一礼をして、その背中を追いかけた。  剣を叩きつけて震えが残った僕の指先。  僕は必死でその指に、彼女の二の腕の感触を思い出そうとしていた。

ここまでで全体の約4分の1になります。続きはKindleでご覧ください。

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