WEB版:うさぎがとつぜん私になってこまった100のこと

  • 事件のはじまり
  • 学校へ
  • ミサキ様のこと
  • カザネとお出かけ
  • クラスでの出来事
  • 不幸のうさぎ
  • ひとりぼっち
  • うさぎのかげ
  • あとがき

事件のはじまり

その1 耳が動かない
 朝起きたら、人間になってた。  よくわからないけど、たぶんそうなんだと思う。  手も、足も、おなかのあたりも、見覚えがある人間そのものだもの。  それにここはどこなんだろう。もとの小屋とはちがう。  ふかふかの布の上、体の上にも布がかぶさってる。  どこかで物音がする。気になって耳を動かしてみるんだけど、動かない。もしかして人間の耳って、小さいだけじゃなくて動かないの?  落ち着かなくて、かぶさってる布をどかして、寝床のはしっこによっていったら、壁と寝床のすきまにハマってしまった。
その2 体にへんな布が巻きついてる
 それとこの、体に巻きついてる布がイヤ。  これって、人間の毛皮だよね? 体から生えてるものじゃないんだ。  からまって、もごもごする。
その3 指ってどうやって使うの?
 ていうか、目を覚ましてびっくりしたの。  全身の毛がなくなってたから。  私、また人間の子どもたちにイタズラされたんだ、毛もぜんぶむしられて、知らないところに置き去りにされたんだ、って。  でも、なんとなくちがうんだよね。耳も小さくなってるし、体の毛はないのに、頭にだけ長い毛が生えてて、それに手。細い指がいっぱい生えてて気もち悪い。ぜんぶの指がべつべつに動くの。  でも、あーなるほど、って思った。人間の指ってこんなふうに動くんだ。人間が片手でニンジンを持ったりするの、ふしぎだと思ってたんだ。この指を使っていろんなものをつかんだりしてたのね。  ということは――これを使ったら、体にまとわりついてる布を取れるかもしれない。でも、どうすればいいのかな……いろいろやってるうちに、だんだんこんがらがってきた。
その4 首をかけない
 毛がないから、布のはしっことかが肌に当たって、くすぐったいというか、カユいというか、すごく気になる。  足でカカカって、首をかこうとしたのに届かない。  人間の足ってこんなに長いのに、首に届かないなんて。
その5 背が高くてこわい
 でも私は、慣れるって決めた。  せっかく人間になったんだから、人間の生活に慣れて、楽しく生きようって。  そういうの、うさぎはとくいだと思う。犬やネコはみんなわがままで、自分勝手だけど、うさぎはちがう。ちょっと無口だけど、慣れるのだけはとくい。  だから、寝床からおりて、ほかの人間がやってるみたいに、まっすぐ立ってみたんだけど、人間ってとても背が高い。立ちくらむ。足元を見るとめまいがする。落ちたらどうなるの? 転んだら大けがするんじゃない?  ちょっと練習しないと立つのはこわい。  ゆっくり腰を下ろして、壁の方まで行って、背中をくっつけてゆっくりと立ち上がってみる。  少しずつ、少しずつ視線が上がっていくと、窓の外の景色も空から――家の屋根、地面へとおりてきて、人間ってなに? 空の上で暮らしてるの?  でももうだめ、めまいがする。  あ、そうだ、手を使えばいいんだ。  手で壁につかまったら、ちゃんと立っていられそうな気がする。
その6 知らないおばさんに怒られた
 飼育小屋の中にいたころも、雨の日のにおい、晴れた日のにおいはわかった。  ざーざーざーと窓の向こうに雨のしずくが落ちて、しめった風がおりてくる。エサを持ってくる人間からも雨のにおいがして、もしかしたら外の世界があるかもしれないことはなんとなく感じていた。  そしていま。理由はわからないけど、私は人間になってここにいる。ここはたぶん人間の小屋の中。飼育小屋にはなかったにおい、光だけを通す透明の窓、晴れた日のほこりのにおいもしてこない。そしてこの部屋の、そこかしこにただよう人間のにおいが私のにおいなんだ、いまの。ここで私の新しい暮らしがはじまるんだ。  まわりにはいろんなものがあるけど、つまずかないようにしながら、少しだけ歩けるようになった。小屋の外からは人間の声が聞こえる。きっとごはんを持ってきてくれるんだ。だって私は、おなかが空いているから。  床に座って、丸くなって、やっぱりこっちのほうが落ち着くよねってのんびりしていたら、どんどんどん、と戸をたたく音がして、戸が開いて、知らないおばさんが入ってきた。 「何やってるの、ミナモ! 学校には行かないの? 朝ごはんは食べないつもり? 学校に行く準備はできてるの? おくれちゃうでしょう?」  ええっと、質問が多すぎるなあ。 「あのね、おばさん。私、人間になったばかりだから、わからないの」 「バカなこと言ってないで、すぐに下におりてきて、ごはん食べなさい!」  おばさんはあきれて外に出ていったけど、ああそうか、あれ、おばさんじゃなくてお母さんだ。じゃあ、『ミナモ』ってのが、私の名前?
その7 階段がこわい
 しょうがないので、小屋を出ておばさん――じゃない、お母さんのあとを追ってみるとびっくり。道がなくなってる。 「お母さん! ガケがある!」  もう見えなくなったお母さんに聞いてみると、声だけ返ってくる。 「ガケじゃないでしょう! 階段でしょう?」  か、階段っていうのか。 「おりればいいの?」  返事はないけど、おりるしかないみたい。  さすがにさっき歩けるようになったばっかりの私にはムリ。  四つんばいになって、頭を下に向けて、前足をふみ出して、三段、四段、五段目で後ろ足を下ろして……ちょっと待って、体が重い。しっぱいだこれ。もどってもどって。今度は後ろ足を下にして、あ、これならなんとか。  がんばってガケをおりてたら、上から別のひとがずんずん歩いておりてくる。 「じゃまなんだけど、何やってんの?」  女のひとだ。 「はじめまして、うさぎです。今日、人間になりました」 「あ、そう、あとでうさぎパイを食べさせてあげる」  えっ? うさぎパイ? 「あの、ええっと、ありがとうございます」
その8 知らないお姉さんがこわい
 ガケをおりると、下にはお母さんと、知らないお姉さんがいすに座ってごはんを食べていた。知らないお姉さんは細い棒で食べ物をつついたり、かじったりしてる。さっきのうさぎパイのこと、お断りしておかないと。 「あのう、私、うさぎパイは食べないと思います。葉っぱをください」  お姉さんは、棒をくわえたまんま、「はいはい」って。棒はかじってるのかな? 「何バカなこと言ってるの、さっさとごはん食べて、学校に行く準備をなさい」  と、お母さん。学校とか準備とか、よくわからないことばっかりだったけど、 「学校は行かないです。ごはんだけ食べます」  と言うと、 「学校は行かなきゃだめでしょう。のんびりしてたら来年も中学一年生やり直しだよ?」  と、横からお姉さんが割りこんでくる。 「こちらの方は?」  おそるおそるお母さんに聞いてみると、お母さんが答えるより早く、 「あんた本当にそれで通すつもり? その遊び、あんたが思ってるほど面白くないからね」  と、お姉さんが乱暴に入ってくる。 「どうしたの、ミナモ。今日なんかおかしいんだけど」 「ミナモじゃないみたい。うさぎなんだよね? 朝起きたら人間になってたってこと? お母さんにちゃんと何が起きたか説明したら?」  知らないお姉さんはそう言うと別の部屋へ行った。水を流す音が聞こえる。お水を持ってきてくれるのかな。 「それで、どうしたの? ミナモ。ちゃんと説明して」  お母さんにそう言われて、わかってることを説明したけど、自分でもわかってることがほとんどない。 「しょうがないわねえ、もう」 「さっきのお姉さんはどなたですか?」 「あなたの姉でしょう?」  あれが私の? そうか。人間にも姉妹っているんだ。 「姉妹は二ひきだけ? ほかにもいるの?」 「あんたって子はもう。そんなバカな遊びにつきあってるヒマなんかないんだからね」  遊びじゃないのに。真面目に聞いてるのに。
その9 ごはんは床で食べたい
「とにかく、ごはん食べて」  と、言われて、床で待ってたら、いすに座るように言われた。  なんでそんなところでごはんを食べるんだろう。  床のほうが落ち着くのに。
その10 おはしなんかいらない
「はい、これ、おはし」  と、棒を二本わたされて、ええっと。  さっきたしか……お姉さんがかじってたの思い出してかじってみた。 「何してるの?」 「かじってるんですけど……」  もしかして、かじるものじゃないの?
その11 お魚はきらい
 お母さんはおはしでごはんをつまんで食べなさいなんてめんどうくさいことを言う。  そうするのがふつうの人間なんだから、あなたも人間になったからには、ちゃんと人間らしく生活しなさい、って。  こんなに自由に動く指があるのに、どうして棒で食べなきゃいけないのか聞いてみたけど、「そういうものだから」という答えしか返ってこなかった。  でも私は、慣れるって決めたんだから、おはしもちゃんと使ってみる。  両手におはしを持って、まずはごはんから……  と、やっているとお姉さんが、さっきとは少しちがう毛皮を着て来た。人間の毛皮って、取りかえられるんだ。じゃあ、私の今のこの毛皮も? なんて考えてると、お姉さんが、 「おはしは両方とも右手で持つの」  とまた、むずかしい注文をつける。 「右手ってなに?」 「おはしを持つ方の手」  それはつまり、どういうこと? 「こうやって」  と、お手本を見せてくれるので、がんばってまねしてると、 「左手はおちゃわん持って。あと、テーブルに顔くっつけないの」  どんどん注文が高度になっていく。人間って、わけわからない。むだな決まりが多すぎない?  それで、ごはんをはしでつまんで、顔の前に持ってきて、これをパクリとやればいいだけなのに、顔を動かすとはしまで動いてしまう。  がんばって口に運んだごはんはニチャニチャしてたけど、甘くておいしかった。  でも、焼きジャケっていう食べ物はだめ。しょっぱい。 「これ、うさぎが食べちゃいけないものだと思う」 「だいじょうぶよ、あんた体は人間なんだから。逆に、ちゃんと食生活を人間に合わせないと死んじゃうよ?」  死んじゃうって、どういうことだろう。  でも、あの言い方からすると、きっとすごくいやなことなんだと思う。  たとえば、毛をむしられて、どろんこにされて、耳をたたんで耳の中に入れられて、虫めがねで焼かれるのが、いっぺんに来るみたいな。
その12 葉っぱに酸っぱい汁がかかってる
 お魚のとなりにきざんだ葉っぱが乗ってたけど、酸っぱい汁がかかってた。  せっかくおいしそうな葉っぱなのに、なんでこんなことするのかな。
その13 ミサキ様がきびしい
「これはコップ。これで水を飲むの」  さっきから、お姉さんがとなりで私のことを見てる。  私は口をコップに近づけてみるけど、どこから飲んでいいのかわからない。 「手で持って、こうやって口に運んで、かたむけるの」  お姉さんに言われた通りやってみたら、口の前でこぼれた。 「もしかして、あんた、本当にうさぎなの?」 「さっきからそう言ってるんですけど……」  お姉さんが布でテーブルをふくので、 「お姉さん、それは私がやります」  って、言ったら、 「その呼び方、ちょっと気もち悪いんだけど」  なんて言われた。 「じゃあ、どう呼べば?」 「そうね、お姉ちゃんってのもなんだし、ミサキ様と呼んで」 「ミサキ様……」  ミサキ様はきびしかった。  ごはんを食べて、おなかもぱんぱんになったので、出すものを出そうとふんばっていると、 「ちょっと待って! あんたもしかして、ウンコ!?」  と言うので、ふんばったままコクコクとうなずくと、手を引っぱってテーブルからはなされて、とても小さな部屋にとじこめられた。  ミサキ様が外から大声で怒鳴ってる。 「ウンコの前にまずパンツぬいで! 腰にはいてるもの、ぬいで!  ぬいだ?  ぬいだら便器のフタを開けるの、フタ。わかる?  そしたら便器に穴があるから、そこに座って……座った?」 「座りました」 「ちょっとチェックする」  ミサキ様が戸を開けて、私の様子をたしかめて、 「便座! 便座は下げるの!」  ミサキ様は私の手を引っぱって立たせて、フタの一部を下におろしてくれた。私がそこに座ったのを見て、 「よし、つづけて」  と、また戸を閉める。  ウンコの後もミサキ様が大声で言ってくる。紙でおしりをふけだの、レバーを引いて水を流せだの、手を洗えだの。  ああもう、ほんと人間って、めんどうくさい。
その14 ものの名前が覚えられない
 次は、顔を洗うんだって。 「あと、ウンコって言わないほうがいいよ。学校に言ったら、『トイレ』って言わないとバカにされるよ」 「トイレは場所の名前だから、ウンコって言わないとわからないと思う」 「人間は『トイレ』でわかるの! うさぎの子だってバレちゃうよ?」 「あうう」  ――うさぎの子だってバレちゃう――  思わずうなずいたけど、それってバレちゃいけないことなのかな。 「ここ、洗面所、これが水道で、じゃぐち、これがきゅってやるやつ、これがタオル、せっけん、あわあわ、コップ、かがみ……」  ミサキ様はいろんなものの名前を教えてくれた。 「ちなみにかがみにうつってるのはあなたね。ほら、ほっぺた引っぱったら、かがみの中の子のほっぺものびたでしょう」 「ほんろら」 「じゃあ、テスト。タオルはどれ?」 「これ?」 「それはせっけん」  まあ、でもゆっくり覚えていけばいいから、とミサキ様は手首に巻いてあるものを見て、 「ちなみにこれは時計。時間を見るもの。つまり、私はいまあせってるの。わかる?」  コップを手につけて、タオルをひねって、出てきた水で手をぬらして顔をこすらされた。それからええっと、じゃぐちで顔をふいて、 「じゃぐち気持ちいい」 「これはタオル」
その15 歯みがきって何をすればいいの
「それじゃあ、私はもう時間がないから! あとはこれで歯をみがいて、着替えて、学校に行くのよ! 学校に行ったらあとは友だちから聞きなさい!」  ……と、ミサキ様は私の口にスースーする棒をつっこんでどこかに行ってしまった。  これで歯をみがく……?  なんだかよくわからないけど、言われたとおり……と思ったけど、これはむずかしい。  この棒の先っぽを歯にあてて動かせばよいのだろうけど、うさぎはそういう前足の動きをしたことがない。両方の前足で棒を持って、こうやって……、こう……。これ注意してやらないと……お、おえっ。
その16 おなかいっぱいになったら眠りたい
 はあ。ふだんだったら、こんなにおなかいっぱいになったら寝ちゃうんだけどな。どうやら学校ってところに行かなきゃいけないみたい。  私、もともとは学校にいたんだよ、たぶん。そこの飼育小屋にいて、ごはんももらってたけど、たまに耳を持たれたり、追い回されたり。そこでもしかしたら、一回か二回、人間になりたいって思ったことはあるかもしれない。だって、うさぎは何もできないし、どこへも行けないし、好き勝手やってる人間がうらやましかったから。  でもいざ人間になってみるとどうなんだろうなあ。いろいろとめんどうくさいことばっかり。もしかしたら、私がうさぎになったことで、ここに住んでた人間の子は代わりにうさぎになっちゃったのかもしれない。きっとその子は、人間ってめんどうくさい、うさぎになりたい、って思ってたんだ。だから私たち、入れかわっちゃったんだ。  なんてことを、洗面所ってところに座りこんで考えていたら、お母さんが来て、 「はやく着替えて学校に行く準備をなさい」って。  あのねえ、うさぎってのはねえ、そんなにいろんなことができないし、やりたくもないの。順番にやるから、ちょっと待ってて。

学校へ

その17 着替えってめんどうくさい
 着替えってのは、毛皮を取り替えることだと思う。  かがみを見てピンと来たの。いまの私の毛皮、学校で見た子たちと少しちがう、って。人間の毛皮ってのは、取りはずし式になっていて、別のものに替えられるらしい。ようはこれを、学校用の毛皮に替えればいいわけでしょう? 「お母さん! 学校用の毛皮はどこ?」 「部屋にあるでしょう、二階の、ミナモの部屋!」  そうか。  二階にある小屋のことは部屋って言うんだな。  こういうことは少しずつ覚えていこう。  だって私は人間になったわけだし、人間の生活に慣れていかなきゃいけないから。 「学校の準備もちゃんとするのよ。カバンに今日学校で使うものを入れて、ちゃんと持っていくのよ」  うーん、だからそういうのは、ひとつやることが終わってから言ってほしい。  階段を上がるのは下りるのにくらべるとぜんぜん簡単だった。  とっとっとっと上って私の部屋へ。壁にかかった学校の毛皮をはずして、学校にいた子のことを思い出しながら着替えてみる。私ってこう見えて天才なんだと思う。もう指の使い方、ちゃんとわかるようになったし。  腰に巻く布と、背中にはおる布、まあ、なんとかなったと思う。
その18 学校ってどんなところ?
 次はカバン。  カバンってなんだろう。 「お母さん! カバンって何?」 「つくえの横にあるでしょう? 黒いのが!」  ああ! あった!  学校ってこんなもの使うんだ。何するところなんだろう。  学校用の毛皮を着て、しゃがんでゆっくりと階段をおりる。  腰に巻いた布がどんどんずれてくる。カバンはじゃまになるから、階段の下に落としておく。いちばん下におりたころ、お母さんが目の前にあらわれる。 「なんなの、そのかっこ?」 「学校の毛皮」 「パジャマはぬいでから着なさい」  パジャマ?
その19 くつって、はかなきゃだめなの?
 くそう、パジャマをぬぐためにもういちど学校の毛皮をぬいで、最初からやりなおして、学校ってたいへんだなあ。 「私、パジャマのままでもよかったのに」 「あなたがよくても、私が恥をかくからやめて」  お母さんは関係ないと思う。 「着替えが終わったら、くつをはいてね。玄関にあるから。このさいもうくつ下はいいわ。はだしのままでいいからくつをはいて」  くつ?  と思って、玄関って言われた方に行ったら、見たことある、これ。足にはめるやつだ。何種類かあるけど、学校の子がはいてたのはこれ。すぐにわかった。はめてみるとちょっときゅうくつな気もしたけど、なんだかよく見慣れた人間に近づいた気がした。
その20 玄関が閉まってる
 腰に巻いてる布がよくずり落ちてくるけど、あ、そうだ。カバン。  階段の下に放り出していたカバンを取りに行って、玄関にもどってきて……よし!  学校に行くぞ!  と、思ったんだけど、とびらが閉まっているので、今日はここでお終い。  今日はここでお昼寝して、学校は明日行こう。
その21 家から放り出された
 玄関って、床はひんやりしていて、背中には陽の光があたって、すずしくてあたたかくて気持ちいい。私、今日から玄関で寝ようかな。ごはんもお水もトイレも、ここでぜんぶすませたらいいし。  玄関にうずくまってたら、お母さんが来た。 「どうしたの、そんなところで。おなかいたいの?」 「閉まってるから、今日はここまでなの」 「バカなこと言ってないで、私ももう出るから。はい、これ、カギ。カバンはどうしたの? それ持っていくの? ああもう、かまってる時間ないわ。外に出て、早く」  お母さんはすごい速さでくつをはいて、玄関を開けて、私を外に出して、 「学校にはちゃんと行くのよ。場所はわかってるでしょう? いつまでもふざけてると、お父さんに言いつけるからね」  と、かけ足で遠くへ消えていった。  そうか。私にはお父さんもいるんだ。言いつけるってのはきっと、お父さんにはお母さんから説明してくれるってことね。私、説明はとくいじゃないからちょうどよかった。  それにしても、学校がどこかもわからないし、どうしよう。
その22 外の光がまぶしい
 目の前を大きなハコが走り去った。  外に出たのははじめてだった。  外に吹く風にはちゃんと始まりと終わりとがあった。  だれの鼻先もかすめていない土のにおいが、私の鼻をめがけてとびこんでくる。  小さな飼育小屋の小さな日向であびていた陽の光が、天井ぜんたいから降り注いでいて、ゆっくりと視線を上げると、小さな四角い窓に見えていた青い空が頭のうえ一面に広がっていた。人間になったんだ、私。太陽が目にとびこむ。光は私をつつんで、体をゆさぶる。私、こんなにいっぱい光を浴びたの、はじめて。  私はたぶん、うさぎではじめて、うさぎと人間のちがいを知った。背の高さとか、指とか、毛皮とかじゃない。世界がちがうんだ。空気の味だって。  それまではずっとふしぎだった。人間はどうしていつも後ろ足で立ち上がってるんだろうって。ついさっきまでだって、学校へはぴょんぴょんはねて行くのかなって思ってたけど、いまはぜんぜん。このまま少しでも空の近くを歩きたい。すごいよ、私。こんなにも空の近くにいる。雲にだって手が届きそう。  でも、うきうきと歩いてるとね、ほんのちょっとだけ気になることがあってね、それは、腰に巻きつけた毛皮がずるずると下がってくること。
その23 何をやってもまちがいだらけ
 それで、腰の毛皮をおさえながら、びゅんびゅん通りすぎる大きなハコをよけて、左手にはカバンをかかえて歩いていたら、知らない子が声をかけてきた。 「ミナモ、おはよう。何やってるの?」 「おはよう。私を知っているひとですか?」  相手は笑い出す。 「なに言ってるの、カザネだよ。学校に行くんだよね? カバンはどうしたの?」  へんなことを聞く子だな。カバンだったら、 「ほら、ちゃんとここに」 「それ、カバンじゃないよ。ペンギンのぬいぐるみだよ」  えっ? だってこれ、お母さんが『つくえの横にある黒いもの』って……。  カザネって子はケタケタと笑いだす。  私はついさっき人間になったばっかりだから、いろんなことがまだよくわからないって、今までのことを説明したら、 「それ、おもしろそう! 私もやろうかな」  って。  でもね、そうじゃないの。そういう遊びじゃなくて、本当なの。  カザネは私の腰の毛皮の…… 「毛皮じゃないよ、スカートだよ」  スカートのホックをとめてくれて、黒い手さげから…… 「これがカバンね。あなたが持ってるのはぬいぐるみ」  カバンから…… 「くし。髪をとかすの」  ……と、いろいろとやってくれた。 「これでもうスカートずり落ちないでしょう?」  そう言われてちょっと体を動かしてみたら、毛皮はぴったりくっついたまま! 「毛皮が私の一部になった!」 「だからスカートだってばあ」 「スカート!」 「カバンはどうする? 取りに帰る? カギは持ってる?」 「カギ? わたされたけど、めんどくさいから玄関前に置いてきた」 「ええーっ! まだ時間あるから、急いで取りにもどろう!」
その24 人間ってせわしない
 家にもどって、玄関前に捨てといたカギを拾って、部屋に入って、バタバタと階段を上がる。  カザネは黒い手さげ――カバンの中をのぞいて、 「教科書は昨日のうちにそろえてあるみたい」  と、私によこして、 「あ、そうだ。くつ下。どこだろう」  と言って、引き出しをいくつかあけて、布のかたまりをにぎってまた階段をおりた。 「待って。待って」  階段、おりるのはにがてだったけど、壁に手をつけばバランスが取れた。 「カギは捨てちゃダメだよ。大事なものだからカバンに入れておいてね」  そう言いながら、足を布でくるんで、くつをはかせてくれた。  人間ってせわしない。  私、これからずっと、こんなふうにバタバタして生きていかなきゃいけないのかなあ。
その25 信号機ってなに?
 いま歩いているところは道、大きな動くハコはクルマ、道のはしっこににょきにょき立ってるのは電柱。カザネはいろんなことを教えてくれる。 「でも私、飼育小屋でみんなの言葉を聞いていたから、少しだけ言葉を知ってるんだよ」 「そうなの? たとえば?」 「空!」  私が指さすと、カザネも「ああ」と言って、空を見上げた。 「じゃあ、これは?」  って、カザネが自分の鼻を指さす。 「鼻!」 「そう、鼻。じゃあこの、ぜんぶ、顔も体もぜんぶまとめて」 「カザネ!」 「そう、それは名前。あなたはミナモ。じゃあ、名前じゃなくて、こういうふたりの関係のことは?」 「それはうさぎにはむずかしいことだと思う」 「友だちって言うんだよ。カザネはミナモの友だち。ミナモはカザネの友だち」  そうか! 『友だち』って言葉、人間の子が話してるのを聞いたことがある。 「うさぎはそういうの、姉妹って言うんだよ」  そういうとカザネは「ちょっとちがうと思う」と、笑った。 「待って!」  カザネがふと私の前に手を出して止めるから、何事かと思ったら、目の前にとまっていたクルマが動き出した。 「あれ、信号機」  と、道の向こうにある電柱みたいなものを指さす。 「あれの赤いところが光ってる時は、クルマが走るときだから、待ってなきゃいけないの。青になったらわたってもいいから」  まだ学校にも着いてないのに、覚えなきゃいけないことがたくさん。
その26 もしかして、たんぽぽ食べちゃだめ?
 信号が変わるのを待っていると、足元に黄色い花があった。 「これ、おいしいんだよ!」  私はその花をふたつつんで、ひとつをカザネにあげた。 「たんぽぽね。でも人間は……」  でも人間は? どうしたの? 食べないの?  カザネはたんぽぽを食べる私の顔を、ふしぎそうに見ている。
その27 ひとがいっぱいいてとまどう
 たんぽぽの下の方から食べて、最後に花がのこるけど、花はあんまりおいしくない。  どうしようかな。そんなにおなかも空いてないし捨てちゃおうかな。  なんて思っていると、学校につく。  ひとがいっぱいいる。うじゃうじゃいる。 「野菜くずをもらえる時間なのかな」  と、カザネに聞いてみるけど、そうじゃないらしい。 「勉強するの、みんなで」 「勉強って?」 「さっき、いろんなものの名前を覚えたでしょう? 道とか、信号機とか、クルマとか。同じようなこと。もっといろんなものの名前とか、数え方とか覚えるの」 「私、数えるのはとくいだよ。みっつまでだけど」 「もっといっぱいあっても数えられるようになるよ。それに、うさぎが三びきいて、たんぽぽが六本あるときに、みんなでわけるには何本ずつ食べたらいいかとか、わかるようになるんだよ」  うさぎが三びきでたんぽぽがたくさん…… 「葉っぱが好きな子と、花が好きな子を見分ける方法?」  そう言うとまたカザネは笑い出す。 「やっぱりあなた、本当にうさぎだ!」  私もつられて笑っちゃう。 「そうだって最初から言ってるのに!」  大きな建物の入り口のところで、くつをぬいで、別のくつにかえて、ってやってたら後から来た子がぶつかって、くわえていたたんぽぽ落としちゃった。何も言わず走り去った子を見てカザネは怒ってるけど、うさぎではふつうのことだよ。
その28 みんな私の話を信じてくれない
 教室に入って、席につくと、前の席の子がふり返る。 「今日のテストってどこからどこまで出るんだっけ?」  私がとまどっていると、すぐにカザネが、 「ミナモは人間になったばかりだからわかんないんだよ。今日のテストはねえ……」  と、代わりに答えてくれるけど、前の席の子はそれをさえぎって、 「人間になったって何? その前はなんだったの?」  と、聞いてくる。 「昨日まではうさぎでした。たぶん、この学校の飼育小屋にいました」  私が答えると、まわりの二~三人がふりかえる。 「ちょっとまって、それってどういうこと? まほう?」 「テキトウなこと言ってないで、ショーコ見せろよー! うさぎだったってショーコ!」 「イワゾはだまってて!」  どうやらとなりの男の子は『イワゾ』って名前らしい。 「本当だったらテレビに出れるんじゃない? アイドルに会えるかもよ」  なんか、人間ってずっとしゃべってる。どうしてこんなに落ち着きがないんだろう。 「だれか、うさぎにしか答えられない質問してみて」  イワゾがまわりの子たちに問いかける。 「うさぎにしかわかんない質問ってなんだ?」 「うさぎの大統領はだれ?」 「いや、うさぎに大統領っているの?」  うーん、わかんない。 「お肉とたんぽぽ、どっちが好き?」  お肉って、動物の体のことでしょう? だったら、 「たんぽぽ!」  と、答えると、イワゾが「うひょう!」と、へんな声をあげる。 「それじゃあ今日の給食、からあげが出るんだけど、たんぽぽと交換してくれよ」  カザネに聞いてちょっと確認。給食って? お昼ごはんのこと。からあげは? お肉をあげたもの。てことは? 「やったあ! 交換しよう!」  私、めちゃくちゃハッピーかも。 「ダメよ、そんなことしちゃ! イワゾも! ミナモも! あなた心はうさぎでも、体は人間なんだから、人間が食べるものちゃんと食べないと、体こわしちゃうよ?」 「からあげくれないんだったら、ミナモがうさぎだったなんて信じねー」 「信じなくてけっこう! だよね、ミナモ」  カザネはかばってくれてるふうだけど、ちょっとがっかりだなあ。  だって、給食にお肉が出るの、いやな感じ。  動物ってことは、人間か、うさぎの体のどこかってことでしょう?  私がしょんぼりしていると、カザネは言ってくれた。 「あなた、人間になったんだから、人間らしくしなきゃダメよ」 「うん」  自分でもそうしなきゃいけないって、わかってはいるんだけど。
その29 教科書ってどれ?
 チャイムが鳴ると、みんなそれぞれの席について、大人のひとが教室に入ってくる。  みんな、つくえの上にカバンから取り出したものを置くので、私もまねして、何がいいかな。そうだ、カギだ。これを置いておこう。 「先生! うさぎが教科書を出さないでカギを出してます!」  と、イワゾが大声を出す。  みんなの視線が集まる。みんな私がカギを出してるのがうらやましいみたい。これはお母さんからもらったもので、玄関を開けるのに使うものだ。私にはまだできないけど、カザネがやってくれる。それにいまイワゾ、私のこと『うさぎ』って言った。信じないって言ったくせに、ちゃんと信じてるじゃない。 「ミナモさん。カギはしまって、教科書を出してください」  ……って、大人のひと、先生って言うのかな、そのひとが私に言ってきた。  そうか。カギじゃなくて、教科書っていうのを出すのね。  とりあえずとなりの子を見て、似たものをカバンから探して、よくわからないので、似た形のものをぜんぶつくえの上に出してみた。 「先生! うさぎが教科書ぜんぶつくえの上に出してます!」  どうやらイワゾは、私のことを先生に教える係みたい。  私これ、昨日のうちにちゃんと準備してたの、すごいでしょう?  それを重いのに投げ出さないで、ちゃんと学校まで持ってきたのよ。 「ミナモさん、使わないものはしまってください」  えーっ!?  使わないものってどれとどれよーっ!?
その30 カザネって何もの?
 とまどっていると、すこしはなれた席からカザネが教科書をしめしてくれた。  カザネは私にいろんなことを教える係なのかな。  学校のことでわからないことは教えてくれるし、イワゾが私の耳をひっぱったら、怒ってくれた。 「わかった。カザネは飼育係なんだ」 「ちがうよ、友だちだよ。あなたはもううさぎじゃないんだよ」 「友だちって、私の飼育をしてくれるひとですか?」 「ちがうよ。あなたが困ってるから手を貸してるんだよ」  そうか。よくわからないけど、でも友だちだ。
その31 授業ってタイクツ
 最初はひっしだった。いろんなこと覚えた。  たとえば、この部屋のことは教室って言って、いま受けているのは授業。数学の時間。  授業は一時間目から四時間目まであって、給食っていうお昼ごはんをたべて、午後――午後というのは一日のうちのお昼よりもあとの時間、その午後にも五時間目、六時間目の授業がある。  で、ひととおり覚えたところで、あとはうさぎにはむずかしすぎるので、今日はこれでおしまいにした。先生はひとりでずっとお話をしていて、小鳥みたい。  たまに、 「次の問題、わかるか、ミナモ」  とかって聞かれるけど、わかるわけがない。 「わかりません」  でも、こうやってお話をするのは楽しいと思う。うさぎのころとはそこがちがうよね。 「なんで予習してこなかった?」 「予習ってなに?」 「予習のしかたぐらい自分で考えろー。もう中学生なんだぞー。そんなことでどうするー」 「どうもしません」 「どうもしませんって、なんだそれはー? まあ、明日はちゃんと予習してくるんだぞー」 「うん。でも、ミナモは予習が何か知らないので、それがミナモにもできることだったら、たぶんすると思う。あと、楽しくなかったらたぶん、やらない」  カザネが頭をかかえてるけど、私何かへんなこと言ったかな?
その32 葉っぱをいっぱいもらった
 次の休み時間、カザネがトイレの場所を教えてくれた。  教室にもどると、つくえの上に葉っぱが置いてあったので、食べられそうなものをつまんで食べたらカザネが怒り出した。 「そんなもの食べちゃダメ! 意地悪されてるんだから、あなたも怒らなきゃダメよ!」  そうか。食べられない葉っぱもまじってるので怒ってるのかな。  となりではイワゾがくすくす笑ってる。  そうか、イワゾがとってきてくれたんだ。  たんぽぽの花は好きじゃないけど、イワゾは食べるかな?  と思って、花だけもどしてあげたら、「いらねー!」と言って投げ返された。  カザネはつくえの上の葉っぱをぜんぶイワゾの方に向けてはらった。  イワゾは、それを拾って食べたりするのかなと思って見ていたけど、きょうみないみたい。
その33 給食にお肉が出た……
 そしてついに、給食の時間が来た。  イワゾが言ったとおり、肉のかたまりのようなものが出てきた。 「ねえイワゾ」 「なんだよ」 「これ、人間? うさぎ?」 「うさぎだよ。人間のわけねーだろ」  ちょっとまって、てことはこれ、私の本当のお母さんかもしれないってこと?  私がとまどっていると、カザネが、 「ニワトリだから。うさぎのわけないでしょ」  と、教えてくれた。 「ニワトリって、おとなりの小屋にいたひとたち?」 「それとはちがうお肉用のニワトリだから、食べてもいいヤツ」  お肉用の? そんなのがいるんだ。 「たんぽぽとかえてやろうか?」 「ほんとに!?」 「だからダメだって言ってるでしょう! ミナモがちゃんと食べなさい!」  ……って、何も怒らなくてもいいのに。
その34 ロッカーの中が好き
 お昼休み、教室のいろんなところを見て回って、バケツやよごれた布が置いてある小さな小屋をみつけた。なんだかひんやりして気持ちいい。  それで、中にはいってしゃがんで、とびらを閉めてみたらうとうと眠くなってきて、寝ちゃった。  そのうち、五時間目がはじまったのかな?  ねぼけながらぼんやりと、 「ミナモはどこに行ったー」  って、先生の声が聞こえてきて、 「はーい、ミナモはここでーす」  って、答えてみたけど、夢の中で答えただけだったのかもしれない。
その35 わからないことだらけ
 しばらくして、とびらが開いて、 「何やってんの、ミナモ!」 「ずっとここで寝てたの?」  って、みんなが集まってきた。 「うん。ここ、大好き」  そのあと、先生から呼び出されて、何があったのか問いつめられたので、朝起きたら人間になっていたことから、たんぽぽのおいしさ、バケツの小部屋がどんなに気持ちいいか、ていねいに説明してあげた。  教室にもどると、廊下から見た教室は夕方の陽の光で染まっていた。  その中にカザネがひとりで待っていて、 「帰ろう」  って。 「うん」  カザネはだまって立ち上がる。  カザネは少し怒ってた。 「つらい時はつらいって言ってね」  って、カザネは言ってくれたけど、カザネのほうがつらそうだった。 「ねえカザネ、この色、なんていうの?」  私は窓の外の空を指さす。 「これ? 夕焼けの色のこと?」 「夕焼けの色っていうんだ」 「うん。まあ。でも、オレンジかな」 「オレンジ」 「みかんと同じ色ってこと」  ああ、それなら知ってる。 「私、みかんの皮食べたことあるよ」
その36 カギってどうやって使うの?
 玄関の前でカザネと別れて、カギの使い方がわからなくて、しばらくそこにたたずんでいた。  夕焼けのオレンジ色は、すこしずつ暗がりにのまれていって、暗い暗い夜の色にとけていく。食べのこしたオレンジの皮が、夜の暗がりの中に見えなくなっていくように。  しばらくするとミサキ様がもどってきた。顔を見るなり、 「あんた、何やってるの?」  と、聞かれて、 「カギの使い方がわからないんです」  と答えたら、ミサキ様はカギを開けて中に入れてくれた。

ミサキ様のこと

その37 ミサキ様は昔オオカミだった
「お父さん、今日も夜中になるって。  お母さんはいつも通り、今日は私がごはん作る。  あんたも手つだいなさいよ」 「うん。でも何を手つだえばいいのかわからない」 「あんたいつもそうでしょう?  私が言ったことをやってくれたらいいから」  ミサキ様はてきぱきとばんごはんの準備をした。  時々、冷蔵庫からあれをとって、戸だなから何を出して、と言われて、そのたびに「これを出せばいい?」「戸だなってここ?」と確認を取りながら。でも人間生活一日目にしてはけっこううまくできてると思う。  ミサキ様はポケットから取り出した板を光らせて、 「お母さん、少しおそくなるから、ばんごはんは先に食べてて、だって」  と言って、ごはんをよそって、そのヘラを私によこして、テーブルについた。 「自分のごはんは自分でよそってね」  ああ、そうか。人間って、茶わんにごはんをもって食べるんだ。  私は言われた通り、ごはんって甘くておいしいから、山もりにもった。 「あなた、本当にうさぎだったの?」  ミサキ様はまだ信じられないみたいだった。 「たぶんそうだと思います。自分でもちゃんと確かめたいんですけど、昨日の自分が何だったかって、人間はどうやって確かめるんですか?」 「ああ、それはねえ、むずかしい問題。日記とか書いておけばわかるかもしれないけど、でもそれが昨日も人間だったことの証拠になるかって言うとビミョウよね」  日記? 日記ってなんだろう。と、考えていると、 「実は私もね――」  と、ミサキ様が語りだす。  ミサキ様が言うには、ミサキ様はその昔、オオカミだったらしい。オオカミと言うのは、野生の大きな犬みたいな生き物で、どうもうで、うさぎなんかも食べるらしい。なんて話を聞いて、私、ちょっと震えちゃったかもしれない。  でも、うさぎとオオカミのちがいはあるけど、ミサキ様という先パイがいるのは心強いと思った。ミサキ様も私と同じ。本当は人間じゃないってだれに言っても信じてもらえなくて、だけどオオカミの群れにもどるわけにもいかずに、人間の生活に馴染むしかなかったんだって。 「でももう覚えてないよ、オオカミだったころのことなんて」  よかった。それじゃあ私、ミサキ様に食べられないですむ。でも―― 「オオカミにもどりたいって思うことはないんですか?」 「たまにあるよ。でも、オオカミじゃ生きていけないもん、この世界では」  話しながら食べてると、ごはんがのどにつかえる。 「お茶、飲めば?」 「うん」
その38 お茶があつい
 あっつい!  お茶があっつい!  あっついのにがてなんだってば。
その39 おふろめんどくさい
 ミサキ様は着替えの場所とかいろいろと教えてくれた。 「おふろの入り方はわかる?」 「それは、うさぎが知っていなければいけないことですか?」  ミサキ様は、「わかるわけないか」って、ため息をついて、おふろの入り方を教えてくれた。はだかになって、洗面器でお湯をかぶって、石けんをなんかして、タオルで、ええっと、あとはなんかテキトウ。 「なんのためにそんなことを?」 「アカがたまるから、それを落とすの」 「うさぎは落とさなくてもだいじょうぶでした」 「落とさないと、においをかぎつけて、オオカミが来て食べられるよ」 「ええっ!?」 「うさぎは小屋の中で暮らしてるから食べられないけど、人間は家の外にも出るでしょう? においがしないようにしないと食べられるよ」  わ、私はそんなたいへんなことになると思わず、おふろの入り方をちゃんと聞いてなかった。 「ミサキ様、もういちどおねがいします。まず、はだかになって、湯船に入って、洗面器で体をごしごし?」  ミサキ様に手つだいをたのんだけど、ムリそうだったので、なんとかひとりでおふろに入ってはみたものの、おふろってあついって聞いてなかった。 「これ、うさぎにはムリなものじゃないのですか?」  中から聞いてみるけど答えがない。  言われたとおりに体を洗って外に出ると、ミサキ様がふわふわの布を頭からかけてくれた。 「それで髪と体をふいて」 「ふかなくても放っておけばそのうち……」 「オオカミ来るよ」  ひいいいい。
その40 ドライヤーってどうすればいいの
 髪と体をふいて、これでいいのかなって待っていると、温かい風が出るものを頭に向けられた。 「ドライヤーって言うの。これで髪をかわかして」  と、言われるけども、 「これをどうすればいいの?」  問い返すとミサキ様が手本を見せてくれる。  わかった、あれを持って、手首を内側に向けて、髪をふぁさーってやればいいんだ。  私はドライヤーを受けとって、これを、ええっと、こっちに向けると顔に風が来るから、こうやって……とやっていると、ミサキ様はおふろのとびらを開ける。 「なんなのこれ、そこらじゅう泡だらけじゃない!」  ミサキ様は何か叫んでるけど、私、それどころじゃないの。
その41 予習とか復習とか宿題とか……
 ミサキ様がおふろからあがって、髪をかわかしたあとで、予習とか宿題とかのことを聞いてみた。あんまり気は進まなかったけど、人間になるためだし。それで教科書を開いてみたけど、もようがならんでるだけで、 「もようじゃないの。文字」  文字――はたしてこの文字を見てどうすればよいのか。宿題もなんか、あれこれ言われた気がするけど、覚えてないし。 「宿題しなかったら、オオカミ来ますか?」  と、ミサキ様に聞いてみたけど、オオカミも宿題はきらいだから来ないらしい。  じゃあ、いいか。
その42 文字が読めないとオオカミに食べられる
 カバンの中で音が鳴って、ミサキ様が、 「ミナモのスマホじゃない?」  と、教えてくれた。  私のスマホ?  言われるがまま取り出して、 「これですか、ミサキ様」 「そろそろミサキ様やめて。お姉ちゃんでいいから」  なんかめんどくさいひとだなあ。  そのお姉ちゃん――元ミサキ様が、スマホっていう道具の使い方をざっと教えてくれたけど、どうやらメッセージというものが届いているっぽかった。 「カザネって子からだね。文字は読めるの?」 「文字って、このもようのことですよね? 読むとは?」  お姉ちゃんはとりあえず、カザネって子から明日遊ぼうというメッセージが届いていることを教えてくれて、私の部屋の押し入れから、 「これを読んで、とりあえずひらがなだけは読めるようになりなさい」  と、小さいころに読んでいたという本を引っぱり出してくれた。 「でもこれは、だいじょうぶなやつ」 「だいじょうぶって、何が?」 「覚えなくても、オオカミに食べられない」 「ミナモの判断基準ってオオカミに食べられるかどうかだけなの?」  うん、ミナモはそれで十分だと思うのだけど、ちがうのかなあ。 「じゃあもし、町の中で『この先にオオカミがいます』って看板があったらどうするの?」  あ、そうか。 「明日は学校、お休みだから、がんばって字を覚えたらいいよ」 「よくわかりましたね、さすがは私のお姉ちゃん」 「えっ? 何が?」 「明日、私、学校行く気なかったの」 「うん。いや、そうじゃなくて……」  お姉ちゃんが言うには、どうやら学校というものは特別な理由がないかぎりはずっと行くものらしい。それで、明日は祝日という特別なお休みなんだとか。正直これはショックだった。 「うさぎは自分でやることは自分で決めてたのに、人間はちがうの?」 「うさぎだって小屋から出られないでしょう? あれといっしょ。人間は自分から毎日小屋に通わないといけないの」
その43 本を読むの、すごく時間がかかる
 お姉ちゃんが引っぱり出してくれたのは、ほとんどが絵本だった。あと、ボタンを押すと音が出る板を出してくれて、それを使うと文字の読み方がわかった。私が想像してたより文字の種類はいっぱいあったけど、とりあえず、『オオカミ』さえわかればそれでいい。あとは『いる』と『いない』が読めればなんとかなると思う。  ボタンを押してみて、音を聞いてみて、頭の中で「ふんふんこれは」とか言って言葉を組み立てて、ちょっと絵本を読んでたしかめてみようかな、と思って本の山をさぐってみると、うさぎが出てくる絵本があった。  すごい!  うさぎがお話になるなんて!  ぱらぱらとめくってみたけど、オオカミは出てこないみたい。  音が出る板で文字を探しながら、一ページずつ読み進めた。  白いうさぎと黒いうさぎが、ずっといっしょに暮らすお話だった。  本の山をさぐると、うさぎの絵本がもう一冊あった。  こっちは服を着たうさぎのお話だった。  ちょっとやんちゃでダメな子。  私は、黒いうさぎが好き。  うさぎ小屋にいたころは、だれかとずっといっしょにいたいなんて考えなかった。だって、考えるまでもなく、それがあたりまえのことだから。でもこうやって離れ離れになるって知ってたらねえ。私も茶色い子やブチの子におなかの毛がとても気もちよくて好きだってこと、つたえておけばよかった。  でもそうだ。私、人間になったんだった。  もううさぎのことなんて考えないほうがいいんだ。
その44 あかりがまぶしい
 本を読んでたら、そろそろねむくなってきたけど、人間の部屋って、夜になってもずっと明るい。  これ、朝が来てもわかんないんじゃないかな。

カザネとお出かけ

その45 服はどれを着たらいいの
 寝て起きたら、うさぎにもどってるかもしれない。  寝る前にはぼんやりと考えてみたけど、朝起きてみるとそんなこともなくて、私は人間のままだった。  ほんの少しだけ、うさぎにもどれたらいいなって思ってたんだ。じつは。  きのうは人間の生活に慣れようなんて思ったけど、やることが多すぎるし、しかもどれもこれもあんまり意味がない。人間の生活に慣れれば、それも楽しくなったりするのかなあ。  階段をおりて、テーブルにつくとごはんが用意されていて、お姉ちゃんが昨日とはまたちがう毛皮を着ていすに座っている。 「あんたも着替えなさいよ。パジャマで町に行くなんて言わないでね」  うん。わかった。それが人間のやりかただったら、私は慣れる。  ごはんを食べて、クローゼットをのぞいて見たらいろんな服があって、いちばん私に似合いそうなのは、白くて毛がみっちり生えたコートだったけど、 「これは真冬に着るやつ。それにお母さんのだから、あんたには大きいよ」  ってお姉ちゃんに言われた。  お姉ちゃんは、「上着はいつも着てるこれかこれでいいから」と、二着えらんで、「それよりも、シャツとボトムえらんで来なよ。パジャマの上に着るわけじゃないでしょう?」と、言うのだけど、あのね、私はまだ人間になったばかりだからよくわからないの。 「シャツとボトムってなに?」 「はいはい、なんとかしてあげるからご心配なく」  お姉ちゃんは少しあきれながら、今日は時間があるからって服をえらんでくれた。 「どう? 気に入った?」 「うさぎじゃないみたい」 「そりゃそうだ」  しばらくすると、ピンポーンって何か音がして、お母さんが玄関を開けると、カザネが立っていた。 「忘れてるだろうと思って迎えに来ました」  って、カザネの声が聞こえる。カザネが来ると、ピンポーンって鳴るのか。  そして私を見つけるなり、 「かわいい服! それ、ミナモがえらんだの?」  っておどろいてるけど、 「ちがうの、これはお姉ちゃんがえらんだの。シャツもお姉ちゃんの借りてるの」  くつをはいて、表に出て、 「いいなあ、そういうの。お姉さんいるといいよねー。私なんか小さいころ、お兄ちゃんのお下がりのTシャツとか着せられてたんだよ」  玄関先でそんな話をしてると、お姉ちゃんが 「カザネちゃんの服もかわいいと思うよ」  とはいってくる。  私にはまだ何がかわいいかとかはよくわかんない。  でもカザネがニコニコしてるから、私も楽しい。 「はい、これ」  と、カザネはペラペラの紙をよこした。 「いとこから映画のチケットをもらったの。それで先週、いっしょに見に行くって約束してたんだよ。どうせ覚えてないだろうけど」  なるほど。これからいっしょに何か見に行くんだ。 「映画ってわかる?」  カザネは私に聞いたんだけど、 「ミナモにはわかんないと思う。あとでどんな様子だったか教えてね」  お姉ちゃんが割りこんで答える。
その46 八百屋さんの葉っぱを食べたらいけないの?
 まずはバスに乗るんだって、カザネが教えてくれた。  バスってのは、たまに走ってる大きな車のこと。  ほらあれ、ってカザネが指さして、バス停ってとこまで歩いた。  バス代は? バス代ってなに? お財布はある? わかんない。これかな?  なんて話して、カザネがお財布からチャリチャリを取り出して持たせてくれた。 「チャリチャリじゃないよ、お金っていうんだよ」  バス停の近くに野菜をたくさん置いてる家があって、おいしそうだなって指さしたら、 「八百屋さんだよ」  って。 「葉っぱわけてもらおうか」 「お金と交換だけど、それでもいいなら」  って、カザネは笑う。  でも、私たちはバスに乗らないといけないんだよね?
その47 エスカレーターにがて
 バスに乗って、カザネとふたり、小さいいすに座って、しばらくゆれてると「ついたよ」って、バスがとまった。 「おりまーす、おりまーす」  出口に向かって、車がびゅんびゅん走ってる道路。信号の青を待ってわたって、とてもとても大きな建物の大きなとびらの前。そこに立つと、とびらは勝手に開いて、目の前に階段があって……  でもちょっと待って、階段、勝手に動いてる。 「エスカレーターだよ」  って、カザネは言うけど、エスカレーターって何? 「動く階段。歩かなくていいから便利だよ。乗ってみる?」 「うん!」  エスカレーターに乗る前に、横に立って、ほかのひとたちを見て乗り方を覚えた。  青い手すりを持って、ただじっとしてればいいんだ。 「わかった? やってみる?」 「うん!」  カザネはひとの波がとぎれるのを待って、 「今だ! 行ってみよう!」  そう言ってかけ出して、エスカレーターの前。  階段が次から次へと生み出されている。 「ふつうに歩くようにして乗ればいいからね。手をつないで」  カザネが差し出した左手をにぎって、 「じゃあ、せーの、で右足を出すんだよ」 「うん」 「それじゃあ……せーの!」  カザネといっしょに右足を踏み出す。 「やった! 乗った!」 「ミナモ! 左足! 左足も乗せるの!」 「えっ!?」  右足だけどんどん先に行っちゃうけど、カザネが私の体を抱きとめてくれて、なんとか左足もひっぱってエスカレーターに乗った。 「私、ふたつにわれちゃうところだったあ!」 「ゆだんするのはまだ早いよ、ミナモ! 次はおりなきゃ!」 「ええーっ!?」 「終わりまで来たら、ぴょんって跳べばいいから」  うん、跳ぶのはとくい。  腰を落として、足を踏んばって、エスカレーターの終わりがだんだん近づいてきて、あと三段、あと二段、もうムリ、跳んじゃえっ!  ……って、おりるのは大成功! 「最後はちょっと大げさだったね」  って、カザネは笑いながら歩いてエスカレーターをおりる。  そうか、人間は跳ばないんだ。じゃあ、次は私もそれで。 「もう一回やってみる!」 「そうだね、映画館は六階だから、あと四回あるよ」  そ、そんなに……?
その48 映画ってわけわかんない
 六階の映画館について、カザネに「これを見るんだよ」って指さされたものは、大きな絵だった。  なるほど、これを見に来たのか。これはたぶん、髪の毛が黄色い人間の絵ね。毛皮もちょっと特別みたい。と思ってその絵をながめていると、 「いや、そうじゃなくて、その絵が動くのが始まるから、それを見るの」 「この絵が動く?」  カザネにつれられて、暗がりの中に行くと、いすがいっぱいならんでいて、ぽつぽつとひとが座っていた。 「絵なんかどこにもないよ」 「始まったら出てくるからだいじょうぶだよ」  いすに座ると、あたりが暗いせいか、ちょっと眠くなった。  そんな私を気づかってくれるように、部屋の明かりも一段と暗くなった。急に夜が来たんだな。でも夜はこうでないと。昨日の夜はずっと部屋が明るくて、いやだなあって思ってたんだ。  そうやってほんの少し夢の中に入っちゃったころかもしれない。部屋の中ぜんたいに大きな音がひびいて、目の前に大きな絵があらわれて動き出した。 「なにこれ!?」 「しーっ。映画が始まったら声を出しちゃダメ」  ほんとだ。なんだかすごい音、すごい絵なのに、みんなだまって座ってる。  絵が動いてるよ。しゃべってるよ。  ねえ、あのひと落ちそう、後ろにいる子、悪い子だよ。  私は声を出さないようにして、カザネの手を引っぱってみるんだけど、口に人差し指をあてて「しーっ」って。それって、どういう意味?  映画はすごかった。  部屋の中に入ったはずなのに、もっとずっと広い場所にいるみたいだった。  私はずっとカザネの手につかまっていた。
その49 トイレで水が出た
 映画が終わると、カザネは 「面白かったーっ!」  って言うけど、私はつかれちゃってもう、何がなんだかわからない。 「これからどうする? お茶でも飲んで語り合う?」 「うーん、私、お茶はにがてなの。あついから」 「お茶じゃなくてもいいんだよ、つめたいジュースでも。でもその前に……」  ふたりでトイレの列にならんだ。  順番が来て、小部屋に入って、お姉ちゃんから教わった通りに用をすませたのだけど、水の流し方がわからない。でもきっと、このボタンのどれかだと思って押したら、棒がにょきにょきと伸びてきて、顔を近づけて見てたら水が出た。
その50 お金がなくて本が買えない
 エスカレーターでひとつ下の階へおりて、本屋さんに入った。  さっき見た映画の本があるから見ていくってカザネが言うから。  本屋さんは文字だらけだった。本の表面にもいっぱい文字が書いてあるし、中をめくるともうびっしりと文字がならんでいて、これ、本当にだれか読むのかなって思った。  カザネが買い物を終えて、「ミナモは何か見ておきたいものある?」というので、うさぎの絵本を見たいって、絵本のコーナーにつれて行ってもらった。  うさぎの本はいろいろあった。  白いうさぎと黒いうさぎの本も、青いジャケットを来たうさぎの本もあったし、知らないうさぎの本もたくさんあった。 「うさぎってすごい。こんなにすごいって思わなかった」 「どれか買っていく?」 「買うって何?」 「お金をはらえば、交換で本をもらえるんだよ」  そう言ってカザネは私のお財布の中身をチェックしてくれたけど、 「でもあんまりお金ないし、絵本は買えないみたい」  お金って、バスに乗るだけじゃなく、葉っぱをもらうのにも、本を読むのにも使うんだ。 「お茶するのやめておこうか」  って、カザネが言う。 「どうして?」 「天気がいいから、公園で日向ぼっこがしたい!」 「それ、大賛成!」
その51 エレベーターにがて
 本屋さんの階から一階まではエレベーターって言うのを使った。  体がずぅーんってなるふしぎな部屋。  五階で乗ったはずなのに、気がつくと一階にいた。  どうやら人間って、うさぎの想像をはるかにこえた存在らしい。
その52 アイスクリームがつめたい
 公園の前のコンビニで、カザネがアイスクリームっていう食べ物を買った。  ベンチに座って、袋を開けると二本のチューブがつながったものが入っていて、それを二つにわって、片っぽを私にくれた。  アイスクリームはつめたかった。  カザネのまねをして、さきっぽをねじ切って口にくわえると、舌がしびれるくらいつめたかった。思わず目を閉じてしまう私を見てカザネが笑う。 「つめたいけど、甘くておいしいでしょう?」  そう言われて、おそるおそる中身を出してなめてみると、本当に甘くておいしい。 「私これ、好き」  アイスクリームを食べながら、カザネはさっきみた映画のことをあれこれ話してくれたけど、私は高いところから落ちるところとか、悪者が棒をふり回して追いかけてきたところしか覚えていなかった。  映画の話が終わると、アイスクリームも終わって、私が「おいしかった」って言うと、「もう、葉っぱ食べたらダメだよ」って。 「うん」 「でも、サラダならだいじょうぶ。ちゃんと料理されたものだったら」 「うん」
その53 ブランコがむずかしい
 そのあとブランコっていうものに乗って、やりかたを教えてもらった。  少しむずかしかったけど、カザネが後ろから押してくれた。 「じゃあ、しっかりつかまって」  カザネが言うから、両手でぎゅっとくさりをにぎったら、カザネの力がどんどん大きくなって、ブランコは速く、大きくゆれた。 「風で飛ばされそう!」  前からきた風が、次はうしろから。 「ちゃんと前向いて! しっかりつかまって!」  わかった、がんばる!  目が回るほどブランコに乗って、そのあとふたり、カザネとならんでブランコに乗った。カザネはだれにも押されなくてもひとりでブランコをゆらした。
その54 スマホの使い方がわからない
 バス停に行くと、ひとがたくさんならんでいて、カザネが 「次のバス停まで歩こうか」  って言うから、ふたりで歩いた。 「門限ってある?」 「わかんない」 「スマホ貸して。私から聞いてみる」  カザネはスマホでお姉ちゃんに何かをたずねて、 「門限までもうちょっと時間あるみたい。家まで歩こう」  夕焼け空の下、カザネと手をつないで歩きながら、進学のこととか、好きな子のこととか教えてもらった。 「シンガクって何?」 「いま私たち中学生でしょう? ていうか、中学生なの。三年後は高校生……ちょっとだけ大人になるの。そのときに、自分が何になるか決めなきゃいけないの」 「自分が何になるかって?」 「いろんな仕事のひとがいるんだよ、人間の世界には。先生もいるし、バスの運転手さんもいるでしょう? どういうひとになって、何をするか決めなきゃいけないんだけど、その最初のがもう、あと二年とちょっとで決めなきゃいけないの」 「私も?」 「そう。うさぎにもどりたいなんて言わないよね?」 「うん。でも、どんな人間になればいいのかわからない」 「じゃあ、いっしょに考えてあげるよ」  うん。なんだか切ないような、温かいような気持ちになって、 「夕焼けって、ずっとあびてると、こんな気もちになるんだね」  って言うと、 「私たち少し、オレンジ色に染まってるかも」  って、カザネが笑った。

クラスでの出来事

その55 本当の私はみずぼらしかった
 学校へ行って、飼育小屋に行って、私だったうさぎに会った。  茶色い子でも、ブチの子でもないのが私。  少し毛がぬけて、みすぼらしかった。  となりでカザネも見ていて、なんだか少し恥ずかしかった。 「じゃああの子が、こないだまでのミナモなんだね」  って、カザネが言った。 「カザネはいいの?」 「いいって、何が?」 「ミナモって子がうさぎになって、うさぎが私になっちゃったこと」 「いいよ。ミナモはミナモだよ。なんにも変ってないよ」  カザネの言ってることの意味はよくわからなかった。  ミナモって子は、本当にうさぎになりたかったのかな。  もしミナモって子が、本当は人間のほうがいいって思ってるんだったら、私、もとにもどってあげてもいいんだけど、でも、どうすればいいのかわからない。
その56 みんなと友だちになりたい
 クラスの子とはふつうに仲よく出来た。  友だちの名前もずいぶん覚えた。 「あなた本当はダレソレくんのことにがてだったのよ」  みたいなことをカザネが教えてくれたけど、私はうさぎだから。ミナモが仲よくなれなかった子とも、みんなと仲よくなりたい。  文字もだいぶ読めるようになったし、「ミナモがおかしくなった」と言って心配してくれてた先生も、「一時はどうなることかと心配したぞ」って、まるで私が元のミナモにもどったような言い方をした。  このままあと何日かすごしたら、私、ほんとうに人間のミナモって子になるんだよね。そうしたら私、受験ってのをやって、高校ってところに行って、人間がつく仕事にちゃんとついて、人間として暮らして行くんだよね。ミナモの友だちだった子たちは、それでもいいのかなって思ったけど、みんなにとってはもう、私が本物のミナモなんだ。それは、お父さん、お母さん、お姉ちゃんにとっても。プレッシャーはあるけど、がんばらなきゃ。
その57 ペタロウも元うさぎだった
 友だちの中でも、ペタロウだけは特別だった。  クラスに友だちがいないみたいで、いつもひとりだった。  でも、何も話さないペタロウのことが、私はなんとなく気になった。  もしかしてと思って聞いてみたら、ペタロウも昔はうさぎだったらしい。 「じゃあ、私の大先パイだ!」 「そうだね」 「人間になってどのくらいたつの?」 「わかんない。小学校のころだから、二~三年かな」  ペタロウは今もお肉がきらいで、給食ではがまんして食べてるけど、家では葉っぱしか食べていないらしい。 「もう、うさぎだったころのこと、覚えていないんだ」  って言うけど、ペタロウはうさぎみたいに、ずっとまわりのことを気にしてるし、だれとも話さないし、すみっこが好き。私もムリに人間っぽくならなくても、こんなふうに暮らしたらいいのかも。 「うさぎだったってこと、みんなに知られたくない」  って、ペタロウは言うけど、でもせっかくだからみんなにも教えようよって、私も何人かの友だちにペタロウのこと教えてあげた。
その58 葉っぱは好きだけど、つくえがよごれる
 次の日、ペタロウのつくえに葉っぱが置かれていた。  葉っぱは好きだけど、校庭の葉っぱをそのまんま持ってくると土でよごれるんだよね。  ペタロウは何も言わずにつくえの上の葉っぱをチリトリに移して捨てた。  ペタロウが私の方をちらっと見たので、 「それ置いたの私じゃないよ。イワゾじゃないかな」  って言ったら、 「ショーコはあるのかよ!」  って、イワゾが私のつくえをゆすった。
その59 本の中の子とお話がしたい
 ペタロウのこと、本の中のうさぎにも教えようと思って、余白のところに手紙を書いてみた。すぐに返事が来るかと思ったけど、本の中の文字は何も変わらなかった。  だけど、なんとなく気持ちは通じたと思う。本を開くと、白いうさぎも、黒いうさぎも、青い上着のうさぎも、ペタロウって面白いねって、私に話してくれた気がした。  イワゾのことも、カザネのこともあれこれ書いていくうちに、絵本の余白はどんどんうまっていって、もっと話したいことがあるのに、小さな文字で、隠れるようにしか書けなくなった。
その60 花瓶のお花がおいしそう
 校長室の前のお花が取りかえられていた。 「今日のはおいしそう」 「何が?」 「お花。きのうのは食べられなさそうだった」 「あなたまだ、うさぎがぬけてないの?」  カザネはまゆをしかめる。  そう言えば、葉っぱは食べちゃダメだって言われてるんだった。
その61 テストって何すればいいの?
 授業はなんとなくわかるようになったの。  お話を聞いていればいいんだって。  あとはノートに聞いたことを書いておくらしいんだけど、聞くのと書くの、同時はムリだと思う。ひらがなは書けるようになったけど、みんなのように速くは書けない。  テストの時間は、配られたプリントを読むだけで終わってしまう。読めない漢字の意味は、見ながら考えるの。だいたいははずれちゃうけど、でも私が考えた意味のほうがもとの意味よりステキなことの方が多い。  カザネは将来どういうひとになりたいかって言うけど、私は、自分で考えた漢字の意味をみんなに教えるひとになりたい。
その62 0点取ったら笑われた
 テストってのはどうやら、点数がつくらしく、0点がいちばん悪くて、いちばん良いのは100点なんだって。私はよく0点をもらった。0点は私だけってことがよくあった。イワゾはよく笑ったけど、私は書きたいものを書いただけだから、それでいい。先生にはまちがいでも、私には正しいんだから。たぶん先生は、私のことがきらいなんだと思う。  先生からは 「真面目にテストを受ける気はあるのか」  って、言われたけど、真面目と真面目じゃないのちがいがよくわからない。 「真面目ってのは、どういうことですか?」 「この場合は、ちゃんと真剣に考えて、真剣に答えを書くこと、問題とは関係のないことを書かないこと、だ」  真剣には考えてる。いつも。問題と関係があるかどうかは、私にはわからない。 「たとえば、問題と関係ないというのは、どういうことですか?」 「ここに書いてある、『くびなしおすましさん』は関係ないだろう」 「でも、この文字、くびのない子がおすまししてる感じに似てるから、関係あると思う」 「似てても関係ないものは関係ない」 「じゃあ、何が関係あるんですか?」 「もういい、お前のことはご両親にも相談するから、そのつもりで」  うん、それがいいと思う。うちのお父さんもお母さんも、なんど言ってもわからないから、先生から言ってもらえると助かる。  教室に戻ると、カザネもちょっと怒ってた。  うさぎなのはいいけど、テストは真面目に受けなさいって。  人間が言う真面目って、どういうことなんだろう。
その63 コードをかじったら怒られた
 教室の電気のコードをかじってたら、ビリビリってなってびっくりした。  別の場所をかじってみたら、そこもビリビリして、もしかしてと思って、壁からはずしてかじってみたらビリビリしなかった。  つまり、このビリビリが電気の正体なんだな。  私が覚えなきゃいけないのは、こういうことだよ。学校の勉強じゃなくて。
その64 カザネがむずかしいことを聞いてくる
「あなたがうさぎだってこと、否定はしないけど、なんで日本語はわかるの?」  カザネが聞いてくる。 「字も読めないのに、言葉だけわかるのへんじゃない?」 「へんかなあ」 「あのね、ミナモ。私、先生に呼び出されて、あなたのこと聞かれたの。それで、『たぶん、ごっこ遊びだと思います』って答えたんだけど、本当はどう答えればよかったんだと思う?」 「ごっこ遊びじゃなくて、本当にうさぎだよ?」 「証拠はある? あなたの成績、いまクラスでいちばん下なんだよ? その前はクラスで五番目くらいだったんだよ? ノイローゼかもしれないって先生言ってて、もしこのまま続くようだったら病院でみてもらったほうがいいし、場合によってはもうこの学校には通わせられない、遊びだったらすぐにやめるように説得してくれって言われてるの」 「そんなことを言われても、うさぎにはむずかしい」 「むずかしいなら、少しは考えて。電気コードなんかかじってないで。本当にあなたがうさぎだったとしたら大問題なのよ? ちゃんと調べて、もしうさぎだったってことが本当だってわかったら、あなたのお父さんもお母さんも、本当のミナモにもどさなきゃって考えるでしょう? そうしたらあなた、どうするの?」  どうするのと言われても、どうすればいいかわからない。  だって、うさぎなのは本当なんだから。 「とりあえず、漢字は読めるようになって。テストも0点ばかりじゃなくて、少しは点を取れるようになって。少しずつでいいから、元のミナモにもどって」 「うん」 「人間になろう、ミナモ。本当にうさぎだったんだとしても、今のあなたはミナモなんだから。人間なんだから」
その65 笛がうまく吹けなかった
 音楽の時間に、リコーダーを吹いた。  今までもぜんぜん吹けなかったけど、音が出るだけで楽しいと思ってた。  でも今日は、私だけちゃんと音楽にならないこと、指がちゃんと動かないこと、それがすごくダメなことみたいで涙が出てきた。どうやって指を動かせばいいの。どの穴を押さえても音楽になんかならなくて、手が震えてくる。涙が止まらない。どうすればいいの、私。
その66 「うさぎにもどりたい」と言ったら、いやな顔をされた
 音楽の時間の後、カザネが私の肩に手を置いて、 「だいじょうぶだよ、ミナモ。練習しよう。だって、さっきくやしかったでしょう? うまくなりたいって思ったでしょう? だったらできるよ。今日からミナモはなんだってできるようになったんだよ。まずは笛からがんばってみよう」 「あのね、カザネ」 「なあに?」 「私、うさぎにもどりたい」 「ダメだよ、ミナモ。あなたは人間なんだよ? うさぎになんてなれないの。人間として生きていくしかないの」
その67 ペタロウが生意気
 ペタロウが笛を持って私のとこに来た。 「おれも笛はにがてだったけど、簡単だよ」  って、ペタロウのくせにえらそうだと思った。  大先パイだなんて言ったから調子に乗ってるんだ。 「教えてやるから、笛を出して」 「いらない。じぶんもうさぎだったからって、えらそうな顔しないで」 「そんな顔してないよ。ひとつできるようになったら、あとはなんでもできるようになるから。まずは笛から覚えようよ」 「いらない。私にかまわないで」
その68 お昼寝してたらたんぽぽをかざられた
 お昼休み、つくえでうとうとしていたら、髪に何かある。  とってみるとたんぽぽだった。 「食ってもいいぞ。たんぽぽ好きなんだろう?」  となりの席にいたイワゾが言ってくる。 「明日もとってきてやるよ。その代わりからあげくれよ。明日の給食の」 「いいの?」 「もちろん」  でも、カザネが葉っぱは食べちゃダメだって言ってた。  カザネの席を見ると、カザネはこちらを様子をうかっていたけど、すぐに目をそらした。  私、たんぽぽ食べるけど、私の勝手だよね?  カザネが決めることじゃないよね。
その69 カザネに無視された
 その日、カザネはひとりで家に帰った。  私もひとり、夕焼けの下。  なんとなく、歌なんか歌って。  私は私でいい。  人間にもうさぎにもなれない、今のままでいい。

不幸のうさぎ

その70 お母さんに泣かれた
 家に帰ると、お父さんとお母さんから真面目な話があるって言われて、ソファに座らされた。 「もしあなたがうさぎだったってのが本当だったら、私たちは本当のあなたを取りもどさなきゃいけなくなるのよ? それをわかってるの?」  って、お母さんは言うけど、 「でも、お姉ちゃんだって、本当はオオカミなんだよ?」 「そんなのはじょうだんに決まってるでしょう?」  と、お母さん。 「オオカミでもなんでも、うちの子として振る舞ってくれてればそれでいい。うさぎだったからと言って勉強も何もしなくなるんだったら、うさぎ小屋にもどすしかなくなると言っているんだ」  と、お父さん。 「じゃあ、どうすればいいの?」 「そんなことはあなたがいちばんよくわかってるでしょう?」  わからないよ。私がいちばんわからないんだよ。 「もとのミナモにもどってくれたらいいの」  だからそれがわかんないんだよう。
その71 今のままじゃダメなの?
 自分の部屋にもどって、うさぎの本を開いて、ボールペンで、 「わたしはどうしたらいいの」  って、書いてみたけど、答えは返って来なかった。  人間になれってみんな言うから、お勉強したらいいのかなって、教科書を開いてみたけど、読めないものは読めない。  今の私は人間じゃないの?  今のままじゃダメなの?
その72 私は、不幸のうさぎ?
 次の日、カザネはお休みだった。  風邪をひいたんだって。  クラスの子が言うの。 「あなたのことで、カザネ、泣いてたのよ?」  って。 「あなたのこと、不幸のうさぎって呼んでる子がいるの知ってる?」  でも、そんなこと言われても。
その73 本当の私なんかきらい
 飼育小屋には、うさぎだったころの私がいた。  あれがミナモなんだ。本当の私なんだ。カザネが好きなのは私じゃなくて、うさぎになってしまったあの子なんだ。私は何も出来ないクズで、カザネを悲しませることしかできないんだ。 「役たたずのバカうさぎ!」  おまえなんか、いなくなればいい。  そうすれば私はもう、うさぎにもどることなんか考えなくていいんだから。  そうすれば私はきっと、ちゃんと人間になれるんだから。  耳をにぎるとキューキュー言って逃げる。  出来そこないのうさぎのくせに、死ぬのは怖いか! いたいのはいやか!  うさぎのミナモをいじめて遊んでいると、イワゾが来た。 「たんぽぽ食って落ち着けー」  イワゾは笑ってる。 「おまえはいいよ、今のままで」  イワゾはとってきたたんぽぽを一本づつ飼育小屋に投げ入れる。  うさぎたちはおそるおそるそれを食べる。  私も、その一本を手に取る。
その74 スマホってよくわからない
 給食のからあげをイワゾにあげた。  お昼休み、イワゾにスマホの使い方を教えてもらった。  スマホの使い方はむずかしかったけど、イワゾに言われたまま、 「ぺたろう、うんこくえ」  って書くと、イワゾが 「いいね!」  って言ってくれた。  でしょう? 私、こう見えても天才なんだから。もっともっといろんなことを、たくさん教えて。そうすれば私、ちゃんと人間になれるはずだから。
その75 先生に怒られた
 次の日、ペタロウの悪口を書いたことで先生に怒られた。  私はただ、イワゾにスマホの使い方を教えてもらって、その通りに書いただけ。  そう言うと先生はイワゾの悪口を言い始める。家庭がどうとか。これまでのことがどうとか。  ねえ、先生。いま私のことわかってくれるのイワゾだけなの。  イワゾがいなかったら私は学校でだれと話せばいいの?  だれが私にスマホの使い方を教えてくれるの?
その76 お母さんに怒られた
 お母さんにも怒られた。  イワゾの家庭のことを聞かされて、でもそれって人間の社会のことでしょう?  私にそんなことがわかるわけがない。
その77 かけっこでびりだった
 体育の時間。  かけっこはびりだった。  走ってるとおなかが痛くなって、気分が悪くなった。  休んでると、イワゾがたんぽぽをとってきてくれて、かけっこはペタロウの番。  ペタロウもいちばんうしろを走ってて、 「のろまー!」 「おちこぼれー!」  って、イワゾといっしょにペタロウのことを笑ってると、おなかの痛みもまぎれた。
その78 たまには草の上で寝たい
 なんとなく、家に帰りたくなかった。  私にも姉妹がたくさんいたんだよ、本当は。  でもその子達がどこに行ったか、私は知らない。  今は茶色い子とブチの子と私だけ。  いつのころからか飼育小屋にいて、野菜くずをもらって。  飼育小屋のにおいを思い出しながら、公園で日が沈むのを待って、ベンチのうしろにうずくまって、今日はここで夜を明かそうと思った。
その79 おまわりさんに怒られた
 しばらくすると、おまわりさんが来て、名前と学校を聞かれて、交番につれて行かれて、「こんなところで何をしていたんだ」って聞かれて、今までの私だったらきっと、「夜を明かそうと思ってました」って答えたんだと思う。  何も答えられないで待っていたら、お父さんとお母さんが来て、お父さんの車で家に帰った。  家に帰っても、お父さんも、お母さんも、何も言わなかった。  テレビの部屋で、テレビを見ることもなく。 「今日はテレビは見ないの?」  って聞いたら、 「見たいものがあったら勝手に見ろ」  と、お父さんはリモコンをわたしてくれて、部屋にもどって行った。  テレビをつけてみたけど、私はテレビの面白さがよくわからない。  お姉ちゃんやお母さんが笑ってくれないと、どこで笑うのかわからない。

ひとりぼっち

その80 何をやっても私がいちばん下手
 次の日、イワゾたちが教室の後ろでペタロウにたんぽぽを投げて遊んでた。  ペタロウも楽しそうに笑ってたので、私もとなりで見ていた。  足元にたんぽぽがひとつ落ちていたので、私も投げてみたけど、私のは当たらなかった。
その81 何をやっても私が怒られる
 私がたんぽぽを投げると、ペタロウが泣きながら怒り出した。  私のは当たってないのに、なんで私が怒られるのかわからなかったけど、イワゾたちはそれを見るとニヤニヤしながら自分の席にもどっていった。  カザネが来て、落ちてるたんぽぽを拾った。  私も手つだおうとしたけど、 「あんたはペタロウに謝まるのが先」  って言われた。 「謝まるのはイワゾだと思う。私が投げたのは当たってないから」 「もうあなたとは口を聞かない。二度と話しかけないで」  カザネが言うから、 「私は悪くない!」  って、大声で言ったけど、カザネが私の顔を見ることはなかった。
その82 さびしいのはきらい
 公園で、ひとりでブランコに乗ってみたけど、ちゃんとこげなかった。  カザネがいてくれたら手伝ってくれるけど、カザネは本当の友だちじゃないから。  私はただ、カザネの友だちの体を乗っ取ったうさぎ。  うさぎだったころ、茶色とブチは友だちだったと思う。  うさぎだから、お話することはなかったけど。  いまは一人ぼっち。
その83 カザネみたいな子になりたい
 人間なんか嫌い。大嫌い。  だけど、人間になりたい。  カザネみたいな子になりたい。  けんかしたけど、カザネはいい子だと思う。  私なんか、いなくなればいいんだ。
その84 お姉ちゃんが口を聞いてくれない
 家に帰ると、テレビの部屋で話してる声が聞こえた。 「あなたもミナモのこと甘やかさないで」  たぶん、お母さんがお姉ちゃんに言ってるんだと思う。  階段へ向かうお姉ちゃんとぶつかりそうになって、 「なんであんたのせいで私まで怒られなきゃいけないの」  って、お姉ちゃんはにらんだ。
その85 うさぎにもどる方法がわからない
 自分の部屋にもどって、かたっぱしから本を開いて、もしかしたらこの中のどこかにうさぎにもどる方法が書いてあるかもしれないって、がんばって文字を追った。  でも、うさぎが人間になってもとにもどる本なんて一冊もなかった。少年がネコになるお話はあったけど、漢字が多くて最後の方まで読めなかった。  黒いうさぎと白いうさぎの本に、ボールペンでいっぱい聞きたいことを書いたけど、答えは返ってこなかった。緑の草のところ、青い空のところに、私からの質問ばっかりたまっていく。  それでも手当りしだいに、覚えたてのひらがなで、いろんな本の、いろんな挿絵に、どうすればいいのか聞いてみた。
その86 ペタロウが転校していった
 次の日、ペタロウに謝まろうと思って学校に来たのに、ペタロウは休み。  それから何日かして、ペタロウは転校して行った。  私はけっきょく、ペタロウに謝まれなかった。
その87 イワゾはクマのぬいぐるみになった
 みんながどう噂してるか知ってる。  私のせいでペタロウが引っ越して行ったって。  みんなだってたんぽぽ投げてたくせに、私だけ悪いの?  いままでだれもペタロウと話なんかしてなかったじゃない。  仲間はずれにしてたじゃない。  次の日。イワゾはクマのぬいぐるみになった。  何が起きたのか、先生は教えてくれなかった。  みんなにも聞いたけど、「大人の話があるんじゃない?」って、それだけ。
その88 人間にもうさぎにもなれない
 何冊も何冊も本を読んだ。  とあるお話では、ドラゴンになった少年がライオンの神様にばりばりと皮をむかれて人間にもどっていた。  私もきっとただの、人間の皮を着たうさぎ。  でもそんなのはイヤ。本当は人間になりたい。本当の人間になりたい。  でも、私じゃムリだから。人間になるの、ムリだから。  私、人間にもなれないし、うさぎにもどる方法だってわからないし、カザネに本当のミナモを返してあげることもできない。  もういちどカザネとお話がしたいよ。  ペタロウにも謝らなきゃいけないんだよ、私。

うさぎのかげ

その89 病院で怖い話を聞いた
 朝からおなかの具合が悪くて、病院へ行った。 「これ、保険証。受付で見せるの。わかってるでしょう?」  って、お母さんからカードを受けとって、通学路の途中にある病院によった。  先生からいろんなことを聞かれて、本当はうさぎだって話して、聴診器をあてて調べてもらったら、『うさぎのかげ』が出来てるって言われた。  先生が言うには、『うさぎのかげ』はメスのうさぎだけがかかる病気で、体の中にうさぎの形のかげができるらしい。かかったのがうさぎだった場合は害はなくて、子うさぎを生んだら消えてなくなるけど、人間がかかった場合は、一週間で『のろいのうさぎ』になって、体から飛び出してきてまわりのひとたちをバリバリと食べ始めるって。 「じゃあ、どうすればいいの?」 「人間の場合は、治す方法は見つかっていません。だけど、うさぎにもどればだいじょうぶ。何事もなく暮らせます」
その90 お母さんにうそをついた
 家に帰ると、先生はなんて言ってた? って、お母さんに聞かれた。 「風邪だって」 「風邪? 風邪でおなかをこわしてたの?」  うん。だって、のろいのうさぎが生まれるなんて言えない。 「どうするつもりなの?」って聞かれても、なんて答えていいかわからないし。  もうだれとも話したくない。
その91 うさぎの方が幸せだった
 うさぎでいたころの方が幸せだった。  人間になってからつらいことばかり。  それでも生きていなきゃいけないのかな。  このまま、人間でいたら『のろいのうさぎ』が生まれてしまう。  人間って、野菜くずもくれるし、小屋も掃除してくれるし、大きい町だってつくれるのに、私が何もできないのは、やっぱりうさぎだからなんだ。  せっかく言葉が使えるのに、ひらがなだったら書けるのに、カザネは怒らせちゃった。ペタロウには謝れないまま。話を聞いてくれるイワゾもいない。
その92 職員室はにがて
 ペタロウに手紙を書こうと思って、先生に聞きに行った。  人間になってすぐの頃は、職員室だってきらいじゃなかった。  ほかの教室とちがってて楽しかった。  でもいまはきらい。  そこにいるだけで怒られてるみたい。  でも、ペタロウに謝らないといけないから。  先生は、住所は教えられないけど、手紙だったら預かるって言ってくれた。
その93 手紙の書き方がわからない
 ノートを開いて、ボールペンで、手紙を書いてみたた。  ――ごめんね ぺたろう  あやまりかたが わからないけど ほんとうに ごめんなさい――  あとは何をどう書けばいいんだろう。  気持ちは次から次にあふれてくるのに、どんな言葉にすればいいのかわからない。  たくさん文字を覚えたはずなのに、どの文字も私の気持ちを語ってくれない。  人間になって、もっとちゃんとしておけばよかった。  ちがう、そうじゃないんだよ。  私、うさぎなんだよ。  うさぎにもどらなきゃいけないんだよ。  ミナモだったらこんなにひとを悲しませてないのに、私だからみんなを苦しめるの。  私のせいでカザネが泣くのはいやなの。
その94 お姉ちゃんにウソつかれてた
「本当は何があったの、ミナモ」  って、お姉ちゃんが聞いてくる。 「私は本当のことしか言ってないのに、どうして『本当は』って聞くの?」 「わかった。じゃあ、信じる。だから、何か困ったことがあったら教えて。お父さんにもお母さんにも言わない。約束する」  優しく言ってくれたから、私も『のろいのうさぎ』のことを話した。  お姉ちゃんは、 「それだけだとわからないから、こんど病院に行くときはいっしょに行こう。私が先生にもう少し詳しく聞いてあげるから」  って言ってくれた。 「お姉ちゃんは、オオカミのときに、『オオカミのかげ』はできなかったの?」 「うん。それなんだけど、ミナモ。じつはウソだったの。オオカミだったなんて」  ええーっ! 信じてたのにーっ! 「ごめんね、ミナモ。私、よくわからなかったから、話を合わせたらあなたのことがわかるかと思って。でも、だましたんじゃないよ。信じて」  信じられない。  もう何も、信じられない。
その95 カザネに笑ってほしい
 人間なんてやめたい。  でもその前に、カザネとお話ができるように、私、次のテストで10点取る。  10点取ったら、カザネにごめんなさいを言う。  ペタロウへの手紙はあんまりうまく書けてないけど、それを先生に預かってもらって、それから、本をいっぱい読んで、いっぱい読んで、いっぱい読んで、うさぎにもどる方法を探すの。  カザネともういちどお話ができたら、私もう、うさぎにもどりたい。
その96 おなかがいたい
 おなかがいたいの。  もうすぐ『のろいのうさぎ』が生まれるんだと思うの。  その日までに私がうさぎにもどれなかったら、まわりのひとはみんな死んでしまうの。  私はだれに相談したらいいの?  お父さんもお母さんも話を聞いてくれない。  お姉ちゃんはウソつき。カザネももう口を聞いてくれない。ペタロウもイワゾもいない。  私、人間になって、たったひとついいことがあるとしたら、言葉を使えるってことくらいなんだよ。でも、その言葉をだれも聞いてくれない。
その97 話し相手は絵本のうさぎだけ
 本の余白は、私からの質問でびっしりうまっていた。  どうせ開いたって質問の答えなんかないと思って、ぼんやり表紙をながめていたら、月の光の中、黒いうさぎが立ち上がって、こちらを見つめてきた。 「さいきん本の中が質問ばっかりできゅうくつになったんだけど、きみが書いたの?」  私に向かって話しかけてくる。  これって、どういうこと?  とまどっていると、白いうさぎも立ち上がって話しかけてくる。 「どういうこと? って、知ってるんじゃなかったの? たくさん言葉を覚えたら、本の中とも話ができるようになるんだよ」  そうなの? 「うん。今日は満月だから。満月が窓から見えている間は」  そうなんだ。 「私ね、うさぎにもどりたいの。どうすればいい?」 「ちょっと待って、最初からぜんぶ話してくれないとわからない」  本のうさぎが言うので、私は人間になった日のことからぜんぶ話した。  そして、早くうさぎにもどらないと、『のろいのうさぎ』が生まれちゃうことも。 「そうか。たいへんだね。でもそういう話は、ぼくたちにはなにも出来ないなあ」  ハァ……。やっぱりそうだよね。 「でも、どんな悩みでも聞いてくれるひとを知ってるよ。そのひとに電話をしてみるといいよ」 「電話? 電話ってなに?」 「スマホを持っているだろう? それで出来るから調べてみなよ。番号はこの本のどこかに書いてあるから探してね」  そう言うと本のうさぎはまた動かなくなった。  番号ってなに?  探してみたけど、どこにもないんだけど……。
その98 絵本にまでウソつかれた
 寝て、起きて、朝になって、うさぎの本を何度も何度も読み返してみたけど、番号なんてどこにもなかった。  絵本のうさぎにまでウソをつかれた。  我慢できなくなって、部屋の中で泣いていたら、お姉ちゃんが戸を開けて入って来た。 「だいじょうぶ? ミナモ」  私は思わず、お姉ちゃんにしがみついて、ひざのところで泣きじゃくった。 「うさぎがウソをついたあ!」 「ウソをついたって、黒うさちゃんと白うさちゃんが?」 「そう」 「黒うさちゃんと白うさちゃんがウソをつくわけないでしょう?」  お姉ちゃんはそう言って、絵本を開いた。  絵本の余白は、私が書いた文字でびっしりうまっている。 「ふたりで探そう。ぜったいにあるから」  お姉ちゃんとふたり、最初から最後まで文章を追ってみて、さし絵の中もぜんぶ探してみたけど、電話番号はなかった。  私の目から涙が止まらない。お姉ちゃんが肩を抱いてくれて、 「黒いうさぎちゃんがウソをつくと思う?」  って、聞いてくる。 「黒いうさぎはウソなんかつかない。だって、私が一番好きな絵本だから」 「私もそうだよ。だから、あきらめちゃだめ」  私だってあきらめたくない。だけどないんだもん。どこにも。  番号なんてどこにもないけど、もしかしたら――って、表紙を見て、うらっ返して、やっと見つけた。 『◯……△……出……版……』  って書いてある、その次にあるのが電話番号だ。 「ここにかければいいの?」 「きっとそうだよ。ミナモのスマホでかけてみよう」
その99 電話がしゃべった
 急いで電話をかけてみる。 「はい、こちらは◯△出版受付です」  電話がしゃべった! 「だいじょうぶ、電話がしゃべってるんじゃないの、電話の中のひとがしゃべってるの。気にせずちゃんと話して!」 「うん!」  私は両手でスマホを持って話した。 「あのね、うさぎにもどる方法が知りたいの!」 「う、うさぎですか、少々お待ち下さい」  電話のひとはすぐに担当のひとにつないでくれた。  私は人間になった朝のことから、いまのことまでぜんぶ話した。泣きながら話した。ペタロウにたんぽぽを投げたこと、カザネを泣かせたこと、ちゃんと話せたかどうかわからないけど、でも話すしかなかった。
その100 うさぎにもどりたい!
 次の日、うさぎのカウンセラーのひとがうちにやってきた。  私の病気のことは、そのひとがぜんぶお父さんお母さんに説明してくれた。心配顔をして聞いているお母さんに、 「うさぎと入れかわるのは、思春期ではよくあることなんです」  と、カウンセラーのひとは説明する。 「それで、元にはもどれるんですか?」 「ええ、そうですね、この症状だったら、いちばん好きなひとに、さよならの手紙を書けばもどれます」 「えっ? いちばん好きなひとにさよならって……」 「ミナモ、そんなことできるか?」  お父さんは心配してくれるけど、 「うん、だいじょうぶ」  私はすぐに、スマホでカザネに手紙を書いた。  書きながら涙がこぼれてきたけど、お姉ちゃんが肩を抱いてくれた。  かざね  いままでいろいろごめんなさい  ゆっくりと、ゆっくりとだけど、カザネにお手紙を書いた。  夜遅くまでかかったけど、カザネから返信をもらって、それにまた返信して、涙もたくさんこぼれたけど、やっと笑えた気がする。 「ねえ、これ」  カザネから送られてきたスタンプを、お姉ちゃんに見せて、 「カザネも笑ってるってことなんだよね?」  お姉ちゃんもうなずいて、笑ってくれた。  ――朝起きたら、人間にもどってた。  しばらくうさぎになっていた気がする。  学校の飼育小屋で寝起きして、なんだか私によく似た子に耳を引っぱられたりしたような……。  でも、あれって夢だったんだ。  そう言えば風音と映画を見る約束をしてたっけ、と思ってスマホを見ると、風音と私とでやりとりした記録がのこっていた。私が知らないうちに――  どうしたの? うさぎにもどるの?  うん  あのね あなたのともだちは わたしじゃなくて みなもなの  みなものからだを かってにつかって ごめんね  わたし うさぎにもどって やることができたの  やることって?  あかちゃんをそだてるの  すごい! ミナモが?  みなもじゃないよ わたしが だよ  そっか。いつもどるの? 今日?  うん  じゃあ、明日、たんぽぽ持って行ってあげる。  やったあ  今までごめんね。  あなたは、本当は悪くないの。私が少しいらだってただけ。  ありがとう かざね  ごめんね。冷たくして。  だいじょうぶ だいすきだよ かざね  私も!  ――スマホの日付を見ると、私が覚えている日より一ヶ月くらい日が経っていた。  そのあいだに何が起きたのか、スマホのやりとりだけじゃわからなかったけど、部屋の中に開きっぱなしになっている本を見ると、そこにびっしりと字が書いてあった。  つたない文字で、主人公のうさぎにあれこれと相談して、最後はどうやら出版社のひとがなんとかしてくれたらしい。  私は――  私はまだ混乱しているけど、将来は本を作るひとになろうと思った。  ベッドから腰を上げると、少しずつ、少しずつ視線が上がっていって、窓の外の景色も空から――家の屋根、地面へとおりてくる。  うさぎの生活とくらべると、ここはまるで空の上。  やらなきゃいけないことがたまってると思うけど、だいじょうぶ。  私なら、だいじょうぶ。

あとがき

Kindle版あとがき
 ここまで読んでいただいてありがとうございました。  このお話は、ライトに手軽にだれでも手に取って読めるものを、と思って書き始めました。当初の予定ではラストの展開は考えていなかったのですが、書いているうちに読者層は小学生から中学生、使用する漢字は中一程度まで、と、イメージを絞っていきながら、『だれも助けてくれない中で、本が助けてくれる』というラストが浮かびました。  とは言え、ハウツー本などでもない文学系の本では、直接困っている人を助けたりはできません。「本を読んだら人生の答えが書いてある」なんてのは、それを得られた人だから言えることで、いま悩んでいる人にいうことでもありません。子どもの頃を思い出すと、ナルニア物語を読んでその登場人物の行いに感銘を受けて、少しだけ生活が変ったことはあるのですが、そうやって自分で気がつけることには限界があると思うのです。つまるところ物語は、心の支えになってくれたり、知識を与えたりはしてくれるけど、本当にいま助けが必要な人には何もできないのです。でも、助けてあげられないとは言いたくないのです。本の向こうには、それを書いた作者がいるし、その心を受け継いだ編集の人、出版社の人がいます。困っている人のまわりの人、友だちや家族が気づかないようなことだって、本に携わる人だったら気づいてあげられるし、いつだって声を聞いてあげられる。それは子どもたちに物語を送り出す人が、最低限旨とすべきことなのではないかと思います。  しかし、僕はこのあとがきや奥付に自分の電話番号を載せていません。偉そうにあとがきで講釈を垂れておいて不誠実じゃないかと言われるかもしれませんけど、無責任に手を広げたくもないのです。本当に、自分の覚悟のなさは恥じ入るばかりです。ただ、それでもこう書いてしまった以上は、僕も何か一歩を踏み出さざるを得ないのかなとは思います。無責任にならない、個人としてできることを考えながら、一歩一歩進んでいきたいと思います。
WEB版あとがき
 このたびは『うさぎがとつぜん私になってこまった100のこと』、御清覧いただきありがとうございました。  このタイトルは、さよならおやすみノベルズがKindleで出版した電子書籍の一冊目となります。書いた順番としては3作目で、この前に『浮遊大陸でもういちど』、『勇!! なるかな』を書いていたのですが、そちらはどこかに投稿しようかと考えながら「そう言えばKindleはどうだろう」と思い立って、まずはお試しにと公開したのが本作品となります。  この作品も本当なら、どこかの児童文学賞にでも応募しようかと思っていたのですが、読んでの通り、子どもたちに訴える前に大人の覚悟はどうなの?と問う内容となっており、それならば出版社に問う前に、己自身に問うべきではないかと思い当たり、己の言葉で書き、己の責で出版すべきだと言う強い自覚が生まれ、これ以降は投稿するなどという考えをきっぱり捨てました。  投稿しないという選択は、大きな決断でした。しかも主戦場がKindleです。世の中、ウェブのポータルサイトから一般の紙媒体へデビューするひとも少なくないのですが、Kindleの自費出版はほぼ末端にあたり、そこに出す以上は潜在的な読者の目に触れる機会が少ないのは覚悟しなければなりません。だけど、結果からすると、その選択は間違っていなかったと思います。  この作品以降の話になりますが、出版社や編集者というものがいない、またランキングで一喜一憂することもない野放図な世界で筆者は、「キャラの外見など描写したくない」「男は名字、女は名前で呼び分けるなど糞食らえだ」「ハッピーエンドで救われない者にこそスポットライトを当てるべきだ」と、一般的な小説からすると特異なことを考えるようになりました。そしてある意味それが、この作品で問うた「大人は何をすべきか」の答えなのだと思っています。本作は、いろんな意味で記念碑的な作品だと思います。  ちなみに、Kindle版は、初版にはあとがきをつけたのですが、第二版からはあとがきが抜けているようです。まだ暗中模索状態のなかでしたので、ミスがあったのかと思いますが、このWEB版あとがきを書いた後でKindle版のあとがきを追加すべきか迷うところです。  ひとまずは、ここまで長らくお付き合いいただきありがとうございました。いろんな作風のものがありますので、他の作品も手にとっていただけたら幸いです。では、またいつか、別の作品のあとがきにてお会いしましょう。
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This work is copyright 2023 Nobuyuki Inoue. It may not be reproduced, distributed, or modified without permission of the copyright holder.
著者 井上信行
表紙 ツボすけ
出版 さよならおやすみかぶしきがいしゃ
出版日 2020年 12月 25日
使用ツール でんでんコンバーター, VSCode, PowerPoint, PhotoShop
HOME PAGE https://sonovels.com/


できれば、Kindle版も購入願えますと幸いです。

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