第六章 ママも木星に連れて行って
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第六章 ママも木星に連れて行って
東京へ戻った向井裕貴は鈴木裕貴の名前で学校に通った。 新しくできた友だちから「踏んでる名前だね」と言われ戸惑い、聞き返そうか流そうか思案していると、韻を踏んでいるという意味だと教えられた。 ――すずき ひろき。 三文字の名字と名前で、音がかぶってるのは最後の一音だけ。これでも韻を踏んでるというのかと、それからは何かと韻を踏んだ言葉を探すようになった。 「広木裕貴じゃなくて良かった」 ――友だちには言ってみせたが、内心いっそそれでもよいと思った。 夕方の特売で貼り替えられる値札のよう。裕貴という名前まで含めて、そこにアイデンティティを感じることはなくなっていた。 東京の新しい住所は武蔵野市。新宿と武蔵野の間には分厚い風の塊があった。それでも意中の子と連絡をとって、新宿の花園小学校の前で待ち合わせた。春の終わるころの週末、開放された校庭を横切り、花園公園のベンチに座って言葉を交わすと、ふたりの間を子どもの声が横切る。二年ぶりに会った意中の子は鈴木裕貴の背を追い越していた。空白の時間を埋め合わせる。中学受験の話、友だちの話、地下鉄を乗り継いでの通学の話。どれも鈴木裕貴にはどこか遠い世界のことに思えた。ブルーグレーのモヘアのカーディガン、白いブラウス、口を開くたびに上下する首筋が木漏れ日を揺らした。 「ディズニーランド行こうか。こんど、ふたりで」 「ああ、うん、いいね、行こう」 ――そう言って約束はしたけど、そんな日が来るとは思えなかった。 朴訥にすら見えていた子が、いまでは目を合わせることも躊躇うようなおとなのひとに変わっていた。中学生の鈴木裕貴にとって、おとなになるということは戸惑うことだった。本当におとなになってしまえば戸惑いなんかなくなる。今はただ肉体の変化に戸惑うことだけが、おとなになることだった。 部屋に戻った鈴木裕貴は江藤茉里奈を思った。 「うみねこ、まりな」 胸のなかに唱えると江藤茉里奈の顔が浮かんだ。 虚しい空想の産物とはいえ、あのとき――暗闇の中で迎えに来てくれたときも実体はなかった。あのときは先生と言葉を交わすことができた。いまも同じ。触れることは叶わない。だけど、欲情を吐き捨てることはできる。 「先生、先生」と、小刻みに肩を揺らした。 胸の中に浮かんでいた言葉はやがて、口の中に紡がれるようになり、それはすぐに口から漏れた。尾骶に膨らむ思いは「まりな」「まりなさん」呼び方を変えて、切ない吐息になった。 実際にはどう言うんだろう。 ――どうしたの? ――ほら、もっとちゃんとして いつか聞いた言葉を、別のいつか見た顔で思い出す。その顔にもっと別の言葉を言わせてみる。別の言葉――あるいは吐息だけ。先生はどんな吐息を漏らすのだろう。 江藤茉里奈の部屋でともに瞑想した日、あの頃はまだ子どもだったと、今の自分を見て思う。一番好きな子は意中の子だった。それはいまも変わることはない。だけど鈴木裕貴の胸の中には、汚らわしい欲望がある。それをあの子に向けるわけには行かない。手のひらに溢れるその思いを掬ってくれるのは江藤茉里奈だった。 二回目のデートは新宿御苑。意中の子はお弁当を作ってきてくれた。 芝生の上にシートを敷いて、隣り合って腰を下ろした。好きな子とふたりでお弁当を食べることには、人並みに憧れを感じてきた。だけどいざその立場になると、不安ばかり膨らむ。中学生二人連れでシートを広げてるのは自分たちだけ。人の目が気になって、勢い意中の子への返事はそっけなくなる。 言葉もなく、ぼんやりと彼女の膝を見つめた。ふくらはぎの白い肌の奥に静脈の青い筋が見える。いつかネットで見た映像が脳裏に思い出される。女たちが陵辱され喘ぎ声をあげる映像に、嫌悪感を感じると同時に興奮を覚えた。狂気だった。おそらく世界中の人々が同じ狂気に染まっている。だけど彼女にだけはその狂気に染まってほしくない。この世界で自分と彼女だけは清廉でいたい。 普段通りに話をしているつもりでも、言葉を選ぶ時間は少しづつ延びていった。慎重に言葉を選んで、相手の言葉が遅れると、自分の言葉が間違っていたのかもしれないと、沈黙の時間はまた延びた。 御苑からの帰り道、 「ごめんね、無理して食べさせて」 「無理してないよ。おいしかったよ」 「ありがとう」 交わした言葉はたったそれだけ。 また会えたらいいと、たぶんふたりとも思っていた。 江藤茉里奈から教わった呼吸法はふたつあった。ひとつは、舌をストローのようにして体の深くまで息を吸い込む方法、もうひとつは、舌の先を上顎につけて呼吸に合わせて前後させる方法。吸うときに『る』、吐くときに『ら』を発声すると効果が高いと聞いたが、実際には口に出さずに胸の中で唱えた。この呼吸法で変性意識に入ることができるようになった。呼吸がストンと抜けたあと、体に感じる重さは消える。体幹を巡るだけだった己のエネルギーは、大地と天とを繋ぐ柱となった。体の感覚の一切が意識から切り離されると、胸の中にはただ力に満ちた静寂があった。そして、その傍らにはいつも江藤茉里奈がいた。それは妄想の江藤茉里奈なのか、あるいは本当に先生が意識を投影して現れているのか。 ――セックスはみだらな行為ではありません 鈴木裕貴の胸に先生の言葉が思いだされた。 だったら――みだらではないとしたら、先生はこの思いをどう受け止めるのだろう。それでも吐息は漏らすだろうし、唇は求め合うのではないか。自分がおとなとして――恋愛対象として認められれば、みだらな行為としてではなく導いてくれるのだろうか。 妄想の江藤茉里奈はすべてを受け止めてくれた。胸いっぱいに澱を詰まらせた鈴木裕貴を、ヨガの呼吸法のときと同じように導いてくれた。鈴木裕貴は見たこともない先生の肌を思った。 妄想の果てに見えた景色はヨガと似ていた。だけど決まって、ヨガにはない後悔の念があった。鈴木裕貴はそれを《罪の意識》だと思った。 己のなかに淀むものを吐き出して、それは先生への、あるいは意中の子への裏切りのような気がして、翌日になるとそれを吐き出した皮膚がひりひりと傷んだ。めくれた袖をおろして――もう終わりにしよう――朝にそう思っても、夜ひとりになるとまた先生を思った。自分の手に先生の白い手を重ねる。口紅を拭う仕草、結んだ髪を解く袖口、ヨガの呼吸に上下する胸の動き。 江藤茉里奈は清楚なひとだった。それが鈴木裕貴のイメージのなかでは、獣にもなったし、悪魔にもなった。鈴木裕貴の全身に指を這わせて黒い森に誘った。最初は後ろからしか思い描けなかった姿も、やがて正面から描けるようになった。マイナス10センチまでの接近。だけど体はネットで見た画像のコラージュ。濡れた粘膜の、味も匂いも知らない。 妹がよく予告なしで部屋に飛び込んで来るので、鈴木裕貴は部屋に鍵をかけた。 向井恵理は前の夫と別れたあとも富岡の姓に戻すことはなかった。向井を名乗り続けることにも抵抗はあったが、親の名に戻すのは敗北に感じられた。失敗すると散々に言われた挙げ句の結婚だった。だからこそ認めるわけにはいかない。失敗ではなく、だれも思いつなかい深遠な考えがあっていまの道を選んだのだと虚勢を張った。 再婚し、鈴木恵理になった日、彼女のほめぱげには紙吹雪が舞った。掲示板への「おめでとう!」の書き込みに逐一「ありがとう!」の返事を書いて、披露宴の様子は日記のコーナーに報告された。 恵理の新しい夫、裕貴の父となったひとは不動産業を営んでいた。真面目で凡庸で、妻に先立たれてしばらくは男手ひとつで娘の面倒を見てきた。料理などしたこともなく、娘と食べる食事も弁当や外食がほとんど。まわりから再婚を薦められても、娘の手前もあり、亡き妻への義理は通したいと断ってきた。そんななか、大手掲示板の子育てスレッドで向井恵理のほめぱげを知り、夫のひとはすぐに向井恵理の特異なキャラクター性に惹かれていった。 向井恵理は攻撃的かつ、ナイーブで、独創性があった。独善的で我が強く、思い込みが激しく、激情家で身勝手。だけどそれも夫のひとの目には『芸術家肌』として映った。 「どうして前夫の名字を名乗ってるんですか?」と聞いたら、「公安が監視してるからここには書けない」と返ってきて、しばらくはその言葉を信じていた。 深く肩入れするようになったのは、西澤健二の事件がネットに書かれるようになってから。掲示板を通していくつかアドバイスすることもあった。事件を自分のことのように受け止めて憔悴していく夫のひとを、娘は気遣い、やがて家族で向井家と接するようになっていった。 夫のひとの不器用なプロポーズに向井恵理がつけた条件は、ザ・リッツ・カールトン東京での結婚式。夫のひとには微笑ましい願いだった。向井恵理はただ、前回よりも派手に式を挙げたいだけだった。前の結婚も、離婚も、何もかも失敗ではなかったのだと知らしめたかった。それを夫のひとは、向井恵理もほかの女性と同様に結婚式には憧れがあるのだと感じて、「その願い、叶えさせてほしい」と手を握った。 向井裕貴が鈴木裕貴になり、新しい父ができたとは言え、そう簡単に親子の感情が生まれるわけではない。たった三回食事をともにしただけで親子になるのなら、この世の中は親子だらけだ。鈴木裕貴は新潟の母の実家から持ってきた荷物の大半をダンボールに入れたままにした。おかげでもう夏休みも近づこうという頃になっても、まだ他人の部屋に居候してるような感覚が抜けなかった。 鈴木裕貴の母は破天荒なひとではあったが、息子にとって神聖な存在であることに違いはなかった。遺伝子的な父のことは母同様に憎んでいたが、それでも両親は運命的な何かに導かれて結婚して、自分をもうけたのだと信じたかった。自分が生まれたのが偶然に過ぎないとは思いたくなかった。 存在の不安は常にあった。どうして自分は存在しているのか、死後なにがあるのか、宇宙はどこにあるのか。宇宙のことを思うと、ふっと無の空間に放り出されたような感覚に襲われた。そしてそこに何か答えらしきものを見せてくれたのがヨガだった。 部屋に木星の写真を貼った。 美術の授業で、海岸で瞑想する人の頭上に巨大な木星が浮かぶ絵を描いて、市のコンクールで入選した。両親にもヨガのことを話した。 「こりゃあ、横尾忠則の再来だ。裕貴は絵で食べていけるかもしれないな」という母の夫のひとに、鈴木裕貴は「僕は絵描きにはならないよ」と答えた。 母の夫のひとが気まずそうな笑みを浮かべると、隣から鈴木恵理が身を乗り出して、じゃあ何になりたいの、と訊ねたが、鈴木裕貴は自分が何になりたいかわからなかった。 おとなになるのはまだずっと先のことで、いまはそれほど多くの職業を知るわけでもない。どんな仕事があってだれが何をしてるかもわからないのに、なりたいものがあるわけもない。サッカー選手やユーチューバーやゲームデザイナーなどと口にするものはいるが、それらは才能があって目指すものだと思っていた。 「何にもなりたくない」 目を伏せたまま口にすると鈴木恵理が、「じゃあずっと中学生でいるんだ」と悪戯に返してくる。 おとなにはならざるを得なかった。今だって、刻一刻とおとなにはなっている。それはなりたいか否かという話とは違う。考えあぐねて、「木星に行きたい」というと、妹が吹き出す。 「それはすごい。宇宙飛行士か」 母の夫のひとが合いの手を入れる。 ――だったら勉強していい大学に入らないと難しいぞ――どうせそんな言葉が続くのだろうと思っていると、父親のひとは「日本人初の宇宙飛行士はジャーナリストだからな。だれにでもチャンスはある」と続けた。 「じゃあお兄ちゃん、ジャーナリストになりなよ!」 遠慮のない妹はもう、鈴木裕貴をお兄ちゃん、鈴木恵理をお母さんと呼ぶようになっていた。 横尾忠則の再来という言葉を、このときは気に留めなかったが、後に美術の先生からもその名前を聞いて、興味を持つようになった。調べてみると、ヨガや精神世界、宇宙人などに関して著作があるひとだとわかった。そのうちの一冊を図書館で読んだ。自分でも荒唐無稽だと思っていた話がもっともらしく書かれている。しかも、ちゃんと名のあるひとだ。鈴木裕貴は横尾忠則のポスターを一枚手に入れて部屋に飾った。 裕貴が夏休みを迎える頃、訴状が届いた。 宛名は母、鈴木恵理。事件を起こした西澤健二の親から、ホームページに事件の内容が書かれていることが和解条件に反すると訴えられていた。鈴木恵理はその内容を読んで舌打ちして、ほめぱげの書き込みを消し始めたが、すでに証拠は押さえられていた。 鈴木恵理も和解条件は心得ていたので、直接名前を書くことはなかった。ただ何も書かずにいることはできなかった。架空の物語の体裁で『ワザニシじけん』と題して、書き綴った。タイトルがアナグラムであることも示唆され、ほめぱげの掲示板にはすぐに、 ――ケンジ、ひでぇw ――死ねばいいのに、ケンジwww のコメントが付いて、彼の住所、転校した学校、秘書を務めていた市長の名前などが暴かれていき、やがて大手掲示板にもここをウォッチするスレが立った。 裁判の所轄は新潟の地方裁判所になっていた。本来なら被告の住所がある東京になるはずだが、和解時に交わした文書に新潟地裁を所轄とすると記されていた。 和解金は二百万ほどだったが、すべて使い果たしていた。この返還を迫られるばかりか、更に賠償金まで払わされる。勢いその債務は夫であるひとが被ることになる。夫のひとも西澤健二には腹を立てていたので、裁判になれば新潟でもどこでも出向いてともに戦うと肩を押してくれた。 念のためにと夫のひとがほめぱげを確認したときには、『ワザニシじけん』は削除したあと。素直な夫のひとは、こんなにクリーンなサイトのどこを問題にしたのかと訝った。第一回公判で夫のひとが目にしたのは、悪意に溢れた書き込みの数々。それらの証拠が印刷されて目の前に広げられた。 鈴木恵理は「書いた記憶がありません。捏造だと思います」と答弁したが、実際に書き込まれていた当時のほめぱげが電子的に保全されていた。実名などは記事中にではなく、サイトに用意した掲示板に書き込まれ、これに関しても鈴木恵理は「来訪者が書いたもの」だと説明したが、その口火を切った「西澤健二って生徒だったらうちの学校にいるよ」が、鈴木恵理の自作自演であることも暴かれた。 「あいつは裕貴を殺そうとしたんだぞ!」 追い詰められた鈴木恵理は、裁判官に向かって叫んだ。 殺人犯を社会に出すのか、おまえらが制裁を加えないなら私が加えてやる、住所はわかってるんだ――その声は警備に取り押さえられるまで続いた。 大手掲示板には『鈴木恵理をウォッチするスレ』が立っていた。スレには裁判の様子も描かれ、『武蔵野の某不動産屋』として夫のひとも晒されていた。裁判で憔悴してホテルに戻り、夫のひとはそこではじめて『鈴木恵理をウォッチするスレ』を読んだ。 この頃になるともう、妻が見栄っ張りで破綻した性格であることくらいは勘付いていた。だけど人間なんてどこかしらに欠点があるものだ。それに何があっても妻を守ると決めたんだ、そう自分に言い聞かせた。だがどんなに覚悟を決めても、ネットで叩かれると身が凍った。それでも裁判のためにとスレを読み進めると、「住所を特定」「娘がいる」との書き込みに出くわす。 ――もう守りきれない。 こんな言論の暴力に負けたくはなかった。だけど――だからこそ、同じ暴力を繰り返してきた鈴木恵理を庇う気力も果てた。 その頃から鈴木裕貴は心臓に不調を訴えるようになった。 血圧の不自然な昇降や不整脈がみられ、病院へ通うようになったが原因はわからず、家庭の事情が事情であるだけに心因性のものであろうと診断され、ちょうど裁判の渦中に一週間ほど心療内科のある病院に入院した。 恵理はベッドの脇の椅子に座って、りんごを剥きながら切り出した。 「ママね、離婚するかもしれない」 鈴木裕貴も一度だけ『鈴木恵理をウォッチするスレ』を見たことがあった。家庭内でのピリピリした様子も感じているし、妹もめっきり口数が減っていた。 「離婚しても慰謝料がもらえるって、ネットの友だちも応援してくれてるし、大丈夫だよ。裕貴が心配することなんてないから」 鈴木恵理の考えが浅いことはもう、息子の鈴木裕貴にはわかっていた。慰謝料なんか出るわけがない。そうは思ったが、口にしたら母はパニックを起こす。浮き沈みが激しいひとだから、機嫌が良いときは機嫌が良いままにしておきたかった。それが母にとっての幸せなのだと、鈴木裕貴は思っていた 「それで裕貴、木星の絵を描いたでしょう? それとヨガの話? そのことをほめぱげに書いたら、松尾佳純ってひと知ってる? 本もたくさん書いてるひとなんだけど、瞑想で火星に行ったことがあるひと。そのひとを紹介されたの」 名前は聞いたことがあった。オカルト雑誌に書かれた記事を読んだことがある。 「こないだそのひとと話をしてきたんだけど、あなた、才能があるんだって」 鈴木裕貴は鈴木恵理を『ママ』と呼んでいた。家の外では『お母さん』と呼んだが、家の中ではずっと『ママ』。中学に入って、妹が『お母さん』と呼ぶようになって、家のなかでも『ママ』と呼ぶことはなくなっていた。 「いまのこの現実より高い次元に本当の世界があるんだって。そこが本当の世界で、普通は修行してもたどり着けないんだけど、才能のあるひとだけは別なんだって」 その日、鈴木恵理は珍しいお茶を淹れた。 口に含むと、心に広がっていた波が、すっと静かになり、鈴木裕貴は思わず、「あっ」と口にした。 「どう? 松尾さんにもらったハーブティなんだけど、私が飲んでもよくわかんなくて」 鈴木裕貴は笑みを漏らし、「うん」と頷いた。 「松尾ってひとに会ってみたい」 鈴木恵理は鈴木裕貴の頭を胸に抱えて、頭に拳をぐりぐりとあてて、「そう言うと思ったー」と頭頂から高い声を発した。 直後、鈴木裕貴は急激な眠気に襲われ、ベッドに体を横たえた。微睡んだ眼がゆっくりと閉じて、やがて静かな寝息が聞こえ始めると、鈴木恵理は泣きながら、鈴木裕貴の頬に指を這わせた。 「ねえ、裕貴。ママも木星に連れて行って」 その日、鈴木裕貴は今までにない深い眠りに落ちた。 その眠りのなか、意識だけは覚醒していた。 自分の手を見ると、夢のなかの肉体があった。 「うみねこ、まりな」 そう唱えると、鈴木裕貴の体は大気を上昇し、地球圏外へと飛び出した。 足元に青い地球、仰げば虚空を舞ううみねこが見える。 江藤先生だ。 その目指す先には木星がある。 意識を合わせると、次の瞬間にはもう木星は目の前へと迫る。 うみねこは木星へと舞い降りる。 鈴木裕貴は導かれるように、木星へと体を向けた。⚪
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