ためしよみ:告白と戸惑いのロンド

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1 ドキドキ・下駄箱事件

「告白するんだったら中二のうちだよ」  と言っていたのは、親友の黒水澤くろみさわカオル。  自分ではたいして恋愛に興味ないくせに、ひとのことには探りをいれる。 「三年になると、受験でそれどころじゃなくなるから」  って。 「ハァ……受験のことなんか考えたくもない」 「わたしもそう。でも、なんかあったら言って。占ってあげるから」  カオルとは今年の春、二年にあがって知り合ったばかり。友達歴二ヶ月。ちなみに、オカルト部副部長。わたしは帰宅部だけど、でもなんか、ウマが合うというかなんというか、たぶんイヌもネコもカエルもぜんぶ合うんだと思う。 「どうでもいいかな。受験も、恋愛も」 「わかる。ナミだったらそう言うと思った」  わたし、只野ただのナミは中学二年。3月早生まれ、こないだ13歳になったばかり。今朝は少しだけ、早く起きたつもりだった。  雨の降らない6月6日。  駅のわきの踏切を越えると、あとは学校までストレートの上り坂。  わたしはその手前、開かずの踏切につかまって時計とにらめっこ。  この電車が去れば遮断器は上がる、次こそは上がる、そう信じていつも10分、体感で30分、カンカンカンカン鳴り続ける音を聞いた。  でも今度こそ! 最後の電車がいく!  一瞬だけ開いた遮断器をくぐると、また警報が鳴り始める。  だけどわたしは風!  踏切を超えて、学校までの坂道を一気に駆け上がる。  もう奥の方しか空いてない自転車置き場にチャリを滑り込ませ、スタンドを蹴ってカバンをつかむ。校舎のわきを駆け足で抜けると、あたまの上をチャイムの音が並走する。廊下越しに見える職員室。数学の矢口先生が職員室を出た。昇降口、校門から走ってきたカオルと鉢合わせて、同時に駆け込む。 「おはよ!」 「おはよう、ナミ、あのさあ、過去形だから過去のことだとは限らないよね?」  ちょっとまって。一刻を争うこの状況で、なに? 「え? どういうこと?」  適当に相槌を打って下駄箱を開けると、上履きの上に赤い花があった。  花? 下駄箱に? どうして? 「たとえば、殺人事件を目撃した翌日――」  カオルの声がすーっと耳を通り抜ける。  ふと廊下のほうを見ると、体を少しこちらに向けた制服姿がある。  華鳴池かなりいけ家の御曹司、テル……。まさか! 「――『背が高かったです』っていうときの『高かった』は過去形なの?」  鼓動が駆け出す。  カオルの話がもうアタマに入ってこない。 「だと思う」  空返事。  まさか、あのひとが花を……? わたしに……? なんで?  カオルに隠すように、カバンに押し込む。 「じゃあ今日は背が高くないの?」  と聞いてカオルはダッシュするけど、わたしはなにを聞かれたの? 「いや……。え?」  わたしも追いかける。  二段ずつ階段を上がり、先生を追い越して―― 「犯人を見たのは過去形だけどさ――」  踊り場を曲がると、残す階段はあと12段。  上りきったら、あのひと――華鳴池テルの背中があるかもしれない。 「――犯人の背って、いまも高いよね?」  ていうかカオル、あんたの心臓どうなってんの? 「それ真白ましろ先生に聞けばいいんじゃない?」  真白先生――真白エリ――わたしたちの担任。一回り違いの26歳。先生たちのなかでは、まだわたしたちのことをわかってくれるほう。 「やだ! ぜったいやだ! 屁理屈で言いくるめられる!」  屁理屈はカオルのほうでしょう!?  二階、視界オールクリア。  一時間目の授業をまえに、静まり返った廊下。  そこには華鳴池くんの背中もなかった。  ――ちょっと鉢合わせを期待したり、警戒してたりしてたけど、なんもない。  ホッとしたりガッカリしたり。 「急げーっ」  駆け出すカオルを追いかけて、最後のスプリント。  華鳴池くんは窓際のまえから4番目。  授業中、わたしの視界の左側ぎりぎりにその背中が見えた。  花はよく見なかったけど、ガーベラだと思う。  真紅のガーベラは華鳴池家のシンボル。この町では有名な話。  ――でも、だれかのイタズラだよね。  と、自分に言い聞かせてみるものの、授業なんかあたまに入らなかった。  まあ、聞いてもなにも入ってこないのは、いつものことだけど。  花はカバンに無造作に押し込んだまま。  花びらも落ちてくちゃくちゃになっちゃっただろうな。  でもきっとイタズラだよ、だれかの。  捨てよう。  うん。この授業が終わったら、捨てる。  休み時間、カバンのなかを見ると、花はたしかに真紅のガーベラだった。  華鳴池くんだ。変な確信が生まれる。確信というか、期待というか、いやそれもちがう。戸惑い? なんだろう、この気持ち。嬉しいけど、正直ちょっと困惑。  教科書の隙間にあったのに、思ったほどに乱れてもいない。  ――やっぱ捨てるのやめようかな。  イタズラだってことはさ、わたしが動揺するのを見て楽しんでるわけでしょう?  だから、なんてことないふりしてずっと持ってたら、仕掛けてきた奴だってニヤニヤしたりはしない。とか考えてたら―― 「あなた……」  頭上から声が降ってきた。 「それをどこで盗んだの?」 「盗んだ!?」  振り仰ぐとレイカがわたしを見下ろしていた。  三千堂さんぜんどうレイカ。幼なじみ。幼稚園のころは一緒によく遊んでたけど、いまはスクールカーストの上のほうに行っちゃって、疎遠になった。 「あ、これは……なんでもないよ」  ちなみに、テニス部副部長。県大会出場経験あり。 「質問に答えてないわ。どこで盗んだの? 場所は」  盗んだって。なんでそう決めつけるのかな。 「盗んだんじゃないよ――」  と、愛想笑いしながらこたえるわたし。なんていうか。もう本当に、なんていうか。 「あったから持ってきたーみたいな」 「場・所・は?」  あー。はははは。下駄箱のなか……なんて言える雰囲気じゃないな、これ。 「昇降口……」 「昇降口の?」  割れたガラスみたいな目。  一年のころ、華鳴池くんとふたり、クラスマッチの実行委員をやったとき、いつもこの目で刺されていた。  ――テルと何を話したの?  ――テルに用事があるときはわたしを通して。  って。 「昇降口のどこにあったの?」  やっぱそこを突いてくるよね……。 「うーん。だれかのイタズラじゃないかな」 「場・所・は?」  うわー。逃げきれない。  わたし、なにも悪いことしてないのに、なんで詰められなきゃいけないのかな。 「下駄箱に……入ってた……」  視線は合わせてなかったけど、レイカの拳に力が入ったのがわかった。  昼休み。 「レイカと何があったの?」  カオルが聞いてきた。  何があったのったって、知らないよそんなこと。 「わたしにもわかんない。カバンのなかにガーベラはいってるの見られただけってゆーか」 「ガーベラって、華鳴池家の?」  ガーベラ=華鳴池家。  この町でそれを連想しないものはいない。  財閥、華鳴池家はこの町の資産の半分を持つとも言われている。その血筋を象徴するのがガーベラ。毎年春と秋には広大な庭に咲き誇る。 「わかんないけど……」 「そんなもの持ってるから絡まれるんだよ。どうしたの、それ」  どうしたのって…… 「下駄箱に入ってた……」  そう告げると、カオルの表情が段違い眉で固まった。 「まって……、ローディング中……」  おでこに当てた指をくるくる回してる。  下駄箱に花を入れる、というのは告白とは違う。わたしだって、告白されたとは思ってない。でも――じゃあ、なに? どうしてわたしに花を? カオルもわたしと同様、思考の整理中。目線が小さく泳いでいる。 「ナミ……、あんた……、え……?」  カオルの脳内をいろんな情報が駆け回ってる。  ……そして……つながった。 「ナミ、華鳴池くんから告白されたの!?」 「きゃーーーーーーーーっ! 大声出さないで!」  しかも立ち上がらないで! 「ごめん!」  カオルは小さく謝ったけどもう遅い。みんなに聞こえちゃった。  次の瞬間、レイカが席を立って廊下に出る姿が見えた。やばっ。続いてテニス部員が三人、わたしを睨みつけたあとでレイカの背中を追いかける。わたし、このあとどうなるの? 「めちゃやばくない、それ?」  ――って、カオルが聞くけどさ、 「カオルが大声出したのがいちばんマズいよ」  それに告白されたわけじゃない。 「ごめんごめん。だって、大事件じゃない?」 「事件じゃないよ。だれかのイタズラだよ。こうやって大騒ぎになるのをニヤニヤして眺めてるんだよ!」  みんなにも聞こえるように、少し声を大きくして言ってみた。  華鳴池くんの背中が視界の端に見える。  まわりにいる男子は、その華鳴池くんとわたしの顔を交互に見つめてる。 「わたしが直接、華鳴池くんに聞いてこようか?」って、カオル。 「やめて。イタズラかもしんないし、華鳴池くんに迷惑かけたくない」  華鳴池くんは動じない。  まわりの男子はどう思ってるんだろう。  ――あの女、なんか勘違いして騒いでるぜ……  ――あいつをからかって、みんなで楽しもうか……  って、ぜったいそうだ。  わたしの地味だけどひっそりと楽しい学校生活は昨日で終わったんだ。 「相談に乗るよ、ナミ」  って、カオルは言ってくれるけど、でも本当になんていうか、降って湧いた災難っていうか、わたしが恋に悩んでるわけじゃないし、相談に乗るったって……。  放課後。  オカルト部の部室。 「部長! 本日はコックリさんの儀を行います!」  カオルはオカルト部部長のカッパの像に一礼した。 「まって! 聞いてない!」 「イタズラかどうかはっきりさせなきゃ! いいから座って!」 「わたしとカオルとでやるの?」 「そう!」  オカルト部の部長は校庭で掘り出されたと言われているカッパの像だった。 「にゃ~!」  それと、黒猫のサバト。 「サバトもこっくりさんやりたい?」  なんで校内に猫がいるんだか。 「カオルとサバトでやってよ」 「無理だよ、サバトは霊力が強すぎるから、コックリさん逃げちゃう」  なんなのその脳内設定は。  カオルはすぐに部長の目の前のテーブルに五十音が書かれた紙を広げた。  五十音の上には鳥居の印があり、その左右に『はい』『いいえ』の文字がある。  鳥居の上に十円玉を置いて、促されるままに人差し指を乗せると、カオルの口から呪文が流れ出す。 「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。おいでくださいましたら、『はい』へとお進みください」  カオルのコックリさんを見たのは初めてじゃないけど、参加するのは初めてだった。  緊張。  手の力を抜いてコインを見つめていると、『はい』へと移動する。  うそ!  ぜったいこういうの、だれかが動かしてるよね――半笑いの笑顔を引きつらせてカオルの顔を見ると、カオルは目を閉じていた。そしてゆっくりと目を開けて、コインを確かめて、わたしに目を向けた。 「鳥居へとお戻りください」  カオルが言うと、コインはもとの位置へと戻る。  わたしは動かしてない……だったらだれが……? 「こっくりさん、こっくりさん、教えてください。今朝、只野ナミの下駄箱にガーベラが一輪入っていました――これはだれかのイタズラですか?」  うん! イタズラだ! 『はい』に動くはずだ! しかし!  ――いいえ。 「イタズラじゃないって――」 「イタズラじゃなかったら、どういうことなの?」 「今度はナミが聞いて」って、カオル。 「わたしがぁ?」  カオルは何も言わず、ゆっくりとうなずく。 「それじゃあ、ええっと……お父さんが浮気してるみたいだけど、お母さんに言ったほうがいいかな……」  カオルが露骨に変な顔をする。――なに聞いてんのナミ、バカなんじゃないの? ――と言い出しそうな不満顔。  ――いいえ。  そうか……言わないほうがいいんだ……。  鳥居へとお戻りください、のあとカオルは決意の表情を見せて、 「ナミの下駄箱にガーベラをいれたひとの名前をお教えください」  眉を吊り上げて告げると、やや遅れてコインが動き出した。  最初は、『か』。  カオルの目が輝くけど、わたしは心臓が爆発しそう。  次に『な』。  こ、これは……来てしまったのか……? 『り』。カオルは頷いて見せるけど、違うよ、そんなことないよ。わたしは首を降った。 『い』。カオルがコーフンしてる。鼻息がフーフー言ってる。 『け』。うそだ。ぜったいうそだ。仮にそうだったとしても、告白じゃないよ。 『て』。別の意味があるんだよ、きっと。 『る』。カオル、涙ぐんでるし。なんであんたが嬉しがるんだよう、まったく――  こっくりさんにお礼を言って、お戻りいただくと、カオルはわたしの肩を抱いて、 「よかったね、ナミ。わたしのぶんまで幸せになりなよ」  と言ってくれるけど、わたしと華鳴池くんじゃ釣り合わないよ。 「向こうから告白してきてんだよ!? もっと自信持ちなよ!」 「ていうか、花をもらっただけだよ? 告白じゃなくない?」 「告白じゃなくても! 最大のチャンスが巡ってきたのよ!? ここからはあなたがどう動くかでしょう? あなたの気持ち次第じゃない?」 「じゃあ、わたし、降りる」 「なんでそうなるのよ!」  夕方になってカオルとふたり、自転車を押して校門へと向かうと、レイカの姿があった。テニス部員の三人と一緒。四人ともテニスウェア。部活の途中で抜けて来たんだ。  無視するとやっかいなことになりそうだなぁ。  でも、なにを話せばいいんだろう。 「そうだ。今日はあれ。ドラマの最終回。ほら。なんていったっけ」  カオルがレイカをシカトすべく、唐突に話題を振ってくる。 「ごめん。見てないんだ、それ」  レイカはじっとこっちを睨んでる。部員三人も同じく。 「ええーっ! ぜったい面白いから見てって言ったのに!」  カオルは上ずった声で、この空気をごまかそうと必死。  ワンチャンこのまま駄弁りながら通り過ぎられるかな? と思っていたら―― 「テルと話をするときは、わたしを通してって言ったよね?」  って、言葉の拳が飛んできた。 「あ、うん。それは覚えてるけど……」  言葉って、痛い。 「でもナミ、華鳴池くんと話したわけじゃないでしょ?」  カオルの後方支援―― 「ただ一方的に告白されただけで、まだ返事してないんだよね?」  ――って、カオル! 告白は禁句!  レイカが一歩わたしににじり寄る。 「あなた、わたしにテニスを教えてほしいって言ってたわよね?」  はあ? 「ええっと、それって小学校の頃だっけ?」 「覚えてるじゃない。いまから教えてあげるわ。コートに来なさい」  なんでそうなるの……? 「でもほら……」  わたしは制服の肩のとこをつまんで、ウェアがないアピール。  ウェアというか、そもそもそんなのに付き合う気がないっていうか。 「ウェアだったら、この三人から好きなのを剥ぎ取って」  って、三人をアゴで指し示す。  無茶言うなぁ。 「わたしのサーブを一球でも取れたら、テルとの交際を許してあげる」  別に交際すると決まってるわけじゃ……。 「でも、取れなかったら転校してもらうわ」 「転校って……わたしが……?」  レイカは、当然でしょうって感じで笑みを作ってみせた。 「そ、それはあまりにも一方的なんじゃないでしょうか、レイカさん」  カオルのへろへろ援護射撃。 「あなたは黙って」  完封。 「早く着替えて。三人のなかで真っ先にウェアを脱ぐのはだれ? わたしに指名されるのを待つつもり?」  レイカは取り巻きに命令。さすがに三人も戸惑ってる。 「レイカがわたしをボコボコにするのはいいけど、転校はわたしが決めることじゃないし」 「へぇ。わたしはあなたが消えてくれれば、手段は問わないんだけど」  うわー。なにそれ。このひと、わたしに死ねって言ってる。  下校の生徒たちがわたしたちを避けてふたてに分かれて校門を出ると、三人がおずおずとウェアの裾をまくりはじめる。  と、そのとき―― 「そこまで!」  甲高い声が響いた。  レイカとの間に駆け込んでくる影。 「その勝負、わたしが預かった!」  小さい影は土煙をあげて滑り込み、スカートの裾が揺れる。  リコ……? 「飼育部副部長、伊部リコ、4対1の卑怯な勝負、見過ごすわけにいかない!」  ええっと、勝負はたぶん1対1だと思うんだけど……。 「あなたには関係ないでしょう? 邪魔しないで!」  レイカは怒声をあげるけど、リコは、 「肥やし玉!」  発するやいなや、激臭のする謎の玉をその場に炸裂させた。 「伊部リコ!」叫ぶザコA。 「ブタ部!」と、ザコB。 「さあ! いまのうちに!」  リコは有無をいわせず、わたしとカオルを押して校舎裏のほうへ。  レイカは激臭に咽ながら、 「逃さないで!」  って、三人に指示するけど、ウェアを脱ぎかけたテニス部員たちにはスキがあった。というか、スキだらけというか、問題行為というか。  わたしたちは猛ダッシュで校舎裏、飼育部部室まで走った。  飼育部部室――というか、飼育小屋。 「レイカにかかわっちゃダメよ」  と、リコは言うけども。 「飼育部の部室って、飼育小屋なの?」  と、カオルはいきなり話の腰を折る。うん、まぁ、わたしもそう思ったけど。 「そうよ。飼育部は部としても認められてないから、部室はないの」  認められてないんだ。 「これもすべて生徒会の陰謀のせい」  陰謀って。  リコはわたしたちにアタマを寄せて、 「レイカは7月にもテニス部部長昇格、生徒会長戦にも立候補すると目されているわ」  と、低い声で語る。 「ていうか、陰謀じゃなくて、思い込みじゃない?」 「いいの、ナミ。陰謀あったほうが面白いじゃない?」 「さすがカオル。わかってる。でもね、陰謀はほんとうなの。三千堂家は華鳴池家に取り入って、この町の支配を企んでいるの」 「その尖兵が三千堂レイカってこと? 高飛車な子だけど、レイカだって中学二年、まだ13歳だよ?」 「そうよ。でもね、よく聞いて。13歳は特別なのよ?」 「特別って?」 「13歳までは刑事責任を問われない」  あ? え? 「つまり、三千堂家に敵対するものがいたら……」 「親が出ないでレイカが殺しちゃえば、罪には問えない!」 「さすがカオル! だてにオカルトはやってないわね!」  いまの、オカルト関係あった? 「つまり……?」  どういうこと? 「これ以上あなたが華鳴池くんにつきまとうと――」 「つきまとってはいないんだけど」 「――命を奪われる!」 「ばばーん!」  だって。そんなこと言ったって。 「わたしだってレイカには関わりたくないよ」  テニスの試合しろとか言われるし、明日もきっと言われるんだよ? どうすればいいのよ、まったくもう。 「もういちどコックリさんにお伺いを!」 「どうせ勝っても負けてもボコボコにされるだけだし」 「わかった。試合しなさい! そして負けてボコボコにされたら、転校しろなんて言葉は忘れるわ」 「ダメよ、オカッパ部」  オカッパ部呼び。 「オカッパじゃないの、これは! ボブなの!」  切れるカオル。 「中学時代の失恋は一生の傷になる。ここで失恋したらあなた、二十歳すぎても自分に自信が持てずに一生を寂しく過ごすことになるのよ?」  そんなこと言ったって。 「わたし、ほんとに華鳴池くんのことなんとも思ってないんだってばぁ」 「うわぁ、これだ」  うわぁってなによ。 「告白された子は言うことが違いますなぁ」 「わたしたちとは住む世界が違ーう」 「あなたたちもしかして、楽しんでない?」  ほんとに、なんとも思ってなかったんだよ。華鳴池くんのこと。  ――少なくとも、昨日までは。 「ナミ、お風呂は?」 「あとで入る!」  七時半からカオルとゲームする約束だから、お風呂はあと。  階段を駆け上がってコントローラーを握る。  昨日クリアできなかったミッションを今日こそ、って、昨日言って終わったけど、そういえば今日はゲームの話なんてしなかった。  ログインするといきなり、 「ゲームなんかやってていいの?」  って、カオル。 「それ、どういう意味?」 「彼氏ができるといろいろと生活変わるのかなと思って」 「彼氏じゃないし!」  ていうか、お父さんの部屋で遊んでるんだよ。不意に部屋に戻られたらヴォイスチャット聞かれちゃう! 「いいよね、ナミは。可愛いし」 「えっ? ちょっとまって。カオルってそういうの興味ないと思ってた」 「興味ないよー。興味持っても無駄だもーん」  うわー、もう。  レイカとばかりかこっちまでヒビ入りそう。  ゲームがはじまったら、昨日までと同じテンションで遊べたんだけど、でも昨日と同じ連携ミス。それでもまあ、ミッションはちゃんとクリアできて、10分もプレイしてるとやっと昨日と同じ感覚が戻ってきた。 「ボス戦、めちゃ焦った」 「昨日はへっぽこ君混じってたから」  フォート・レジェンドっていうアクションゲーム。三人目、四人目のプレイヤーにたまにすごく下手な人がマッチングされて、わたしたちの貴重なゲーム時間が奪われた。 「ふたりモードがあったら、よっぽどうまくプレイできると思う」 「だよねー」  このゲームがわたしたちのリズムを作り出してるんだ、なんて思った8時半。解散の間際。 「応援してる。がんばって」って、カオル。  結局はその話か。  でもわたし、自分の気持ちがわからない。 「それにしてもナミが告白されるなんて――」  だから、告白じゃないんだけどなぁ。 「――明日は嵐か大雪だね!」 「本当に告白だとしたら、天変地異が起きるよー」 「マジでマジで。宇宙人攻めてきて宇宙戦争起きるよー。サバトもそう思うよねー」 「え? まって。カオル、学校のネコ、家に連れて帰ってるの?」  ゲーム機があるのはお父さんの部屋。  わたしが使えるのは8時半まで。 「そろそろ終わりだぞ」  って、お父さんの声。 「うん。もう終わった」 「ナミが宿題しないって、お母さん怒ってたぞ」  知ってる。 「でもそれって、ずっとまえ、一回だけでしょう?」 「俺は知らんが、ゲームばっかりやってるから、そんな風に見られるんだ」  見られる、って。 「印象じゃなくて、現実で見てほしい。お父さんからも言ってよ」 「はいはい。しかしおまえも……」 「わたしも……? なに……?」 「3年になったら受験勉強が本格化するだろう? どこの高校を目指すか決めるのは中2のうちだぞ」 「うん」 「ゲームばっかりやってないで……」  またそんなこと。お父さんも遅くまでゲームやってるくせに。  でもこの機会だ―― 「わたし、ゲームの実況者になりたい! YouTube で配信するの!」  と、言っちゃったのが今年最大の、いや、一生で一番の不覚だった。 「バカなことを言うんじゃない」  お父さんはフッと蔑んだような笑みを漏らした。 「バカじゃない。真面目に言ってる」 「百歩譲って、ゲームを作るならまだしも、実況なんか他人の成果にタダ乗りするクズだ」  はあ? 「動画で稼いでるやつはみんなそう」  正直、わたしの取り柄はゲームだけだ。ドラえもんののび太が射撃だけは上手いみたいに、わたしもゲームだけは上手い。と思う。のび太だって、いまの時代に生まれてたらゲームで最強の名を欲しいままにしただろうし、実況してだれよりも有名になったと思う。 「でも、有名な声優さんもやってる」  って言うと、お父さんは 「だったらそいつもクズだ」  と言い捨てて、わたしの方も見ないでパソコンを立ち上げた。  ――だったら、そいつも、クズ。  大好きな声優――推しの声優がクズって言われた。  なんどもわたしを笑わせてくれた、泣かせてくれた、勇気づけてくれた声を。お父さんは、クズって言った。  ――クズはどっちだ。 「ゲームだとか実況だとかが良く見えるのは、世の中を知らんからだ」って。  世の中ってなによ。  こっちはそのパソコンにどんなメールが溜まってるか知ってるんだぞ。  お風呂の間もずっとむしゃくしゃしたままだった。  わたしの進路の話だけならこんな気持にはなってない。推しをクズ呼ばわりされるのがどんなことか、お父さんわかってない。  お風呂からあがると、お母さんはスマホで友達とラインしながら、リビングでテレビを見ていた。 「またお父さんに怒られてたの?」  横目でちらりと見て聞いてくる。 「あのね、お母さん」  って尋ねても、 「うん?」  って、興味なさげな小さな返事だけ。  わたしはどうしても、むしゃくしゃした気持ちが収まらなかった。  ――あのね、お母さん。  言葉を選んでたら、やっと振り向いた。 「お父さん、浮気してる」

2 ドキドキ・宇宙戦争

 レイカにボコボコに負けて、華鳴池くんに冷たくあしらわれる夢から覚めると、宇宙戦争が始まっていた。  知ったのは朝のニュース。  あまりのできごとに呆然とテレビに釘付けられた。  今日ってエイプリルフールじゃないよね?  パリ、ニューヨーク、ロンドン、上海と、宇宙空間より飛来した未確認飛行物体によって攻撃を受けていますと、テレビのアナウンサーが伝える。  お母さんによれば、昔はここに東京が入ってるのが定番だったらしいけど、いまじゃ宇宙人も見向きもしないって、でもそんな呑気なことを言ってる場合? 「学校、どうしよう」 「どうしようって、行かなきゃダメでしょう? 休みの連絡来てないんだから」  そういうものなのかなぁ。  テレビでは総理大臣の緊急記者会見が始まる。 「お母さん! 総理大臣!」  のんびりトイレ入ってる場合じゃないよ! お母さん!  水を流す音。 「東京は無事なんだし、慌てることはないよ」  って、髪を留めなおしながら、テレビに目をやる。 「学校とか会社とか休みになるよね?」  何本も束ねられたマイクのまえに防災服姿の総理大臣。  カンペを見ながら、各地の被害状況を伝えたあと―― 「学校を休校するかどうかの判断は、各自治体の決定に従ってください」  って、ええーーーーーーーっ!  なんなのそれ!  日本が攻撃対象になってないからって、緊迫感なさすぎる!  こんなときに学校に行くなんてありえないけど……でも、昨日の告げ口のこともあるし、お父さんとは顔を合わせたくない。  チャリで学校へ向かうと、いつもの開かずの踏切が開いたままだった。  駅には人が溢れて、戦闘機が頭上を通り過ぎた。  本当にこれ、学校休みになんないのかなと思ったけど、いやでも、学校も会社も休みになって三人で家にいるとしたら、やっぱり気まずいし。  お母さんもう、浮気のこと問い詰めたりしたのかな。  詳しい話はしなかったけど、お父さんのパソコン使ってるときによくメールのデスクトップ通知が来てた。証拠隠滅される前に詰めたほうがいいよ。――とも思うけど、それで家の空気が悪くなるのは嫌だなぁ。  校門のあたりでカオルの姿を見かけるけど、 「おはよー」  って、テンション低かった。 「踏切が開いてると、なーんか張り合いがない」 「あー、わかる」  チャリを停めるとき、つい時間を気にしてしまうけど、別に焦る時間じゃないんだ。 「でもなんか、嵐のまえの静けさっていうか」 「ニューヨーク壊滅状態だって、ニュースで言ってた」 「日本は無事でいられるのかなぁ」 「うーん。でもなんか、実感ないなぁ」  昇降口にはレイカがいたけど、一瞥すると背中を向けて階段を上っていった。  まあ、あれがいつものレイカだ。 「うーちゅーうーじーん!」  背後から甲高い声が響いて、近づいてくる。 「がぁーーーーーーーっ! 攻めてきたぁーーーーーーーっ!」  スカートの裾を翻して伊部リコ登場。ポーズを決める。 「なんなの、あんた」って、カオル。 「2023年、6月7日未明、世界各国に宇宙より飛行物体が飛来! その数4千! これは地球の全戦闘機の数に相当する! どういうことかわかる?」  わたしたちは気圧されて首を振るだけ。 「一人一殺! キルレシオ1対1に持ち込めば防衛できる! ――ということだけど、ネット見た?」  テンション高っ……。 「敵の飛行物体1機に最新鋭のF22戦闘機15機が一瞬で撃破されたの! キルレシオ0対15! 最新鋭機でよ!? 日本には旧式のF15、あるいはもっと旧式のF4、国内開発のへっぽこF2か、欠陥品のF35しかないわ!」 「あと、ストプリ」ってカオルが付け足す。 「ストプリ?」 「ストプリ戦わせる」 「戦わせる」 「それ、強いの?」 「強い」 「ストプリ最強」  リコの声を聞いて、まわりの生徒が不安がるけど、わたしにはどうにも実感がない。 「宇宙人はなにが目的なの?」 「そう! そこよ! それをいま調べてるところ!」 「調べるって、どうやって……」 「ネットにはどんな情報でも転がっているのよ! すべてわたしにまかせて!」  と、胸を叩いてリコは廊下を駆けて行ったけど…… 「まかせて何がどうなるんだろう」 「さあ……」  一時間目。国語。自習。  生徒は半分くらいは自主休校。  みんな宇宙戦争の話ばっかりで、自習なんかする雰囲気じゃない。そんななかカオルは 「やっぱり本人に聞くべきだよ」  って、華鳴池くんの件。 「でも、そんな空気じゃないよ……」 「宇宙人、日本にまで来たら死ぬかもしれないのよ!? モヤモヤしたまま死んだら、死んでから一生もやもやして過ごすのよ!?」 「死んでからの一生ってなに?」 「わたしはヤダ。こんな中途半端で死にたくない」 「中途半端って?」 「取ってないアイテムとか、行ってないエリアとかいっぱいある」 「ゲームの話?」 「そりゃそうでしょ。宇宙人攻めてきたからって、急にリアルに目覚めたりはしないもん」  ゲームかぁ……。 「わたし、今日はゲームできないかもしれない」  そもそもしてる場合か、っちゅう話でもあるけど。 「えっ? あっ、もしかして、華鳴池くんと?」 「は? なんでそうなるの?」 「電話とかチャットとかで、うふふ、あはは、とか」 「しないよ」  そもそも、花をもらっただけ――それすらも手渡しじゃなくて、下駄箱に放り込まれただけで、話もしてないし、ろくに目を合わせてもいないんだから。 「ゲーム機、お父さんの部屋にあるの」 「ああ、そう言ってたね。お父さんとなんかあったの? ケンカでもした?」 「まあ、それに近い感じ……」  昨日の今日だし。顔を合わせたくないっていうか。ていうかカオル、今日もゲームする気だったの? 「それにしても、生徒には登校させておいて、先生は休みってどういうこと!?」 「先生は電車だから、来れないんだよ」 「でも先生、踏切が上がらないことくらい予測して行動しろって言ってたよ?」 「言ってたね」 「子どもに踏切の予測しろって言うんだったら、大人は宇宙戦争くらい想定しなきゃダメでしょ!? ねぇ、サバト」 「にゃー」  にゃーって。そもそもなんで学校にネコがいるわけ? 「宇宙戦争が起きるなんて、考えたこともなかった」 「わたしだってそう。でも、きっとこれはまだ予兆よ!」 「予兆……」 「これからもっとすごいことが起きるの!」 「すごいことって?」 「タイムマシンが現れて、時間の流れがめちゃくちゃになるとか!」 「そこまで!?」 「そうでしょ? サバト! タイムマシン来るよね?」 「にゃー」  二時間目も自習。スマホ見てる子が、札幌上空でUFOと戦闘機が戦ってるって教えてくれた。ニューヨークに続いてロンドン、パリも壊滅。ロシアは闇雲に大陸間弾道弾を撃ち始めたけど、ソフトウェアの改修が間に合わず、半分はアメリカを攻撃しているらしい。 「なんかめちゃくちゃだなぁ」 「ナミ! 最新情報!」  いつの間にかカオルもスマホ見てる。自習とはいえ、授業中だよ? 「アメリカがロシアに向けて反撃の核ミサイルぶっぱなした!」 「どうなるの、それ?」 「第三次世界大戦! 勃! 発!」  宇宙戦争が起きている最中に、第三次世界大戦って……。 「こんなときこそコックリさんよ!」  と、中休み、カオルに手を引かれてオカルト部室に駆け込んだけど、部長のカッパの像が割れていた。 「キャーーーーーーーーーッ!」  宇宙戦争勃発にもたいして動じてなかったカオルが叫んだ。 「カッパ様が……カッパ様が……」  動揺してオロオロと破片を集めるカオル。 「カッパ部長いないとコックリさんってできないの?」 「できなくはない……できなくはないけど……」 『くろ……みさ……黒水澤……カオルよ……』 「カッパ部長!」  カオルのアテレコによる一人芝居が始まった。 『わしにかまわず……コックリさんに真を問うのじゃ……』 「そんな、部長! わたしにはできません!」  カオルが小芝居やってる間にも宇宙戦争は拡大してると思うんだけど、どうなの。 「こんなとき、ボンドがあれば……」 『わしに……かま……う……うっ!』 「カッパ様! お気を確かに! カッパ様ーっ!」 「あの……ボンドを使いたいんだけど……」  三時間目のあと。  学級委員の華鳴池くんに、クラスの備品を借りにいった。 「いいけど、何に使うの?」  低くて落ち着きのある声。心臓がズンドコ節を踊りだす。キ・ヨ・シーッ! 「あの……オカルト部室にあったカッパ像の修理……」  レイカが離れたところでわたしを睨んでる。  でもこれ、大事な用だから。ガーベラのこととも関係ないし、事務的な話だから。  さっきカオルと、  ――わたし、本当に華鳴池くんのことなんとも思ってないよ?  ――だったらナミが華鳴池くんにボンド貸してもらって!  って話してて、売り言葉に買い言葉でこんなことになっちゃったけど、足震えてるし。これじゃわたしの方から告白してるみたいじゃない。 「それは難しいな」 「えっ?」 「オカルト部の備品だったら、オカルト部の予算でなんとかしないとダメなんじゃないかな?」  かーっと顔が熱くなった。 「じゃ、じゃあいいです!」  一礼して走り去ったけど、心臓がバクバクしてる。  勇気出して話しかけたのに。まるでわたしがふられたみたい。涙が出てきた。なんで? ボンド借りれなかっただけなのに、なんで? 「がんばったね、ナミ」  カオルはわたしの頭を抱きとめてくれたけど、涙が止まらない。  たかがボンドなのに。こんな姿、華鳴池くんに見られたら変に思われる。  でもどうして。  こないだまでなんとも思ってなかったのに。なんでこうなっちゃったの。  わたしの勘違いかもしれないのに。ううん、きっとそう。ガーベラのことだって、わたしの思い過ごしなんだ。  それに、華鳴池くんのことなんとも思ってないなんてのもウソだ。  ボンドのことだって、ココロの底では話しかけるチャンスができたって思ったし、きっかけになると思ったんだ、わたし。  汚いよ。そんなの。ちゃんと聞けないからって、ボンドをだしに使うなんて。そんなんだからダメだったんだ。華鳴池くんだって、見透かして笑ってるよ、きっと。  お昼休み。  お弁当を食べてると、赤いチューブに入ったボンドを机に置かれた。  見上げると、レイカ。 「わたしが借りてきてあげたわ」 「あ、ありがとう……」 「返すときも、わたしに返してね」  って、レイカは笑顔のまま背を向けて、席に戻ってった。  悔しい。  なんかわかんないけど、妙に悔しい。  それに恥ずかしかった。  勇気振り絞って、話しかけて、断られて、泣いた自分が。  放課後。  結局今日一日ずっと自習。  どうやら通信網が落ちてるっぽくて、市の教育委員会と連絡が取れてないらしい。 「そんな理由で学校に足止めされる生徒の身にもなってよ」  カオルはカッパ像を包んだ風呂敷を抱えて愚痴った。  校門のまえには、テニスウェアを着たレイカと、同、部員二名の姿があった。 「あなたとは今日のうちに決着をつける」  部員、ひとり減ってる。まあ、こんなときに学校に来る方がおかしいよ。  カオルは「またぁ?」と、露骨にうんざり感を出してみせた。 「あんたさぁ、恋のライバルがナミだからいいけどさぁ、もし相手が大坂なおみだったらどうするの? 勝負挑むの?」って、いつになく強気。  そう、そうだよねぇ、とか思っちゃったけど、レイカは動じない。 「もちろん! 勝てるまで技を磨くのみ!」  すげー。 「男子だったら?」 「男子!?」 「ノバク・ジョコビッチやラファエル・ナダルや西岡良仁だったら?」 「そ、それは……」 「ぶっちゃけ、この学校の男子テニス部部長、暮井コウトだったらどうすんのよ」 「だ、男子を引き合いに出すなど、卑怯だぞ!」  あ、動揺するんだ。 「卑怯もなにも、ありうる話でしょう? ねえ、サバト!」 「にゃあ!」 「な、な、な……夏までには告白するはずだった……」  レイカは苛立ちを隠せなくなった。ロウバイって言うのかな、こういうの。 「お父様の事業も、華鳴池家との共同プロジェクトが決まって……そのお披露目のパーティの夜……ふたりでモーリシャスのビーチで……」  胸のなかに『知らんがな』って言葉が浮かんだけど、言うのはこらえた。  そしてまたカオルが何か口を開こうとしたところ、上空に怪光線が閃いた。  雷だったのかもしれない。でも、雲ひとつない空。  遅れて轟音が駆け抜け、長い長い木霊が尾を引いた。  カオルのスマホが警戒警報を鳴らす。遅れて、レイカのカバンからも。  頭上を戦闘機が駆け抜ける。そして、遠雷。  レイカは足をすくませて、その場にしゃがみ込んだ。  そうだった。レイカ、雷が大の苦手だったんだ。 「そういえば、雷、怖かったよね」 「うるさい」 「いまも怖いんだ」 「だからなんだって言うんだ!」 「わたしだって怖いよ! だから勝負は明日にしよう!」  空元気をふりしぼって言ってみたけど、レイカはしばらく黙ってしゃがみ込んでた。 「レイカ、明日ぜったいに勝負する。約束する。だからあなたも約束して」 「約束? わたしが?」 「そう。わたしは逃げない。だからあなたもこれから先、勝負から逃げない、って」  この先。この先なんてあるのかな、わたしたちに。 「わかった。明日だな」  うん。明日、もしわたしたちが、生きていたら。  玄関のドアを開けると、お父さんとお母さんの言い争う声が聞こえた。 「だったらメール見せて」 「プライベートにまで口を出すのか?」 「やましいことがあるから隠すのよ」  というやりとりから、すぐに浮気の件だとわかった。 「ただいま」  リビングのドアを開けると、お父さんはわたしの顔を睨んで、階段を上ってった。 「おかえり」って、お母さん。  倒れた椅子を起こしながら、 「冷蔵庫に食べるものあるから、勝手に食べて」  って、わたしから顔をそむけたまま、頬を拭った。  お母さんの髪は乱れて、いつもつけっぱなしのテレビが、今日はついてなかった。  地球はどうなってしまうんだろう。  帰ってきたらそんな話をする気でいたのに、とても話せる雰囲気じゃない。  結局ゲームにもログインできず。  ちなみにあとから聞いた話だけど、サーバが停止してだれもアクセスできなかったらしい。しかもアメリカにあるサーバが破壊されたので、データも消えたし、再開もされないって。  あーあ、って思った。  一日一時間しか遊べないなかで、二ヶ月かけて集めたアイテムもぜんぶ消えちゃうんだ。ゲームでしか知らないフレンドとも、もう会う機会がないんだって。  でもそれってさ。よくよく考えると、アメリカのサーバのある町が壊滅してるってことなんだよね。嘆くポイントが違うってのは、わかってる。 「テレビつけていい?」って聞くと、 「いいけど、気が滅入るだけだよ」って。  リモコンのボタンを押すと、テレビは宇宙人来襲のニュースを伝えた。  世界地図が表示されて、連絡が取れない地域――つまり、宇宙人のせいで壊滅してしまった地域が赤く塗られていた。  右肩に表示された数字が48%から49%に変わる。  これが、宇宙人に奪われた面積。  一日で半分ってことは、明日にもこの地図は真っ赤になる。  チャンネルを回すと、モノクロの映画を流している局があった。 『緊急・名作映画一気上映』と題された、名作映画特番。  これで最後だから、人生に悔いを残さないように、ってか。 「深夜からNHKでも『最後の紅白歌合戦』が始まるんだって」  そうか。世界の終りって、こうやってやってくるのか。  L字型のニュース枠には、速報がひっきりなしに流れていた。  防衛大臣、北海道にて消息不明――  華鳴池副大臣が臨時で執務を代行――  あ……  それって華鳴池くんのお祖父さんだっけ……?  わたしはどうすればいいんだろう。  つい三日まえまで、華鳴池くんのことなんか、好きでもなんでもなかった。  そりゃあカッコいいのはわかってたし、一年のとき初めて話しかけたときはドキドキしたけど、いまの気持ちとは違う。  でも、いまの気持ちってなんだ?  世界が崩壊する。わたしもお母さんも明日死ぬ。そんななか、華鳴池くんのことが――なんだろう。華鳴池くんのことが――。  ボンド借りれなかっただけで泣いたんだよ、わたし。  告白なんかして断られたら、耐えられない。  チャンネルを回すと、『最後の紅白歌合戦』で再結成したスマップが泣きながら『世界で一つだけの花』を熱唱してた。  メンバー勢揃い。紅組も白組もみんな泣いてる。 「すごい。森くんもいる」 「だれそれ?」  続いて、和田アキ子。カメラが捉えた瞬間から泣いてる。  眠れるわけがない。  と、思いながらもいつの間にか熟睡していて、朝はお母さんに起こされた。 「宇宙人は!?」 「もう気にしないことにした」 「気にしなきゃダメでしょう!」  テレビをつけると、世界地図はもう7~8割がた真っ赤だった。  日本も北海道は真っ赤。石川県から静岡県にわたって真っ赤な帯がある。  解説者の説明によると、宇宙船の母艦から発射された光線が、幅80キロに渡って国土を焼いたらしく、その帯は中国からロシアまで貫いてるって。  わたしももう、気にしても無駄だなと思ってチャンネルを回すと、テレビ朝日では『最後の朝まで生テレビ』をやってた。  人類って、アホなのかもしれない、と思って見てたら、 「わたし、この家はもう出ていくけど、あなたはどうする?」  ってお母さん。 「出て行くって?」 「離婚するの」  離婚……。わたしのせい? 「あなたはお父さんとこの家に残る?」 「嫌だ! お父さんと暮らすのは!」  と、言い返してみたけど、その話っていましなきゃダメなの? 「出ていくのっていつ?」 「今日中に荷物をまとめるから、あなたも今日学校終わるまでに考えておいて」 「……わかった」  お母さんも、お父さんの浮気には感づいてたんだと思う。 「って、学校?」 「もうこんな時間! 遅刻するよ?」  都心に買った『投機用のマンション』のこと聞くと、いつも誤魔化してたし、そこに愛人が住んでること、わたしが推理したくらいだから、お母さんだってきっと……  家を出ると、空が真っ赤だった。  巨大な夕焼けなのか、どこかが燃えているのかはわかんない。  遠くにヘリが飛んで、雷鳴みたいなものが響いてくる。  直後、家のガラス窓がびりびりと震えて、アロエの鉢が小さく振動して棚を横滑りしてった。地震だ。立ってるとよくわかんなかったけど、震度いくつくらいだろう。  学校に行くと校門にはレイカの姿があった。  取り巻きのテニス部員はひとり。 「レイカも来たんだ……」 「当然でしょう。あなたとの決着をつけない限り、死ぬわけにはいかないわ」  ま、しょうがないか、と思ってると、すぐにカッパの像を風呂敷に包んだカオルも登場。 「カッパ部長、治療完了~~~~~っ!」  カッパ、そんなに大事か。 「早く部室に! コックリさんに聞くのよ! これから地球がどうなるか!」  徹夜でもしたのか、カオルは目の下にクマを作って、それでも声を高くあげて、部室を指差した。 「バカじゃないの? あなたたち」って、レイカ。  そう。大正解。バカなんです。 「人類が滅亡仕掛けてるときにクラスメイトと決闘しようってほうがバカでしょ!」  徹夜したテンションのカオルが言い返した。 「決闘じゃないわ! 正々堂々、試合を申し込んでいるのよ!」  レイカが言うと、隣のテニス部員がウェア一式をスッと差し出す。 「あ、ありがとう」  ちょっと憧れてたんだ、これ。  と、手を差し出すと、 「ナミ! 勝負はあとまわしにして! まずはコックリさんよ!」  って、いつになくカオルも強気だ。 「ふざけないで!」  レイカが苛立ってラケットをカオルの鼻先に向けたとき、雷光が閃いた。  身構える間もなく、雷鳴が駆け抜けると、レイカは頭を抱えてうずくまった。  空にはまた雷光が閃く。  カオルは私に目配せして、 「レイカも来て! いますぐ!」  レイカにも声を掛けた。  こんなときにコックリさんってのもどうなの、とは思ったけど、レイカにボコられるよりはましか。   「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。おいでくださいましたら、『はい』へとお進みください」  ボンドでツギハギになったカッパ部長のまえ、わたしとカオルとレイカ、三人でコインに指を乗せた。  ――はい。  緊張が走る。 「まずは人類が滅亡するかどうか聞きたい」  レイカが小声でカオルに伝える。  コックリさんなんか信じてないと思ってたけど、ちゃんと質問するんじゃん。 「こっくりさん、こっくりさん、お教えください。人類は滅亡しますか?」  ……三人、息を飲んだ。  だけどコインは動かない。 「どういうこと?」 「未来のことだから、確定してないってことなのかも」 「じゃあ、もう確定してること聞いてみて」  レイカがカオルに振る。  カオルは「うーん」と考えて、 「こっくりさん、こっくりさん、お教えください。地球に来た宇宙人の目的はなんですか?」  今度はコインが動き出した。  まず一文字目は『ふ』。  わたしとカオル、わたしとレイカ、顔を見合わせる。次に示したのは『く』。 「ふく――」  レイカが小さな声で復唱する。  次は『し』。 「ふくし――」  コインは右へ。『ゆ』。 「ふくしゆ――?」  そして、『う』。そこで止まった。 「ふくしゅう?」 「復讐って、いったい何に!?」  カオルが改めて問いかける。  コインは躊躇うことなく『た』へと動き始める。 「た――」  右へ、左へ、また右へと、文章を綴る。 「たこやきにして――」 「くわれた――」 「タコ焼きにして食われた!?」 「いったいだれに!?」  ――コックリさんに聞いた話を総合すると、こういう話だった。  愛知県東幡豆ひがしはずの田中さんが、浜辺で宇宙人を捕獲、それをタコだと信じた田中さんはタコ焼きにして食った。宇宙人側は銀河標準言語で警告を発したが、田中さんは聞き入れなかった。 「――これは、宇宙法的に言えば宣戦布告に当たる、と」 「東幡豆からは、宇宙人土偶って言われる異形の土偶が出土してるって聞いたことがある!」 「もしかして……そのときもタコ焼きが原因で!?」  ちょうどそこに、校内アナウンスが流れた。  ――成層圏より宇宙船の母艦と思われるものが降下、接近しています。全校生徒はただちに下校してください。 「宇宙船の……」 「母艦……?」 「それって、下校してなにか意味あるの?」  ――繰り返しお知らせいたします。成層圏より宇宙船の母艦と思われるものが降下、接近しています。全校生徒はただちに下校してください。 「そんなこと言ったって、どうすりゃいいのよ……」  レイカが気弱な声を出すと、 「案外意気地がないのね、テニス部!」  カオルが煽った。 「ハッ。オカルト部がほざくな! オカルトなんて、ぜんぶ迷信よ!」  さっきいっしょにコックリさんやってたくせに……。 「とにかく! 外に出ましょう!」  校庭へ出ると、上空に宇宙人の母艦らしい巨大な影が浮かんでいた。  レイカはスマホを見てわなわなと震えている。 「さっきまでの威勢はどこに行ったの?」  カオルが問いかけると、レイカは、 「これを見て」  スマホの画面を示した。  そこにあったのは、ほぼ真っ赤に塗られた世界地図。  わたしたちの町には、宇宙人の母艦らしきアイコンがあった。  そして同じアイコンが世界中に、無数に表示されてる。  レイカは赤い空を見て立ち尽くしてる。  そのとき、 「だーーーーーーーーーーーーーい ニューーーーーーーーーース!」  聞き覚えのある甲高い声が近づいてきた。 「リコ!」  ずざぁっと砂煙をあげて減速、リコがポーズを決める。 「なにかわかったの!?」 「オカルト部部長、カッパの像は東幡豆出土の宇宙人土偶――」  と、そこまで言ったところで、宇宙戦艦から発されたビームでリコの体は撃ち抜かれた。  とっさのことで声が出ない。  ふくらはぎから先の足だけ残されて、体はきれいに消失。  肉の焼けた匂い。  ビーム砲の爆音に、静かな耳鳴りだけが耳に残った。 「なにが起きたの……?」  カオルが弱々しく口に紡ぐ。  リコ、死んだ――?  と、そのとき。耳鳴りが消え、音が戻り始めると、閃光をともなって小型のバスくらいの未来的な乗り物が出現、目のまえでその扉が開いた。 「乗って! 早く!」  声をかけたのはリコ……いまビーム砲で撃ち抜かれたはずの飼育部副部長、伊部リコだった。 「別の時間軸に移動する! 早く! 地球が崩壊する!」  乗り物は宙に浮いている。羽根もないのに。 「なんなのそれ!」 「タイムマシーン。明日あなたたちが宇宙船のなかで発見する、発見したら、わたしがビーム砲で撃たれるまえの世界にもどって、わたしを助けて!」  タイムマシーン? 宇宙船? いったいなんのこと? 「とにかく乗って!」 「うん!」  ステップに足を置こうとしたところ、背後で爆発。タイムマシーンはバランスを崩し、上空へ退避。そこに母艦からの連続攻撃。避けるタイムマシーン。 「ナミ! カオル! レイカ! 別の時間軸に助けに行く! そっちでまってて!」  そういうとリコのタイムマシーンは光の粒になって消えていった。 「別の時間軸って?」 「わかんない」 「この時間軸のわたしたちはどうなるの?」  レイカが真っ赤になったスマホの世界地図を見せる。 「わたしたち、死ぬの?」  タイムマシーンで過去や未来へ行くと、そこから世界線が分岐するという話を聞いたことがある。『君の名は。』でも『アベンジャーズ』でもそんなことを言ってた。  ということは、そっちの分岐した世界では、わたしたちは死なないのかもしれない。  でも、違う世界にいる自分って、ぶっちゃけ他人では?  母艦は無数のビーム砲を放ち、地上を焼き払っている。  その艦首をゆっくりとわたしたちに向ける。  わたしたち、これで死ぬんだ……。  レイカが膝をつく。  カオルはただ赤い空を見上げている。 「レイカ。これでもうなにもかもおしまい。だから最後にお願いがあるの」  って、カオル。  レイカは力なく、返事もない。 「最後に、あんたを殴らせて」  レイカが顔を上げる。 「ナミ、あんたも恨みあるでしょ。どーせ死ぬのよ。最後にボコボコにしちゃいなさいよ」  人類の最後に、いったいなんてことを言うの、カオル……。 「うるさい。庶民ども」  レイカはゆらりと立ち上がった。 「あんたたちに負けるわけないでしょ」 「じゃあ、どうするの?」 「ボコボコになるのはあなたたちよ! ふたりがかりで来るといいわ!」 「せーので行くよ! ナミ!」 「それは、ええっと、どういうこと?」 「わたしたちは戦う! そうでしょう! サバト!」  カオルが声を轟かせた次の瞬間、 「にゃあ!」  軽快に声を上げると、サバトは宇宙戦艦に向けて目からビームを照射し始めた。  轟音。熱気が上昇気流を作り出し、砂を舞い上げる。 「なにこれ……」  校庭から伸びる光のラインは宇宙人母艦を貫き、内部から破壊、熱を帯びた機体の外殻を細かく砕いて吹き飛ばした。 「サバト……あんたいったい……なにもの……?」

ここまでで全10章のなかの2章になります。続きはKindleでご購入し、お楽しみください。

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