ためしよみ:ポリコレ少女舞依

  • 第1話 ポリコレ少女舞依誕生
  • 第2話 集え! フェミニスト!

第1話 ポリコレ少女舞依誕生

 わたし、交野帆瞳蕾かたのほずみ、十七歳。  都内の高校に通う、普通の高校生。  兄とふたり暮らし。  ほかの子と比べたら、すこし地味だと思う。みんな髪の色は抜いてるし、ファンデもしてる。  兄は交野悠吏かたのゆうり、二十二歳。  漫画家志望、無職。ロン毛。  というか、「話しかけられるから」って理由で、床屋嫌い。  大学三年の終わりには、内々定が出ていたのに、四年の夏に漫画で新人賞を受賞。  やったね! これからは仕事をしながら、漫画家デビューを目指すんだね!  と思っていたら、いつの間にか内定を辞退していた。 「だって、漫画家を目指すんだったら、集中したほうがいいと思って」  と、バカアニキ。 「でも、生活費はどうするの?」 「なんとかなるよ」 「なんとか? なんとかなるもんなの?」  当然、なんともならなかった。  両親は、十二年前に他界。  お母さんはわたしに、「困ったことがあったら開けなさい」って、『寄木細工の箱』を残してくれたけど、パズルみたいになってて、開かないし、開けたことがない。これがいまんとこ、わたし史上最大の謎。  で、お父さんは、あんまり家にいなかったし、記憶はおぼろ。  と、これがわたし。  しばらく伯父の家で暮らして、両親と暮らした家に戻ったのはこの春。  この十二年、賃貸に出していた懐かしの我が家。しばらくは、伯父からもらった餞別で食いつなぎながら、兄の就職先を探す。  もちろん、兄はバカだったので、就職先を探すこと=漫画を描くことだった。  わたしも小さいころから、兄の漫画は好きだったし、すこしは期待もしたし、無下に否定することもできず、 「身の回りのことはわたしがやるから、お兄ちゃんは漫画、がんばって」  なんていって、出来た妹ポジションに収まるにいたった。  せめてひとつでもわたしに取り柄があれば、「働けよこのクソ兄貴!」と、ケツにキックでも入れるのだけど、わたしには何もない。『出来た妹』を演じるのは、わたしにとって楽なやり方だった。 「新作のネームができたんだ」  と言って見せられる漫画は、素直に面白かったし、勇んで編集部へ出かける背中もキラキラと輝いて見えたものだけど、結果はいつも残酷。  ――なんかネタないかな?  ――面白い話、転がってないかな?  が、兄の口癖になってきたころ、わたしは一つの決心をしていた。  わたし、十七歳の乙女は、恋をしていたのだ。
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 恋のお相手は九条冬葵くじょうとうき。同級生。  つい去年までは、告白なんて夢のまた夢と思ってた。  だけど、兄が漫画で新人賞を取って、わたしも勇気が湧いたっていうか、失敗しても兄の漫画のネタになるっていうか。  その日の日直は、わたしと九条くん。  掃除の時間、ふたりで焼却炉までゴミを捨てに行った。 「あのね、九条くん」 「どうしたの?」  って、振り向かれるとやっぱりドキドキする。 「プレゼント持ってきたの」 「プレゼントって?」 「ハンカチ。刺繍入りなんだけど、どうかなと思って」  兄のキャラクターのなかでお気に入りのものがあったから、刺繍してみた。やってることはすこし子どもっぽいけど、なにかの雑誌に、『まずは名前を覚えてもらうことが大事』って書いてあったから、とりあえずは、これで。 「へぇ。それをだれにあげるの?」  だれに? このシチュエーションでだれに? 「だれって、あの……九条くんに……」  まったく、調子狂うなぁ。とか思いながら、箱に入れてリボンをかけたハンカチを手渡すと、九条くんは「ふうん」って、それを焼却炉に放り込んだ。 「ちょっ!」  思わず、声が出た。 「だって、僕にくれたものだろう? 僕がどうしようと自由だよね」  突然のことで、混乱。 「そ、そうだけど……」  だからって捨てる? 焼却炉に? 「交野と親しくしていると思われたくないんだ」  えっ? あっ、待って。普通それ、面と向かって言う? 「どうして?」  どうしてって聞くわたしもわたしだよ。理由なんか知ったら、もっと傷つくのに。 「顔が趣味じゃないんだ。わかるだろう?」  ほら来た。余計なこと聞いちゃうから、こんなこと言われる。 「顔が……?」  やばい。涙がこぼれた。 「ほら、そうやって泣くと、更にひどい顔になる。ピエロみたいだ」  九条くんはけらけらと笑い出す。なんで? こっち泣いてるのに、なんで笑えるの? 「顔に出るんだよ、人間性って。ほら、人相占いってあるだろう? あれと同じさ。顔を見ればわかるよ」  もうやだ、こんな話! 「わたしのことも、わかる?」  それなのに、わたしは愛想笑いして、ショックを誤魔化してる。 「交野はそうだなぁ。欲張りでえげつないっていうか。端的にいうと、貧乏の顔だね」  どうすればいいの? 逃げ出せばいい? うずくまって泣けばいい? 「そ、そうかな……そうじゃないんだけどな……」  それでも愛想笑い。 「自分じゃわかんないからね」  わたしが九条くんとゴミ捨てに出たとこ、クラスのみんな見てたんだよ。 「たとえそうだとしても、顔で決めつけるのは、差別なんじゃないかな……?」  逃げたり泣いたりしたら、わたし、フラれましたって宣言してるようなものじゃん。 「違うね。法的にも、顔で採用を決めることは禁じられていないよ。受付や客商売は、顔が業績に響くからね。だったら結婚も、交際もそうだろう? ステータスは重要だし、人付き合いも顔で選ぶのは当然だよ」  わたしは何も言い返せない。 「そうなんだ。法律のこと知らないから。勉強になった」  なんて、愛想笑いするだけ。  教室に戻ると、スクールカースト上位の子がわたしを睨んで舌打ちする。  そうだよ! わたし、九条くんとふたりでゴミ捨てに行って、世間話しながら帰ってきたんだ! すごいだろう! 讃えろよ! こんなわたしを!  胸の中ではわんわん泣いているのに、なんでわたし、笑っているんだろう。  放課後。帰宅時間。昇降口に行くと、靴がなかった。  だれかが隠したんだ。いや、わたしを睨んでた子たちの仕業なら、隠すじゃ済まない。捨てられてる。いまごろ焼却炉のなかかもしれない。  裸足で歩く帰り道。 「なんで九条くんにちょっかい出してるの?」って、親友のミサ。 「なんでって……わたしにもチャンスがあっていいと思った」  黒井美紗くろいみさ。オカルト部副部長。スクールカーストはわたしと同じ、底辺。 「ほずみが告ったって、ピエロになるだけだよ。みんなに笑われてお終い」 「やっぱりそうかなぁ」  顔で笑って、ココロで泣いて……って、ほんと今日のわたし、ピエロそのものだよ。 「あんたにはケンヂがいるじゃん。高望みしないで、アイツをモノにしちゃいなよ」  モノにするって、どういう意味よ……。 「ケンヂはただの幼馴染だよ。隣りに住んでるだけで、なんでもないんだってば」  そう言えば、今日はケンヂの姿を見ていない。そう言おうとしたら、 「ま、いいわ! これ、ケンヂに渡しといて!」  と、ミサは布の塊をわたしに手渡してきた。 「なにこれ?」 「このまえケンヂが、オカルト部室で脱ぎ捨ててった靴下」 「くつしたぁっ!?
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「ごめんくださーい」  わたしんちのお隣。ケンヂの家。  世帯主はその父、遠賀川ケンゾウ。空手の道場だった。  ここでケンゾウさんが近所の子どもに空手を教えているけど、ケンヂは空手や運動は苦手なタイプ。  道場の扉が開くと―― 「丁度良かった!」  と、ケンヂの父、ケンゾウが仁王立ち。 「あの、ええっと……」  ミサに頼まれた靴下……どう説明すればいいのかな……  と、思っていたら、腕を掴まれた。 「ほずみくん。ガールズヒーローになる気はないか?」 「ちょ! それってなんですか!?」 「時間がない! 話はあとだ!」  ケンゾウさんはわたしの手を引いて、ずんずん歩く。 「待って待って! 落ち着いてください! ちゃんと話を聞かせてください!」  道場の奥。  わたしは、筆文字の額装のある壁に追い詰められた。 「や、やめてください……」 「とにかく、下へ!」 「下?」  ケンゾウさんが壁を正拳で突くと、壁は隠し扉のように反転、するとそこはエレベーターになっていて、ぐんぐんと下に下りはじめる。 「ちょっと待ってください、これってなんですか?」 「それだよ、ほずみくん!」  それ? それって、どれ? 「ほずみくんはこの危機に直面してさえも、そうやって敬語で訴える!」 「はあ? それが?」 「命の危機に直面しているのだよ! なぜ爆発しない!」 「それはその、はあ? なにを言ってるんですか?」 「なぜ、本気で抵抗せぬ! ほれ! 目の前にはワシのキンタマがある! 膝で蹴り上げれば倒すことができるというに、なぜ戦わぬ!」  簡単に言うけど、リスク高すぎるし、膝にそれが当たるの、やだ。  エレベーターが揺れて、地下最下層に到達、扉が開いた。  視界に飛び込んできたのは謎の研究設備。よくわからない機械、よくわからないチューブ、よくわからないメーター。 「地球に危機が迫っているのだ!」  ケンゾウさんはよくわからないケーブルをまたいで、ぐいぐいとわたしの手を引いていく。 「危機って、いったい?」 「詳しくは言えぬが、ほずみくんにはガールズヒーロー――ポリコレ少女舞依マイになってもらう!」 「はあ!? 舞依・イズ・だれ?」 「ポリコレ少女舞依は、ポリコレを守るために戦うのだ!」 「そんなの嫌です! だってポリコレは左翼じゃないですか!? 表現の自由を奪おうとしてるんですよ!?」  よくわからないけど、知ってる知識を総動員して否定。 「それは違うよ、ほずみくん。ポリティカル・コレクトネスとは、社会的な正しさだ。正しいことに右も左もない。不正な言葉に傷つくひとがいたら、それを救うのがポリコレ少女舞依の使命だ!」 「不正な言葉に……傷つく?」 「たとえば、ブサイク」 「!!」 「顔など、生まれつき変えられるものではない。それを理由にあれこれ言われて傷つくものがいたら、それを救うんだよ!」  それは、いまのわたしだった。  九条くんに顔のことを言われて……でも、本当のことだからしょうがないと思ってた……。 「もし、ポリコレ少女になれば……わたしは、わたし自身を救うことが、できますか……?」 「もちろんだとも!」  力強い返事。だったらわたしは、賭けてみたい! 「さあ! このエッチなガウンに着替えて、そこのベッドに横になるのだ!」 「はいっ!」 「ほずみくん! すこしは男を疑いたまえ! そんなことでは先が思いやられるぞ!」  ええっと……。 「エッチなガウンは拒否します!」 「それでいい! よし! 制服のまま横になるのだ! まずはオイルマッサージだ!」 「はいっ!」 「ほずみくんっ!」 「オイルマッサージも拒否しますっ!」  めんどくさ。    ベッドに横になると意識が遠のき、気がつくとわたしはポリコレ少女舞依に改造されていた。 「ほずみくん! 今日からキミはポリコレ少女舞依! 空中にMの文字を書くことで、変身と解除ができるはずだ!」 「わかりました! ケンゾウさん!」 「わたしのことは博士と呼んでくれたまえ!」 「はいっ! ところで、博士! わたしが寝ている間、エッチなことはしてませんよね?」 「エッチなことぉ? 具体的に言わんとわからんなぁ? 何をされたのかなぁ?」 「そうやって聞くことがセクハラだっつってんだよっ!」  わたしは思わずケンゾウ博士を正拳で突き飛ばし、博士はその一撃で5メートルほど吹き飛び、壁に激突! 「ふっふっふ……自然と出るようになったな……それが、ポリコレ少女舞依の力だ……」 「これが……ポリコレ少女舞依の力……」  そこに、びーっ、びーっ、びーっ、とアラームが鳴り響く。 「ポリコレ・アラートだ! ほずみくん!」 「ポリコレ・アラート?」 「差別に苦しむひとの生体波をキャッチしたのだ! すぐに被害者救出に向かうのだ!」 「了解でっす!」
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 マントひらひら空を駆けて、電気量販店裏の現場に直行!  4~5人に取り囲まれたひとの姿を発見!  あれが被害者に違いない!  高度を下げて確認すると、なんと! 「ケンヂくん!」  しゅたっと降り立って、ポーズをビシッ! 「なにものだ、この女!?」 「正義のヒーロー! ポリコレ少女舞依! 社会正義に反するヤツは、このわたしが許さない!」 「ポリコレ少女だと!? こいつぁとんだお笑い草だ!」  ていうか、空飛んで来たんだぞ。わたしが驚いてんだから、おまえらはもっと驚け! 『聞こえているか! ポリコレ少女舞依よ!』  インカムから、博士の声が! 『聞こえていたら、現状を報告せよ!』 「博士! 被害者はあなたの息子さんのケンヂくんです! ただいまより救出します!」 『わかった! よろしく頼んだぞ!』  悪漢どもは、わたしがなにか言うたびにゲラゲラ笑っている。だけど、笑っていられるのもいまのうちだ! 「おまえたち! ひとりの男に寄ってたかって! 卑怯だぞ!」 「男だと? いったい誰のことだぁ?」 「とぼけるなぁっ! そのちょっと情けないナヨっとした高校生のことだ!」 「はっはっは! こんなナヨナヨしたホモ野郎なんざ男じゃねぇ! オレたちが根性叩き込んでやってたところよ!」 「なんてひどい! この多様性の時代、彼みたいなひとがいたっていいじゃない!」 「多様性!? 笑わせんじゃねぇ! だったら犬と交尾するヤツだって、死体と愛し合うやつだっていていいってことだな? それが多様性なんだろっ!?」 「そ、それは……」 『惑わされるなポリコレ少女!』 「博士!」 『この場合の多様性は、画一性に対する対概念であり、多様であるか否かは関係がないのだ!』 「ええっと、つまり……?」 『結果としての多様性を受け入れる社会! われわれはその結果を尊重することが求められているのだ! 多様であることを目的とはしない! あくまでも結果を受け入れる! それが多様性だ!』 「な、なるほど……」 『覚えておくがいい、ポリコレ少女よ! 敵はこのように、文脈を読まず言葉尻だけを捉えて反論してくる……それが、アンポコの特徴だ』 「アン……ポコ……?」 『アンチ・ポリコレ。略してアンポコ。ポリコレ少女の敵だ』 「アンポコが……わたしの敵……!」 『世の中、ここまでアホな人間はいない。いたとしたら、そいつはアンポコ、すなわち魔物だ! 殺せぇっ!』 「ちょっと待てい! さっきから適当なこと喋ってんじゃねぇぞ!」  しばらく無視してたせいか、悪漢がキレた!  わたしも……敵がアンポコ……魔物だと聞いて……吹っ切れたぁぁぁっ! 「とりあえず死ねぇっ!」  ハイキックと見せかけてぇっ……! 「おおおっ! こ、これはっ!」  大開脚からのぉぉぉぉっ……! 「ポリコレ・ビィィィィィィィィィム!」 「ごええええええええええええっ!」 「……あ、ありがとう、ポリコレ少女……」 「気がついたようだね、ケンヂくん! 礼は要らないよ。あたりまえのことをしただけだからな」 「……? どこで僕の名前を?」 「どきっ! そ、それは、わたしの素晴らしい情報網によるものだ!」 「そうなんだ」 「それよりもケンヂくん。キミは、ホモなのかい?」 『ポリコレ少女!』 「なんですか、博士?」 『それは聞いたらいけないの!』 「えっ? どうして?」 『どうしても!』 「だけど博士! ホモってことは、女に興味がないってことですよ? 女を知らない純心な突起物! そこを流れる、誰のためでもない純白の液体! 女好きの凡百なクラスメイトか、汚れなき天使か、それがこの答え次第で変わるんですよ?」 『だーかーらー、そういうヘンな妄想を垂れ流すのがダメなのっ!』 「ええ~っ!? 『キミってホモなの~』って、他愛もない世間話ですよ~? 好きな音楽を聞くように、ホモかどうかだって聞いて良いのでは~?」 『そういう愚かな例え話で話をかき回すのは、アンポコの常套手段だ! ポリコレ少女! たとえば、ヘビメタ好きが不当に虐げられる社会でも、キミはどんな音楽が好きかとひとに聞くかね?』 「いや……それは……」 『ポリコレは、的はずれな例え話にまどわされてはならぬ! 気をつけてくれたまえ!』  そうか! 知らない間にわたしは、アンポコに毒されていたんだな! 「わかりました!」 『それに、「ホモ」という呼び方はいかん。せめてゲイと言いたまえ』 「ええーっ。めんどくさぁーっ」 『ポリコレ少女! じゃあキミは、会社の面接に行ったときに目の前にいる社長だか部長だかわからんひとを、めんどくさいって理由で「オッサン」と呼ぶのかね?』 「それは呼ばないけどー」 『面接では相手のことをちゃんと呼ぶ、性的マイノリティはめんどくさいので適当に呼ぶ、これを差別というのではないのかね!』 「なーるほど。でもちょっと納得行かない」 『納得行かない? どこが?』 「わたし、こういうウンチク垂れるの、ポリコレ少女の役目かと思ってたけど、説教される側だったんだ」 『それな』 「それなじゃなくて」 『まあ、これも問題があるんで、次回からはちゃんと勉強してキミの方から頼むよ』 「了解でっす!」 「あの、もしかして、インカムから聞こえてる声って、お父さん?」  空気になってたケンヂがようやく絡んできた。 「ああ、そうだよ。よく気がついたね」 「お父さん! 聞こえてる!?」 『ああ、聞こえとるぞ、空気』  父親からも、空気呼ばわり。 「これ、どういうこと? 説明して」 『どういうこともなにも、おまえがアンポコに襲われていると知って、急いで通りすがりの少女をポリコレ少女に改造したんだ。感謝したまえよ』  通りすがりの? 「待って、博士。それじゃ、わたしを改造したのって、たまたま?」 『な、なにを言うかね! う、運命の導きだ!』 「しかも、自分の息子を助けるため?」 『もちろん、それもあるが……あー……それだけじゃないぞ……なんていうか……社会正義のため……? みたいな?』 「ちょっとあとで話がある」 『ああ、はい』 「それからケンヂくん!」 「えっ? ああ、はい。なんでしょう?」 「これ。オカルト部室で脱ぎ捨ててった靴下」  いろいろあった一日だった。  日が暮れて家に帰ると、上気した兄がスケッチを見せてきた。 「さっき商店街のはずれでガールズヒーローを見たんだよ、ほずみ!」  って、そこには、わたしがポリコレビームで敵を蹴散らす場面が描かれていた。 「ちょ、待って……なんか、エロすぎない……?」 「え? 普通でしょ?」 「わ、わたし、こんなに……ここ……大きかった?」  いわゆる、おっぱ……い的なものが、非ポリコレ的に強調されていた。 「えっ? わたし?」 「あ、いやいや! なんでもないの!」  まあ、体にはいろいろコンプレックスあったし、セクシーに描いてもらえるのは嬉しいけど……。だからって……。実の兄に……。 「まあ、これはイラストだからね。すこし強調してるけど、実際に見て受けた印象はこんな感じだよ」 「ええーっ……」  なんか、きっついなぁ……。

第2話 集え! フェミニスト!

「ねえ、見て!」  と、ミサがスマホで動画を見せてくる。 「ちょっとぉ。ここ、図書室だよ? スマホなんか見てると取り上げられるよ?」  見せられたのは、こないだのわたしの動画。だれが撮ってるのかなぁ、こういうの。 「なんか、無駄にエロいし、男子が好きそう」  と、ミサが言うけど、まあたしかにポリコレ少女に変身したわたしは、ふだんよりちょっとセクシーだった。 「そうかなー。男子、引かないかなぁ……」  衣装のデザインもあるけど、見るからに肉感がアップしている。  博士曰く、無限のエネルギーを発生する光学なんとかってのがあって、それによって、変身時にはホルモンのバランスも変わるし、素体能力もアップしているらしい。  ていうか、ポリコレ少女本人がポリコレに反してるの、どうなの?  とか考えてたら、ミサもまたミサで、「うーん」って。 「どうしたの?」 「ほずみ、ちょっと、ポリコレ・ビィィィィィィィィィムって言ってみて」 「えっ? なんで?」 「なーんか、この声……ほずみの声に似てるんだよねー」 「ドキッ!」 「それに、ほずみにも太ももに痣があったよね? ポリコレ少女にもあるの」 「そ、それは、ええっと、痣? なんのこと?」  思わず、読んでた本落としちゃった。 「ん? ところで、あんた、何読んでるの?」  って、ミサが覗き込む。 「こ、これは……」 「ジェンダー論!? あんた、そんなの読んでるの!?」 「まあ……なんてゆーか……」  だって、ちゃんと勉強してないと博士が説教するんだもん。 「って、ほずみ! あんたまさか、フェミになるつもり!?」 「ち、違うよ! そんなんじゃないよ! 基礎知識だよ!」 「あーあ、終わった。あんた、モテないし、我が強いから、いつかそうなるって思ってたんだー」 「はぁ? なんなのそれー。モテないのと、フェミニズムは違うと思うよ」 「本人がそう思ってるだけでしょう? フェミになんかなったら、もう二度と彼氏できないよ? それでもいいの?」 「そんなことないよ。わかってくれる男子だっているよ」 「だれ? ケンヂ? あいつ、ホモだってウワサ聞いたんだけど?」 「そういうこと言わないのっ!」  って、思わず立ち上がった。 「……って、なに? どうしたの、ほずみ?」  まずいまずい。わたし、いまはポリコレ少女じゃないんだ……。 「あ……。ごめん。なんかちょっと……」  ミサは呆れ顔でため息をつく。 「ね? そうなるから、フェミなんかやめといたほうがいいの」 「そうかなぁ」 「そうよ。これは親友からの忠告。フェミだけはやめときな。自分から殴ってくださいって宣言するようなもんだから」  うーん。  殴られないためにフェミニストにはならない。  つまり、殴る側であるためにフェミニズムを否定する……。  それってどうなの。
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 帰宅。  太ももの痣のことすっかり忘れてたけど、小さいころ事故にあったとかで、身体中にツギハギみたいに痣がある。だいぶ目立たなくはなってきたけど、手の甲にはくっきりと紋章のように残ってて、これもわたしのコンプレックス。  兄はポリコレ少女舞依で連載を取るとか言って、原稿を描いてる。  編集にネームを見せたら、ものすごく評判が良かったらしい。  わたしも読ませてもらったけど、怪人に襲われて服がはだける場面があって、そこはちょっとって思った。 「お兄ちゃんさぁ」 「ん? なあに?」 「もしそこに描いてる舞依がわたしだったら、どう思う? はだか見えてうれしい?」 「だって、これはほずみじゃないから」  兄の設定では、舞依の体には無数のビーム照射孔があって、いろんなポーズで、いろんな方向に、複数ターゲット同時にビームを撃つことができた。 「八十八のビーム砲が体に埋まっているんだ」 「なんで八十八? 茶摘み?」 「バッカだなぁ、ほずみは。八十八と言えば――」  バカ? わたしのことバカって言った? 「――四国霊場巡りだろう?」 「バカはそっちじゃない?」 「第一番、笠和山かさわざん一乗院いちじょういん霊山寺りょうぜんじから、第八十八番、医王山いおうざん遍照光院へんじょうこういん大窪寺おおくぼじまで、それぞれの宗派と本尊の特性を活かしたビームを撃ち分けるんだ」  おっ!?  ……って、まずいまずい。一瞬面白いかもって気がした。 「でも舞依って、ポリコレ少女だからフェミニストだよ? お兄ちゃん、フェミ、嫌いだよね?」 「フッフッフッフ。ほずみは勉強不足だなぁ」 「わたしが勉強不足?」 「フェミにもいろんなのがいるんだ。舞依は女性の自立、性の開放を訴えるタイプのフェミなのさ。だからエロい!」 「そーかなー。そーじゃないと思うなー」 「むくれるなよ。ほずみの意見も取り入れるから、エロいだけのヒーローにはならないよ」 「ほんとに?」 「うん。約束する」  あ、そうだ。 「あのね、お兄ちゃん」 「どうしたの?」 「新しいブラ買ったから、生活費ちょうだい」  ポリコレ少女になると、スタイルも変わるので、買うしかなかったっていうか。 「ふ、ふーん……わかった、あしたちょっと下ろしておくよ」  こういう話をすると、兄は平静を装いながら動揺する。パンツもブラも毎日見てるだろうに。変なとこで純情なの、なんなんだろう。
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 朝から待ち伏せの通学路。  学校への坂道、九条くんの黒いベントレーが走ってきた。  わたしは上空から一気に下降、車の鼻先に降り立つと、急ブレーキ、エアバッグ爆出、九条くんは大きく体を揺らしてエアバックに突っ込んだ。  ハッ! 事故で見せるリアクションは、凡庸なものね! 九条くん! 「降りてこい! 九条冬葵とうき!」  わたしはボンネットに片足をかけた。  九条冬葵、わたしと同じ十七歳。高校生ながら九条ホールディングスのCEO。去年まで米国留学。十六歳で車の免許取得。国際免許も取って帰国し、日本国内でもベントレー・コンチネンタルGTという高級車を乗り回している。ちなみに下級市民が同じことやると違法。 「だれだ、おまえは!?」  ドアを開けて、転げ出て、片膝をつく九条くん。キャッ。カッコいい。 「世の中の正義と公正を守る! ポリコレ少女! 舞依!」 「そのポリコレ少女がなんの用だ!」  でも、こうやって見ると、九条くんも可愛い坊やだなぁ。 「てめぇ、顔が悪い娘のことをバカにしたそうだな?」 「バカにした? なんのことだ? 僕は常に冷静で客観的な意見しか言わない!」  敵わない相手に噛みつく、威勢のいい男子! イイ! ゾクゾクする! 「ほーう。じゃあ、私の顔はどうだ?」 「そんなの、マスクしていたらわかるわけないじゃないか……」  そして、この戸惑いのヴィザージュひょうじょう。 「想像で言ってみろ! もし美しいと思うなら、私の前に跪け!」 「ひ、跪けだと!? それでなにをするつもりだ?」 「お近づきのしるしだ。かぐわしき黄金の水を与えてやろう」 「もし……美しくないと思ったら?」 「そうだな……仰向けになって目を瞑ってもらおうか……そしてわたしの、かぐわしき黄金のカタマリを――」 『ポリコレ少女よ! 応答せよ! いまどこで何をしている!』  博士だ! 「いま、ルッキズム見た目至上主義に思想を侵されたクズ野郎を調教してるとこです!」 『調教って……それは私怨を晴らしているのとは違うのかね!』 「し、私怨だなんてとんでもない! こいつは、クラスメイトからもらったプレゼントを、目の前で焼却炉に突っ込んだんですよ!? 顔が悪いってだけの理由で! しかも、その子、わたしの基準じゃそんなに悪くもないっていうか、普通? そこまでされる筋合いはないと思うんです!」 『だから、それが私怨じゃないかと聞いとるんだよ!』 「私怨……? って、なんのこと?」  九条くんが怯えながら、薄桃色の唇を開く。キャッ。  でもダメよ、その麗しい唇でそんなこと言わないで。 「てめぇは勝手に口を開くなぁッ!」  後ろ回し蹴り! 九条くんの体はベントレーのボンネットを超えてゴロゴロ転がっていく! 『ポリコレ少女ーッ!』  通学の生徒たちが遠巻きに見ている。  わたしの靴を燃やした連中もいる。 『わしはそんなことのために、おまえをポリコレ少女に改造したのではないぞ!』  博士もしつこい! 「博士! わたしにはわたしの自我があります。博士がどんな意図を持っていようとも、最も優先されるのはわたしの意志! なぜならばわたしは、自由なのだから!」 『んにゃろう、余計なことまで覚えやがって……』 「聞くがいい! 九条冬葵! わたしはここで正式に、貴様に交際を申し込む!」 「なんですって!?」「あの女、なにを言ったの!?」  と、周囲の女どもがざわつく。  クラスの女帝、伊藤桃子いとうももこ、通称ピーチ姫と、その取り巻きのあかねマリとみどりルイ。 「鎮まれ! ブタども!」  正拳一閃! ベントレーのボディをぶち抜いて穴を開ける! 「ブヒブヒ騒いでやがると、精肉屋に売り飛ばすぞ!」  そう言ってやると、ひとりが気を失い、ほかの連中もヘナヘナと座り込んだ。ハッ。なさけねぇな! スクールカーストの上位にいても、暴力にはかなわねぇってか! 「九条冬葵! 交際は申し込んだ! 明日のこの時間までに返事をしてもらおう! もし、交際を受け入れる気になったら、純白のタキシードでこの場に現れるがいい!」  そしてその場で、貴様の唇をいただく! 『ポリコレ少女ーッ!』  そこに、びーっ、びーっ、びーっ、とアラートが鳴り響く。 『ポリコレ・アラートだ! 舞依くん! 差別に苦しむひとの生体波をキャッチしたのだ! すぐに被害者救出に向かうのだ!』  さすが博士! 切り替え早いっ!  わたしもまあ、言いたいことは言ったし、今日のところはこれで! 「了解でっす!」
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 バーチャルビジョンに地図を写して、アラート源を特定!  四人の悪漢に囲まれた少女の影が見える。接近。対象確認。  ミサだ!  どうして!?  しゅたっと降り立って、今日はセーラームーンポーズ! 「ひとりのか弱い少女を、大勢で取り囲んで何をしている!」 「むっ!?」 「なにものだ、貴様!」 「ポリコレ少女舞依! わたしが定めた正義で、あなたたちを討つ!」 「それは正義と呼べるのかーっ!?」 「ぐだぐだ言うなーっ!」  ドトールの看板ぶん投げる!  すでに私の存在は動画配信やSNSで有名になった。  昨日、変身してブラを買いにいったときの写真も上がっていたくらいだ。  男たちは警戒している。そして―― 「ポリコレ少女……?」  と、怯えた目のミサ……。  乱暴に扱われたのだろう、体中に擦り傷がある。  それを見ていると、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。 「許せない……」 「ま、待ってくれ! オレは関係ない、ほかの三人が……」  四人のうちひとりが、後ずさる。 「黙れ! 卑怯者! わたしが来たからには、ただで済むと思うなよ? これから貴様らの罪を裁いてやる! ひとりずつ己を弁護するがいい!」 「こ、この女が、ケンカを売って来たんだ」 「そ、そうだ、後ろから邪魔だ、どけって……」 「そんな言い方はしてないわ! 横に並んでると迷惑ですって言っただけじゃない!」 「うるさい! 同じことだ!」 「同じじゃない! わたしはお願いしたの! それをあなたたちは勝手に……!」 「こんの、糞アマァ! 女のくせに生意気だぞ!」  男は膝を立てて、飛びかかろうとするが、 「黙れ! クズども! 裁定はわたしが下す!」  喰らえ! カーネル・サンダース!  とりあえず目についたものをブン投げるのが、ポリコレ少女だ! 「黒井美紗と言ったな?」 「言ってないけど……?」  あれ? 「い、いや、さっき無意識に自己紹介してた。覚えてないのか。よほど怖い目にあったんだな」  ミサ、あんまり納得してないけど、まあいい。続けよう。 「黒井美紗! おまえもフェミニストになれ!」 「はあ?」 「フェミニストになったら救けてやる! ならないんだったら、わたし、こっちの四人のほうについて、あなたの服剥いて、後ろから抑えるから! 胸の先っぽのポッチとか、しゃぶられたらいいのよ!」 『ポリコレ少女よーっ!』 「博士、いちいちうるさいです! わたしを自立したひとりの女性として尊重してください!」 『できるかボケーッ!』  まわりにはスマホを構えた野次馬がいっぱい。 「これはヒーローからの忠告。フェミニストにならないなら、あなたの恥ずかしい動画がネットで拡散されるのよ!」 『ポリコレ少女ーっ!』  ミサは怯えながらコクコクと小さく頷く。 「そうこなくっちゃ!」  とかやってる間に、ひとり逃げ出そうとしてる! 「ポリコレ・ビィィィィム! 第三十六番!  ――ポリコレビーム第三十六番は、愛染あいぜん明王みょうおう、憤怒の相!――  独鈷山とっこうざん伊舎那院いしゃないん青龍寺しょうりゅうじ! 波切なみきり不動ふどう明王みょうおうーッ!」  ケツを撃ち抜いた。  怯えたほかの三人も駆け出すが―― 「第二十二番、白水山はくすいざん医王院いおういん平等寺びょうどうじ! 第四十番、平城山あとは薬師院なんか観自在寺てきとう! 第五十八番、作礼山すきな千光院ように仙遊寺よんで! 同時照射ッ!」 『実在する寺の名前を出すなーっ! ポリコレ少女よーッ!』 「そのくらい、いいじゃんっ!」  敵は去った……  だけど……  振り返ると、黒ずくめの男が、静かにこちらを睨んでいる。  ヒーローになったわたしの直感が、危機を訴える。  あいつは、いままでの敵と違う……! 「どうしたの? ポリコレ少女?」  ミサが不安な顔を向ける。 「逃げて……ミサ」  戦闘が始まれば、ここは地獄になる。 『ポリコレ少女! 何が起きている! 報告せよ!』 「博士、わたしの全武装の詳細データを送ってください」 『まて! 何と戦うつもりだ!?』 「これから確かめるところです」  リアクター全開! 全ビーム照射孔オープン! クォンタム・インバーターが唸りをあげると、アーケードの壁という壁が帯電して震えだす! 荷電粒子充填70%……重粒子線の干渉縞と、超磁界が生み出す蜃気楼に視界が揺れる。これで……仕留められるか?  チャージ完了……だがその刹那、敵は静かに歩き去った。  なぜだ?  わたしの思い違い?  いや、そんなはずはない……。
§
「ただいまー」  と、家に帰ると、 「おかえり! ほずみ! 今日も出たんだよ! ポリコレ少女舞依!」  兄が上気してスケッチを見せてきた。 「いやぁ、今日の舞依は凄かったよ! 見てこのポーズ!」 「なにこのポーズ……いくらなんでもこれ……」  わたしが眉をひそめてみせると、 「いやいや、見てよこれ」  って、元になった動画を見せてきた。 「はいはい。お兄ちゃん、そういう目で見るからいやらしく……」  ……って、エッロ! 「こ、これ……なに……?」 「なにって、ポリコレ少女舞依」 「こんなの、わたしじゃない……」 「いや、ほずみだとは言ってないよ。んん? ははーん、そうか。ほずみは舞依と自分を同一視しちゃってるのかな?」 「そんなんじゃないけど……」  わたし、今日は勇気を出して九条くんに告白して、そのあとミサのこと救けて…… 「九条冬葵を調教してる動画もあるけど、見る?」 「……って、調教!? 九条くんを!?」  再生ポチッ。  ――聞くがいい! 九条冬葵! わたしはここで正式に、貴様に交際を申し込む! 「なに言ってるのこれ!?」 「わけわかんないよね、ポリコレ少女。交際っていうか、これ、宣戦布告じゃん。九条つったら、公家の家系で、九条財閥の御曹司だろう?」  ――もし、交際を受け入れる気になったら、純白のタキシードでこの場に現れるがいい! 「こ、これほんとに、わたしが言ったの!?」  ぜんっぜん自覚ないんですけど……。 「あははは。もうそのネタはいいよー、ほずみー」 「どうしよう……」 「こりゃあ、面白いことになってきた! 僕も頑張って描くよっ!」  そんなぁ!  わたしこれから、どうなっちゃうのーっ!?

ここまでで全9話中の2話になります。続きはKindleでご覧ください。

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