2021年6月23日

ためしよみ:うさぎがとつぜん私になってこまった100のこと

その1 耳が動かない

 朝起きたら、人間になってた。
 よくわからないけど、たぶんそうなんだと思う。
 手も、足も、おなかのあたりも、見覚えがある人間そのものだもの。
 それにここはどこなんだろう。もとの小屋とはちがう。
 ふかふかの布の上、体の上にも布がかぶさってる。
 どこかで物音がする。気になって耳を動かしてみるんだけど、動かない。もしかして人間の耳って、小さいだけじゃなくて動かないの?
 落ち着かなくて、かぶさってる布をどかして、寝床のはしっこによっていったら、壁と寝床のすきまにハマってしまった。

その2 体にへんな布が巻きついてる

 それとこの、体に巻きついてる布がイヤ。
 これって、人間の毛皮だよね? 体から生えてるものじゃないんだ。
 からまって、もごもごする。

その3 指ってどうやって使うの?

 ていうか、目を覚ましてびっくりしたの。
 全身の毛がなくなってたから。
 私、また人間の子どもたちにイタズラされたんだ、毛もぜんぶむしられて、知らないところに置き去りにされたんだ、って。
 でも、なんとなくちがうんだよね。耳も小さくなってるし、体の毛はないのに、頭にだけ長い毛が生えてて、それに手。細い指がいっぱい生えてて気もち悪い。ぜんぶの指がべつべつに動くの。
 でも、あーなるほど、って思った。人間の指ってこんなふうに動くんだ。人間が片手でニンジンを持ったりするの、ふしぎだと思ってたんだ。この指を使っていろんなものをつかんだりしてたのね。
 ということは――これを使ったら、体にまとわりついてる布を取れるかもしれない。でも、どうすればいいのかな……いろいろやってるうちに、だんだんこんがらがってきた。

その4 首をかけない

 毛がないから、布のはしっことかが肌に当たって、くすぐったいというか、カユいというか、すごく気になる。
 足でカカカって、首をかこうとしたのに届かない。
 人間の足ってこんなに長いのに、首に届かないなんて。

その5 背が高くてこわい

 でも私は、慣れるって決めた。
 せっかく人間になったんだから、人間の生活に慣れて、楽しく生きようって。
 そういうの、うさぎはとくいだと思う。犬やネコはみんなわがままで、自分勝手だけど、うさぎはちがう。ちょっと無口だけど、慣れるのだけはとくい。
 だから、寝床からおりて、ほかの人間がやってるみたいに、まっすぐ立ってみたんだけど、人間ってとても背が高い。立ちくらむ。足元を見るとめまいがする。落ちたらどうなるの? 転んだら大けがするんじゃない?
 ちょっと練習しないと立つのはこわい。
 ゆっくり腰を下ろして、壁の方まで行って、背中をくっつけてゆっくりと立ち上がってみる。
 少しずつ、少しずつ視線が上がっていくと、窓の外の景色も空から――家の屋根、地面へとおりてきて、人間ってなに? 空の上で暮らしてるの?
 でももうだめ、めまいがする。
 あ、そうだ、手を使えばいいんだ。
 手で壁につかまったら、ちゃんと立っていられそうな気がする。

その6 知らないおばさんに怒られた

 飼育小屋の中にいたころも、雨の日のにおい、晴れた日のにおいはわかった。
 ざーざーざーと窓の向こうに雨のしずくが落ちて、しめった風がおりてくる。エサを持ってくる人間からも雨のにおいがして、もしかしたら外の世界があるかもしれないことはなんとなく感じていた。
 そしていま。理由はわからないけど、私は人間になってここにいる。ここはたぶん人間の小屋の中。飼育小屋にはなかったにおい、光だけを通す透明の窓、晴れた日のほこりのにおいもしてこない。そしてこの部屋の、そこかしこにただよう人間のにおいが私のにおいなんだ、いまの。ここで私の新しい暮らしがはじまるんだ。
 まわりにはいろんなものがあるけど、つまずかないようにしながら、少しだけ歩けるようになった。小屋の外からは人間の声が聞こえる。きっとごはんを持ってきてくれるんだ。だって私は、おなかが空いているから。
 床に座って、丸くなって、やっぱりこっちのほうが落ち着くよねってのんびりしていたら、どんどんどん、と戸をたたく音がして、戸が開いて、知らないおばさんが入ってきた。
「何やってるの、ミナモ! 学校には行かないの? 朝ごはんは食べないつもり? 学校に行く準備はできてるの? おくれちゃうでしょう?」
 ええっと、質問が多すぎるなあ。
「あのね、おばさん。私、人間になったばかりだから、わからないの」
「バカなこと言ってないで、すぐに下におりてきて、ごはん食べなさい!」
 おばさんはあきれて外に出ていったけど、ああそうか、あれ、おばさんじゃなくてお母さんだ。じゃあ、『ミナモ』ってのが、私の名前?

その7 階段がこわい

 しょうがないので、小屋を出ておばさん――じゃない、お母さんのあとを追ってみるとびっくり。道がなくなってる。
「お母さん! ガケがある!」
 もう見えなくなったお母さんに聞いてみると、声だけ返ってくる。
「ガケじゃないでしょう! 階段でしょう?」
 か、階段っていうのか。
「おりればいいの?」
 返事はないけど、おりるしかないみたい。
 さすがにさっき歩けるようになったばっかりの私にはムリ。
 四つんばいになって、頭を下に向けて、前足をふみ出して、三段、四段、五段目で後ろ足を下ろして……ちょっと待って、体が重い。しっぱいだこれ。もどってもどって。今度は後ろ足を下にして、あ、これならなんとか。
 がんばってガケをおりてたら、上から別のひとがずんずん歩いておりてくる。
「じゃまなんだけど、何やってんの?」
 女のひとだ。
「はじめまして、うさぎです。今日、人間になりました」
「あ、そう、あとでうさぎパイを食べさせてあげる」
 えっ? うさぎパイ?
「あの、ええっと、ありがとうございます」

その8 知らないお姉さんがこわい

 ガケをおりると、下にはお母さんと、知らないお姉さんがいすに座ってごはんを食べていた。知らないお姉さんは細い棒で食べ物をつついたり、かじったりしてる。さっきのうさぎパイのこと、お断りしておかないと。
「あのう、私、うさぎパイは食べないと思います。葉っぱをください」
 お姉さんは、棒をくわえたまんま、「はいはい」って。棒はかじってるのかな?
「何バカなこと言ってるの、さっさとごはん食べて、学校に行く準備をなさい」
 と、お母さん。学校とか準備とか、よくわからないことばっかりだったけど、
「学校は行かないです。ごはんだけ食べます」
 と言うと、
「学校は行かなきゃだめでしょう。のんびりしてたら来年も中学一年生やり直しだよ?」
 と、横からお姉さんが割りこんでくる。
「こちらの方は?」
 おそるおそるお母さんに聞いてみると、お母さんが答えるより早く、
「あんた本当にそれで通すつもり? その遊び、あんたが思ってるほど面白くないからね」
 と、お姉さんが乱暴に入ってくる。
「どうしたの、ミナモ。今日なんかおかしいんだけど」
「ミナモじゃないみたい。うさぎなんだよね? 朝起きたら人間になってたってこと? お母さんにちゃんと何が起きたか説明したら?」
 知らないお姉さんはそう言うと別の部屋へ行った。水を流す音が聞こえる。お水を持ってきてくれるのかな。
「それで、どうしたの? ミナモ。ちゃんと説明して」
 お母さんにそう言われて、わかってることを説明したけど、自分でもわかってることがほとんどない。
「しょうがないわねえ、もう」
「さっきのお姉さんはどなたですか?」
「あなたの姉でしょう?」
 あれが私の? そうか。人間にも姉妹っているんだ。
「姉妹は二ひきだけ? ほかにもいるの?」
「あんたって子はもう。そんなバカな遊びにつきあってるヒマなんかないんだからね」
 遊びじゃないのに。真面目に聞いてるのに。

その9 ごはんは床で食べたい

「とにかく、ごはん食べて」
 と、言われて、床で待ってたら、いすに座るように言われた。
 なんでそんなところでごはんを食べるんだろう。
 床のほうが落ち着くのに。

その10 おはしなんかいらない

「はい、これ、おはし」
 と、棒を二本わたされて、ええっと。
 さっきたしか……お姉さんがかじってたの思い出してかじってみた。
「何してるの?」
「かじってるんですけど……」
 もしかして、かじるものじゃないの?

ここまでで作品のおよそ1割です。
続きは製品版でお楽しみください!